幻の夢を追いかける花 作:或る記憶
12月。1年の中でも特に重大なイベントとして取り上げられる事の多いクリスマスが控えるこの月は、周りのテンションとは裏腹に私にとってはとても気分が落ち込む日々の本格的な始まりを告げる月だった。
制服の下には+◯°の謳い文句で有名なインナーを着て、スカートの下には140という数字のタイツを履く。
それでも私には耐え難く、寮からトレセン学園の移動までにコートとマフラーを必須として「重装備」の3文字が似合うこの格好が恒例だった。
周りのウマ娘さん達はある程度寒さには強いと言うが、私はその真逆な体質を持っていた。
「お早う。今日も寒いな……って、見慣れた着膨れっぷりだな」
「お早う御座います。動き始めたら大丈夫なんですけど、それまでがやはり」
「なんか、その格好のボタンを見ると冬が来たなって感じがするよ」
「あはは。私も移動中なんかに反射したこの姿を見て1年の終わりだ〜って感じます」
チームに与えられる教室にトレーナーさんと2人で向き合いながら座れば、暖房で部屋が暖まる迄の着膨れした私と、寒さを口にしない割にコートを脱がないトレーナーさんとのやり慣れた雑談を、お互いに暖かい飲み物を手にしながらポツリポツリと静かに行う。
そうして、何回目かのキャッチボールを終えたタイミングでトレーナーさんが目線を上げながら首を傾げる。
「そういえば、ずっと気になってはいたんだが」
「はい。何でしょう?」
「ボタンの耳。トレセン学園でも偶に見るが、冬になるとやけにモフモフというか、言葉を選ばずに言うと毛深くなるよな」
「毛深く……あぁ、確かに、そうかもしれません。何ででしょう?」
「人間は秋や春先だと抜け毛が多くなると言うが、耳だし、なんなら生えてきている訳だしなぁ……犬や猫みたいな冬毛なのか?」
「冬毛、なのでしょうか……確かにここまで耳が毛で膨らんで見えるのはこの季節だけですけど」
「やっぱり冬毛かな?」
「冬毛、ですかね」
自分の耳を自分で触りながらトレーナーさんと同じ様に首を傾げる。
今まで気にした事も無かった事実。
なんだろう、なんだろう。と考えているうちに、暖かい空気が部屋中に循環して過ごし易い温度になってくる。
「そろそろ大丈夫そうか?暖房が良い感じに効いてきたと思うんだが」
「そうですね。次の行動を始めましょうか」
「よし。それじゃあ、コート預かるよ」
「あっ!有難う御座います……!」
一足先にトレーナーさんが椅子から立ち上がり、扉近くのコート掛けに自分の着ていた物を掛ける。
そして、私の脱いだコートやマフラーも受け取って同じ様に皺が出来ない様に丁寧に掛けてくれる。
その一連の流れを見ながら、トレーナーさんの着ていた物へ注目する。私の物とは比べ物にはならない程、上等な物。
昔、同じ事を聞いた事があるが、トレーナーさんは少しだけ恥ずかしそうにしながら「注目されるウマ娘を相手にしているのだから、自分の格好でウマ娘の品位を下げない様に」と、トレーナーさんはある程度良い物を身に付けていると言っていた。
ぶっきらぼうに見えながらも、誠実なその優しさが私はとても好ましい。だからこそ、トレーナーさんの存在を落とさない様に私もレースで大きな結果を残したい。
「それじゃあ、ミーティングを始めよう」
「はい!」
「今日は、次のレースとトレーニングについてだけど……凄い気合入ってるな」
「へ?そうですか?」
「あぁ。なんだか出るレース全部で快勝してやるって顔してるぞ」
トレーナーさんが薄く笑うのを見ながら、自分の顔をペタペタと触る。
そんなやる気な顔になっていたかな?
「まぁ、でも全部勝つくらい、強くなりたいです!」
「そうだな。アセビボタンの名前を世界中に示すくらい強くなろう」
「はいっ!」