幻の夢を追いかける花   作:或る記憶

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「この冬、一緒にイギリスに行かないか?」
 
とある日のトレーニング前、突然告げられたその言葉。
一緒に、イギリスへ。
トレーナーさんが言うには、今後海外のレースを視野に入れた場合、日本との馬場の違い、走ったという経験を積ませておきたいらしい。
私もその意見に同意だが、1つの疑問が浮かび上がる。
 
「……でも、イギリスの練習施設にアポイントメントも無く入れるものなのでしょうか?」

その疑問に、トレーナーさんは少しだけ頭を掻きながら大丈夫だと言って、言葉を続ける。

「あー、実はな、俺の親父というか祖父もだが無駄に顔が広くて使用許可含めてもう取れているらしい。ボタンの周りにもいないか?一般人で海外の人間と触れ合う仕事でも無いのに何故かコネクションを持っている奴」
「私の周り……お兄ちゃんがお仕事の関係上少しだけ、ですけど」
「そうか。それの一般人版だと考えてくれれば良い」
「成る程……?」
「まぁ、そういう訳でどうだろうか?返事は今すぐじゃ無くて良いから、考えておいてくれ」
 
トレーナーさんは私への情報共有を済ませると今日の練習メニューが書いてあるであろうバインダーへと目を向ける。
私がまだ踏んだ事の無い土地。確かに、体験はしてみたい。
だけど、私には1つ問題がある。
 
「あの、トレーナーさん」
「ん?どうした?」
「えぇと、そのですね。この冬って事は、イギリスっには冬休みに行く事になりますよね?」
「あぁ。そうなるな」
「トレーニングのお話は有り難いですし、私もできればしたいという気持ちで一杯なのですが……すみません。実は、冬休みに少し時間が取れるという事で、私の家とお兄ちゃん達で偶然にもイギリスへ旅行に行こうという、話が、ありまして……チケットも、既に手配済み、らしく……」

トレーナーさんは私の冬休みにおける行動も想定済みだった様で、やっぱりなぁと頭を抱えてしまう。

「聞くだけ、聞いてみますね」
「……本当に、無理はしないでくれ」

分かってます。でも、私だって本場の練習はしてみたいですから!
そう言いながら、今日もまた1日の練習が始まった。
 


運命的な出会い

待ち遠しい旅行にトレーニング、殆ど初めてな飛行機に乗って珍しく興奮した感情を抑え込みながら日本を飛び立ってから10時間以上のフライトを経て、私はイギリスの地面に脚を付けた。

冬休み前にトレーナーさんからの提案を受けた時は、どうなる事かと思ったが、旅行を計画したお兄ちゃんの計らいで少しではあるがイギリスでのトレーニング時間を確保する事が出来た。

 

携帯を覗けば新着のメッセージにはトレーナーさんから「ターフの上で待っている」というメッセージ。

時間を無駄にしない様に、待たせない様にと思い手早くジャージに着替え、更衣室を後にしてターフへと向かおうとして、見慣れない地図を頼りに歩いていたのが一向に景色は変わらず、最悪の結末が頭に浮かぶ。

 

「……もしかして、迷った?」

 

どうすれば良いのだろうか。

知らない土地、知らない場所、案内図は現在地が分からないから使い物にならない、言葉も違う。更衣室の場所も分からなくなってしまった。

不安よりもまず焦りに襲われる。

こういう時は、どうすれば良いのだろうと一縷の望みでポケットに手を入れれば、感じた確かな感触。

トレーニング時は普段だと持ち歩か無い携帯電話。

助かったと思い、画面を付けたその瞬間に遠くから1つの声が聞こえる。

 

「You there!」

 

薄暗い通路の真ん中で反響する、私とは違う、美しい声。

音に導かれるまま顔を上げれば、あの子と似た鹿毛の髪を靡かせ、少し大きめな耳を此方に向けて心配そうな顔を向けてくれているウマ娘。

 

「Feeling unwell?Shall I take you to the infirmary?」

 

滑らかな発音。

私の耳では到底聞き取る事の出来ない本場の英語。

 

「え!?あ、あーゆー?ど、どうしよう……何て言って……すろーりーわんもあぷりーず?」

「ニホンゴ……アナタ、日本のウマむすめ?」

「お、おーいえす。いえす!じゃぱにーずうまむすめ!」

「そうなのね。ふふっ、ワタシ少しだけ日本語分かるわ」

「!あ、あのあのあの!私、ここの場所に出たいんです!」

 

日本語が分かるのならばと、思わず持っていた紙の地図を開いて指を指せば目の前のウマ娘さんは当たり前だが、慣れた様子で場所を把握する。

 

「ここに行きたいのね?なら、ワタシが案内しますね?」

「良いんですか?貴女も、練習があるんじゃ」

「大丈夫よ。困っている所を助けたんだもの、怒られないわ」

「……では、お願いします」

「うん。任せて!」

 

名前も分からない相手なのにいざ隣に並んで歩くのは何故かとても緊張する。

日本にいる知り合いだって綺麗なのに、何かが違う。

言葉で形容は出来ないけれど、とても高貴なナニカを持っている様な雰囲気を感じた。

 

暫く歩いて、少しだけボコボコとした地面と、日本と違う感触の芝の上に立つ。洋芝が使われていると聞いたイギリスのバ場。

肌寒い空の下、私は初めて海外の馬場に脚を踏み入れた。

物珍しさに脚を動かしていれば、彼女はまた美しい声でお淑やかに笑う。

 

「ど、どうしたんですか?」

「ううん。只、とってもラブリーだなって」

「らぶりー?」

「えぇ、そうよ……そうだ!何かの縁よ。連絡先を交換したいわ!」

「へ!?」

「日本とは時差があるから、きっと頻繁には出来ないけれど、良いかしら?」

「わ、私で良ければ」

 

結局使う事の無かったポケットの中にある携帯を取り出して、慣れない手付きで画面を出せば、彼女は私と違って慣れた手付きで連絡先を交換してしまった。

 

「アナタの名前、アセビボタンって言うのね。ボタンって呼んでも良いかしら?」

「構いませんよ。貴女の名前は」

 

ハイ……携帯に表示された名前を呼ぼうと口を開いた瞬間、唇に彼女の指が当てられる。

首を傾げれば、美しく笑う彼女の顔。

 

「ワタシの名前はね、この国にあるお城と同じ名前なの。だから、調べて、見つけて欲しいわ……今日から1週間後に電話をするの。その時に初めてワタシの名前を呼んで。ボタンがシャーロック・ホームズになるのよ。その方が、きっと楽しいでしょ?」

 

「……そうですね。分かりました、きっと見つけます」

「えぇ、えぇ、約束よ」

「はい!間違えても笑わないで下さいね?」

「笑わないわ。見つけようとしてくれたその事実も大切だもの……なんだか不思議。ワタシとアナタ、初めて会ったのに初めての気がしない」

「そう、ですか?」

「うん。もしかしたらワタシ達、何処かですれ違っていたのかもしれないわね。ワタシも、日本に行った事があるもの」

「日本には、袖振り合うも多生の縁という言葉があります。本当に小さな事でも前世からの縁かもしれないね。という意味です。だから、きっと」

「まぁ!素敵な言葉だわ。ワタシ達、そでふりあうもたしょうのえん。ね!」

 

彼女と手を合わせて、2人だけの約束を交わす。

そうして名残惜しいまま別れ、私はトレーナーさんが待っている場所へ歩く。振り返った時にはもう、彼女の姿は見えなくなっていた。

トレーナーさんは、矢張りと言うべきか私が来るのが遅く心配を掛けてしまっていた。

大丈夫です。と、すみません。を返して、貴重な時間を無駄にしない様にストレッチを始める。

彼女と別れ、この場所までほんの少し歩いて来ただけなのに改めて理解した。

 

海外で戦うのは難しい。

 

私の周りにも海外に挑戦して勝ち星を挙げたなんて報告は少ないし、この国に関しては殆ど聞いた事が無い。

 

勝ちたい。

 

純粋に湧き上がる思いと、私の前に立ちはだかる高い高い壁。

それを、私はいつか超えてみせる。









「お兄ちゃん。飛行機に乗る前に地図を買ってきても良い?」

「地図?もう帰国の時間だけど」

「良いの。ちょっとしたゲームをするって約束が出来たの」

「へぇ?……もしかして、もう友達ができたのか?」

「ふふっ、秘密。まだ秘密!」





作中の英語が変だったらこっそり教えて下さい。
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