幻の夢を追いかける花 作:或る記憶
【今、アセビボタンが1着でゴールッ!!桜花賞へ向けて期待のできる走りでしたね!】
アネモネステークス、1,600メートルの桜花賞へ向けたトライアル競走の1つ。
俺は先日契約したウマ娘であるアセビボタンが余裕そうな表情で後続を離し、先頭でゴール板を駆け抜けたのを確認して地下道へと脚を進める。
アセビボタンは「あの子」を目的にして、周りのスカウトを受けず練習レースにばかり出走していたから、実力はあっても本物のレースでは大丈夫なのかと心配したものだが、蓋を開けてみたら大丈夫。というよりも、余裕の一言。
何時もの澄ました顔で、表情を崩す事なく終わった先程のレース。
しかし、僅かにだが脚の使い方が物足りない、様な、気がする。それを見ると、アセビボタンの適正距離はマイルというよりも中距離と言った所だろう。
まぁ、ボタンの素質を見るにとんでもないものを持っているのは確か。本人が望むなら、距離に関係なくレースに出走させてみても良いかもしれない。
「よっ、お疲れ様」
「……はい。お疲れ様です」
「どうだった?公式のレースは」
「どうと言われましても、私は私の走りをして、あの子を目指すだけ」
「相変わらずだな。だが、俺がいる事で出れるレースが増える事も事実!」
「えぇ。そして、私が更に強くなる為に必要な歯車の1つ」
「……お、おう。そんな事言ってくれるんだな」
「当たり前です。トレーナーと契約したのですから、実力を示して頂けなければ困ります。どうぞ、宜しくお願いしますね。私をあの子に勝てるウマ娘にして下さい」
「あぁ……勿論だよ」
ボタンと軽く話して、脚に怪我が無いかのチェックをする。
細くもあるが、しっかりとした筋肉もある脚を軽く触りながら考える。
やっぱり、レースに勝てる。では、無いんだな。
騒がしい競馬場。
重賞では無いものの、かなりの人数が集まるこの場所で俺はたった1人でレース板の前に立っている。
2,000メートルに設定されたレースは概ね2分半あれば終わり、カップラーメンですら完成しない間に全ての結果が出る。
ファンファーレが鳴り、ウマ娘達が俺達からは離れた位置でゲート入りを完了させ、一斉に走り出す。
モニターで黒い体操着を確認し、走りに問題が無いかを大まかに把握する。
今の所は特に問題無く、教えた通り、自由に走っている様だった。
ラストの4角を周り切って、ボタンが逃げの作戦を取るウマ娘へとじわじわと脚を進める。
離れた場所にいるこの俺にでさえ走る音が聞こえてきそうな踏み込み。
レースの終わりに近付くにつれ盛り上がる観客。
空気が揺れると呼べる程の熱気こそ重賞と比べ足りないが、それでも"想い"なら、重賞にこそ引けを取らない。
【アセビボタンが今、白富士ステークスを1着でゴールッッ!!】
「……よしっ!」
誰にも見られない程小さな言葉とガッツポーズ。
それを俺は直ぐに隠して、表情を戻す。
着順が確定され、3の数字が掲示板の1着の部分へ映し出される。
それを確認し、地下道へ向かおうとすれば未だターフへ残っていたボタンが俺を見つけ駆け寄って来る。
「あの、トレーナーさん」
「?どうした?」
「また今日も、あの子には負けちゃいました」
「……そうか」
「でも、レースには勝てました。勝利のブイです……!」
俺に対して遠慮がちにVサインを向ける。
恥ずかしがっていた割に、表情自体は誇らしそうだ。
「あぁ、おめでとう。ボタン」
「はい!次も頑張ります」
昔と比べ、ヤケに性格が変わったボタンを微笑ましく思いながら早くターフから戻る様に誘導する。
「……いや、性格が変わったというより、余裕が生まれたの方が正しいな」
誰にも聞かれない声で、俺は1つの答えに辿り着いた。