幻の夢を追いかける花   作:或る記憶

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口にしようが我が愛はいない

 

「あれ?こんな所でどうされましたか。もしかして、体調が優れませんか?」

 

「ん……あぁ、嫌。違うよ。只、息がしたくてね」

 

「息ですか?……矢張り、喘息の症状でも……」

 

「そうじゃ無いんですよ。本当に、この場所で呼吸したいだけ、今日は破滅する気持ちでも無いから」

 

「?不思議な方」

 

「そうかな。そういえば、君は夢に身を寄せなくて良いのかい?」

 

「夢。私は今日、夢を見る日では無いので」

 

「そう」

 

騒がしいレース場。それも大きなレースが始まる瞬間の、沢山の目が一点を見つめる微かな時間に世界で2人だけが誰もいない空虚に隣り合わせで存在している。

1人はスーツを着た男。1人は頭の上に耳を生やした女。

2人にまともな音は無く、少し時間を隔てた喝采の様な盛り上がりも無い。

 

「お兄さん。レースはお好きなんですか?」

 

「お兄さんと呼ばれる歳でもないんだけどね、まぁ、好きなんじゃないかな」

 

「そうですか。あっ、私の顔は知ってます?」

 

「知らないよ。僕は馬の顔しか知らないから」

 

「ウマの顔……やっぱり不思議。貴方と話していると、なんだか自分が特異な存在だと勘違いしそうになります……お兄さん、好きなウマ娘はいるんですか?」

 

「ウマ……馬か。僕が好きなのは雷神様だったけれど、このセカイにはいないんだ」

 

「いない?まだデビュー前?それとも引退された方?」

 

「君が気にするものでも無いさ……そうだね、あの、ミスターシービー。その名前には注目しているよ。今度は最後まで見れると良いんですけどね」

 

「そうですか。それは良かった」

 

「良かった?」

 

「えぇ。お兄さんに趣味があった、それだけで我々が生きる意義が生まれる。ノンフィクションを届ける意味がある。お兄さんに趣味が無かったら、それこそ百鬼夜行の様に、沢山の人を不気味に演技させる様な雰囲気があるから」

 

「それはもう、してしまったかもしれないね」

 

「……なんだそれ」

 

1人の女はクフクフと笑う。

1人の男は笑いたく無いとばかりにぎこちなく顔を歪める。

2人の耳の奥に薄い歓声が響く。

男はそれを聞き届けると、壁に貼り付けた背を剥がす。

きっともう帰るのだろうと察した女がその背中に声を届ける。

 

「また、遊びに来て下さいね……!」

 

「うん。また来るよ」

 

「今度は人が沢山いる中で、桟敷にでも座って、悲喜交交を夢に見に来て下さい」

 

「どうかな……競馬、レースには、桟敷があるかな」

 

「無ければ作って頂戴な!」

 

「無責任だね」

 

「貴方だって、無責任にウマ娘を応援するのですから、お互い様ですよ」

 

「それも、そうだね」

 

男は静かに歩いて消えて行く。

先程まで静かだと感じていた世界から目を覚ますと、案外自分が五月蝿い世界にいたのだと女は気付く。

「あの!サイン貰えませんか!」

なんて、小さな小さな女の子が身体と同等の色紙を差し出して、女は笑顔でそれを受け取る。

手に収まる様な小さな色紙に名前を書いて、今更気付く。

 

「あの人の名前、聞き忘れちゃった」

 

まるで、文学青年らしい真面目そうな風体を成していた男の人。

少し恥ずかしがり屋そうな独特な近寄り難さを身に纏うヒト。

 




 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
殆どミリしらな方を題材にするのは難しい。
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