幻の夢を追いかける花 作:或る記憶
私はいつも同じ夢を見る。
それは、1人の
だけどその夢は毎回私が負けて目が覚める。一応、ゴール板を同時に通過した様な気になった時が1番あの子に迫れた夢。
物心がついた時には見ていた様に思うその夢は、皐月の季節に近付くと見る頻度が増える。
何故、この時期なのかずっと気になってはいたけれど、きっと大きいレースに世間が盛り上がっているから私もそれに触発されるのだろう。
今年は、私もそのレースに出走する事が決まっている。
グレードの最上位に位置する名誉。
「夢の所為で調子を落とさなければ良いけれど......」
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鹿毛色の髪の毛がキラキラと太陽の光を反射して輝いて、緑と黒のコントラストが特徴的な衣装を見に纏い、私の先を行くあの子。
顔を見た事は1度も無く、後ろ姿だけを私は見つめている。
能力も走り方も違うあの子と同じなのは、耳と尻尾がある事くらい。
きっと、私の前世は
名前も顔も分からない彼女を"あの子"なんて勝手に呼んで、只の夢に悔しさを感じながらここまで来た。
それでも、私がどれだけ練習を重ねて昔より何倍も脚が早くなった今でも追い付ける気がしない。
「......でも、今日は違う」
レース前の控え室で解けない様にと耳飾りのリボンを結び直して、集中できる様にと靴紐をキツく結ぶ。
今日は1年間で開催されるレースの中でも特に注目されるレースで、この部屋までお客さんの声が届いてくる。
珍しく緊張をしているし、あの子に勝ちたいという気持ちで身体が震える。
私は、きっと変わった。
昔の様に1人であの子を目指さなくなった。
人の力を借りる有難さ、心強さを知った。
気付いていなかった沢山の気持ちと、知識を貰った。
沢山、沢山支えて貰った。
ベチンと両頬を叩く。
「......大丈夫そうか?」
「はい。もう、大丈夫です」
「よしッ!じゃあ、俺からは1つ。......楽しんでこい、アセビボタン」
「えぇ。楽しんできます、トレーナーさん」
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【東京競馬場最後の直線!どのウマ娘が仕掛けるのか!先頭は未だビアンコグリモアが走ります!!リードは3バ身ッ!】
やっぱり、早いなぁ。
何バ身か離れた先に栗毛の髪が輝いている。
東京競馬場、日本ダービー。ラストの約526米。
お客さんの興奮も最骨頂で、私達が最も全力を出す所。
脚は?
まだ大丈夫。
呼吸は?
教えられた通りに出来ている。
気持ちは?
絶対に、負けたくない。
苦手なバ群の中から飛び出す様に地面を踏み締める。
目の前の
世界から色が消えて、牡丹色の花弁が舞う。
今だけは、色も、音も、走り方を考える思考も要らない。
私の全力をもって、目の前を走る幻を打ち砕く。
【ここで1人、アセビボタンが抜け出したッッ!!!とんでもない加速だ!!この末脚はゴールまで持つのか!持ってしまうのか!?】
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全力で芝を駆け、ゴール板を通過する。
直ぐには止まらずに徐々に脚を緩めて歩く。
急いで掲示板に目を向ければ「確定」の2文字。
【日本ダービー、最も運のあるウマ娘が勝つと言われているこのレースを制したのは】
【アセビボタン!!!!!!見事な末脚でした!!勝ちタイムは2:31:0!!】
お客さんの歓声が頭に響く。
掲示板を見つめていた視界が何故だか突然ぼやけて文字が見辛くなる。
全力で走り切った脚が震えて、思わず芝の上に座り込んだ。
「っ!」
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
こんな気持ちになるのは初めてで、上手く咀嚼できそうに無い。
あぁ、こんな時どうすれば!
そうだ。そうだ、これはG1のレース。
それなら、皆さんと同じ事を私がしても、きっと許される。
「......や、っっっだぁ"あ"あああ!!!!!!」
漸く、あなたの横顔を見れました。