幻の夢を追いかける花 作:或る記憶
アセビルピナスという馬はとても不思議というか、癖のある馬で走り出した瞬間に鞭を入れて、それでスイッチが入らないと走れない。そんな馬でした。
恐らく、本質的にレースのルールをよく理解できていなかったのだと思います。
だからこそ此方側から走ってと合図を出して、ルピナス自身が走らなきゃとならない限り、本気を出せなかった。
調教の時ですらその様子は変わらないので、そこだけは少し、苦労しましたね。
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アセビルピナスというウマ娘はとことんスイッチの切り替えが下手であった。
ゲートが開いてスタートが上手くできても、それ以上の成果を出す事ができない。良くて掲示板入り。
ズブさの所為でそうなるのかと思って中・長距離を走らせてみたら体力が持たず、マイルで末脚を上手く使えたら御の字と生粋のスプリンター。
もしや走っている途中に考え過ぎるのかと思い、作戦を簡単に伝えてみてもゴール後には殆ど忘れてしまっている始末。
学園内で話題の委員長の様に走っても良いのだが、やはりスイッチの切り替えが問題に出てきてしまう。
「ルピナスさんよ〜」
「おー?ナーさん、どうしました。かー?」
「お前さんの走りをどうしようかって、考えて寝不足になっちまったよ」
「それは、それは。ちゃんと寝なきゃ。ですねー?」
「そうなんだけどな、なぁ、どうやったらレースをちゃんと走れるんだ?」
「どうと、言いましてもー。ゲートが開いて、1歩踏み出した瞬間に、駄目だ。ってなると、無理なん、ですよねー」
「……そーかー」
「そーですー」
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10月、もみじステークス。
出走人数は10人。アセビルピナスの結果は6着。
「お疲れ」
「お疲れ様、でしたー」
ルピナスは軽く滲んだ汗を拭きながら、ほわほわと何時もの調子で笑っている。
現在の戦績は10戦1勝。メイクデビューに勝利したのみで、4戦目に1着が降着した形で掲示板入りしたのが1回と、中々に伸び悩んだ結果である。
トレセン学園の上位の何パーセント達の様にG1を何勝だとか、G1連覇だとかは目標にしていないが、なんやかんやでG1を獲る素質はあるのだから、卒業迄に重賞の1個は獲らせてあげたい。
チームメンバーにもG1を獲るウマ娘がいるのだから、稽古を付けてもらうか?いいや、それはもうやったんだった。
「今日も"駄目だ"ってなったのか?」
「はいー。何となく、駄目だーって」
「でも、メイクデビューは勝てたよな?」
「その時は、頭の中で、お花が咲く時みたいな、ふゎあ〜っていう感覚が、ありましたー」
「お花が咲く?」
「はいー。歯車が噛み合わさる、とも言いますねー」
「歯車……なぁ、試してみたい事があるんだ」
「?はいー。良いですよー」
メイクデビューの時、初めてだから緊張し過ぎない様にとルピナスの背中を叩いたのを思い出した。
もしかしたら、それが、
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11月。福島ジュニアステークス。
出走人数は16人。
「ルピナスはこれから、走る前に俺から、そして出走前に自分で何かアクションを起こして欲しい」
「アクションー?」
「そうだ。ルーティンと言えば良いのか、走るぞ!ってスイッチを入れられる様に」
「なるほどー」
「俺からは、そうだな。背中を叩くとか」
「じゃあー、ルーちゃんは、自分のお尻を叩きますー」
「お尻」
「はいー」
出走前、ルーちゃんとナーさんで新しい作戦を決める。
ルーちゃんは、どうしてかゲートが開いて踏み出した瞬間に駄目だってなると、走れなくなる癖があった。
2人で決めたルーティンはそれを無くせれば良いなぁという、苦肉の策らしい。
トレーナーさんから軽く背中を叩かれて、1歩を踏み出す。
ゲートの中、軽く自分のお尻を叩いた。
カチリ。
何故か、自分の中で"これだ"という感覚に襲われた。
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「……うっそだろ、オイ」
1,200m。1分半もあれば終わってしまう短距離の勝負。
それを、2人で決めたルーティンを行っただけで、今までの走りが嘘の様にアセビルピナスは圧勝した。
16人出走の、16番人気。穴ウマもしくは番狂わせ。
彼女の中で何が良い動きをしたのかは分からないが、漸く、アセビルピナスというウマ娘を大きな舞台で走らせられる設計図が、頭の中で構築された。
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—本日、アセビルピナス号で優勝されました小金井近江騎手です。
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—では、最後になりますがこのレースを見ていたファンに向けて一言お願いします。
そうですね。まずは、今までアセビルピナスを応援して下すって、有難う御座いました。
今後はね、馬場の状態が、調教技術が変わったりなんかして、ルピナスの出したレースタイムも未来の強者達に塗り替えられていくと思います。
でもね、アセビルピナスはきっと、皆様が応援したアセビの最速はきっと、その強者達と肩をいつ迄も並べていると思います。
今日は凄いものを見た。とんでもない走りだ。アセビルピナスと走らせてみたいな。なんて言いながら、きっと記憶に残り続けます。
そんな強者の背に乗れた事、感謝しかありません。
本当にルピナスを応援して下さり、有難う御座いました。
—以上、優勝インタビューでした。