幻の夢を追いかける花 作:或る記憶
ジリジリと太陽の熱がコンクリートを加熱する7月。
青々とした芝の上を歩くも、日本の日差しがマシになる筈も無く、汗が噴き出る。
地元も暑い地域ではあるものの、本土の方もまた違った暑さで参ってしまう。
「……大丈夫か?」
「んー、今の所は、大丈夫。ですねー」
レース前の控え室。
ルピナスと共に水分を摂りながら、時間を待つ。
壁に設置されたモニターから現在行われているレースが映っているが、画面越しに暑さが伝わってくる。
「幾ら短距離とは言え油断して良いって訳では無いからな。体調に変な所があったら、出走直前でも言ってくれ」
「あい。分かってますよー」
ルピナスは俺が担当している中でも屈指ののんびり屋だから、もしかしたら既に体調が悪くなっているのに気付いていないのかと邪推もするが、のほほんとした顔でお茶を飲んでるのを見ると、杞憂だなと安心する。
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「……よし、そろそろ時間か」
集合時間に近付き、席を立つ。
俺に続いてルピナスも席を立ち、控え室の扉を開ける。
「それじゃあ、かましてこい最速娘」
「……うん。いっちょ、走ってくるよー」
背中を軽く叩いて、ルピナスを見送る。
雰囲気は変わらないものの、顔付きはアスリートのものへと変わる。
ゆっくりと歩いて行く後ろ姿を確認して、ゴール板前へと移動した。
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ー夏の日差しが厳しい中、ここ新潟競馬場1,000メートルで行われるG3、アイビスサマーダッシュへと出走するウマ娘達が次々にゲートへと入りますー
ゲートへと入る。
少し手狭でソワソワする気持ちを落ち着かせながら、自分のお尻を軽く叩く。
ーゼッケン18番が今、ゲートへと入りましたー
カチリと嵌ったナニカに意識を集中させて、目の前が晴れるのを待つ。
ーゲートが開いて、アイビスサマーダッシュ、今、スタートしました!!!ー
出だしは上々。
ルーちゃんは自分の枠番から近い内ラチに沿って走る。
でも、芝が少し荒れているから内には行き過ぎない。ルーちゃんは、ルーちゃんなりに走るだけ。
ーアセビルピナス内ラチに沿って1人旅!!半バ身後ろにリードマガジン、そこから1バ身はなれてラヴィアンローズ、ユイイツムニ、ミニペロニーが続きます。残り800メートル!ー
周りの皆は殆どが外ラチを走っているから様子が分かり易い。
黒髪の子がピッタリルーちゃんを追っていて、金髪の子がその後ろ、眼鏡の子、赤髪の子。
1,000メートルというスプリンターズステークス、高松宮記念よりも短いこのレースでは一瞬の油断が命取り。
ー残り400メートル!!ここで、ユイイツムニ、ミニペロニーが脚を進めました!おおっと、後方からフリルドマンダリンが突っ込んで来たぞー!!!!アセビルピナスは逃げ切れるのか!今回こそ、捕まってしまうのか!!ー
とあるウマ娘を誰かが「逃げて差す」と形容しているのを聞いた事がある。
それがどんな意味なのか、どういう事をしていたのかはルーちゃんが言われた本人では無いから分からない。
でも、そのウマ娘さんと一緒なのは、ルーちゃんも全力で走っている。ルーちゃんだけの先頭を走っている。
それだけだ。
ーアセビルピナス再加速!!!1度はフリルドマンダリンが踏みかけた先頭を譲りません!!!残り100メートル!!ここまで来たらもうアセビルピナスは止まらないぞ!!ー
アセビの最速を、証明する。
これが、ルーちゃんの。アセビルピナスの走りだよ。
ーまたまたアセビルピナスが短距離レースを逃げ切った!!!タイムはなんと53.7!!!レコードに迫るスピードでした!!!ー
「ふぅーっ、ルーちゃん。勝利のV〜!熱々な季節を、更に熱々に、しちゃいましたー」