幻の夢を追いかける花 作:或る記憶
私のチームにはじゃじゃウマ娘がいる。
その子は口と素行が少し悪くて、レースにもあまり意欲的では無い。
成績はデビューから全戦全勝のストレートでオープンウマ娘入りした凄い子なのに、それ以降は勝ち切れない。
ポテンシャルだけならきっと学園でも随一なのだからもう少し真面目にって言っても、アタシには関係無いの一点張り。
ちょっとだけ難しい気性の頑張り屋さん。
「それじゃあ、頑張ってね。私は観客席で見てるから」
「別に、先輩ハもう帰っても良いんダケド」
「そんな事言わないで。私はスーちゃんの活躍が見たいんだから」
「スーちゃんっテ呼ぶなし」
私とは違う洋装の勝負服に身を包んだスーちゃんこと、アセビスズナは面倒臭そうに控室の椅子に座って脚を組んでいる。
これから始まるG1レースに出るとは思えない落ち着きようで、側から見れば緊張をしておらず、私から見たら案の定意識がどこにも向いていない。
「今日、勝てるかな?」
「どうだろうな。マァ、悪い結果にはならないダロ」
「私、スーちゃんが久し振りに勝つ所、見たいよ」
「気ガ向いたらナ」
いつもと変わらない会話。
私にはスーちゃんの気持ちをどうにかするなんて出来なくて、頑張れます様にって祈る事しかできない。
暫くして、スーちゃんはスタッフさんに呼ばれて控室を出て行った。それを確認して、私も観客席へと向かう。
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「……トレーナーさん。どうしたら、スーちゃんは走れるのでしょうか」
トレーナーさんが空けておいてくれた席に座って、ターフを見つめる。
私は今、スーちゃんへの期待よりも心配の方が大きくなっている。
「俺も分からん。模索してどうにかできないかと思ってはいるが、スズナからは回路が回らないとだけ言われてお手上げだ」
「回路、ですか?」
「そう。スズナの中には確かに譲れないモノがある。だけどそれはスズナの人生というよりは、スズナが目指すたった1つにしか作用しない。スズナが全てを費やして走るのはきっと人生の中でほんのひとつまみ程度の瞬間しかない」
「そう、なんですね……今のスーちゃんが信念から来るものなら、きっと、私のお小言なんて聞いて貰えないですね」
「そんな事言ってやるな。スズナの信念は、ボタンにもきっと良い方向に作用するさ」
ファンファーレが演奏される。
スタンドから近い場所に設置されたゲートへと勝負服姿のウマ娘達が落ち着いた様子でスムーズに枠入りを進める。
最後の1人が入り、一瞬の静寂。
「……始まる」
ガコンと一斉にゲートが開いてクラシックの最初の冠、皐月賞が始まった。
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「……スーちゃん。お疲れ様」
「ン」
1:59:8で決着した皐月賞でアセビスズナは5着になった。
最後の末脚は上手く出来ていたけれど勝負所が少しだけ遅く、ギリギリ掲示板に入るのが精一杯だった。
「スーちゃんはクラシックを目指しているから、次はダービーだね」
「オウ」
「覚えてる?スーちゃんが入学して、私と出会って直ぐの頃、ダービーで負けた私を挑発したの」
「事実ダロ?」
「それは、そうだけど。……あの時のスーちゃんはダービーに勝つって言っていたけれど、今も「アタシはダービーに勝つぞ」……そう、思ってるの、か、な……?」
私の言葉に割り入ったスーちゃんの言葉。
こんな事は珍しくて、思わず自分の手に落としていた視線をスーちゃんへと向ければ強い意志と、今までとは違う勝利へと喰らいついてしまう様な鋭い瞳と交差する。
初めて見た。アセビスズナが見せる本気の欲。
「スズナの中には確かに譲れないモノがある」
トレーナーさんの言葉がふと頭によぎる。
そうか、これが。
あの時限りの宣言なのでは無く、渇望し炎を燃やすそれが、スーちゃんの望むもの。