幻の夢を追いかける花 作:或る記憶
もし、そのウマ娘が目標とするレースを勝ったら。
もし、そのウマ娘が目標以外のレースが見えていなかったら。
その後の航路は、どうやって見つけるのか。
軽い未来のIf
わたしは昔より、ずっとずっと強くなったと思います。
最初は中央で結果を残すなんて夢物語だと思っていたけれど、わかさんトレーナーやチームの先輩達のお陰で名だたる強豪と遜色無い走りを出来る様になりました。
目標だったさきたま杯と浦和記念にも勝てました。
そして、目標を達成した今、何を目標にすれば良いのか分からなくなりました。
惨敗したフェブラリーステークスでも私は勝てる様になって、なんと言うか、強くなれたのは良い事なのに、ここまで来てしまうと心がびっくりして、前に進めないんです。
「わたしは、どうすれば良いんでしょうか」
目の前のわかさんトレーナーは難しそうな表情で、何かを考える。コウロはどうしたい?と聞かれても、わたしは答えられなかった。
目標を達成してしまって、わたしの中のナニカが無くなったしまったかの様な感覚でどうにもレースへの意欲が湧かなくなっていた。
わたしの心は「走りたい」「強くなりたい」って言っているのに身体が動いてくれない。
「地方のわたしが中央においでとスカウトされて、最初は皆に全く歯が立たなかったのにチームのお陰で、さきたま杯と浦和記念に勝って、中央のレースにも勝って、上手く行き過ぎた所為で……」
「それは全てコウロの努力があったからこそだ。俺達は少し背を押しただけでそれ以外はコウロが積み上げたものがあったからこそ」
「でも、何かが無くなってしまった。贅沢な悩みの筈なのに、こんなにも苦しい」
わたし達はレースに出る度に他の17人の夢を破って1番になる。17人を絶望に落としながら栄光を掴む。
「……じゃあ、こうするのはどうだろう?コウロが目標を見つけるんじゃ無くて、コウロが目標になる」
「わたしが、ですか?」
「あぁ。コウロは地方から中央にやって来て、良い成績を残している。それは紛れも無く目標とされるに相応しいウマ娘だ」
「で、でも、わたしと同じ様な経歴を持っていてもっと凄いウマ娘さんは沢山います」
「だろうな。でも、コウロが唯一と呼べる栄光を手にしていれば同じなんて言葉は使えない、思われない」
「唯一?」
わかさんトレーナーが徐にノートパソコンの画面をわたしに向ける。そこに写っていたのはとあるレースの映像。
日本のレース場らしからぬ雰囲気と、方々で聞こえる日本語では無い言語。
「地方から中央を制する、そういうウマ娘はいた。だが、地方から中央を制して中央以外も制する。これは中々いないだろ?」
パソコンから流れるアナウンサーさんの声。
拙いリスリング力を駆使して聞こえたのは「ケンタッキーダービー」というタイトル。
わたしにも覚えがあるアメリカのG1レースで知名度、名誉共にとても高いメインレース。
「このレースで、地方から海外に飛んで尚且つ奇跡みたいな事をやったウマ娘が出走している。誰もが夢を見る走りをした凄い奴がいる」
紫色の勝負服。
高く結んだ黒髪のウマ娘。
「コウロも、こういうヒーローになれるんじゃないか?」
ヒーロー。わたしが、ヒーロー?
無理ですよ。わたしには。
思わず溢れた言葉は飲み込んだ。それの代わりに別の言葉を吐き出す。
「わたしにもそんな事ができるでしょうか?」
「できる。とは、簡単に言えないな。スポーツの中で最も偉大な2分間と称されるレースだし、ダービーじゃ無かったとしても世界の壁は高い。だけど、一緒に行こうとは、言える」
「……わたしが、その舞台に行きたいと行ったら、着いて来てくれるんですか?」
「同じ飛行機、ファーストクラスを用意しよう」
思わず笑ってしまう。
ファーストクラスなんて莫大な出費、いくらトレーナーという職業でも難しい筈だ。
でもそんな事を言ってくれるくらい、わたしのことを信じてくれるなら。
「約束、ですからね」
「約束だ。これからは暫く、どうすればなんて言えなくなるからな」
「……はいっ!」
コウロちゃん、素の性格が「わ、わわたしなんかが!?!?」のスタイルなので、純粋にトレーニングを積んで、努力で強くなったのにいざレースで勝つと「これからどうすれば良いんだ……????」みたいな燃え尽き症候群的な感覚に落ちてしまうイメージがあります。