幻の夢を追いかける花 作:或る記憶
この話だけは50年代の順番だと思って下さいまし。
【第 回優駿牝馬、これから始まる2分半の戦いで今年の樫の女王が決まります。1番人気は日本ダービーにも出走した異例のローテーションに挑戦するアセビボタンッ!】
建物が壊れんばかりの歓声に包まれながら、1人のウマ娘が地下道からその姿を表す。
毛先だけが黒い葦毛に左耳に結ばれた花飾りが付いたリボン。見慣れた紫色の制服とは違う、落ち着いた色で纏められた勝負服。
コツコツと音を響かせながら、落ち着いた様子でコンクリートを越えて芝の地面に脚を沈ませる。
周りがファンや友人、トレーナーへファンサービスをしながらゲートに向かう中、1輪の花だけは前だけを見て真っ直ぐに歩いて行く。
その目に牡丹の色を灯しながら。
▼
【さぁ、貴方の愛バが女王になる瞬間を見届けよう!第 回優駿牝馬が今、スタートしましたっ!】
一斉に開いた鉄の扉と同時に18人のウマ娘が飛び出した。レース前インタビューの通りにポジション取りが進んでいるが、1番人気に押されたアセビボタンは出遅れたのか後方に近い位置に収まっている。
【おおっとここで、アセビボタンが出遅れたか後方のレース運びとなりました!初めて見る位置取りですが、矢張り先週のダービーが響いたか!】
「……クソっ、やっぱり出遅れた!」
応援の声に掻き消される中で、1人の男だけが苦々しい顔をして第1コーナーを回って行ったウマ娘達の背を見送って、ターフビジョンに目線を移す。
男が見つめる葦毛のウマ娘は相変わらず先頭のウマ娘から10バ身以上を離された位置にいた。
「だが、これはまだ想定済み。作戦は伝えてあるし、他のウマ娘にも囲まれていない……!」
それに、ダービーの2着でスイッチが入ったのか出遅れという大きな要素が気にならない程に、彼女は今、最高の状態に仕上がっている。
1週間という短過ぎる休みの中で彼女は疲れを残す所か、更に上へ行った。
「お前の
届かない
それでも、言霊なんてスピリチュアル的な考えが信じられているのだから、その男も、全力で自分の教え子に言霊を乗せる。
「……走れ、ボタンっ」
▼
第4コーナーに入る。
先頭で逃げるウマ娘さんの背中はこの位置では見えない。
ラストスパートを仕掛けるタイミング。でも、前は沢山のウマ娘さん達がいて、私はバ群に入っていく事が出来ないから内を進むのは難しい。
初めての後方で走るレース。初めてのバ群の交わし方。
迷惑にならない様に気を付けてコーナーで態と膨らむ。
そして、直線でラストスパートッ!
【ここで、ここで!アセビボタンが外に持ち出してラストスパートを掛けるッ!東京レース場、残り約526メートル!連闘したその脚は坂を越える力が残っているのか!?】
私がもしここで負けるだけなら、次は頑張ろうって言われて終わる。
でも、私は自分の我儘を言ってダービーにも出走したのだから負ける事は出来ない。
ここで負けたら、不調のまま担当ウマ娘を出走させたなんて言われて、トレーナーさんも優しいから私を守ってしまう。
それだけは、それだけは嫌なんだよ。
私は、ここで負けられない。
ダービーに出したからなんて言わせない。そして、
このレースで、私は私の
【アセビボタンが今1着でゴールイン!!この瞬間に樫の女王が決まりました!女王の名はアセビボタン!“花の王”として名高い牡丹を名前に持つウマ娘が異例のローテーションで2冠達成!!前回の悔しい結果にリベンジすると共に、優駿として3冠が期待されます!!】
「……トレーナーさん」
「おめでとう、ボタン」
「次は、秋のイチョウを獲りに行きませんか?私達ならきっと、できると思うんです」
「あぁ、あぁ!!獲りに行こう。俺がその道を完璧に整えてやるからな!」
「……はいっ。約束、です!」
何処かの世界で生まれた同じ名前の存在は日本ダービー後、低迷した時間を過ごす事となる。
だけど、その歴史を変えられるのならば。変えても許される世界ならば。
多くの夢を、その背に乗せて。