幻の夢を追いかける花 作:或る記憶
ねぇ、知ってる?高等部の先輩の話。
あぁ!それ知ってるよ!
名前は確か、アセビボタン先輩だよね?
そうそう!あの先輩がお化けを見れるって話!
お化け?私は特殊能力が使えるって聞いたけど。
えっ?僕は何十年も昔から生きてるウマ娘だって……。
あれ?
何か食い違うね。
話が違うって事は……なーんだ、やっぱり誰かが言い出した変な噂かぁ。
それにしてもなんでこんなに話がごちゃごちゃになっているんだろう?
さぁ?……まぁ良いや!トレーニング行こ!
目指せG1ウマ娘ー!
中等部から生徒を受け入れるトレセン学園には、毎日数多くの初出不明の噂が囁かれている。
やれ、あそこの階段が1段増えただの。
やれ、〇〇先輩を2人見ただの。
やれ、食堂のご飯が一瞬で無くなっただの。
新しい噂が生まれては消え、生まれては消えを繰り返す。
最近噂の中心にあるのはG1ウマ娘「アセビボタン」。彼女は誰にでも優しくて、何よりも強い。一目置かれ目標にされる憧れのお姉さん。
そんなアセビボタンが何故、噂が囁かれる様なウマ娘になったのか。
彼女は兎に角謎が多い。
周りの話を聞けど、自分の話をせず。
他のウマ娘と共に行動する姿を見れど、1人の時は何をやっているのか分からない。
ジッと何かを見ている時に話し掛けても特に対象はおらず、聞いてみても「特に何も」の一点張りで謎のまま。
それなのに、彼女が雨が降ると言えば雨が降り、酷い天気になると言えば雹や雷が鳴りと「特殊能力」だと括られても仕方が無い行動をよくしている。
アセビボタンの存在は、極々一部でトレセン学園の七不思議に昇華され様としていた。
トレセン学園のトレーナー室。
ペトリコールを漂わせる為に大粒の雨粒がコンクリートを叩いている。学園の中も湿度が上がり、何処か薄暗い。
何時もより質感の違うLEDの光を浴びながら、チームシェアトを掲げたチームメンバーの2人が其々の位置で椅子に座っている。
片方は脚を組んで、片方は机に向かい何かノートを記入しながら。
「ナァ、せんぱーい」
「ん?どうしたのー?」
脚を組んだショートポニーテールの少しだけ目付きが鋭いアセビスズナが、目の前で机に向かう先輩アセビボタンへと声を上げる。
アセビボタンは顔を声の方向へ向ける事は無いが、両耳はアセビスズナの方向へ向けていた。
「先輩ってヨォ、死んでンの?」
「へっ!?どうしてそうなるのかな?」
「イヤだって、トレセン学園で先輩が霊が見エルだの超能力が使エルだの、何十年モ生きてるだのッて」
「いや、いやいや、そんな事無いよ〜」
アセビボタンは尻尾をパタパタと動かしながら、アセビスズナからの言葉を全て否定する。
だが、アセビスズナは納得のいかない様な顔でもう一度口を開く。
「でもよ、先輩が雨降るって言ったら降るシ、空ガ荒れるって言ったら荒れるジャン。何十年も生きてるカラ使える様にナッタんだろ?」
「雨、荒れる……あぁ!それは空を見てるだけだよ」
「ソラ?」
「そう。よく言うでしょ?積乱雲があったら雷とか、雹が降るって言われてて、燕が低く飛んだら雨が降るとか……何十年も生きてるのは……私と似ている芦毛のウマ娘が学園にいたんじゃ無いかなぁ」
「ソンダケ?」
「多分。それに、当たらない事も多いし成功した時の話だけが1人歩きしてるんだろうね」
「……ナンダ。わくわくして損シタ」
妖怪の正体は一説に、自分とは違う身体的な特徴を持つ者や、精神的な疾患を持つ者をカテゴライズする為だったというものがある。
それと同じく、人々やウマ娘の特殊能力も大きな一つからほんの一部だけを切り取ったものなのかもしれない。
「つまんねー」
案外カッコいい事好きなアセビスズナは、灰色の空へ視線を動かして聞かれない声で、自分の興奮が打ち砕かれた事実に悪態をついた。