幻の夢を追いかける花 作:或る記憶
控え室として用意された部屋の中でゼッケンがしっかりと固定されているか確認をして、ストレッチを行う。
筋を伸ばして、万が一にでも走っている時に不調を起こさない様に対策をする。
ピアスの緩みが無いか、ヘアピンの固定する力が緩んで無いか確かめる。
「デージー、大丈夫ですか?」
扉をコンコンと叩く音と、トレーナーの声。
大丈夫だと促せば、珍しくスーツに身を包んだ姿。
「ナンダ。めずらしぃじゃねーか。そんなに着飾って」
「そんな事無いですね。いつも、わたしはこの格好です」
「そうかぁ?少し前までTシャツだったじゃねーか」
「それは、出会った頃の話です。もう数年前ね」
拳を差し出され、自分の拳を合わせる。
小さな面積から伝わってくる温もりで火が燃える。
今回のレースはアウェーだ。俺はこの国で注目をされていない。
それでも俺は、目の前のトレーナーが応援してくれるだけで迷わないで済む。世界で一人、見てくれる人間がいれば俺は走れる。
「時間だよ。転ばない様に、楽しんで!」
「あぁ。見てろ、少しだけ楽しませてやるから」
青々とした芝。
周りの筋肉量や身長の違うウマ娘達。
英語で「お互い頑張りましょう」と友好的に挨拶をし合っても、瞳に映る炎は違う。
俺には俺の燃えるものがあって、相手には相手の燃えるものがある。
ゲートに入って、スタートのポーズを取る。深呼吸をして、目の前が開ける一瞬に集中する。
-The race has started!
スタートをしてから芝を蹴り、直ぐにやってくるコーナーを膨らみすぎない様に気を付けて、位置を後ろに取りながら通過する。
日本ではまず見ない変な形のコースではあるが、そんなの走っている分には関係無い。
コーナーを通過して、直線。このレース場は外側にダートがあるから、トレーナーからも散々気を付けろと言われた芝の中に突然現れるダートコース。それを突っ切って直線コース。
視界に映る観客と、風の音に混じる歓声。
俺の前を走るウマ娘達は逃げたり、抜かし抜かされをしていたり一人旅をさせて貰っている俺とは全く違う激しさを見せつけている。
最終コーナー。6人のウマ娘がコーナーを曲がりきって、俺だけ1人遅れて最終直線。泣いても笑っても跡が無い残り数百メートル。
「サァ!勝負しようやッ!」
アウェーの中、この絶望ですらある何十バ身を差し切った瞬間、この場所はどれだけの困惑に包まれるのだろうか。
はたまた、やりやがったと少しの歓声が湧き上がるのか。
「想像するだけで、楽しいだろ……ッ!!」
たった1回で消耗し切った蹄鉄を眺めながら、向けられたカメラに投げキッスをした。
「お疲れ様。デージー」
「ん?んんん?なんで会長サマがいんの?」
「少し、このレースに思い入れがあってね。同じ学園のウマ娘が出るとなって、無理を通して見に来てしまった」
「あらまぁ。それはそれは素敵な話で。海外実績が増えた事実はどう?」
「本当に素晴らしい成績だよ。アセビデージー、正に率先垂範」
「百折不撓。会長サマは?」
「……そうだね。来年にでも」
俺と似た炎が、煌めいていた。