幻の夢を追いかける花   作:或る記憶

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50〜60年代の競走馬:アセビスズナ

 

この名前を覚えておけ。

ダービーという歴史の中にこの名前が刻まれた事を、お前だけは覚えておけ。

 

 

 

 

 

生涯成績

【1958年】

新馬戦 一着

条件戦 一着

OP 一着

【1959年】

OP 三着

皐月賞 五着

東京優駿 一着

毎日杯 十着

宝塚杯 八着

セントライト記念 十一着

菊花賞 十二着

【1960年】荒尾移籍

B1 四着

B1 一着

A2 三着

A2 二着

A2 一着

A2 一着

A1 四着

A1 一着

A1 一着

A1 一着

【1961年】

A1 六着

A1 五着

A2 七着

A2 九着

A2 五着

B2 一着

B2 一着

B1 二着

【1962年】

B1 四着

B1 一着

A2 四着

A2 二着

A2 一着

A2 一着

A1 一着

A1 一着

A1 一着

A1 一着

【1963年】

A1 一着

A1 一着

A1 四着

A1 一着

A1 一着

A1 一着

【1964年】

A2 一着

A2 一着

A1 四着

A1 一着

A1 一着

A1 一着

【1965年】

A1 一着

A1 一着

A1 一着

 

63戦32勝(32-3-2-26)

【主な勝鞍】※当時は格付け無し。

東京優駿(日本ダービー)

 

【馬主】

高垣 芳司

【主戦騎手】

小金井 近江→伊波(イナミ)徳実(トクミ)

 

1956年4月24日生まれ。幼名は「清波」。

円谷巽が作っていた牧場にて生まれたアセビボタンの初年度産駒となる鹿毛の牡馬。

気性はアセビボタンの血か大人しめ。しかし、スイッチが入ると少し暴れてしまうやんちゃっ子。脚が長く、今で言うモデル体型。

脚質はボタンとは反対の後方から徐々に追い上げるというもの。

これは、アセビスズナが走る時にエンジンが掛かりにくい事が原因であり、上手く走れれば逃げを選ぶ事も可能。

特筆すべきは、大外、低人気から一着をもぎ取った日本ダービーであり、母であるアセビボタンが獲る事の出来なかったタイトルを獲った事からしばしば「孝行息子」や「敵討ち」などと言われる。

ダービー後は戦績が低迷し、地方への移籍をし好成績を納めていったが、スズナのすぐ後、中央でデビューしたシンザンを始めとする沢山のスター達の出現によって「アセビスズナ」の名前は忘れられ、知る人ぞ知る存在となった。

 

 

アセビ→馬酔木(あなたと二人で旅をしましょう)

スズナ→菘(慈愛、晴れ晴れ)

 

【何故荒尾競馬場に移籍したのか】

スズナが生まれる前、荒尾競馬場には87戦60勝を記録したロカランギョク(架空馬)という馬がいました。しかし、馬主が高齢だった為にロカランギョクの引退を見届けて老衰します。

家族は馬を引き取るつもりが無く、仕事での縁を伝ってロカランギョクは高垣氏へ引き渡されます。

そして、ボタンとロカが夫婦になりスズナが生まれ、スズナが芝を嫌がってからはロカの縁を辿って荒尾の地に渡り、ロカランギョクに騎乗していた伊波が息子の主戦騎手となりました。

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