幻の夢を追いかける花 作:或る記憶
生涯成績
【1972年】
新馬戦 十着
条件戦 十一着
条件戦 十四着
条件戦 一着
条件戦 八着
条件戦 九着
【1973年】
条件戦 五着
条件戦 四着
条件戦 七着
北海道3歳ステークス 三着
函館3歳ステークス 一着
京成杯3歳ステークス 一着
朝日杯3歳ステークス 四着
【1974年】
京成杯 一着
阪急杯 五着
読売杯スプリンターズステークス 二着
【1975年】
中日新聞杯 十着
読売杯マイラーズカップ 五着
阪急杯 三着
読売杯スプリンターズステークス 一着
CBC賞 二着
【1976年】
読売杯マイラーズカップ 五着
安田記念 六着
京成杯オータムハンデキャップ 十着
カブトヤマ記念 五着
【1977年】
読売杯マイラーズカップ 三着
北九州記念 十着
読売杯スプリンターズステークス 一着
有馬記念 九着
29戦6勝(6-2-3-18)
【主な勝鞍】※当時は格付け無し。
G1 読売杯スプリンターズステークス(1975年、1977年)
G2 京成杯3歳ステークス(京成杯3歳ステークス)
G3 函館3歳ステークス(函館2歳ステークス)
G3 京成杯
【馬主】
高垣 芳司
【主戦騎手】
小金井 近江
1970年4月1日生まれ。幼名は「ハヤブサ」。
アセビ冠を代表する青毛のスプリンター。本命は1200メートル、1400メートルまでは勝負になるかもといった具合。
気性難という訳では無いが、頭が悪くレースというものを理解していなかった。
その為、合図が無いと走らなかったり、歩き始めたりしてしまうので、スタートした直後に鞭で合図を送るのが最強を最強たらしめる要素だった。
70年代には短距離の選択肢が少なく、時代に困らされたサラブレッドの一頭でもある。
脚質は逃げ、中距離まで走れないサイレンススズカタイプ。
短距離の最強馬議論に名前が挙がる事は無いが、現代のレース体系ならばどうなっていただろう、もしあの馬とライバルだったら、など夢を語る議論にはよく名前が挙がる。
直向きに頑張る姿が応援され、投票により有馬記念への出走が決まりラストランとするが、先頭を走る遥か向こうのテンポイントを見つめながらヘロヘロになりながら最下位でゴールをした。
アセビ→馬酔木(あなたと二人で旅をしましょう)
ルピナス→いつも幸せ、あなたは私の安らぎなど