幻の夢を追いかける花 作:或る記憶
熱狂とは正に、これを言うのだと肌で感じる。
レースへの熱狂、馬への熱狂、応援する馬の母もしくは父への熱狂、応援している冠名への熱狂。
様々な情念が渦巻いて、只目の前を見つめ続ける。
生まれてから初めて脚を踏み入れた競馬場。
『Racing Program』と書かれた冊子を捲りながら足並みを揃えて芝生を見つめる。
大きなレースがあると言うのに妻と娘息子は探検だと建物の中へ消えて行った。
大きく響くファンファーレと呼ばれる音楽。
順番にゲートへと入っていく16頭のサラブレッド。
手の中で握った小さな券には、がんばれと書かれている。
【さぁっ!綺麗なスタートを決めて一斉に16頭の競走馬がまずは芝の地面を走ります!!先に抜け出したのは】
位置で言うと右の奥。芝の上を走り出す色鮮やかなサラブレッド達。少し走って直ぐ、地面は砂へと変わり数字を掲げたその脚は本領を発揮する。
一番先に抜け出した6番は今も先頭を走り続けて、その次に7、9、12番が固まって少し開いた所に3、14、7、8、11番がいる。
電光掲示板の裏へとサラブレッド達が移動し、見易い画面に目を移す。
がんばれの対象は後ろの方を走る2番。競馬において前を走った方が良いのか、後ろの方を走った方が良いのかなんかは分からないから、ひたすらに祈る。
電光掲示板から相変わらず6番が飛び出して、その他が続く。
【さぁ!先頭は変わらず!!ただ1頭のみが第3コーナーへと向かいます!!現在2番手を走る12番までには3馬身程のリードがあるが!!勝負は依然ここからです!!】
コーナーを曲がり、サラブレッドが少し、視界の中で少しだけ大きくなる。
2つ目のコーナーに差し掛かる手前、常に先頭を走っていた6番が失速。いや、速度を上げた後続に差を詰められる。
これは遅いのか、早いのか、自分の脳では理解出来ないが固まっていた集団が動く。
コーナーを曲がる。直ぐそこにサラブレッド達がいる。
【残り約500メートルの直線!!G1という栄誉へと触れるのは一体どの馬だッ!!】
会場のボルテージが上がる。シャワーの様に軽く小さな粒子が世界に舞う。
がんばれと応援する薄い毛色の2番が、脚を変える。
4本の脚で懸命に走る。
残り300メートル。
騎手が鞭を何度か振るって、合図を送り続ける。
残り150メートル。
その馬が3番手にまで上がってくる。
残り50メートル。
1着との差は、ほんの僅か。
手に力が入り、柵を握る指先が白く染まる。
少しだけ身体が前のめりになって、コンサートの様に大きな音が響く世界でしっかりと、前だけを見つめる。
届け、届け、届け、届け。
「届け……届けッ!届けッッッ!!!コウロ!!!」
熱狂。
大歓声。
頭がガンガンと鳴って、遠くで響く声を辛うじて拾う。
スピーカーに乗った声が地方所属のまま中央のG1を制した特別を伝える。もう、何年という単位で久し振りだった珍しい記録なのだと主張する。
肩の力が落ちる。
これを応援している馬の毎回で体験するのは大変だが、だからこそ勝った時の喜びも一入というもの。
「……君を、デビューの時から見ておけば良かったよ」
心を奪われてしまった。初めてなのに、見入ってしまった。
どうやらこれも、血筋なのかもしれない。