幻の夢を追いかける花 作:或る記憶
最後の最後まで希望を願った9月の第1週。
今までで1番と言っていい程の手応え。絶対に勝つのだとロードへ指示を送る。
今日は、本当に良い走りをしてくれた。
写真判定の末、3着となったアセビロードが進む未来は、「障害レース」となった。
それは、アセビロードの持つスタミナを加味したものであり、アセビロードの怖がらない性格を充分に活かせる舞台だと考えられたからである。
初めての障害練習。只の棒が地面に置いてある所から始めるトレーニングは、順調の一言だった。
初日には地面に置いた棒を跨いで、クロスされた棒も数日あれば超えられる様になった。
そして、いよいよ障害レースで見られる竹柵を前にする。高さこそ低い物となっているが、それでも立ち止まってしまう馬も数多くいる。
「よし、次はこれを頑張ろうな」
首筋をトントンと叩いて助走を付ける。
最初は立ち止まり、嫌な予感を感じるが、暫くすれば竹柵を理解して超えられる様になった。
次は障害レースでも使われる様な本格的な障害物。素材の違う物が並んだ連続障害を全て超えられる様に、怖がらない様に飛越する。
「よし、よし、上手だぞー」
1つの障害を越える度に出来ている事をしっかりと褒め、馬の気持ちが途切れない様に進めていく。
ロードののんびりな性格を尊重しつつ、出来る事を進めて、何度も練習を繰り返す。
そうして、1年近くの時間を使い本番へ。
「ロードはのんびり屋で、レースでもエンジンが掛かるのが少し遅いので早め早めから促してあげて下さい」
障害3歳以上未勝利。
朝1番の客もまばらな競馬場のパドックを周回する中で、初めてアセビロードとタッグを組む安曇へロードをよく知る厩務員がその癖を共有する。
安曇は鐙の調節や、手綱の調節を行いながらその言葉に頷く。安曇はロードと同じく障害レースに於いては新人と呼ばれる部類の人間だが、中々に良い成績を残す期待のルーキーだった。
「それでは、お願いします」
その言葉を最後に厩務員は離れ、ゲートが開く。
本番、1番初めの障害を飛越する。完歩に近い理想的な踏み切り位置。着地もほんの少し大勢は崩れたものの、問題ないと言える範囲。
ハミの反応も良く、理想的な走りをすると言っても過言では無い。
それなのに、平地では未勝利を抜ける事さえ叶わなかった。競馬の世界で考えるとよくある話ではあると言えてしまうものだけれど、それにしても不思議だった。
「そろそろ行くよ」
1000メートルを過ぎた辺りで誰にも聞こえない世界の中、安曇が声を掛ける。
ほんの少し手綱を緩めて拘束を解く。
それからは500メートルの間隔で手綱を緩めて合図を送る。
そうして、最終直線。
「行くよっ!ロード!!」
鞭を一回入れれば、綺麗にスピードを上げていき、ドンドンと前を走っていたサラブレッドの背に追い付く。
殆ど理想的な形の飛越はスピードを緩める事無く、勢いへと変わっていく。
残り100メートルを過ぎる頃には何十馬身とあった差は無くなり、前にはあと1頭のみ。
障害の未勝利戦においては中々見ない追い込み方。
観客席の何処かから「おお!」と声が上がる。
アナウンサーが叫ぶ様に「アセビロード!初めての一等賞!」と口にした。
「お疲れ様。ロード君」
ゴールを過ぎ、脚を緩めたアセビロードの頭をわしゃわしゃと撫でれば嬉しいのか、うざったかったのか頭をブンブンと振る。
4歳の夏前。
アセビロードは、初めての勝利を飾った。