幻の夢を追いかける花 作:或る記憶
走るのは楽しい。
他の皆よりももっと先に立てたら嬉しいよね。
でも、1番楽しいのは皆と一緒に走ること。
それなのに上に乗ってるヒトも、僕のお世話をしてくれるヒトも走り終わった後に「ショモショモ〜」って顔をしている。
なんでだろう?って思ったら、僕が走る時は1番先にゴールしないといけないらしい。
「でもさ〜、皆と一緒に走るのが楽しいんだよね〜?分かるかな?この気持ち」
顔を出して隣のオトモダチに話し掛ける。
だけど、オトモダチは「そうかぁ?」と僕の言葉をあんまり分かってくれない。オトモダチは僕と反対で、1番になるのが嬉しいらしい。
「なんだよ〜、分かってくれないのか〜、僕の方がショウスウハ?ってやつー?」
頭を振りながら云々と唸っていれば、脚が壁にぶつかってガコンって音を立てた。オトモダチからは「五月蝿いぞ」と怒られた。
今度は僕が「ショモショモ〜」って顔をする番だった。
そんな僕を見て何時もお世話をしてくれるヒトがどうしたんだって顔を撫でた。
あっ、もう少しだけ横っちょが良い……。
高垣芳司や小金井近江を少しだけ悩ませる馬。アセビルピナス。
現在9戦1勝、内掲示板入りが2回と中々に伸び悩んだ成績。様々な距離を走らせてみて短距離が1番力を発揮できる距離であるという事は分かったが、それ以上になると難しかった。
彼はレースというより他の馬との併走を楽しんでいるようで、どれだけ鞭を入れてもスピードを上げず、結果集団の中で流れる様にゴールする。
「あの、高垣さん」
「えぇ。なんでしょうか」
「次のレース、成功するかは分かりませんが、試してみたい事があります」
「……分かりました。お願いしますね」
『北海道3歳ステークス』11頭の馬が集まったゲートの中で小金井はポンポンと首を叩く。
特別興奮した様子は無く、何時も通りの落ち着き。
最後の馬が入り、ゲートが開く。
アセビルピナスが飛び出した瞬間に小金井は一発、鞭を入れた。
驚いて、アセビルピナスは普段の併走を楽しむ雰囲気から一転、掛かってしまったかの様にスルスルと前へ出る。
後は1200メートルを1番で走り切れる様に鞭を入れ、速度を落とさない様に走らせる。
1分と数十秒、最後は団子になってゴールの前を通過する。
アセビルピナスの確定した順位は「3」。
それでも初めてと言って良い競走馬らしい走りに小金井は普段よりも多く首筋を、頭を撫でた。
アセビルピナスはなんだか不思議そうな表情をしていた。
「ねぇ〜。聞いてよ。皆と走ろう!って思ったらさ、突然お尻バチンってされて!凄いビックリしたんだけど!」
「へぇ。それは災難だったね……って、ところで君は誰?」