幻の夢を追いかける花 作:或る記憶
ガヤガヤと騒がしい居酒屋の真ん中で、酒を何口か肴と共に胃の中へ入れながら目の前に座る先輩へと話し掛ける。
数ヶ月前からずっと、頭に浮かんでいること。
「俺……転職?しようかなって……」
「転職?そりゃまたどうして」
先輩は、不思議そうな顔で鮮やかな緑色をした枝豆を口にしながら、首を傾げる。
俺は、促されるままに自分の思いを吐き出した。
「今の仕事に、先輩の下で働く事に不満とか、嫌だなって思う負の感情は一才無くて……逆に離れたくないって思うくらいなんですけど、この仕事と同じくらい挑戦してみたい!って思うものができて」
「へぇ、それは素敵な事じゃん。ちなみに何か聞いても良い?」
「……牧場です」
「牧場?それまたアシスタントとは正反対。というか、掠りもしない所にいったね〜」
「自分でもそう思います。でも、キッカケがあって」
先輩はグラスを傾け、何度か喉を動かす。
自分も唐揚げに手を伸ばして咀嚼し、何杯目かのビールを胃に流し込んだ。
相変わらず周りは騒がしくて、でも、自分達のテーブルは酷く静かだった。
「……牧場って言ってもさ、色々あるじゃん?牛、豚、鶏、羊とか」
「あー、馬です。競馬の、動画見て……スンマセン……」
「え?何で謝るのさ」
「いや、だって、競馬ってギャンブルの面もありますから、嫌な人は嫌だろうし」
「それもそっか。でも、大丈夫だよ。私は走る馬格好良い〜!って思ってるタイプだから」
「それは良かったです」
「馬ね〜馬か〜……格好良いよね〜」
「はい!凄く!」
思わず大きな声が出て、先輩が驚いた様に目を大きく開く。酔いの回り始めた頭は一瞬で正気を取り戻し、先輩に頭を下げた。
「良いよ良いよ。夢中になれるものを見つけるのは大切だからね。……動物園、水族館にも言える事だけど、牧場も朝早いよ〜?今よりもずっと」
「それは承知の上です!って、先輩詳しいんですか?」
「詳しいっていうか、ちょっと知り合いがね……あ!なんなら話付けてあげようか?君が本気の本気なら、手伝わせて欲しいな」
「い、良いんですか!?」
「うん!良いよ〜。君が頑張れる子だっていうのはよく知ってるし、知り合いも何人か人材欲しいって言ってたし」
「有難う御座います!!……あの、所で動物とは全く関係ない所から牧場に進むのって……」
「全然大丈夫じゃない?今だって、脱サラして〜とかそれこそ競馬を見て〜っていう人もいるし。愛する気持ちと、最低限の体力さえあれば問題無いって」
「……良かったぁ!」
少しの脱力の後、居住まいを正し、先輩へと頭を下げる。
「本当に、有難う御座います!高垣先輩!」
「どういたしまして。頑張れよ、知り合いの所は馬だけじゃ無くて色々いるから」
「お、押忍!!」
動画サイトのオススメで突然出てきた競馬の動画。
競馬には特に、深い思い出も、感情も、それこそ批判的な気持ちも一切無かった。
でも、サムネイルに映る一頭がが白くて綺麗だったから、再生した。
純粋に走る姿に目を惹かれた。素人でも分かり易い白い身体をぬかるんだ地面で汚れるのを厭わず懸命に走って、最後の一瞬まで人々の目を奪い続けた。
その馬が、目の前にいる。
俺はこの馬が現役で走っていた頃はまだ5歳か、6歳で数ヶ月前まで興味すら無かった。
あの動画だって、勝ってはいない。確か、3着だった筈だ。
それなのに、隣に立つ先輩に促されるまま触った掌から伝わる熱に、何故だか無性に泣きそうになった。
愛が職を変える時もある。