先進11カ国会議は紛糾していた。
新興国家グラ・バルカス帝国の宣戦布告、からの同じく新興の列強国日本が懲罰を下したという報告。
日本が持ち込んだ最新機材による、宣伝を心得ている外務省宣伝部門職員の解説を付けた鮮明な映像は、この世界の国々に日本が想定していた以上のインパクトをもたらした。
「レイフォルを滅ぼした、あの鉄の巨城が……」
「誘導弾? それは魔帝の兵器じゃないのか? なぜ科学文明国の日本が使えるのだ?」
「科学文明国があんな兵器を保有しているとは……第零式魔導艦隊はどこにいるのだ?カルトアルパスはミリシアルの領土であろう、彼らが守るのは当然のことではないか」
憶測に妄言、不安から来る八つ当たりなど、会議はもはや収拾がつかなくなりつつあった。
「皆様、落ち着いて下さい。ひとまず日本国の活躍により、グラ・バルカス帝国の脅威はこのカルトアルパスより去っております。まずは、グラ・バルカス帝国への対応について議論すべきではないでしょうか」
グラ・バルカス帝国相手にいいところを何一つ見せられなかったことで、メンツが丸潰れとなったミリシアル。
勝手なことをした日本に言いたいこともあったが、宣戦布告が既に済んでいる以上、敵国の艦隊を攻撃しただけの日本を責めることは難しい。それどころか、自国の艦隊が敗れたことを知らせるのが遅れたことで各国から非難を浴びせられる始末。
まさに泣きっ面に蜂。だが世界最強にして、来たる対ラヴァーナル帝国戦を主導する立場は自国のみと信じている神聖ミリシアル帝国は屈しない。
「それと一部の方々が第零式魔導艦隊の警護を希望しているようですが……残念ながら、第零式魔導艦隊は遠方にて重要任務に就いておりますので、動かせる状態にありません。代わりに地方隊1個を警備に配備いたしますので、各国使節団の皆様はどうぞご安心ください」
第零式魔導艦隊がグラ・バルカス帝国によって、配置先を海底に強制変更されたことを知っているのは、この場では当事者のミリシアルと科学技術の精華をもって監視していた日本だけである。
ミリシアルからすれば参加国には確かめる術がないため、これで誤魔化せると思っているようだが、裏事情を把握しており尚且つ、情報戦でミリシアルの遥か先を行く日本からすればお笑い種だ。
グラ・バルカス帝国の宣戦布告後、姿を現さなくなった艦隊。いつまでも帰ってこない乗員の家族……遠からずバレる嘘を、国際会議の場で堂々と告げるミリシアルの外交官。
日本の出席者たちからすれば、世界最強とされる国の程度が知れたことで、内心笑いが止まらない。
「先日、グラ・バルカス帝国が全世界へ宣戦布告したことは皆さんも重々ご承知でしょう。この脅威に対抗するため、そして来たる古の魔法帝国戦に備えた予行演習として、世界連合軍を結成することを提案します」
「おっしゃることは分かりますが、運用はどうされるのです?」
ぼろくそに負けておきながら、グラ・バルカス帝国を魔帝の前座と見ている節があるミリシアル外交官にムーの大使が質問する。
「貴国と我が国、それに日本国の軍艦は高速であり、帆船と足並みそろえることは困難です。それにこれだけ多国籍の軍を、どうやってまとめ上げるのですか?」
「……編成時点で動力船と帆船を分けます。統率については、事前に作戦内容と目標を各軍の指揮官に徹底しておけば、大きなミスは起きないと、軍は判断しております」
自軍内ですら、伝達ミスや意思疎通の齟齬で大ポカやらかすことがあるのに、その自信は一体どこから来るのか。合同訓練などやったこともない、装備も運用思想も、なんなら常識も違う集団が最低限度の統率を保ちつつ連携できると、本気で思っているのだろうか?
聞けば聞くほど日本から現代戦の知識を取り入れたムーの軍人と、それを実体験として知っている日本国防軍人は頭痛を覚える。
「先ほどから聞いていれば、ムー国は失礼ではありませんか?」
横から別の国の外交官が割り込んでくる。第1文明圏の魔法文明国の人物だった。
「列強とそれ以外の国では、技術格差があるのは事実ですが、我々とて無策ではありません。我の英知を結集すれば、魔帝が相手であろうと一矢報いることはできましょう」
(いや、あんたらの装備じゃ効率の悪い時間稼ぎか、弾薬消耗させる肉壁にしかならないだろ。良くてマスケットの歩兵。それに木造船と空飛ぶトカゲの軍隊が、現代の戦場を生き残れると思っているのか?)
本音が喉元まで出かかったが、理性と職務への義務を総動員して腹奥に引っ込める。
「なるほど、ではあなたの国では音速で飛び、誘導兵器を撃ってくる、ワイバーンごときでは手も足も出ない兵器を揃えた相手に戦える方法があるのですな?」
「…………それは……いや空は無理でも、海や陸でなら」
「海でも誘導兵器は飛んできますし、貴方がたの持つ大砲より高性能な艦砲も持っているのですよ?地形に大きく左右される陸上戦闘なら、多少は損害を与えられるでしょうが、日本が討伐した魔王の能力を考えるに、目を覆いたくなるような戦果損害比が生まれるでしょうな」
淡々と、どこまでも事実に基づく質問と説明の前に食って掛かった第1文明圏の外交官は、何も言えずうつむいてしまう。
その様子を一部始終観察していた日本大使は、魔法文明に見切りをつけるべきかと考える。
(……もういっそ、ムーと手を組んでグラ・バルカス帝国とラヴァーナル帝国にあたるべきか?上を説得できる材料には、やや不安があるが……)
今回の一件でのミリシアルの対応のまずさ、それに伴う混乱と影響力の低下。これまでの世界最強というブランドがあるから、没落はしないだろうが以前ほどの権勢は失われるだろう。
さらに今のやり取りで世界各国の認識の甘さに対し、是正すべき魔法文明の雄たるミリシアルとエモールが、何一つ手を打っていないことがうかがえる。
世界の主流である魔法文明がこの惨状ならば、同じ科学文明国であり、話の通じるムーと日本を主軸とした新しい枠組みを作り、ミリシアルとは無理のない範囲で協調する……といった方針に転換するのも必要となるだろう。
今後の状況次第では、降伏に追い込んだ後にグラ・バルカス帝国を加えてもいいかもしれない。あの品性の無さから思うに、あまり期待はできそうにないが。
(まずはこのウィーン会議に一区切りつけるところから始めるか)
彼は知らなかった。遠く離れた祖国で、未来の脅威を排除する作戦が始まっていたことに。
カルトアルパスで11カ国会議が紛糾していたころ、日本全土が慌ただしくなっていた。
日本本土だけではない。新内地も含めた文字通り日本の領土全てで国防軍を中心に忙しなく動き回っている。
そのきっかけとなったのは、グラメウス大陸で捕縛したアニュンリール皇国工作員から得た情報だった。
「まもなく魔帝さまがご帰還される!世界中に散ったビーコンは、ほぼ全て皇国が確保済みだ!何よりも貴様ら劣等種では手が出せぬ領域で、僕の星がこの星を巡っている。貴様らは魔帝様に滅ぼされる運命なのだ!クハハハハハハハ!!!」
日本の徹底した尋問の結果、工作員が血反吐と共に吐き出した情報は、日本にアニュンリールへの殲滅戦を決意させた。
コア魔法という魔法式核兵器を保有した蛮族思考国家が、この星に現れる。しかしてそのためには魔帝が設置したビーコンが必要不可欠。宇宙のビーコンが全てあれば、地上の物は数基あれば転移可能。地上のビーコンの大部分はアニュンリール皇国本土にある。
複数人の工作員から引き出した情報から、これらを突き止めた日本の意思決定は早かった。もう二度と日本に戦禍を及ぼさぬために、敵国アニュンリール皇国を先制攻撃で徹底的に滅ぼす。
そのためにまず、広島計画の一部スケジュールを短縮した。特に核弾頭を搭載した兵器の動作テストは最優先事項とされ、その他の実験などを一時凍結してでも核兵器の実戦配備が進められた。
弾頭部の設計並びに製造は完了していたので、試験が無事に終われば配備は進むと思われたが、念には念をとサンプルとして保管されていた旧敵国の核兵器の戦力化も同時進行で行われている。
宇宙空間のビーコンに関しては既存の回収機と衛星攻撃ミサイルで可能な限り破壊。残ったものは核で一掃する予定だ。
だがここで大きな問題が立ちはだかった。魔帝復活のタイムリミットだ。
「作戦の準備は1年。遅くとも2年以内には完了してください」
「ですが総理、広島計画はまだ途中です。各種ミサイルの実弾試験は突貫で終わらせるにしても、生産が追いつかないでしょう。2年間……準備を含めれば良くて1年の生産数ではアニュンリールと宇宙で使う数には到底足りません」
「それは理解しています。ですがラヴァーナル帝国が転移してくるまで、もう時間がありません。アニュンリールが我々のことを知れば、ラヴァーナル帝国復活のためにどんな手を打つか分かりません。その前に潰す必要があります。そのタイムリミットが2年なのです」
軍関係者や広島計画の責任者らが総理を説得するも、総理は譲らない。
そして総理の譲れぬ理由も理解し、共感できるため彼らも反対はできても反発はできない。
「こちらも追加の資金投入や生産設備の増設など、できる限りのことはします。……どうしても間に合わぬ場合、アニュンリール本土を完全消滅させることを優先し、宇宙は二の次にしましょう」
「それは……いえ、確かにアニュンリール皇国さえ滅ぼせば妨害を受けず宇宙のビーコンに取り掛かれますね。ただちにアニュンリール殲滅に必要な核の数を計算いたします」
誰もが目を血走らせ、一分一秒が惜しいと手足を動かす。かつて神々より課された試練を乗り越えた日本人たちは、今はそれが求められる時なのだと理解していた。
「この星に、これ以上の土人国家は不要だ。古代の魔王さまには、永遠に迷子になっていただこう」
グラ・バルカス帝国からの宣戦布告が確認されたことで、日本の関係組織が一斉に動き始めた。
それは諜報組織も例外ではない。むしろ戦闘の前後では彼らこそがもっとも献身的な働きを求められる。
「では我が国の……イルネティア王国解放に日本は協力してくださると、そう考えてよいのですね?」
「ええ、これは我が国の首相も同意しております。ただしグラ・バルカス帝国から独立後、貴国領内に我が国の基地建設を許可し、グラ・バルカス帝国戦における後方基地とすることを認めていただきますが」
グラ・バルカス帝国との戦争が確実視された段階で、ムーに亡命していたイルネティア王国関係者と接触。日本側が用意した秘密の会談場にて、イルネティア王国解放とその対価として領土の租借を求める取引が、今まとまった。
「どのみちあなた方の助けなしには、祖国解放は叶いません。その条件を飲みましょう。ただ、罪なき民への理不尽な暴力などは……」
「無論、そういった問題には憲兵隊と法務部が厳正に対処いたします。我々は蛮族ではありませんので」
きっぱりと言い切る工作員。実際、試練の間にそういった問題ともさんざん向き合っており、それに対する対処法もマニュアル化して関係各所に広く浸透している。
「では後日、我が国の外交官と書類への署名。並びに貴国の復興プランについての話し合いがございますので。日時が決まりしだい連絡致します」
ここ、ムー大陸以外でもグラ・バルカス帝国に反旗を翻さんとする者達の下へ日本工作員は現れ、接触している。
力ばかりに目を向けてきた獣の足元が、掬われるのはそう遠くない。
ムー大陸南方グラ・バルカス帝国領レイフォル州に軍港に、新たなる西方の支配者となったグラ・バルカス帝国の輸送船団が入港しようとしていた。
「本土から遥々、ようやく東の最前線か……」
口元に髭をたっぷり蓄えた男、輸送船ハレー1号の船長は感慨深そうに呟いた。彼の髭や肌は長年浴び続けた潮風と日差しで傷んでおり、それが彼に凄みを与えている。
この船団にはグラ・バルカス帝国本土からガソリンなどの精錬された燃料、戦車や航空機などの工業製品が積み込まれていた。一部の工業製品は植民地でも製造されているが、本土でなければ製造できない部品もあった。
「船長、船団の入港は少し遅れるそうです。なんでも港に死体が浮かんでいたとかで、ちょっと揉めてるとか」
「そうか。まあ、開戦で浮かれた馬鹿が飲みすぎて海に落ちたんだろう。お前らも気を付けろよ」
まだ市井にはミリシアルでの大敗北は噂さえ広まっておらず、開戦の報にグラ・バルカス帝国国民の大部分は浮足立っており、気の早い者などは「ついに帝国が世界を統べる時が来たのだ」、「新たな植民地はいつ手に入るのか」などと妄言を吐く始末だった。
「副長、今のうちに交代で煙草吸わせてやれ。入港したらそんな暇ねえからな。ああ、甲板に上がることを忘れんなよ? うちは弾薬積んでんだからな」
「りょうか……」
副長が船長の心遣いに答えることはできなかった。返答の途中で足元が揺れた次の瞬間、乗船のハレー1号ごとその肉体を吹き飛ばされてしまったからだ。
ハレー1号がその腹にため込んでいた弾薬が、下からの突き上げる衝撃と圧力によって誘爆。隣り合う輸送船にも甚大な被害をもたらした。
被害は当然それだけに止まらない。船底に大穴を穿たれる船が続出し、港は死体を含む大量の浮遊物と流れ出た油でどす黒く染め上げられている。
「…………一体、何があったというのだ……。蛮族どもに、このようなことができるわけ……」
この惨状を見た海軍士官が膝をつき、うめくように声を漏らす。
警備用に配備された小型艇や哨戒機がこれ以上の被害を防ごうと軍港周囲を動き回るが、敵潜水艦発見の報が届くことはない。それどころか何隻かの小型艇も見えない敵に返り討ちにあっている。
混沌と黒煙に包まれた軍港。それを見たグラ・バルカス人には、もう楽観的思考など残されていなかった。
ムー大陸北西の海域で独航する日本国防海軍徴用船、報国丸の無人機管制室では、レイフォルに現出したグラ・バルカス帝国にとっての地獄。その全てを収めていた。
「無人潜水艇による機雷散布は成功。軍港は大混乱です」
「よろしい。潜水艇回収後、ムーの港へ帰還する」
民間船を装いつつ、その腹には10隻以上の無人潜水艇と各種自衛兵装を隠し持った現代の仮装巡洋艦報国丸。
彼女の初戦果は、後に新世界初となる無人潜水艇による戦果として歴史に記録されることとなる。