『ハロー、ミシェーラ。
HLでは毎度なにもかもが驚きの連続で、お兄ちゃんの心臓はそろそろ破裂しそうです。そんな驚きを、少しは家族に共有してもらえたらなと思ってね。今回は荷物も多かったと思うけど驚いてくれたかい?
ちょっと仕事の関係で、大物芸能人で超絶美しく、世界を代表するような歌姫の、なによテゾーロ! うそじゃないわ! 書いてないだけ! レオは気がきかないの! あ! ミシェーラ笑わないでよ! ほら続きね! ステラ・ディ・メディチと一緒に仕事をする機会がありました。妹の話をしたら、ステラが一緒に曲を作りたいという話をしていて、僕は話半分だったのに!? え! 失礼よ! 失礼よね! 私のほうがお姉ちゃんなのに! あ、ならミシェーラは私の妹ね! あはは! こほん、えー、ボクハハナシハンブンダッタノニ、ステラは乗り気になってしまい、今回郵便役を押し付ける形になってしまいました。何事もなく手紙一式が届いてくれることを祈るのみです。えへへ!
同封したのはそのステラのアルバムCDです。一枚映像ディスクもあるけど、それはCDにも収録されることのない幻の曲なので聞いてみて。HLライブを見に来た人たちは幸運だったんだ。……ん、ううん、なんでもないわ。ちょっと恥ずかしかっただけ。最後の曲でわんわん泣いちゃって、すごいみっともなかったの! それを映像に残すなんてひどいことするレジスタもいるものよね! あ、もうクビになってるんだった。いまは私の、んー、なんだろ? 家族? あ、カメラマンね、カメラ回してるし。付き人でもいいわよ』
◆ ◆ ◆
テゾーロが身を寄せる貴族の別宅。郊外に作られたウッドハウスの居間で暖炉に薪をくべながら、彼は木製のソファに寝そべっていた。
身体の上には置いたノートパソコン。画面で流れる笑い合う少女らの映像を一度止め、テゾーロは目頭を押さえながらほぐすように揉みこむ。眼鏡が邪魔になったがブルーライト対策にと、そのままにしておいた。
目を強く瞑り、ため息を吐くように深く呼吸する。疲れているのだと、重くて開けられない瞼で自覚する。
三年前、【新世界】から【この世界】へ渡ったギルド・テゾーロ。結局、彼が世界に降り立った理由は分からずじまい。一度は三年前に《異界》へ繋がったヘルサレムズ・ロッドへ向かったものの、《悪魔の実》や《グランドライン》に辿り着くことなく、それどころかステラを失いそうになった。
ヘルサレムズ・ロッドの思い出は決して最高のものではなく、むしろ暗い感情を引き起こすものばかりだ。
ステラにとっては死傷事件が深い傷として残っており、テゾーロもステラを心配するあまり【重ね】すぎた。
それでも、得たものがあるとするならば──
薪の爆ぜる音。
なにかの気配が目の前で揺れた。
「──冷えるね」
テゾーロが見開くと差し出された湯気立ったマグカップが目に入る。受け取って眠気覚ましにとその中身を一口含む。
掛けていた眼鏡は彼女の手の中に。
視線が絡み合う。彼女の瞳は、なんて美しい空の色なのだろう。
「ありがとう、【ステラ】」
「無理しないでね。いまはなにしてるの?」
パソコンの画面をのぞき込む【初老の女性】。サラリと垂れた髪をかきあげたその女性の頬には、年齢に見合ったほうれい線が目に付きやすい。それはきっとしかたのないことだ、なぜなら彼女は、よく笑う人だったから。
「いまは、そうだな」
なんと、言えばいいのだろうか。
「……歌を、歌ったんだ」
いいや、足りない。
「……仲間と」
まるで自分のことのように、えくぼを深く作った彼女は笑う。その笑顔を見上げるだけで涙がこぼれそうになる。女性の手のひらがテゾーロの金髪を撫でた。
髪をからませる彼女の指に、テゾーロが手のひらを重ねた。
これは、夢だ──。
自然と溢れる涙を彼女は手のひらで拭ってくれた。それでも涙は止まらない。しまいには彼女も泣き出して、お互いに笑いあう。
「ありがとう、【ステラ】」
「もう……許せそう?」
テゾーロは軽く首を振って否定した。
立ち上がって彼女を強く抱きしめる。細い身体、柔らかな髪、そして星の匂い。
二人の【身長差】なんて十センチとないだろう。こんなにも小さい身体で、こんなにも距離が離れてしまった。
「預けているんだ……。まずは、返してもらわなきゃならない」
「甘えすぎちゃダメよ」
「ちゃんと、話すよ」
「本当?」
「誓うさ」
あぁ、こんな未来もあったのだろうか。
お互い身を寄せ合い、貧しくも慎ましく、二人が──死を分かつまで。
ステラが笑うと彼女の目じりに皺が寄る。濃く深くテゾーロの心に刻まれた。
彼女の鼻息がテゾーロの首元をくすぐって、テゾーロはステラの髪の匂いを確かめる。
オレが求めた幸せ。
「キミを……」
夢だから──。
「キミを救えなかったっ!」
甘えてしまった。
「オレ頑張ったんだ!」
一番辛い思いをした彼女に。
「幸せにしたかったんだ!」
無力さを暴力にして、押し付けている。
「キミのために歌いたかった! 鎖なんてない世界で! 手を繋ぎたかった! 抱きしめたかった!」
ただの、欲望だ。
理想でもなく、人に誇れる夢でもない。
鎖の代わりに、オレの愛でステラを縛り付けたかった、醜い欲望。汚らしいエゴ。
「ごめん、ごめんなステラ! ごめん! ごめん!」
欲望で彼女を汚した。
無力だから彼女を救えなかった。
「素敵な歌」なんか、きっと一度も歌っていない。
「キミに救われたのに! 生きたいと、思えたのに!」
涙で頬を濡らすテゾーロは、思い出の女性の笑い声を聞こえた。
揺れる視界なのにステラの笑顔がはっきりと見える。
「救われたのは、私よ。テゾーロ」
【あの時】とまったく同じ笑顔で、彼女は言った。
「私は心から幸せだった」
そして二十数年もの時を越え、その続きを紡ぐ。
「あなたも、幸せになってね」
もう冷たい涙は流れない。
いまは暖かさだけがあればいい──。
◆ ◆ ◆
──薪が爆ぜる。
テゾーロが薄っすら目を開けると、目の前にカップが差し出されていた。
芳醇なコーヒーの香りと、炎の暖かい匂いを嗅いで、徐々に意識が覚醒していく。
「ありがとう、ステラ……」
「ん……」
床に座って暖炉の炎で温まる少女からマグカップを受け取る。無理な体勢ではなかっただろうが、温くなったコーヒーの温度が彼女の気遣いを感じさせていた。
「……零時になったわ、テゾーロ」
言われ、金の腕時計を確認する。午前零時二十分。なるほど、と少女の頭をひと撫でしコーヒーに口をつける。
二人で炎の音を聞いた。
テゾーロは濡れた目元を拭いながら、重い口を開く。
「三年も預けてしまったな」
「もう四年目よ」
ぶっきらぼうに言い放つステラ。
預けた内容を忘れたことなどないような口ぶりだった。
四年──【ステラ】とともに過ごしたより、この少女と過ごした時間が長くなったのだ。
「四年前、【飛ばしてしまった話】をしよう、お嬢さん」
「それは話しても、いいの?」
テゾーロは上体を起こし寝そべったまま、ステラは座り込んだまま。二人とも、合図を待つかのようにカップの中で波紋を広げるコーヒーを見つめ続ける。
「難しい……というか、怖い、だな。だから、すこし長くなってしまうかもしれない」
あの夢は妄想だったのか、それとも本当に《異界》と繋がったのか。
それでも、怯えながらでも一歩を踏み出す勇気をくれた。
大切な者を失った子どもの自分を。
今日、その一歩を踏み出すことで救える自分になりたい。
テゾーロがどこから話したものかと思案していると、ステラはコップを床に置いてテゾーロの身体に飛び乗った。彼の口から間抜けな音が抜ける。
「長くなるなら私の話のほうが先よ! いいテゾーロよぉく聞きなさい!」
馬乗りになってようやくテゾーロを見下ろすことができた彼女は、息巻きながら、まるで【あの時】と同じ笑顔を彼に向けた。
【あの笑顔】が無理して作られたものではないと、テゾーロを慮ってのものではないと夢の中のステラが、そして目の前のステラが証明した。
「Tanti auguri a tesoro!!」
この笑顔は、ただ、相手の幸せを願うための笑顔だったのだ。
演出家が歌いたいと言ったら、彼女は笑ってしまうだろうか。
それとも、一緒に歌いたいと言い出すだろうか。
なんにせよ──この暖かい涙をとめるには、すこし時間がかかりそうだ。
-finale-
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
劇場版「ONEPIECE FILM RED」楽しんでいきましょう。