似て非なる二人   作:clearflag

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男女四人は海を楽しみたい(後編)

 従来、海の日差し避けと言えばビーチパラソルであるが、近年はビーチテントなるものの需要が増えている。ビーチパラソルと比べて、充分な日陰を確保できたり、出入り口を閉じられるタイプであれば更衣室代わりにもできるのがメリットである。もちろん、荷物置きや休憩スペースとしても利用は可能だ。

 砂浜に設営されたドーム型のビーチテント。大人が大の字で寝ても余裕がありそうなサイズである。

 

(アイツら元気だなぁ)

 

 ビーチテントの中で寝転がるのは、汐崎才雅(しおざきさいが)だ。海に向けられる彼の視線の先では、友人の白銀、かぐや、早坂が楽しそうに遊んでいる。今はフリスビーをキャッチボールの要領で、三人は投げ合っていた。

 かぐやからフリスビーを受け取った白銀、彼は早坂に向かってフリスビーを投げた。海風に乗ったようで、高く浮遊する。これは取れないだろう、才雅はそう判断したが、受け手の早坂は、外野フライを取るように小走りに後ろへ下がり余裕のジャンピングキャッチを決めた。

 

「取れんのかよ」

 

 早坂愛は運動神経が良い。以前、二人でゲームセンターに行った時もなかなか良い動きをしていたし、午前中のビーチバレーでは、何度もアタックを決める大活躍を見せた。才雅が彼女に向かってトスばかりを上げたせいもあるのだが。

 さて。何故、彼は一人でビーチテントに居るかと言うと、バーベキューの後、満腹を理由にリタイアを決めたからである。仰向けになり、黒のキャップをアイマスク代わりに顔に乗せると、すっかりオフモードに入る。

 ちなみに、サングラスは早坂に取られてしまった。食後、駄弁っていた時に貸してくれと言われ、そのまま持って行かれてしまったのだ。まぁ、この日差しである。太陽の下に居る人が使えば良いかと、そのまま好きにさせることにした。

 

(・・・・・・明日は筋肉痛だな)

 

 才雅の体型は、いわゆる細身である。薄っぺらい体から、いかに普段運動をしていないかがよく分かる。一応は、自転車通学に加え、バイトで立ち仕事をしているので、まるっきり体力が無いわけではないが、あの三人には及ばなそうだ。

 そんな三人は、フリスビーの前はバナナボートに乗っていた。水上バイクでバナナボートを牽き、乗客がキャーキャー言うやつである。才雅は、ふと思い出す。見学すると言ったら、早坂に「ウチのせいだよね」と申し訳なさそうな顔をされたのだ。余らせた食事を横流ししたことを悔いているようだったが、彼自身は全く気にしていない。食べるのを決めたのは自分なのだし。けれども、彼女の顔が頭から離れず、後で砂の城でも作ってやろうなんて思う。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 一瞬意識が離れる。次に瞼を開くと、喉が張り付くような乾きを感じた。上半身を起こし、側のタンブラーに手を伸ばす。だが、残念ながら一口で終わってしまった。

 

(おか────)

 

 立ち上がろうとした時に襲ったのは、立ち眩み。そう言えば、何だが気分もあまり良くない。頭の奥が鈍く痛む。まさか、熱中症だろうか。ひとまず、水分補給と涼しい場所に避難するのが良いだろう。才雅は、ホテルへ足を向けた。

 彼が海を離れてしばらく経った後、その姿が無いことに気付いたのは早坂だった。ビーチテントに人影が無い。

 

「才くんは?」

「休憩室にでも行ったのでしょうか?」

 

 かぐやが答える。この暑さだ、何もせずにジッとしているのは酷だろう。更衣室に隣接する休憩室で涼んでいるのかもしれない。

 

「俺たちも少し休むか」

 

 白銀の一声で、水分補給を兼ねて休憩室へと移動をする。しかし、そこに才雅の姿は無かった。別館に当たる更衣室及び休憩室に居ないとなると、ホテルの本館にでも居るのだろうか。

 

(アイツ、どこほっつき歩いてんだ?)

 

 白銀は、スマホに文字を打ち込んで行く。才雅に向け、今どこに居るのかを問う、自分たちは海から出て休憩していることを添えて。白銀が思うに、彼の単独行動スキルはなかなか高い。一人で、コンサートやら美術館やら様々な場所に行っているらしい。案外、室内プールで一人で遊んでいたりして、何て思う。

 それらの行動は本人曰く、一人っ子だからとか、ずっとヴァイオリンでソロをやっていたからとか、それっぽい理由を述べていた。でも今日は、グループで遊びに来たのだから、連絡の一本くらいは寄こして欲しいものである。

 連絡を取ろうとしていたのは、早坂も同じだった。

 

「既読、付かない・・・・・・」

「まぁ、何処かに居ますよ。子供じゃないんですし」

 

 スマホに向かって溜め息を吐く早坂に、かぐやはフォローを入れる。有能な近侍(ヴァレット)も彼のことになると、直ぐ事を大袈裟にするんだからと、さも自分は違うと言わんばかりの視線を彼女に送る。

 

「まさか────海に溺れたんじゃ!?」

 

 早坂は、オーシャンビューのガラス張りの窓に手を付け、最悪の展開を想像する。だって、彼は泳げないと言っていた。

 焦る早坂を他所に、白銀とかぐやは冷静な言葉を送る。

 

「いや、泳げない奴がわざわざ一人で海には入らないだろ」

「そうですよ。それに、海に入るなら私たちの側を通ったはずでしょうし」

「ウチ、探して来る」

 

 大袈裟と言われようが、過保護と言われようが、早坂には関係ない。何も言わずに消えた彼が心配だから。ざわつく三人に一人の従業員が近付く、ホテルに到着した際に出迎えた重役と思われる渋目の男だ。

 

「かぐや様、お耳を」

「え?」

 

 場所は変わり、ホテル内の医務室。

 白いベッドで横になり、眠るのは才雅である。彼の予感通り、熱中症の初期症状による体調不良だった。ホテルのエントランスに行き、事情を話したら医務室へ通された。

 

(・・・・・・寝てた)

 

 直近の記憶が欠落している。知らない間に少し寝ていたようだ。当直の医者からは、それだけ話せて歩けるなら症状は軽い、横になって楽になるまで休みなさいとのことだった。才雅は、ヘッドボードに置かれた、ペットボトルを手に取りスポーツドリンクを喉に流し込む。ペットボトルの底が見えて来た、先生に頼んでもう一本貰おうか、そんなことを考えていた時、ドアが勢い良く開けられた。ちなみに個室で他に人は居ない。

 

「才くん!!」

 

 現れたのは、早坂愛。その後ろにはかぐやと白銀も居る。

 

「あれ、なん────」

 

 何でここに居るのか、続けようとした言葉を才雅は止めた。自分は連絡していないのに三人がここに居ると言うことは、先生が連絡を取ったと言うことだろう。さて、黙って居なくなったことをどう弁明するか────働かない頭に鞭を打ち考える、その間、早坂がどんどん近付いて来る。勢い良くどんどん、どんどん。

  

「へ。え?」

 

 一瞬で才雅の体は硬直する。何が起きているのか分からなかった。自分の顔の横に、早坂の顔がある。どうやら、彼女に抱き締められたらしい。互いに水着の上には、アロハシャツ一枚だけ。女性特有の体の柔らかさに、彼の脈は早まる。

 

「心配、したんだから」

 

 彼の耳に心配する早坂の声は届かない。

 石像のように微動だにしない才雅と彼から離れようとしない早坂、止まった二人の時間をかぐやが両断する。

 

「早坂さん? 黒野(くろの)くん困ってますよ」

「あっ、ごめんね!!」

 

 早坂は慌てて才雅から離れるも、彼の頭はショート寸前である。対する彼女も頬を紅く染める。心配の気持ちが溢れて、思わず抱き着いてしまった。普段なら、こんなだいそれた行動は取らない、完全にやってしまった。彼にどう思われただろうか。

 

「・・・・・・いや」

 

 数秒遅れて、俯く才雅は返事をする。上がった心拍数は、急には戻らない。恐る恐る、チラりと早坂に視線を向ける。そこで彼女の潤んだ瞳を見て、彼は我に帰った。

 

「でも、良かった。元気そうで」

「・・・・・・うん。心配かけてごめん」

 

 本気で心配する彼女に対し、一瞬でも不埒なことを考えてしまったことに、罪悪感が湧く。

 

「本当だし!! 体調悪いなら声掛けてよ!! ラインしても全然既読付かないし!!」

「ごめん・・・・・・」

 

 才雅、成す術なし。落ち度は自身にあり、謝ることしか出来ない。止まらない早坂に見かねた白銀が事態の収拾に動く。

 

「ま、元気になったなら良かったじゃないか。早坂も、相手は病人だぞ、それぐらいにしとけよ。汐崎、もう少し休むだろ?」

「え、あーそうしようかな」

「だったら、ウチが側に居ようか? まだ遊ぶ時間あるし、かぐやちゃんと会長さんで遊んで来ても」

 

 早坂の提案に才雅の肩は跳ねる。少し眠れたおかけで、体調はかなり良い。けれども、それ以上に体が元気(・・)になってしまった。その発端である彼女に居座られるのは非常に困る。

 

「・・・・・・」

 

 才雅は、この場で唯一の同性である白銀に救いを求める視線を送る。自分はもっと理性的な人間だと思っていたのに。

 

「いや。ここは俺が残ろう。後でシャワー浴びたりもあるだろうし、男同士の方が何かと都合が良いだろ」

 

 白銀にこう言われたら、ノーとは言えないのがかぐやである。彼と二人っきりの時間を作れないのは惜しいが、彼のその優しさを支持する。

 

「早坂さん。ここは会長に任せませんか?」

 

 上手いこと二手に分かれようと早坂は提案するも、退けられてしまった。主人のかぐやが遠慮すると言うなら、素直に従うしかない。

 

「そ、そうだね。その方が良いよね」

「私たちは残りの時間で、エステなんてどうでしょうか?」

「良いじゃん、エステ。行こ!!」

「では、エステに行って、その後は温泉にでも入りましょう」

 

 女子二人は、盛り上がって医務室を後にした。

 

 

 

 

 ホテル内大浴場。複数ある湯の内、比較的温度が低く、長湯向きの炭酸風呂がある。そこに才雅と白銀は仲良く並んで浸かっていた。無色透明な湯が動き回って疲れた体を癒やして行く。夕方と呼ぶには少し早い時間帯のためか、二人の貸し切り状態だった。

 

「あー・・・・・・沁みる」

 

 才雅は湯に肩まで沈め、気の抜けた声を漏らす。

 

「湯船に浸かって大丈夫なのか?」

「ぬるま湯に短時間なら良いって」

「本当かよ・・・・・・」

「やっぱり、日本人は温泉だよなぁ」

 

 本当に呑気な男である。あれだけ周りに心配を掛けさせておいて。彼に対し、白銀は聞きたいことが沢山あった。一番は早坂との関係、そして────。

 

(勃ってたよな? 絶対勃ってたよな!?)

 

 湯船に向かって、白銀は視線を落とす。幸いなことに女子二人は気付いていなかったようだが、彼の助けを請うような目と何度か体勢を変えていたことで事態を察した。

 

(でも。話振ったら絶対嫌がるよな)

 

 男子は、くだらない下ネタや下品な話で盛り上がると女子に誤解されがちだが、それはあくまで一部の人間だけである。その一部の人間が、取り分けクラスや学年で目立つ存在なため、男子と言うだけで、一括りにされてしまいがちなのだ。大半の男は、節度を持って行動をしている。

 一人悶々と悩む中、白銀は諦めることを早々に決める。友人の気持ちが分からない今、余計なことはしない方が良いだろう。だが、早坂の後押しくらいはさせて欲しい。

 

「汐崎さぁ。もう一回、早坂にちゃんと謝っとけよ」

「・・・・・・謝ったよ」

「そうじゃなくて。何つーの、改めてって言うか、謝るだけじゃなくて、お礼も言っとけよって話。早坂、お前のこと一番心配してたんだから」

「ん。メッチャラインと電話来てた」

 

 才雅のスマホには、心配した早坂からメッセージと不在着信が何件も来ていた。白銀とかぐやからも同様に。

 以降、二人の会話はあまり無かった。才雅は、体調を考慮し、白銀より先に温泉から上がった。

 再び一人になった彼は、ホテル内を散策する。

 

(エヴァ・・・・・・)

 

 才雅の足が止まった。廊下を歩いていたら、現れたのは温泉地などで定番のゲームコーナーである。彼は、社会現象にもなった超大作アニメのパチンコ台に惹き込まれた。ゲームセンターに行くと、時おり視界の隅に入るパチンコ台。高校生と言う立場が足を重くし踏み出せないでいたが、今ならチャンス、自分一人だ。

 さっそく、千円札をメダルに替え、パチンコ台の脇にある投入口にメダルを入れて行く。メダルがパチンコ玉の代わりらしい。

 

(力加減が難しいな)

 

 玉を弾き出すハンドルを握り回し、玉を飛ばす。回し過ぎたり、ちょっと回すだけだと、数字を回すための液晶下の窪みに玉が飛んで行かない。窪みに玉が落ちると数字が回る仕組みだ。

 

(何か大人になった気がする)

 

 謎の愉悦を感じながら玉を打ち続けるがなかなか当たってはくれない。これが厳しい大人の世界である。

 

(リーチはするけど全然当たらん)

 

 液晶を食い入るように見つめる才雅の肩を誰かが叩いた。つい反射的に振り返るのが人間と言うもの。振り返った才雅の頬には、人差し指が押し当てられた。

 

「何で、パチンコやってんの?」

 

 椅子に座る彼は、早坂に見下ろされる形になった。彼女は風呂上がりなのか、やたらと血色が良い。Tシャツは朝着ていたものとは別なものになっている。スウェット生地のショートパンツには見覚えがあった、パンツの下からは健康的に細い生足がスラッと伸び、惜しみなく晒される。

 

「・・・・・・・・・・・・あ!! 俺の玉!!」

 

 見つめ合うこと数秒、才雅は再びパチンコ台に意識を戻す。せっかくの玉がもったいない。

 

「才くんって本当にブレないよね」 

 

 呆れた調子で、早坂は隣りの台の椅子に腰を降ろす。彼の我が道を突き進む姿は羨ましくもあり、もう少し人の気持ちを考えてよと喉から訴えが飛び出しそうにもなる。

 

(て言うか、さっきの何とも思わないわけ?)

 

 彼に対する不満、同時にハグしてしまったことを思い出し、風呂上がりで血色の良い早坂の頬は赤く染まって行く。心が落ち着かない。それから、五分くらいだろうか。徐ろに、才雅は席を立ち上がった。

 

「もう良いの?」

「うん。切りが無いから。飲み物奢るよ」

 

 二人は場所を移動し、温泉寄りにある自販機の前に立つ。才雅は、二つ折りの財布から千円札を取り出し投入口に入れて、早坂に希望を問う。

 

「何が良い?」

「本当に奢ってくれるの?」

「・・・・・・さっき迷惑掛けちゃったから」

「じゃーお言葉に甘えて。コーヒー牛乳が良いな」

「オッケ」

 

 才雅は、自販機のパネルの数字を押す。すると、アームが動き出し指定された数字の先にあるコーヒー牛乳を運ぶ、間もなく取り出し口が開いた。瓶を取り出すと早坂へ手渡した。

 

「はい」

「ありがと。やっぱ、温泉の後はこれだよね〜」

「ただの牛乳だろ?」

「いや、コーヒー(・・・・)牛乳だから」

 

 その間、隣りの自販機で才雅はコーラを購入する。

 

「コーヒーの入った牛乳だろ」

「いや、どっちかって言うとコーヒー寄りでしょ」

「でも、牛乳って付くじゃん」

「何、牛乳嫌いなの?」

「・・・・・・」

 

 まさに図星。牛乳は嫌いだが、早坂に変な突っ掛かり方をするのは、何か照れ臭いから。まるで、小学生の男子のように。

 

「アレルギー?」

「違う」

「ね、見てよ。名前はコーヒー牛乳だけど、ほぼ色はコーヒーだし」

「何?」

 

 早坂は、才雅に向けてコーヒー牛乳を差し出した。飲まず嫌いは止めて、飲んでみろやと彼女の目は言っている。

 

「ちょっと飲んでみて」

「ぇえ」

「コーヒーは飲めるでしょ? 甘いやつ」

 

 とても逆らえる雰囲気ではなく、才雅は渋々瓶を受けると、眉間に皺を寄せ瓶の縁に口を付けた。少し傾け、口に入り過ぎることがないよう気を付けながら、ゆっくりと動かす。舌に液体が触れ、コーヒーとは違う甘みが口に広がる。何処かクリーミーさも感じるが、牛乳とは別物だった。

 

「どう?」

「まぁ、美味しいかな?」

「でしょ?」

「はい、ありがとう」

 

 早坂に瓶を返し、才雅はペッドボトルのコーラに口を付ける。一方、彼女は瓶を手に固まった。

 

(才くんと間接キス────!?)

 

 自分から飲めと言っておきながら、この状況。突如、緊張が走る。だが、ここで飲まないのは意味が出てしまう。貴方を意識しています、そういう意味だ。早く、早く飲まなければ────早坂は覚悟を決めて、コーヒー牛乳に口を付けた。ゴクゴクと一気に飲みほす。

 

「良い飲みっぷりだな」

「ま、まーね・・・・・・」

 

 それから、才雅の「少し散歩する?」の一言で二人はホテル内を彷徨く。中庭には大きな噴水があり、その周りには手の行き届いた花や木が色とりどりに咲いていた。

 屋内は屋内で娯楽は多いようで、ボーリングやダーツなどの遊戯場、シアタールームなどがあった。時間の関係で、文字通りの散歩で見るだけになってしまったが、二人は最後にお土産売り場に立ち寄った。お菓子を買った才雅は、店の外で待つ早坂の元へ向かう。

 

「お待たせ」

「うん。かぐやちゃんと会長さん、もうエントランスに居るって。ライン来てた」

「アイツら早くない?」

「流石、生徒会の会長と副会長だよね〜」

「じゃー、戻るか」

 

 二人は、かぐやと白銀と合流し、ホテルから出ているバスに乗り込むと、熱海駅に向かう。熱海駅からは、再び新幹線に乗り東京へと帰る。行きは元気な彼らも席に座ると、静かに眠りに落ちた。

 

 

 

 

 品川駅に着いた四人は、それぞれの帰路に着く。

 

「では、早坂さん、黒野くん。今日は一日ありがとうございました」

 

 かぐやは小さくペコりと頭を下げる。彼女の挨拶に白銀の名が入っていないのは、ここはまだ彼との別れの場所ではないから。才雅の提案だった。白銀に向かって、『帰宅ラッシュで人が多いから、迎えの車のところまで四宮を送ったら』と。似た者同士の二人は、一度遠慮を入れるも、才雅がそこまで言うならと、そこを強調することで受け入れた。

 

「こちらこそ、一緒に行けて楽しかったし。また、学校でね。会長さんも」

「白銀。ちゃんと、四宮のこと送れよ」

「分かってるって。てか、お前はささっと宿題をやれ」

 

 また二学期でと言葉を交わし、才雅と早坂は、小さくなるかぐやと白銀の背中を見送った。

 

「早坂」

「何ー?」

「何か食べて帰らない?」

 

 ドキッと早坂の胸は高鳴る。今日何度目になるだろうか。しかし、ご飯を誘われるのは初めてのことではないし、彼にとって異性であっても友人とのご飯は、ハードルの低い行為と見受けられる。つまり、深い意味はないはずだ。

 

「いいよ、食べて帰ろっ」

 

 もちろん、早坂に断る理由は無い。元々、帰りは遅くなることを想定していたので、屋敷の仕事は事前に他の使用人に割り振り指示は出していた。貴重な彼と過ごす時間、準備に余念は無い。

 

「何食べたい?」

「ウチは好き嫌いないから何でも良いよ」

「何か引っ掛かる言い方だな・・・・・・」

「だって、ねぇ?」

 

 クスクスと早坂は笑う。こう言う時は好き嫌いの多い人間に合わせる方が店選びは楽なのである。

 早坂をもてなす気でいた才雅にとっては、いきなり出鼻をくじかれたようなもの。ポケットからスマホを取り出して、彼女を唸らせられそうな店を探す。近くで検索をかけると、聞き覚えのある名前の店があった。少し前に、母親が美味しいと言っていた店だ。彼は決めた、ここしかないと。

 二人が入ったのは、火鍋の店だった。テーブル席の中央にカセットコンロが置かれ、その上では鍋がグツグツと中の具材に熱を通す。店の中はよく冷房が効いており、鍋を食べるのに最適な環境だ。

 

「あ、意外と辛くない」

 

 才雅は、赤いスープの入った器に口を付けていた。初めて食すが、見た目ほど辛さは感じない。いわゆる旨辛だ。そして、肉が美味い。

 

「ねっ。もう少し辛くても良かったかもね」

 

 二人は、五段階で選べた辛さを初めての人にオススメの辛さ二を選んだ。鍋は中央に仕切りがあり、麻辣スープと白湯スープのニ種類を楽しむことができる。早坂は「白湯も美味しいよー」と、才雅との会話を楽しむ。

 彼に誘われて掴んだ絶好のチャンス。今日一日海で過ごし、二人の距離は間違いなく縮まったはずだ。だからと言って、安心できるものではない。今一度、勇気を持って彼女は踏み出す。

 

「来週、花火大会あるよね」

「あー。お台場の方だっけ?」

「そーそー。そっちの方のやつ。東京湾花火祭って言って、都内では結構大きいんだよ」

「へー。俺、花火とか行く家じゃなかったからさ、そう言うの行ったことないんだよね。そんで去年、バンドの奴らに誘われたんだけど、バイト入れちゃっててメッチャ怒られた」

 

 早坂はハッとする。彼を花火祭に誘っても、先約の可能性があると言うことを。彼女が居ない=予定が空いていると言うのは彼女の思い込みである。何もカップルだけが行く場所ではない。男友達と行く可能性だってあるし、そもそも別の予定を立てている場合もあるだろう。まずは予定の確認が必要だ。

 

「今年はバンドでリベンジだ?」

「うーん、どうだろう」

「一緒に行かないの?」

「多分? 今年は四人中二人が彼女持ちだから」

 

 首を傾ける才雅に、早坂の期待が高まる。

 

「────だったらさ。ウチと花火観に行かない?」

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