魔術師上がりの錬金術ーMagician's Alchemistー 作:エヴォルヴ
父さんと母さん? んー……何というか……苦労してたんだろうなぁって思ってたよ。アルファとシグマとガンマに俺を預けないといけないくらい、二人は忙しくしてたんだと思う。
三人のホムンクルスについて
俺の乳母で母親代わりで、姉さん。色んなことを教えてくれた。……あの後、両親の死体らしきもの以外見つからないのは多分、三人がホムンクルスだったから、なんだろうなぁ……
「あり? 真理先生や、これどういうこと? デッドエンドでもバッドエンドでもないよね?」
ああ、そりゃあそうだろうさ。
今回のエンドはデッドエンドやバッドエンド、ましてやメリーバッドエンドでもないって代物だからな。ハッピーエンドでもトゥルーエンドでもないが。
「ほーん、まぁいいや。解説していきましょうや」
お前が仕切るのかよ……まぁいい。
今回のエンドの原因はズバリ、お前自身の言い訳だな。夜中に家を抜け出して、友達と夜の町へと出かけた。それが女の子と一緒ってんだから、朝帰りだと勘違いされてもおかしくはねぇ。
「チェリーボーイが女の子と一緒に夜の町へ……ああ、これはもうロマンスが始まる予感! ってのがダメだったわけ? 厳しくないか、このとんでも若作り」
いや、長ったらしい言い訳が問題だったんだよ。家族を心配させた挙げ句、長い言い訳をされたんだからな。心配して探していたエイリスの堪忍袋の緒が切れたって無理はねぇのさ。
「その結果が……拳骨&洗脳によるシエルの素性や吸血鬼事件についての忘却? 仕置きにしちゃあ、厳しくない?」
それだけ危険な目に遭って欲しくはないのさ。こいつが傷付く姿を見たくないんだろうよ。まぁ確実に無理だろうが。こいつはどんだけ遠ざけても、変な軌道を描いて事件に巻き込まれに突撃してくるような奴だからな。
「無駄な努力って奴なんすね、お労しやエイリスお婆様……ま、ネコには関係ないけどな!」
が、今回のエンドではエイリスがガチで洗脳したから、メシアンでカレーを作る高校生エンドに行ったわけだ。シエルだけが記憶を持っているって状態。部活仲間でクラスメイトの関係に戻るって寸法さ。
解説は以上だ。分かったか、大馬鹿野郎。どうせ無駄だろうが、もうここに来ないことを祈ってるぜ。
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────目が覚める。また名状しがたい悪夢を見た気がする。
思い出せずに目を開けると、部屋は暗闇に支配されていた。えーと……何が起こったんだっけ……確か……
「婆ちゃんに寝ろって言われて……ああ、うん。そっか」
それで寝てたのか、俺。ということは今日は学校休んだことになるのか……皆勤賞、欲しかったんだがなぁ。
まぁ、婆ちゃんのお願いだったみたいだし、割り切ろう。三年間の皆勤賞を失ってしまったものの、休めたのはいいことだ。
「あら、神波。おはよう、よく眠れましたか?」
「あ、婆ちゃん。おはよう、よく眠れたよ」
明かりを付けた俺の部屋に入ってきた婆ちゃんは、いつものエプロンを着てニコニコ笑っている。その手の中には見覚えのある大きな本──本?
「あの、婆ちゃん?」
「何でしょう?」
「その大きな本は、何でしょうか?」
「ああ、これですか? ふふ……神波の小さい頃の写真集ですよ」
ああ、そうですか、やっぱりアルバムですよね。どうしてそんなものを見ているんだ、と質問しようとした直前にリビングから二つの気配を感じ取った。
「……まさかとは思うが……」
「ええ、シエルちゃんにアルバムを見せていたのです!」
「何でだ!?」
シエルに見せる理由ないだろうが!? 何で見せてるんだこの婆ちゃん!?
「だって、お師匠様なんですよね? お弟子さんが師匠のことを知らないのはおかしいですよ」
「それは……そう、だけど──」
シエルに過去を伝えるとしても、錬金術に関係することだけで十分だと思う。余計なことを伝えても、シエルにとって迷惑なだけだろう。
うん、きっと迷惑しているだろうからさっさと撤収作業をしなければ。そう考えてドアを開けてリビングに出る。
「へぇ、
「ああ、そうだ。神波が義足で歩くようになったのは中学の頃だったか……」
「へぇ……!」
いや、滅茶苦茶楽しんでいらっしゃる。
「あ、月食君。おはようございます」
「ああ、うん。おはよう……じゃなくて」
何で俺の写真なんか見て楽しんでるんだとか、爺ちゃんも何で躊躇いなく見せてるんだとか、文句が頭の中に浮かんでは消えていく。
「月食君って、小さい頃はこんなに可愛らしい感じだったんですねぇ」
「あ?」
「いえ、今も可愛らしい顔つきですけど」
何だろう、馬鹿にされている気がする。
「ほら、このシュークリーム食べて笑ってるところとか」
「ん? ああ、それか。懐かし」
あそこの店、もう潰れちゃったんだよな。店主が高齢だったし仕方ないが、あの多すぎるほどのカスタードクリームにサクサクフワフワの生地……忘れられないでこの十年を過ごしてる。継いでくれる人がいないと、簡単にお店は消えてしまうのだ。
俺のお気に入りのケーキ屋の品は、思い出補正もあるのかもしれないが、どれも美味しかった。ガンマとこっそり家を抜け出して、一緒に食べたケーキが一番だったと思う。
「さて、神波も起きてきたところで、本題に移ろうか」
「ハッ、そうでした……!」
「本題?」
何の話かは知らないが、恐らく吸血鬼絡みの話題だろう。
「神波とシエルちゃんが追っている吸血鬼……ロアの他に、吸血鬼が潜んでいる。それは分かっているな?」
「え、うん、まぁ。それは知ってるよ。会ったし」
ここまで真剣な目の爺ちゃんは久しぶりに見た。多分俺を鍛えると言ってきた時以来だ。
「その吸血鬼、Ⅸ階梯に至っていることは理解しているか?」
「Ⅸ……!? あの炎の吸血鬼が!?」
俺の伝えた吸血鬼の特徴などから、高く見積もってもⅧ階梯くらいだと思っていたシエルが叫ぶ。Ⅸ階梯って確か……死徒の一番上の階級だったか。あの北方吸血鬼、そんなに位の高い吸血鬼だったんだな……よく生きてたな俺。
「青い炎に、炎の手。間違いなく絶海の騎士ヴローヴだろう」
「知り合い?」
「いや、奴の親基とは知り合いだがな。奴め、いつの間にくたばったんだ?」
やっぱり知り合いじゃないか……爺ちゃんの交友関係、よく分からない。
「まぁ、墓参りはそのうち行くとして、ヴローヴは確実に至っている」
そうなるとあの攻撃、もしかして小手調べみたいなものだったのかな。四枚程度で防げるほど、Ⅸ階梯って弱くないだろ。王国野郎だってそうだったんだし。
……そういえば、ヴローヴは変なことを口にしていた。
「あ、爺ちゃん、話の腰を折るようで悪いんだけど……」
「ん?」
「月を食む一族って、何?」
そう言った瞬間、爺ちゃんも俺の後ろに立っていた婆ちゃんも雰囲気がガラッと変わる。どうやら、このことについては禁句も禁句だったらしい。
「どこで聞いた?」
「いや、そのヴローヴが言ってたんだよ、月を食む一族がいるって聞いて来たって。聞いちゃダメなことだった?」
爺ちゃんの険しい表情がそう言っているように見える。婆ちゃんの顔は見えないが、爺ちゃんと同じように険しい表情を浮かべているに違いない。
「それは聞いちゃダメなことですよ」
「あ、やっぱり?」
「はい。聞かないでくださいな」
それなら仕方がない。婆ちゃんがダメだと言うなら、聞かないし聞かなかったことにする。爺ちゃんの隣に座った婆ちゃんの顔が一瞬だけ悲しそうに歪んだのは、きっと、聞かれたくなかったことを聞かれたからだ。ヴローヴに言われたことは忘れてしまおう。
「話を戻そう。爺ちゃん、ヴローヴの至ったⅨ階梯って、王国野郎と同じ……でいいの?」
「王国……ああ、クロムクレイか。あれよりは弱いだろうよ。間違いなく、お前でも倒せるレベルだ。油断しなければ、だが」
いやぁ、あんな化け物相手に油断するほど、俺は慢心を持ち合わせてはいないんだけどなぁ。爺ちゃんにもミスター麻婆豆腐にもそう指導されてきたんだから。
あの地獄をしみじみと思い出していると、シエルが恐る恐る手を挙げた。
「……あの……実際のところ月食君って、どの程度の実力なんですか? 錬金術抜きで」
「うん? 何だ神波、組み手をしたことないのか?」
「錬金術で組み手なんかしないっての。まだシエルは実戦で使えるレベルじゃないし」
やろうにも、俺とシエルじゃレベルが違いすぎる。片や代行者として日々鍛練を重ねるシエルと、片や錬金術の研究を中心に行っている錬金術師の俺。どちらが勝つかなど、戦わなくても分かることだろう。
「魔力無しの単純な戦いなら、間違いなく神波はシエルちゃんよりも強いぞ」
「はい?」
「ふぉ?」
「見たところ、シエルちゃんも鍛えているし、頑丈だが……内臓を潰されたら、そこまで動けまい?」
俺、多分シエルに触れることすらできずにギブアップになると思うんだけど……本気で言ってるよこの爺ちゃん。
「神波、対人戦でまずどこを狙う?」
「両足の骨と脚の付け根の骨」
「その次は?」
「腕を破壊してからの肝臓──って、シエルどうした?」
「どうした、じゃないですよ。何でこっちを見て言うんですか?」
えっ、だってシエルと戦うと想定した時の話なんだから当然だろう。何を言っているんだこのカレー大好きガールは。少し考えたら分かるだろうに。
「今普通にイメージで殴ったり蹴ったりしてる月食君がいたんですけど!?」
「あなた疲れてるのよ」
気のせい気のせい。
「──とにかく、だ。神波は強いぞ」
相手が格下なら、というのが枕詞に付くと思います爺ちゃん。錬金術抜きにしたら、俺はそこまで強くはない。錬金術抜きにしたらミスター麻婆豆腐に一発当てられるかどうかも分からないし、爺ちゃんと婆ちゃんはもっての他だ。錬金術師に殴り合いを強要しないでくれ。
「よく鍛えられてるようですし、さっきので理解しました」
「よし、実力については終わり。吸血鬼について話を戻すぞ」
脱線しすぎてるし、さっさと本題を終わらせたいよな。
「ヴローヴを狩るなら、今が好機だろうよ」
「何で?」
「話を聞くに、器が完成しきっていない。原理血戒を受け入れきる前に殺るべきだ」
相手の準備が整う前に叩き潰すわけね。脳筋思考だけど、一番効果的で効率的だ。準備が整うのを待っていたら、確実に勝てないのは分かりきっている。
「シエルちゃん、都市殲滅戦の許可は?」
「一応、出てはいますが……装備を持ってヴローヴを探すのは難しいですよ?」
「神波」
「ん? ああ、あれね。龍脈の流れが滞ってる場所があるよ」
錬金術を研究してはいるが、他の可能性に手を伸ばしていないわけがない。錬金術は基本的に地球のエネルギーを利用して発動するが、今俺の足元を伝ってくるのは比較的表層のエネルギー、龍脈のエネルギーだ。錬金術が戦いに特化したものだとすれば、この術はサポートに特化した術。名を、『錬丹術』。錬金術と合わせることができないか研究中の代物である。
そんな錬丹術、龍脈のエネルギーを利用するため、この土地の流れや淀みなどが情報として雪崩れ込んでくる。全て知覚するのではなく、淀みがある部分をピンポイントで捉えるという技を見つけるまでは、頭痛に悩まされたものだ。
「場所は?」
「ショッピングモールの下。あそこ、漏れているけど、龍脈の流れが塞き止められてる」
まるで、そこに大きなダムがあるかのように、流れが滞ってるのだ。間違いなく何かがいる。この大きな淀みに隠れて小さい淀みもあるけど……これは多分ヴローヴの使役している使い魔だろう。
「あそこは確か、遠野家が買った土地でもあるな。……ふむ」
「とりあえず突撃していい? 炎と氷だろ?」
こう考えると俺との相性最悪過ぎないか、ヴローヴ。物量で来たとしても俺の錬金術は物量特化が多いし、近付く前に倒せる可能性が高い。
「ヴローヴは騎士。そしてあの剣僧を師としていたこともあるが」
「んー……まぁ、油断しなければ勝てるんでしょ? なら倒せるよ。爺ちゃんが勝てるって確信してるなら」
「む……まぁ、それはそうだが……」
なら大丈夫だ。爺ちゃんが勝てるって言ってるなら、大丈夫。いつだってそうだったし。
「じゃ、準備してくる。シエル、いつでも出れるようにしといて」
「あっ、ちょっと月食君!?」
シエルの困惑した声が聞こえたが、聞こえなかったことにして部屋の工房を開ける。工房の端っこにところ狭しと並んでいる刀剣の一つを掴み、手甲を装備してそのまま抜刀。バチバチと音を立てながら引き抜かれた銀の刀身は妖しく輝いていた。
「……うし。頼むぞ、
妖しく輝く刀身の腹に額を押し付ける。こうすると、この刀が応えてくれるような気がして、使う時はいつもこうしている。
鞘に満月の刀身を納め、婆ちゃん謹製のマフラーを首に巻こうとして──気付いた。
「まだ六時だ」
それに、まだ夕御飯を食べていない。今日は婆ちゃんのカレーの日だ。爺ちゃんの作ったカレーも美味しいのだが、婆ちゃんの作ったカレーはまた違う美味さがあるのだ。
爺ちゃんの作ったカレーはこう……一口で満足させる味、というんだろうか。辛さの奥から旨味が暴力的なまでに殴り付けてくるカレー。
対して婆ちゃんのカレーは一口食べて、もう一口食べたくなるような味をしている。いわゆる家庭的な味わいというやつで、どちらかと言えば俺は婆ちゃんのカレーで育ってきた。だから、婆ちゃんの作ったカレーが一番美味しく感じる。
「腹が減っては何とやら、だよな」
うん、さっきシエルに準備しといて、とか言ったが撤回だ。まずはご飯を食べよう。凄く腹減ってきたし。
「シエルー、前言撤回。ご飯食べてから準備しようぜー」
「え? ああ、はい。時間的にも蛍さんとエイリスさんからも言われたので、そのつもりでしたけど……」
………………つまり、俺が空回っていただけかぁ。何だかとても恥ずかしいというか、やらかした感があるなぁ……
まぁでも、婆ちゃんの作ったカレーが食べられるなら、嫌なこと全部が塵芥に等しいからいいや。
神波の母親。魔術刻印を受け継いでいないが、それでも優秀な魔術師の一人。夫が見た未来を聞き、何度もシミュレーションしたが、結果は変わらないと理解し、心中を決意。
生まれたばかりの神波を三人のホムンクルスに預ける時、美しい顔立ちがぐちゃぐちゃになるレベルで号泣していたほどで、本当だったら自分が、蛍とエイリスにそうされたように、神波へと愛情を注いであげたかった。
育児放棄にも近い虐待をしたというのに、全く嫌ってこない神波を泣いて謝りながら抱き締めてやりたかったが、その思いを押し潰し、冷酷な魔術師として振る舞い続け、最後にはホムンクルスに「念には念を。儀式が始まった時、私達を殺しなさい」と命令を下し、神波だけでなく街全体を守り抜くことを成し遂げた英雄。