次の日の朝。
佐藤は現アジトの広い敷地に立っている。今の佐藤は別に武装していない。上半身はサスペンダーを付けた白ワイシャツ、下半身は黒っぽいズボンでハンチング帽を被っている。
佐藤の前には大勢のヴィランが並んでいる。学生が全校集会でやるような規則正しい整列ではない。ただそこに立っているだけで、周りとの協調性など微塵もないバラバラな整列。
「はーい、今から東京都武力制圧しまーす。順番に車に乗ってね〜」
「軽すぎだろ……」
佐藤の言葉に、怜がため息をついた。
猿石も周囲のヴィランたちの「はぁ?」という呆気に取られた表情を見て、口を開く。
「僕は気合いの入った一言ぐらいあってもいいと思います。東京都制圧なんてスケールが大きすぎて、ここにいる人たちは実感湧いてないでしょうし」
「ふむ」
佐藤は顎に手を当て、初めて正面にいる大勢のヴィランに注目した。確かに落ち着きのないヴィランがほとんどで、悪い言い方をすれば浮ついている。もしこの状態の軍隊が戦場に出たら、一斉に前に出たところを集中射撃されて一網打尽にされるだろう。
「我々は東京都制圧を目的としている。しかし、そこに固執しなくていい。大事なのは、好きに愉しくやること。殺人、強盗、何をやってもいい! 普段から抑圧されている感情を爆発させよう!」
こういう元々金で集めた連中は東京都制圧という現実味のない目的を重要視するより、個人個人のやりたいことを目標にやらせた方がいい仕事をする。
それに結局のところ、佐藤も制圧と言いつつも、ずっと制圧し続けたいわけではない。要所を押さえ、現れたヒーローや警察を思う存分殺して満足したら、開世の『門』で異世界に行くか、政府の所有する飛行機で国外に行くことにしている。
──この
日本政府の中枢を破壊し、そこで動画を撮ってヒーローに甘えきった国民に日本が崩壊したことを見せつける。そうすればヒーローに頼る余裕などないと理解し、自分の持つ能力の全てを使って生き延びようとするだろう。『個性』の私的使用制限を無視して。その行為はヴィランになるのと同義。
そうなれば、今の日本は無法状態となり、ヒーローという『個性』を使って人々を助ける存在は特別ではなくなる。ヴィランとヒーローの境界線を破壊するという意味では、これでも一応クリア条件を満たしたことになるだろう。
「よし、じゃあ改めて車に乗り込んでいこう。具体的な指示は目的地に近付いたら出すからね」
佐藤が手招きするごとに八人のヴィランが列から離れ、車に乗り込んでいく。そして、次々にアジトから出ていった。その数、三十六台。約二百八十人のヴィランが一斉に東京都の要所を奇襲する作戦がたった今、開始された。
佐藤たちが出発して約四時間後。その時には三十六台の車がそれぞれ目標の場所を目指して散っていた。
佐藤は車内で準備を終えた。全身にヒーローアーマーを装着し、その上からいつも通りの装備をしている。ヘッドセットを付け、アサルトライフルとショットガンをたすき掛けし、ベルトには破片グレネードと閃光手榴弾を三つずつ。ショットガンの弾が八発入ったスピードリローダーを四本、ミリタリーベストの胸の部分に取り付けられている。左太ももには拳銃が入っているホルスターが装着されていて、アサルトライフルと拳銃のマガジンはミリタリーベストの中にいれてある。
佐藤はスマホの時間を確認。
「そろそろだね」
佐藤は車内の窓越しに遠くにあるヒーロー公安委員会のビルを見上げながら、そう呟いた。
新橋駅内。
大量の人々が行き交い、ごった返していた。
そんな中、一部から悲鳴があがり、人々が逃げ惑っている。
佐藤の顔をした凛とその仲間のヴィラン五人が新橋駅内に乱射しながら入ってきたからだ。
凛は駅内にいたヒーロースーツを着ているヒーローを優先的にアサルトライフルで狙いながら、周囲を確認。スマホで何かを叫びながら逃げている民間人を見て、微かに笑う。奴らは助けをヒーローに求めている。佐藤が新橋駅に出たと言って。
佐藤が出たとなれば、この近くにいるヒーローのほとんどが慌ててここに集結してくるだろう。
「今だ。撤収準備をするぞ」
凛は一旦駅内のトイレに入り、『個性』を解除して佐藤の顔を自分の顔に戻した。それからボディラインが分からないように着込んでいたアーマーやミリタリーベストを脱いだ。上半身が下着姿になった凛は、アーマーやミリタリーベストをトイレの個室にまとめて置き、キャリーバックの中から赤色のシャツを取り出した。そのシャツに着替え終わったら、分解した銃をキャリーバックに入れながら、トイレから出る。
凛が周りを確認すると、他のヴィランたちもそれぞれトイレで銃をバラし、帽子やフードで顔を隠しながら、民間人のような服装になっている。
凛とヴィランたちの目が合い、頷く。ここからは運と時間の勝負だ。
ヒーローを優先的に殺して立ち向かえる者を消し、逃げることに精いっぱいな民間人だけを残すことで、こっちの様子を気にする余裕のない者だけにする。
そして、事態がよく分かっていない新橋駅内の民間人たちの中に紛れ込んで逃げることができれば、次の陽動作戦ができる。次の陽動場所と集合場所はあらかじめ決めてあるため、話し合う必要もない。
凛と五人のヴィランたちは全くバラバラの方向に向かって逃げ惑う民間人のように走り出す。その一連の流れを静観できていた者は、残念ながら誰一人としていなかった。
◆ ◆ ◆
ホークス、オールマイト、スターアンドストライプ、ヒーロー公安委員長、上位プロヒーローたちがヒーロー公安委員会のあるビルの一室に集まっている。
「雄英高校の教員を兼務しているヒーローはそっちの方が忙しく、この場には来れませんでした。しかし、落ち着くのを悠長に待っている余裕は俺らにないので、彼ら無しで会議を始めます。会議内容は後で伝えておきます」
会議の内容はもちろん佐藤ら
「佐藤のいた世界の少年からもらった佐藤と亜人に関する情報と対処の資料には、大前提が書かれている。佐藤の確保を何より最優先とし、佐藤の行動による犠牲は仕方ないものとして動く。そうすることが結果的に最小限の犠牲に抑えることができると。その前提に賛成の者はここにいるかな? いるなら右手を挙げてくれ」
オールマイトは会議に参加している面々を見渡す。誰一人右手を挙げる者はいない。
オールマイトは静かに頷く。
「ここにいる全員、同じ気持ちだと再確認できて良かった」
ヒーローが人々を救うことより悪を倒すことを優先しては、ヒーローの名折れだ。悪を倒しても大勢の犠牲者が出ましたでは、負け同然。
「それはそれとして、佐藤への具体的な対処を共通認識として頭に入れておく必要はあります」
「そうだね」
ホークスとオールマイトは目を合わせ、オールマイトが頷くとホークスも微かに頷き、手元の資料に視線を落とす。
「佐藤と遭遇した場合、真っ先にやってほしいことは佐藤の殺害です」
ざわめきの声はあがらなかった。この場にいる面々はホークス同様手元の資料に視線を落とし、真剣な表情で佐藤の殺害を受け入れている。
佐藤の復活にはルールがある。一番大きな肉片を核に復活するというルールが。一番大きな肉片をあらかじめ作っておき、その肉片より小さくなるよう爆弾を全身に巻き付けて特攻してくるという戦術を許してしまっていたからこそ、ヒーローに囲まれた中でも佐藤はやすやすと逃走に成功した。
だからこそ最優先で殺害することがワープさせない一番手っ取り早い対策となる。装備で爆弾を巻き付けているかどうか外見から判断が難しい以上、爆弾の有無を確認してからの殺害は自爆ワープを成功させてしまう可能性をあげてしまうかもしれない。何より殺害か捕縛かという迷いが生じてしまうこと自体、佐藤と戦ううえでは致命的な隙に繋がる場合もある。
「次に意識してもらいたいのは佐藤の孤立です。なので、佐藤の周囲に味方がいる場合、優先的に排除するか援護できないよう分断を狙ってください」
「自爆ワープを潰せば、佐藤単体なら常人レベルの逃走手段しかないからか」
「そうです」
ミルコの言葉に、ホークスは頷く。
「愛国者集団のメンバーで佐藤以外に逃走能力で警戒すべきは、『ポータル』のヴィランです。奴の存在が無ければ、佐藤は国会議事堂襲撃の時に捕縛できていた」
「それと、開世君の存在ね。いつでも自分の世界への『門』を開かせるため、連れ歩く可能性は否定できない」
「画像も彼のスマホに入ってますしね……」
ヒーロー公安委員長の言葉に、ホークスはスマホの画像を消しておくべきだったと内心後悔した。『門』を開くかどうかは開世自身の最終的な判断にかかっているとはいえ、開かなければ佐藤の性格上開世を殺すだろう。もし最初から画像データが無く、開世が佐藤の世界に繋げようが無いと佐藤に分からせていたら、誘拐されず見逃されていたかもしれない。
「この資料だと、佐藤を孤立させた後は何かしらの手段で意識を奪い、隙間ができないようコンクリートなどで固めるか、あるいは仮死状態を維持できる機械に入れるか、あるいは重りを付けて深い水の中に沈めるか、あるいはヘリから火口に投げ入れるなど、佐藤に有効と思われる方法がいくつも書かれてますけど、このどれかを実行するということでよろしいですか?」
「ええ、リューキュウさん。IBMという能力とどんな物質も分解して再生するという亜人の特徴は、通常の拘束方法では簡単に逃げられてしまいます。これくらいのことをしない限り。佐藤の世界の彼らもそう結論を出し、実際に実行に移そうとしたんでしょう」
──開世遊矢が横槍を入れなければ、ね。
ホークスの言葉を聞きながら、ヒーロー公安委員長はそう思った。善意とはいえ、余計なことをしたと言いたくなる。
「ただ、そんなことは佐藤と戦う時に考えなくてもいい。ただ意識を奪い、武装解除し、拘束する。これだけを頭に入れて戦ってください」
そこからはチーム決めや細かい打ち合わせに入っていった。
それから三時間が経過し、午後一時半くらいになった頃、会議に参加していた全員のスマホがアラーム音を鳴らした。それは
このアラーム音は近くでヴィランが暴れているという合図なので、全員スマホを見て詳細を確認。そして、全員が同時に立ち上がった。
HNの通知に書かれていた内容。それは新橋駅で愛国者集団が暴れていて、その中に佐藤がいるという内容だ。その証拠に、通知に動画が添付されていて、遠くからだが佐藤らしき人物が駅内でアサルトライフルを乱射している様子が映っている。
「今すぐ現場に向かいます! あと、ヒーロー公安委員長はインターン要請を! 内容は負傷者の救助や避難誘導で!」
「分かったわ。とりあえず全ヒーロー高校に一斉に要請する」
地域指定せず全ヒーロー高校に要請する理由は、地域指定してヒーロー校を絞るより、全ヒーロー高校に一斉に要請した方が時短になるからだ。
ヒーロー公安委員長以外の面々は会議室から慌てて飛び出して現場に向かった。
◆ ◆ ◆
ヒーロー公安委員会のあるビルから、ヒーロースーツを着ている者たちが一斉に飛び出していく。ホークスやミルコ、リューキュウ、クラストもその中にいた。その少し後にオールマイトとスターアンドストライプがビルから出てきて、外の駐車場にある車に慌てて乗り込んだ。その車はすぐ発進し、偵察しているヴィランのスマホ画面から消えていった。そのヴィランの撮っている映像はリアルタイムで佐藤たちのところに送られていたため、その様子を佐藤はそこにいるかのように知ることができた。
佐藤はすぐヒーロー公安委員会のビルに突入しようとしない。
ヒーローたちが飛び出していって三十分後、佐藤は運転手の座席を軽く叩く。それが合図となり、佐藤を乗せた車と他六台の車がヒーロー公安委員会のビルに向かって動き始める。
「ブチかまそうか」
佐藤はハンチング帽のツバの部分を右手で掴んでハンチング帽を被り直しながら、愉しげな笑みを浮かべた。