(デンデン♪) 生き抜くとは
(デンデン♪) それがなにか見せつけて~やーる~♪
僕の名は玄鳴封倫(くろなふうりん)。あらゆる物を複製する程度の能力を持つ。姿かたちを真似て人を驚かすのは、キツネやたぬきの得意技でもあるが、僕を見くびらないでもらいたい。キツネやたぬきの化け芸と比べて僕が優れているところは、姿かたちのみならず、能力や機能までも忠実に再現できるところだ。
ある日、たぬきが茶釜に化けていた。でもたぬきが化けているとは露も知らぬ人間が、やおらそのたぬき茶釜に水を入れ、実際に火にかけそうになった。直火であぶられてはたまったもんじゃないとばかりに、たぬきはもとの獣の姿にもどり、一目散に山へと逃げ帰ってしまった。たぬきの腹は水で膨れていたが、山へ向かって帰る途中に小便をしたら、腹はへこんで、身軽になって速く駆けられるようになったようで、あっという間に見えなくなった。
「これだから、獣のたぐいは尊敬に値しないのだ。見せかけだけ真似てしまえば満足してしまう。羊頭狗肉とはよく言ったものだよ。」
「ほほう、そうかね。それじゃァ、是非ともあなたの名人芸を拝見させてもらいたいものだね。」
いつのまにか、僕の横には管牧典が立っていた。
「いいぜ。今しがたにげていったたぬきのように、茶釜に化ければいいのか?お前さんにはおいしいお茶を飲ませてやるよ。」
「お茶を相伴に預かりたいのはやまやまなんですが、私は水洗便器に化けてもらいたいのです。」
「なんでまたそんなものに。君は愚弄するのか?」
「とんでもない。むしろ、この提案は最大級の尊敬から来るものなのです。とかく、”何にでも化けられる”などと大言している者も、物であれば日用品だとか、人であれば有名人だとか、ごく一般的に知られるものの中からいくつか化けられるという程度のものです。しかし、舞台芸では悪人を演じるほど難しいとはよく言われます。忌み嫌われるもの、不浄なもの、こういったものに化けられるとしたら、その能力は我々キツネやたぬき等、獣どものレベルをはるかに上回る証拠となるでしょう。」
「ほほう。」
「それにですね、水洗便器というのは、水を大量に流して糞尿を洗い流すという機能が要求されます。見せかけだけ真似る者が水洗便器に化けることに手を出したら、受け止めた糞尿を洗い流せずに、いつまでも汚い思いをするわけです。まさに能力を忠実に模倣できなければ死活問題となる。これだけ高度な機能の模倣が出来るとしたら、一介の管狐である私などは畏敬の念を抱かずにはおられません。」
「気に入った!これでどうだ。」
典は首を回して横を見ると、それまで立っていた長髪の白髪を持った少女は、白亜の水洗便器へと変貌していた。典の着ている服も綺麗な白なのだが、それと比べても見事な清潔感ある白さの便器であった。傍らにある水タンクには、”TOHO”と印字してある。
「お見事です!玄鳴さん。これから立派な厠としてご活躍されるためには、建屋や配管が必要ですよね?でも、御心配には及びません。そこは、私が負担いたしますので。」
「負担するったって…」
便器(玄鳴だったもの)が、人間の姿の時と比べてややくぐもった声でそう言いかけるやいなや、典はすました顔で指をパチン!と鳴らした。すると、ムカデ達がぞろぞろと何人もやってきた。彼らは丈の短い黒い着物を身にまとい、ツルハシやらスコップやら、配管やら木材やらを沢山積んだ荷車を引いてきた。彼らはテキパキと便器(玄鳴だったもの)の周りを整地し、建屋を建てて、便器(玄鳴だったもの)に上下水道の配管をつないだ。
「さっすが百々世ちゃんのお友達たちね!惚れ惚れするような手際の良さだわ。」
典はいかにも満足げな表情を浮かべた。当惑したのは玄鳴封倫(今は便器)のほうである。今や個室の仕切りに四方を取り囲まれ、上には天井がかかっている。ま新しい木の匂いや、無機質な床タイルの匂いが、薄暗い静寂の中で玄鳴封倫(今は便器)を包み込んでいた。
「いつまで僕は便器でいなきゃならないんだ?」
「あぁ、玄鳴さま、あなたの”すべてを模倣する程度の能力”をたしかめるためには、この幻想郷にあらたに出来た公衆便所として、この界隈の人妖にすっかり定着し、あなたが化けたものとはまるで疑われないままに、地域に定着するのを見届けなければなりません。ほんの一日二日、水洗便所に化けただけでは、”完全なる模倣”にはならないと、あなたもお判りでしょう?なぜなら、一日二日の用を足せばあとはお役御免の公衆便所など、この世に存在しないからです。」
「ばっ!…」
玄鳴は、思わず馬鹿野郎やってられるかと叫びそうになって、しかし言葉を飲み込んでためらった。ここで便器の姿から、もとの白髪ロングヘアーに青い瞳を持った少女の姿へと戻り、典のもとから去ってしまうことは容易い。しかしそれでは、自分がキツネやたぬきのように中途半端な化け方ではなく、化ける対象の機能に至るまで忠実に模倣できるという主張が口だけのものになってしまう。それに、典一人ではなく、この場にはムカデたちもおり、証人となっているのだ。
早速、玄鳴封倫が変身した便所の最初の利用者がやってきたようで、その人の履く履物の堅い素材が、床のタイルをコツコツと何度か鳴らして歩いて入って来た。ドアを開けて玄鳴の前に姿を現したのは、頭に小さな赤い帽子をかぶり、背中に鴉の翼を持った天狗だった。なるほど、普通の人が履くような、歯が2枚付いた下駄であれば、コツコツッ、コツコツッ、というように、立て続けに足音が2回鳴って聞こえてくるはずだが、彼女は天狗だったので、一枚しか歯がついていない下駄を履いており、それで足音がコツ、コツ、と1回ずつだったのだなと、玄鳴は妙に納得した。天狗は下着を降ろし、玄鳴の上にまたがってしゃがみこんだ。玄鳴の目の前、まさに目と鼻の先に、黒い毛に覆いつくされた彼女の陰部があらわになった。肉の裂け目からは、ホタテ貝のひものようなビラビラしたものが、やや持て余し気味にはみ出していた。ビラビラは、それが生えている肉の裂け目に近いほうの端は濃いピンク色だが、外気に触れている外側の端は、黒ずんで乾燥していた。ほどなくして、肉の裂け目の長さの中ほどから、黄色い尿が噴出された。
(仕事が忙しくてトイレを我慢してて、やっと出せたぁ…)
天狗の心の声が、はっきりと玄鳴に聞こえた。随分長い間トイレを我慢していたというのはどうやら本当のようで、玄鳴が今全身に浴びている尿は非常に濃く、熱く、そして臭かった。噴出される尿の勢いはやがて弱まっていき、それに伴ってレーザーのように直線を描いていた尿の軌道も、緩やかな放物線へと変わっていき、最後には陰部のビラビラを伝って、ピチョン、ピチョンと滴を垂らすのみとなった。天狗は尿で濡れそぼった己の陰部を紙で拭き、黄色く染まった玄鳴の上にその紙も捨て、水洗のレバーを押した。ゴシャーッと水が流れる音とともに天狗は立ち上がり、黒い茂みを下着にしまい込んだ。天狗の去り際に玄鳴は彼女の胸に留められた名札をチラリと見た。そこには「射命丸 文」と書いてあった。
(グロ〇ンでオシッコの臭いフミさん、縁があったら、またね…。)
幻想郷に来てまだ日の浅い玄鳴は、文と書いてアヤと読むとは知らず、フミさん、と覚えたのであった。
文(フミではなく、アヤ)が出て行ってからしばらくは、玄鳴の便所で用を足しに来る人もいなかった。文の残していった濃密な尿臭も、かなりの時間をかけてではあったが、すっかり消えた。静寂と無臭。五感を刺激するものがなくなり、玄鳴はちょっとあたりを見回してみた。建屋の外壁に面した小窓の網戸に、セミが一匹しがみついていた。
丸い二つの目。樹液を吸うための、細長くとがった口。じゃばら状に段のついた、丸い腹…。こうしてしげしげと観察してみると、虫というのもなかなか面白い造形をしているものだ。羽も、半透明な膜の上に骨組みのように細かく黒い筋が入っており、その模様は嵐の日に雷雲からほとばしり出る稲妻のようでもあり、木の葉っぱに走る葉脈のようでもあった。また、セミは網戸にしがみついて静物のようにじっと動かないように見えて、何分かに一度ずつ、脚をゆっくりと動かして足先をひっかける網目の位置を変えているのがわかった。
「そろそろ脚を動かすかな?」
と玄鳴が思うと、その通りのタイミングでセミが脚を動かすこともあって、そのときは競馬で当たったときのような喜びを感じることができた。こんなセミ遊びに熱中しながら、何十分経っただろうか。二人目の利用者が来た。長身でがっしりとした体格をした人物だった。玄鳴の周りの建屋を建て、玄鳴に上下水道の配管をつないでいったのは、上下黒の丈の短い着物を着たムカデたちだったが、この人物もまたほぼ同じ服装をしていた。だが服のところどころに緑や橙色の輪っかの飾りをつけ、手足にリボンをつけておしゃれをしていることで、女性だとわかった。彼女はすぐには便所の個室に入ってこなかった。洗面台の配管を見たり、扉の立て付けをチェックしたり、なんだか検査でもするような目であちこち確かめた後、やっと玄鳴の上をまたいだのである、このとき玄鳴の心中に、先ほどの文の時と同様に、ムカデ女の思考が流れ込んできた。
(施工は及第点だな。いい加減な仕事をしたら、ムカデの名折れだからなァ。)
玄鳴はこれを聞いて、ははぁ、この人が百々世だなと思った。便所が完成した直後に典が、
「さすがは百々世ちゃんのお友達ね!」と言っていたのと、これで繋がった。それにしても、なぜ便所に入った人が心に思い描いていることが、まるで僕に直接語り掛けているかのように鮮明に伝わってくるのだろうか。これではまるで、地霊殿に住むサトリ妖怪ではないか。彼女はおよそあらゆる生き物の心を読むことができるが、僕はこの便所という空間に限って人の心を読むことができる。なので、本職のサトリ妖怪に比べれば、その能力の範囲は限定的ではあるものの、心を読むという、それまで僕が持ち合わせていなかった能力が、この便器変身生活のうちに身についたということは事実だった。
玄鳴は少し憂鬱だった。なぜなら、先ほどの文の陰部を見たときの印象がまだ脳裏に残っていたからである。一見清楚なルックスの文でさえ、下着を一枚隔てた先には、あんなおぞましいものを秘めているのだ。それならこの百々世は、もっとひどいものを見せてくるんじゃないかと思ったのだ。百々世は体躯も男みたいだし、髪型も毛先があっちこっちに跳ねたラフなものだ。なので陰部もそれ相応に荒れ放題なのではないかと予想するのは無理もないことだろう。百々世は下着を降ろし、しゃがんだ。玄鳴がおそるおそる目にしたそれは、思いもよらぬものだった。まず、毛が一本も生えていない。綺麗に剃り上げられていて、ツルツルなのだ。それに、肉の裂け目の長さそのものが短いため、主張が慎ましやかでなんとも可愛らしいのである。ビラビラなんて全くはみ出していないし、むしろ裂け目を取り囲む肌の質感が適度に張りつめており、キュッと引き締まっているのだ。
(へぇ…意外…)
その清潔感あふれる泉から湧き出てくる尿も、ほぼ無色透明で、尿の匂いも鼻にいつまでもこびりつくものでは全くなく、ちょうど温泉のお湯が、そこに含まれる微量成分の作用でかすかに匂いがついているような印象だった。そんな百々世の尿を全身で受け止めている玄鳴は、
「温泉に来て、打たせ湯に当たっている気分だな。気持ちいい…」
と思った。
数日が過ぎ、土曜日を迎えた。一般的に土日と言うものは親しい人と遊びに出かけたり、平日にたまった疲れをゆったりと過ごすことで回復させたりする時間であるから、楽しみなものだろう。しかし玄鳴はそうではなかった。玄鳴の便所は文のように仕事での外回りの途中に寄って利用したり、通勤通学の人が利用する事が多いのである。なので土日はすっかり閑古鳥が鳴いた。これでは玄鳴封倫じゃなくて、閑古鳥鳴プータリンである。
「退屈だ…文、いつも君のグ〇マンからくっさいオシッコをかけてくれてたじゃないか。今日も、あのくっさいオシッコかけられるのを覚悟して待っているんだよ?百々世の綺麗なオシッコでまた温泉気分も味わいたい…」
平日に利用してくれていた人達が休日になって姿を見せなくなると、玄鳴はなんだか、自分がこの社会に必要とされていないんじゃないか?自分はこの幻想郷での居場所を失ったのではないか?という気持ちに苛まれるのであった。半開きになった便所の個室のドアから、便器の玄鳴はじっと表の通りを見やる。たまに通行人が歩いてくると、
「あの人は尿意か便意を催しているんじゃないか?こころなしかそわそわと早歩きをしているように見える。そうだ!あの早歩きは、便所を探しているからなんだ!さぁ、久しぶりの訪問者だぞ!腕によりをかけて、オシッコでもウンコでも、この身で受け止めて、流してあげるからね。いらっしゃい!」
こんな風に、玄鳴の目は輝きを増す。もっとも、玄鳴は便器の姿なので、キラリと輝いたのは目ではなく、銀色の水洗レバーなのだが。しかし玄鳴の期待もむなしく、通行人は玄鳴の便所に目もくれずに歩き去ってしまった。
「あぁそうかい。僕に興味なんてないってことかい。それにしてもこんなに利用者が来ないなんて、どこか僕の近くに新しい公衆便所が出来たんじゃないか?その新しい便所はウォシュレット完備で、それまで僕を使っていた人達も、すっかりそこに鞍替えしたんじゃないか?」
実際には公衆便所がそんなにポンポンと出来るはずもないのだが、玄鳴本人の有り余る労働意欲をあざ笑うかのような閑暇は、とかく被害妄想を掻き立てるのだった。そして玄鳴の土日は、いつもこの一言に行きついた。
「あぁ!早く月曜日が来てくれ!仕事がしたい!人に会いたい!この僕に再びオシッコやウンコをぶちまけてくれよ!」