ムーの栄光よ再び   作:starship

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モチベ復活しました!


『初擊』

 

──中央暦1643年8月1日 アニュンリール皇国本土 北方上空──

 

 

「何がしたかったんだ、アイツらは……」

 

アニュンリール皇国空軍のパイロット『デオーチ』はポツリと呟き、コックピットの液晶ディスプレイを凝視した。

 

敵機の部隊、その規模は300機以上。レーダーの反応によれば、機種はムー連邦のマリンだ。

 

奴らは我々と同じ高度、同じ速度を保ち、ヴァシアへの援軍を阻むように立ち塞がっている。

 

真正面から対峙すれば、血みどろの空戦が始まるに違いない。

 

長距離、中距離、短距離。多種多様な誘導魔光弾が飛び交い、射程と回避性能が命運を分けるだろう。

 

(もちろん、勝つのは我々の方に決まっている。下等種の勝利など、決して許されない)

 

直後、ヤツらは予想を裏切る挙動を見せた。

 

180km先の空域で一斉反転。進路をブシュパカ・ラタン方面へ切り替え、レーダーの探知範囲外へ脱出しようとしている。

 

「逃げる? いや、我々を恐れているわけではないのか。何を考えているんだ」

 

敵の速度は不気味なほどに一定だ。音速を超えることもなく、かといって減速もしない。

 

ただひたすらに亜音速を維持しており、教本通りすぎてかえって異様だった。機械じみた冷徹さか、あるいはこちらを歯牙にもかけていないのか。

 

焦りも、驚きも、感情の揺らぎが微塵も感じられない。

 

デオーチは無意識に機体状況を確認した。

 

警告を告げる黄色いアイコンは1つもない。緑色の光が健常状態を示し、コックピットの中で淡く発光している。

 

安堵の息を漏らし、再度神経を尖らせる。視界とディスプレイに全意識を集中させる。

 

「特に何もなし。今のところは……ッッ!?」

 

《警告、レーダー照射を受けています。警告、レーダー照射を受けています。警告──》

 

思考が凍りつく。しかし、身体は真っ先に反応した。

 

デオーチは操縦桿を激しく押し倒す。

 

高度を下げ、位置エネルギーを速度へと変換し、誘導魔光弾の追尾を振り切ろうとする。

 

敵との距離180km。ジキタリスの機動力ならば、軽々と振り切れるはずだ。

 

だが、全身の震えが止まらない。生まれたての子鹿のごとく、指先からコックピットを叩くように震えが伝わる。

 

(実戦は演習とは違う。死を賭けた本物の殺し合いだ……先輩の言葉が今さらになって骨身に染みる)

 

液晶ディスプレイが耳障りなアラーム音と共に激しく発光する。

 

レーダー画面は無数の赤色アイコンに埋め尽くされた。データリンク上の味方機が次々と光を消していく。

 

先週結婚したばかりのフラグさん。熱血漢のアツイさん。他の部隊どころか、顔なじみの仲間たちも消えている。

 

人柄も、経歴も、一切関係なく平等に死神は鎌を振り落とす。あまりにも無情な現実。

 

汗が止まらない。サウナにいるかのような熱気の中、肌は冷たく凍りついている。

 

「くそったれ、まだ振り切れていないのかッ!」

 

フレアやデコイを射出する。このまますべて使い切ることも覚悟して。

 

それでも、誘導魔光弾の軌跡は微動だにせず、ただ正確無比に距離を詰めてくる。スピードが徐々に落ちているものの、結果は減速し終わるまでに決まるだろう。

 

(嘘だろ…… そんなバカな!! これが本当に下等種の兵器なのか!?)

 

「ダメだ、振り切れない!!」

 

直後、視界が白銀の光に支配された。強烈な衝撃が機体を粉砕し、デオーチの意識を強制的に引き剥がした。

 

数秒か、数十秒か。額を流れる熱い液体の感触、彼は朦朧とする意識を引き戻される。

 

液晶ディスプレイは無残に砕け散り、計器のほとんどが沈黙していた。だが、機体は辛うじて動いている。全身の骨が悲鳴を上げているものの、死んではいない。

 

デオーチは震える指で再び操縦桿を握り直した。

 

(レーダーが死んでいる。駆動系も……終わりか?)

 

その時、背後から世界を押し潰すような圧迫感、重力から解放されたかのような浮遊感が同時に彼を襲った。

 

視界が真っ赤に染まり、次の瞬間──

 

冷たく、静かな暗闇が彼の意識を完全に飲み込んだ。

 

 

 

 

──アニュンリール皇国本土 戦略防空基地──

 

 

《全迎撃飛行隊、通信途絶! 反応消失!》

 

《北部防空識別圏、全域で敵勢力の増大を確認!》

 

《皇都上空に正体不明の飛行機械が飛来。古代兵器部門が迎撃を開始していますが、劣勢です!》

 

《敵誘導魔光弾、第20波を確認。その数600以上!》

 

悲痛な報告が次々と叩きつけられ、司令室の空気を重く塗りつぶす。

 

最高司令官『ガリオン』はテーブルの縁を白くなるほど強く握りしめた。

 

冷房が効いているにもかかわらず、なぜか肌が凍りつくように寒い。冷や汗が滝のように流れ、シャツの背中をべっとりと濡らしていた。

 

(いったい何が起きている?)

 

圧倒的な情報の欠落、戦況の悪化速度。あまりにも絶望的な乖離に胃の底から吐き気がせり上がってくる。

 

(だが、ここで止まってはならない。形勢を立て直し、この……この状況を何とかしなければ!)

 

ガリオンは荒い息を殺し、隣席の副司令官へと視線を投げた。副司令官は青ざめた顔で縋るように次の命令を待っている。

 

「残存戦力は?」

 

「中部は半数、南部は大部分健在です。北部はもはや……」

 

副司令官の言葉が尻すぼみになる。ガリオンは奥歯を噛みしめ、地図上の光点が消えゆくところ見つめた。

 

「ならば、南部の戦力を強引に引き抜くしかない。北部の救援に差し向けろ」

 

「しかし、それでは南部の守備が……」

 

その時、管制官の絶叫が司令室を切り裂いた。

 

《敵弾道弾の飛来を確認! 繰り返す、敵弾道弾の飛来を確認! 着弾まで30秒!》

 

ガリオンは戦慄した。

 

こちらの隠蔽工作は完璧だったはずだ。なぜ、これほど正確に中枢を狙い撃てるのか。

 

「バカな、バレていたのか!? どこから…… くそっ、総員衝撃に備えろ!!」

 

その瞬間、ガリオンは肌に纏わりつくような死の気配を感じた。

 

極限の極致ゆえの錯覚か、あるいは生物として刻まれた防衛本能か。自分たちを殺すために放たれた何かが、すぐそこにまで迫っている。

 

理解など必要なかった。ただ、それが逃れようのない死をもたらすという予感。脳裏を支配する。

 

次の瞬間、司令室内が太陽のような白銀の光に染まった。思考が蒸発する。

 

身体が重力から解放され、虚空へと放り出されるような奇妙な浮遊感。

 

ガリオンたちの意識は轟音とともに冷たく深い暗闇へと塗り潰された。

 

 

皇国の防空網はあまりにもあっけなく沈黙した。銀翼の群れは空を埋め尽くし、何ら躊躇することなく、次なる絶望を降らせる。

 

アニュンリール皇国の北端、ヴァシアの大地に新たな絶望が近づきつつあった。上陸作戦の橋頭堡を築くため、空から降り立つことを目指して。

 

無慈悲な夜明けが皇国本土で始まろうとしていた。




ムー連邦「誓って、核は使ってません」
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