でも分からないなりに、取り繕って歩んでいく。
例え違っていても構わない、後で幾らでもやり直せる。
それが若さというもの。
いつだったか、どこだったか。読んだ状況も覚えていないんだから、書いたのが誰かなんて分かるわけがない。ただ覚えているのは、「思春期を迎えて以降の女子は、基本24時間365日恋愛している」という一文がやたら心に残ったということだけだ。
まあ、だからなんだという事も無いんだけど。忘れていないというだけで、肯定も否定もしていないし。ただそれが事実だとすると、私にはまだ思春期というものが来ていない事になるような気がする。
なにしろ私と来たら、恋愛なんかしたこともないんだから。
……多分。
私には、いわゆる初恋なるものの記憶がない。お母さんが言うには幼稚園の頃一つ下の男の子をえらく気に入っていて、その子の手を掴んで持って帰ろうとしたとかしなかったとか。本人が覚えてないのに周りがやたら擦るもんだから、なんだかそれが初恋だった事になっているのがどうも釈然としない。
まあ、そのあと身近な男の子が気になったりとかした記憶はない。でも女の子を好きになった記憶もなくて、だから多分私は恋愛とかそういうのがまだわかってないんだと思う。
周りはそうでもないみたいだけど、さ。
いつのまにか私の親友たちは彼氏持ちになっているし、そういう話ばかりが溢れている。昔みたいにただバスケだけやっていればいい、という感じでは無くなりつつあるのが正直面倒だ。
自分の事だけで手一杯なのに、人を想うような余裕があるものか。打つ手も上げる手もありゃしない。
――そう思っては、いたのだけれど。
最近になってなんだか、私は自分が変わりつつある気がしている。猪股家の居候として男子が近くにいる生活、というものを経験しているせいだろうか。環境が人を作る、とか言うし。
まあ、あれだ。大喜くんは何て言うか、いろんな意味で男子っぽくはない。……ぽくはないけど、でも。でも、私は色々と意識してしまっていたりする。ふとした拍子に大喜くんを目で追っていたり、側にいることをあれこれ考えてみたり。今まで男子がいようと大して気にもしないで着替えてたりしていた私が、柄にもなく。これは私が大人になりつつあるからなのか、はたまた
それをどう考えていいか、それはまだ分からない。ただなんとなく、愉しさを感じつつあるのは本当だ。
もしかしたら私にも、思春期なるものが訪れつつあるのだろうか。
気が付けば季節は変わっていく、私たちを取り巻く環境も。
滑って転んで、笑って泣いて。そんなのを繰り返して、私たちは段々と成長していく。
いつのまにか私は大喜くんを頼るようになって、背中を貸して貰ったりもするようになり始めた。大喜くんがたくましくなったのか私が軟弱になったのか、まあ別にいいけどさ。
でも近付けば近付くほど、先を考えて辛くなってしまう。
私は栄明を卒業したら猪股家を出る、そうしたらもう会えなくなる。きっと、二度と。それは――。
「嫌だな、なんか……うん」
相変わらずよく分からないけど、でもそれは嫌なのは確かだ。これから先も側にいてほしい、支えてほしい。他の誰でもなく、大喜くんが隣にいてほしい。
これが恋だと言うのなら、そうかもしれない。
でもこれが果たしてどんな方向へ行くんだろうか、自分の事ながら皆目見当も付かないのは困ってしまう。
蝶野さんと本格的に争うのは嫌だけど、でも譲る気もしてこない。ああ、難しいな。子供の頃は、こんな事を考えたりしなかったのに。面倒なことを考えなきゃいけなくなるくらいなら、大人になんかなりたくないかな。
でも、だ。願っても祈っても、時間は巻き戻らない。私の身体は刻一刻と大人になっていって、それに引き摺られるようにして心も変わっていく。少しずつ、でも確かに。
これから先、どうなっていくのかは正直分からない。
まあ、なるようになるさ。ならないようになった、なんて話は聞いたこと無いし。
子供だか大人だか分からない私は、今日も漂うように生きていく。それができなくなる、その日まで。
まあモラトリアムですかねえ。