Twitter企画『しぶころ』提出用作品
「ねぇ、LINEのさ」「知ってる知ってる、返ってくるらしいよ」「でも、噂でしょ?」「ちゃんとアカウントがあるって」「うわ……マジじゃん」「……押してみる?」
七月の某日。そう、ついこの間の事だ。
夜のプールに一人生徒が浮いていた。当直の用務員が発見したそうだ。窒息による死。いたずらで忍び込んで不注意で亡くなった。学校と警察の間でそう処理された。
当然、プールは閉鎖。その余波は灼熱のグラウンドでのランニングという形で帰って来た。不満を浮かべる顔が多いのはさもありなんといったところか。
そんな夕陽が黒く濃い影を落とす放課後。四人の集まりがあった。立ち入り禁止の封がされたプールへの入口前にたむろしている。傍らに投げ捨てられた煙草の吸殻が雑草を焦がす。
開校140年の歴史ある学校なだけに様々な心霊スポットが存在する。特にそんな噂が絶えない旧校舎の裏。そこにあるプールは元よりそういう場所だった。夜に訪れると、足を引っ張られ引きずり込まれる。そんな噂。
そこに新たな話題が加わったことで、誰も近寄らない場所となっていた。事件の顛末を知る、一部を除いては。
「おい、田口のあれ、どうするんだよ」「どうするったって……なぁ」「まさかさ、本当に」「やめろって」
口々に不満を唱える中、リーダーの桜井が一喝する。
「とにかく……バレてない。そうなってる」
桜井は一つの生徒手帳を取り出す。その手帳は七月某日に亡くなった田口のものであった。
「こいつは、そこら辺に埋める」
有無を言わせないとばかりに桜井は藪へと入っていく。
「おい、ライター貸せ。燃やして隠滅する」
「まずいって!!」
その瞬間。打撃音が響いて、怒号がつんざいた。
「じゃあ、これ持ってって謝りゃいいのかよ!! 追い詰めたのは俺たちですって!!」
「あぁ、クソっ!!わかったよ!」
後悔、理不尽と嘆く怒りを撒き散らさながら、炙られ、燃やされ、彼の手帳は燃え滓となり消えていった。
「なにも無かった。……いいな?」
四人は顔を見合わせて頷き合う。互いに共有する罪を認識していた。
全員が黙りこくり、そろそろ解散かといった頃合いに、ポツンと言葉が発せられる。
「そういえばさ……噂、聞いたことある?」
一番気が小さい水口が何かに怯えるように声を漏らし、そそくさとLINEの画面を開く。
「田口にさ、LINE送ると……返って来るんだって」
「何言ってんだよ」「やめろ」「バッカ、ただの噂だって」
口々に出す反論に彼は青ざめた顔を何度も振る。鬼気迫る空気すらそこにはあった。
「本当に、返ってきたんだって……俺、噂を聞いた日にさ、送っちゃったんだよ」
殆どグッチは泣きながら、画面を突きつけた。
「『返してください』だってさ、どうすりゃいいんだよ! なぁ!!」
混乱窮まった表情と、無機質な画面。それらに耐えられず、空へ視線を逸らす。
もう沈みかけの夕陽、どす黒い雲がこの先を暗示している様にしか思えなかった。
◆◆◆◆
明かりを落とした部屋。ベッドに身を投げ出してスマホを開く。見慣れたロゴと共にLINEが起動した。
「流石に、あり得ないだろ」
外のサイレンがやたらと大きく聞こえる。慣れた柔軟剤の香りがやたらと鼻につく。呼吸がどんどん荒くなる。
意を決して、アイコンが初期化されているアカウントを開いた。
『生徒手帳?』『あー、そういえばあそこに隠したって言ってたわ』『早くいかねーとやべーんじゃね』
以前の会話が恨みがましく残っていた。そこから先の既読はない。
田口は何かとどんくさい奴だった。確かリレーでビリになったとか。本当に何でもない事から俺たちは『イジリ』と称した嫌がらせを続けていた。
あの時はただ、夜の心霊スポットに行かせてやろうと、それだけの魂胆だった。
まさか、本当に死ぬだなんて思ってなかった。こんな履歴が残っているのに、誰も何も言ってこないのも、また日々を漠然と恐怖させる一因でもあった。
震える手でメッセージを打ち込む。意味がない事を知りながらそれでもやらずにはいられない。
『あのときは、ごめん』
──瞬間、画面が切り替わる。聞き慣れた電子音が部屋に響く。
心臓が跳ね、小さく悲鳴を上げた。荒く、早くなる呼吸を意識しながら画面を見ると、発信者は水口のものだった。
一気に気が抜けてしまう。ほっと一息を吐いて、スマホを放り投げた。
「あほらし、寝よ」
緊張して疲れたと、眠りに落ちる。画面が点滅している事を知らないままに。
『返してくれないんですか?』
◆◆◆
翌日、学校は騒ぎとなっていた。
水口が旧校舎にて遺体で発見された。部屋着のまま学校に侵入し、旧校舎から飛び降りたらしい。
現場付近は警察が色々と調べている。近々埋めた手帳の事も調べられてしまうかと思うと、気が気でなかった。
四人が三人になった集まりの中、ポツンと言葉を発する。
「あのさ、LINE試した?」
その言葉で二人が凍り付く。自分だって朝起きて泡を食った。その反応が答えだろう。
茶化してみるが、各々表情は暗い。不安と、得体の知れない恐怖感だけが、じっとりとした湿度の様にまとわりついてくる。
ごめん、と言葉にし、その集まりは終わりとなった。
◆◆
その夜、リーダー格の桜井から連絡が来た。
『井上と連絡取れる? 反応がない』『ビビり過ぎだって、もう寝てるんじゃね?』
すぐさま画面が切り替わり電話が鳴った。出ると、まるで何かに追われているかの様に彼の息が荒い。
「なんだよどうしたんだよ」「井上のLINEがっ、違ってたんだよっ!!」「本当になんの話だよ」
「あいつのだけ、違ったっ……『返して』じゃない。『見つけた』になってやがった!!」
一気に心拍数が跳ねあがる。嫌な汗がシャツを濡らす。
「ちょっと探してくる……俺、学校近いからさ」「あぶねぇって! やめとけ!!」「明日話すわ」
そう言って電話が切られる。
気が気では無かった。けれど、今更学校に向かう事も出来ない。もどかしい気持ちを抱きながら床に就く。
静寂がやけに気になってしまう、エアコンの駆動音が、パキンという家鳴りが、跳ねる水音すら今は恐ろしい。
エアコンを消し、電気をつけっぱなしのままに布団を被り、朝が来るのをひたすらに耐えた。
◆
翌日、学校は大騒ぎとなっていた。無理もない。一気に二人の死人が出たのだ。
彼らはそれぞれ、プールの排水溝に頭を突っ込んだ状態で、プールの更衣室で倒れたロッカーの下敷きになって亡くなっていた。
まるで、何かを探すように現場周辺は荒らされていたそうだ。
登校したとき、教室に入ったとき、ぐるりと周囲の目が自分に向けられた。
もともと田口の事件以来、何かと風当たりは強かった。それがマグマのように吹き出し、露骨に表面化したような気さえする。
ついに、そんな視線に耐えかねて教室を抜けだした。
気が付くと、カビ臭い旧校舎の中に居た。外では警察がプールの中を見分している。その様子にはっとした。
「あぁ、そうかグッチが最初にここからだったのは」
思えば、今朝から誰かの気配がずっとついて来ていた。
ひた、ひたと水音がついて回る。木造の床を、軋ませながら。
「よく見えるもんな、ここからなら」
どんどん、どんどん近づく足音に、もう逃げられない事を悟る。
「お前の生徒手帳はっ──」
『見つけた』
◇◇◇◇
「聞いた?」「うん……土の中って怖くない?」「ね、えぐいよね」「そういえばさLINEの返事さ」「うん、『見つけた』ってなんだろね?」