その魔法少女は黒かった。
真っ黒なドレスに黒い手袋、ストッキング、お面の月とその下から覗く口元だけが唯一の色を見せている。
音を立てて電流を走らせるその剣も濡れたような黒を纏っていた。
夜であればその身は暗闇に溶けていただろう。
だけどまだ陽は沈んでおらず、その黒は空をバックに嫌に浮いていた。
「…………」
私たちは無言で武器を構える。
この魔法少女はチエを討伐した。
それはあり得ない事態だった、だってチエは研究対象の深獣だ。
引き出せるはずだった情報、それは深災対策にとって計り知れない価値があった。
それを妨害した彼女がまともであるとは私には思えなかった。
「あら???なぜ他の魔法女がいるのかしら?というより……なぜ武器を向けられているのかしら?」
「…………んん?」
でも敵意剥き出しな私たちとは違って彼女はなんだか困惑していた。
なんだか想定していた反応と違うな。
こういう時って微笑みながら全て知っているかのように上から目線で何か言ってくるものじゃないの。
いかにもそんな風な登場の仕方だったけど……。
「ちょ、ちょっと待ちなさい。魔法少女同士じゃない。なぜ敵対しているのかしら?」
あたふたとしながら彼女は私たちの位置まで降りてくる。
仮面に隠れて目元は見えないけど……動揺しているのは誰の目にも明らかだった。
私は彼女と目を離さないまま、水面すれすれに浮いた星によじ登る。
一旦戦う展開にはならなそうだ。
少なくとも彼女の方からは敵意を感じないから。
「びしょ濡れじゃない。タオルいる?」
「いや……誰?」
海水に浸かっていた私に対してタオルを差し出してくる。
なんだか悪い人ではなさそうなんだけどさぁ……
正体がわからない以上私は再度、誰?と問うしかない。
「味方、味方。同じ魔法少女よ」
「味方と言うならば、魔法少女名。所属チームを答えなさい。誰の命で深獣に攻撃したの、ここにいた深獣の価値を分かっているのでしょうね?」
苛立ちを隠しもせずローズが詰め寄る。
彼女からしたら教育を施し長年調べてきた研究対象をいきなり目の前で殺されたのだから、怒るなという方が無理があるだろう。
今日チエを知ったばかりの私と2人では事態の深刻さに乖離がある。
クレスの方も水で作った凶器をいまだに収めていないし……怒りは相当なものだろう。
「あー…………ちょっとそれは答えづらくて………………」
「あ゛ぁ?」
「おほほ…………なんて?」
ちょっとお2人とも、怖いよ。
クレスは鬼の形相で彼女を睨みつけているし、ローズは顔こそ澄ましているけど絶対キレている。
短い付き合いだけどなんとなく分かってきた、ローズって怒った時わざとらしく笑うクセあるよね。
「深域での単独行動は禁止されているわ。貴方は何故、たった1人でここへ来ているの?」
「うっ……よく見たら星付きが2人もいるじゃない。ややこしくなったわね……」
「ちょっと!こっちの話聞いてる!」
ローズとクレスが仮面の魔法少女に詰め寄る。
彼女は狼狽したように身を引いた。
明らかに困っている。
でもなんでだろう、私たちがこの深域内にいたことは把握していなかったみたいだけど。
「深域での単独行動?許可されているサ。星付きには」
「!」
彼女の背後から聖霊が顔を出すした。
立派な角を持った小さな鹿。
なんだか鹿角とユニコーンの角が生えているから頭がゴチャゴチャしてない?
「星付き?」
「なるほど……貴方があの庭師ってわけね」
星付きの魔法少女は7人。
そのうち6人とはもう顔を合わせた。
残るは庭師と呼ばれた詳細不明の魔法少女だけ。
私達以外の星付きとなれば自ずとその正体は明らかになる。
彼女が……例の庭師?
「あぁ〜……ほら星付きがいると、そういう話になっちゃうじゃない。何バラしてしるのよスピロ」
黒ずくめの魔法少女はスピロと呼ばれた精霊の角を掴んで揺する。
否定はない。
ということはやはり彼女が庭師か。
「彼女は、この私によって許可を得てここにいるのサ。君はどうなんだいエヴァーローズ?」
「………………」
「ぁ、ぇ、なんの話?」
スピロの問いかけにローズは黙って睨み返す。
許可?
私たちは星付きの会議を経てここにいるわけだけど。
「星付き達が精霊に隠れて何か画策しているのは分かっているサ、この深域の調査は一角獣様の命で禁止されていた筈なんだけどサ。どういうつもり?」
……はい?
この深域の調査が禁止されていた……?
そんな情報は共有されていない。
私の知らない情報だ。
それにあの星付き会議が精霊に隠れて行われていたというのも初耳だ。
確かにあの会議に精霊の姿はなかった。
だけど前のお茶会でもそうだったから、あれが普通なのかと思ってしまっていた。
なんとなく庭師と私たちが鉢合わせになった原因が分かってきたぞ。
精霊的にはそもそも私たちがここにいるのは想定外だったのか。
「別に、私は追求できる真実を追い求めただけ。誰かさんが真実を隠そうしてたみたいだから」
「誰かさん?誰だろうね。知らんサ」
ローズとスピロが睨み合って火花を散らす。
私の知らない思惑に策謀。
ローズも策士だな。
あの星付き会議の主題は魔法少女を襲う黒いナニカの対応だったはずなのに、彼女の真意は別にあったみたいだ。
「でも追求を急いでよかったみたいねえ。誰かさんはまさに今、証拠を消しにきたのだから」
「まるで人を犯罪者みたいに言うサね」
「だけど……少し遅かったじゃない。私達はヒントを得られた」
「だね」
勝ち誇るローズとクレス。
確かに私たちは深災に関する情報を断片的ながら得ることができた。
そういう意味では精霊の裏をかけたと言えなくをないけど……
そもそもなんで裏をかく必要が?
なぜこんなに精霊と仲が険悪なんだこの人達。
ローズの顔からは明らかな敵対心が滲み出ている。
スピロはそんな彼女達を見て大きなため息を吐く。
「こうなるから嫌なのサ。言葉を理解する深獣なんて碌でもない」
「碌でもない?あれは知恵の結晶よ」
「君たちが何を知ったのかは分からないけど……どうせ精霊の立場が怪しくなる情報に決まってるサ」
「そうね、よく分かっているじゃない」
さらに大きくため息を吐くスピロ。
確かに……深災が壊れた世界の自浄機能だとするなら、それを止める精霊の立場は怪しくなる。
精霊はどの立場で人間に手を貸し、深災を鎮圧して回っているのか。
考え方によっては精霊は世界の破壊者の協力者になりかねないのだから。
「君達が聞いたのはあくまで深淵側から見た事情であって、深淵と精霊とで事情は異なるのサ。一方からの情報だけで世界を知った気にはならないで貰いたものサ」
「ふん、まぁそれには同意ね。1つの視点だけで物事を判断するのは低脳のすることだけど……じゃぁそちら側の事情は教えてくれるわけ?」
「それはできない。人類にはまだその準備ができていない」
クレスの要求ををスピロは拒絶する。
「はぁ!?」
「準備?それはどの視点のお話なの?」
うーん……難しい話だ。
深淵と精霊は敵対の関係にある、深淵側に意思があるかは置いておいて。
そういう意味では深淵側が精霊側に有益な発言をするわけがないというのは正しい。
これはある意味では人類と組んだ精霊陣営と深淵陣営との戦争のようなものなのだから、両者は自分の正義を主張するだろう。
だけど精霊側の正義が明かせないならば、その立場は危うくなってしまうのだけど…………
「ねぇ、途中から話についていけてないのだけれど……なんの話なのかしら?」
精霊と魔法少女2人が言い争う中、黒ずくめの魔法少女は気まずそうに私の方まで擦り寄ってきた。
もしかして、精霊の命でここにきたけど真意は聞いてない?
うん……なんだか君もやりづらい立ち位置みたいだね。
でも、もしかしたら深淵が世界の自浄機能かもしれないって話は明かしにくいんだよね。
その情報は魔法少女達の願いを損ないかねない危うさがある。
精霊が隠したがる気持ちも分かるよ。
「こちらはこちらで明かしづらい物を知ってしまって」
「あぁ……魔法少女全体に都合が悪いタイプのやつかしら」
「うん……」
そういうタイプの話、心当たりがあるんだ。
庭師がどういった役割を持っているのか知らないけど……君は君で苦労してそうだね。
「貴方、どちらの味方なの?」
「うぇ!?」
精霊と激論を交わしていたはずのローズの顔がグリンッとこちらを向く。
びっくりするからやめてよね。
なんで庭師じゃなくって私が驚いてるんだって話ではあるけど。
ローズは庭師も逃す気はなさそうだ。
「私?私は精霊の味方よ。雇い主だもの」
黒ずくめの魔法少女はケロリと精霊を味方する。
すごいな、話の内容は分からないなりに精霊が不都合な情報を隠匿しようとしていることは察せられるだろうに。
「もうバレてしまっているから明かすけど、私は庭師。魔法少女達の花園の管理人。お仕事は魔法少女が魔法少女らしく戦えることのサポートってとこかしら」
私の横を離れ、彼女は精霊の横へ戻る。
その立ち位置変更は明確な線引きのように見えた。
私はこちら側なのだと。
「サポート……深淵の謎を解く鍵である深獣を殺して、真実を覆い隠すのが貴方の言うサポートだと言うの?」
「あまり追及されても困るわ。私はここの深獣がどういうものだったのか知らないの。ただ一角獣の命に従って対象を討伐しただけ」
だろうね。
彼女の言動の端々からチエのことを知らなかったのは察せられる。
チエを黙らせたかったのは一角獣であって庭師じゃない。
彼女は口封じの手段でしかない。
「だけれど、アレが何かを握っていたのなら抹殺しておくべきというのは同意かしら」
「へぇ……」
「あくまでも一角獣側であると?」
「えぇ、魔法少女達にとって不都合なことなんて沢山あるわ。そういったものは包み隠しておいた方が幸せだし。それが露呈すれば魔法少女全体の弱体化に繋がりかねない。そしてそれは人類の危機に直結するのよ」
庭師はあくまでも淡々と主張した。
変な違和感。
その感情のなさが、冷酷とは逆の印象を私に覚えさせる。
自信のなさ……とは少し違か、なんだろう、本心が見えない。
ただ、隠蔽が悪だとも言い切れない。
なぜならそうやって夢を守ることは魔法少女の強化となり、魔法少女の強化が結果として悲劇を抑制する。
彼女の言い分も正しくはあるのだ。
「魔法少女が魔法少女らしく……ねえ。つまり、裏で魔法少女を誰もが憧れるアイドルのような存在に仕立てているのは貴方というわけ?」
「察しがいいじゃない。正確には歴代庭師たちの功績、だけれど」
「……!」
最近問題が表面化してきている魔法少女のアイドル視。
魔法少女の華々しい活躍がメディアで語られる反面、負傷、殉職、精神的負担、あらゆる負の側面は覆い隠されてきた。
アコナイトの告白やコットンキャンディ☆の活躍によってようやく負の側面も公になってきてはいるけどそんなものはごく一部だ。
それはメディアの印象操作なのだとずっと思っていた。
だけどそういった印象操作を魔法少女自身が行ってきたとすれば話は変わってくる。
「願いを曇らす雑草を一本一本引き抜き、根気よくお世話をして、魔法少女という大輪の花を咲かせる。それが庭師、人類の守護者のお世話係」
「その雑草がなんだか理解している?…………それは真実よ!!未来を切り開くための希望を貴方は理解もせず殺した」
「必要だから、精霊と魔法少女の不和は望ましくないでしょう?」
話は平行線だった。
だんだんと、言葉を重ねるたび、ローズの目が細くなっていく。
相互理解のための対話はお互いの絶望的なまでの溝を表面化しただけだった。
真実の解明と隠蔽、一見すると善は解明側にあるように見える。
だけど隠蔽側にもそれをするだけの理由はある。
私はどちら側を味方すべきなのだろうか?
「もう……いいわ」
ローズは杖を水平に構える。
彼女の背後で瞬く星々が幾千も出現した。
クレスも海面に手を伸ばし、水操作で巨大な大剣を作り出す。
武器を構えていた初対面とわけが違う。
あれは牽制の意図が強かった。
だけど今は、敵として武器に殺意を乗せる。
「だからなんで敵対するのサ?君たちは味方同士だろう」
「仕方ないわスピロ。私は軽蔑されてしまったみたい。まぁ無理もないけれど」
庭師の態度には一定の理解があった。
精霊の正義を拒絶したローズ達とは逆に、庭師はローズ達の拒否感を分かっている。
やっぱり彼女は……
電子音。
私の思考はその異音にかき消される。
なんの音……いやこの音には聞き覚えがあった。
みんなの視線が私に向けられる。
え?私?
私の首にかけたデバイスが電子音をかなでていた。
「ぁ、ごめん」
慌てて私はその電子音を止めた。
一瞬確認した画面にはハイドランシアの文字。
ハイドランシアからのメッセージ?いや……これは着信?
一体なんの連絡だろうか、なんにしても間が悪いのは確かだ。
「ちょっと邪魔が入ったわね……」
武器を構え直すローズ達。
「あー…………」
でも、それは再度下される。
電子音。
私の胸元から。
みんなの視点がまた私へ向けられた。
「……出ていいわよ」
ため息を吐かれた。
いや、ごめんて。
私は星の端っこまで退散すると縮こまってデバイスに耳を当てた。
「ハイドランシア……今ちょーっと忙しくて……」
「カメリア!今ッ!どこッ!!?」
デバイスから大声が漏れ出て、私は思わずそれを耳から遠ざけた。
すごい剣幕だ、いったいどうしたんだろう。
ローズ達も驚いたようにこちらの様子を伺っている。
「深淵がリリィの病院を飲み込んだの!」
「ぇ、え?」
「どこにいるか知らないけど来られるなら急いで!私は行くっ!」
通信が切れる。
私は突然の事態に呆然とした。
深淵が病院を飲み込んだ?病院って……リリィが入院している?
リリィは無事だろうか。
無事なわけがない、だって今彼女は意識を失っている。
リリィは深淵から自力で逃げる術を持っていない!
「行かなきゃ……」
庭師、精霊、陰謀、そんなものは全部どうでもいい。
親友に危機が迫っている。
それより優先すべきことなんて私にはない。
私は金魚を作り出した。
水平線を睨む。
今から地上まで戻って、そこから花園まで、花園から病院最寄りの花園まで転移して病院へ。
絶望的に遠い道のり、でも行くしかない。
「ちょっと待った、待ってよ」
1人で勝手に離脱しようとし始めた私をクレスが慌てて止める。
邪魔するなと、私は彼女を睨みつけた。
「移動するなら星に乗った方が早いわ。ね、ローズ」
意外な提案に私は瞬きする。
てっきり、離脱を止められるのかと思った。
ハイドランシアの大声はそちらにも聞こえていたのだろう、それでも仲間の元へ駆けつける私側についてくれるとは思ってもみなかった。
「…………カメリア分かっているよね。深淵にはもうすでに別の魔法少女が派遣されているはず。貴方が焦る必要なんてない、ただ信じればいい、仲間を」
ただ、ローズはあくまでも私がリリィのもとへ向かうのには反対のようだ。
逃がさない、とばかりに彼女は黒ずくめの魔法少女を睨みつける。
彼女の優先順位は明らかだった。
でも間違ってはいない。
ここから私が駆けつけたって、間に合う保証はどこにもない。
「分かってないわね」
「……なに?」
庭師はそんなローズを非難するように口を尖らせる。
「間に合わないことなんて百も承知よ。それでも彼女は行きたいと言ってるの。他の魔法少女が対処してるとか、関係ない。もし自分が何もせずに大切な人が傷ついた時、自分が許せなくなる。だから……行くのよ」
まさかクレスだけでなく庭師も私の味方をするとは思わず、私はさらに瞬きする。
私たち、今にも戦いが勃発しそうな感じだったよね?
そこで結託することある?
でも、彼女の主張は私の考えを正確に見抜いていた。
「…………分かっている、わ」
目を伏せるローズ。
当たり前だけど、今の話を一蹴できるほど彼女は非情じゃない。
ただその目は不満げに庭師を睨みつける。
なぜそれをお前に説教されなきゃいけないと、その目が不機嫌に訴えていた。
「分かった!」
パチンッと庭師は手を叩く。
その口元はいいことを思いついたとばかりに弧を描いていた。
「No.1の星付き様が私を許せないのは理解したけど、お話はまた今度にしましょう。今日は私が貴方達を病院まで連れていってあげるから、それに免じて見逃してくれないかしら」
「連れて行く?」
「ええ、誰よりも早く」
信じられない話だった。
見逃せという主張が、ではない。
誰よりも早く病院まで連れて行くという話が、だ。
彼女の力はもう見た。
手に携えた黒剣による電撃、それが彼女の力なはずだ。
それで私たちを距離の空いた病院まで連れて行けるとは思えない。
ローズもクレスも、同じ考えなのか訝しげに庭師を見つめ返す。
そんな疑心を理解しているのかいないのか、彼女は剣を空中に放り投げる。
剣は空中で円を描き、不自然に回転し始めた。
「スピロ、座標は?」
「はいはい」
回転した剣が描く円が不意に電流を帯びて光円になった。
剣が弾かれたように彼女の手の中に戻る、だけど円はそのまま。
その円の中はこことは違う空を映していた。
「これ……!」
「簡易門を作ったから。異論がないなら行きなさい」
円の向こうに……病院が見える!
これって花園にある転移門と同じ仕組み?
魔法少女が転移門を作り出すなんて、そんなことが可能なの?
でも……これなら目的地は目と鼻の先だ。
「ローズ……」
私がこの簡易門を潜るのはもう決定事項だ。
だけど、ローズの意思も確認したかった。
それが私の我儘だとしても。
「えぇ、行きましょう」
「っ!……ありがとう」
意外なことに彼女は先ほどまでの敵意をすんなりと引っ込めた。
いいの?
そう思って見つめると、頷かれる。
私はそれを見ていても立ってもいられずに簡易門に飛び込んだ。
ちょうど人間1人潜り抜けられるくらいの小さな光円、それを潜り抜ける。
その先には私の知っている景色が広がっていた。
何度も訪れたことのある病院。
その景色の中で黒い災害が広がっていた。
リリィがいるはずの病院、その建物が半分以上黒い球体に飲み込まれている。
私の後ろからローズとクレスも転移してきた。
「それじゃあ、また今度」
円の向こうで庭師は手を振った。
彼女はこちらに来る気はないらしい。
止める間もなく、円がすぼまり、門は消失する。
庭師を捉える機会を私たちは失った。
「よかったの?」
「問題ないわ」
庭師を逃す形になったけど、大丈夫かな。
そう思ったけど、ローズは意外なほどにすっきりとした表情をしていた。
「あの子の正体は大体目星がついたから」
「え?」
敵意と怒りは消え、そこに浮かんでいたのは得意げな笑み。
幼い見た目にそぐわぬ蠱惑的な微笑みでローズはウィンクした。
「電撃に簡易門、ちょっと手札を晒しすぎねえ。それだけの情報があれば個人を特定するのは容易よ」
「ぇ、こわ」
さすがというか、彼女はもう庭師の弱みを握れるだけの情報を得たみたいだった。
頭の回転の速い人間はこれだから怖い。
くれぐれも敵に回さないようにしたいところだ。
ローズの言動に戦々恐々としながらも病院を目指す。
「カメリア!」
「あら、久しぶりね」
病院の前に2人の魔法少女がいた。
1人は見慣れた青い魔法少女。
そしてもう1人は白金の魔法少女。
「アコナイト、久しぶりだね」
「ローズもいるの?ただの深淵にしては過剰戦力じゃないかしら」
ハイドランシアだけじゃなく、元星付きの魔法少女アコナイトもそこにいた。
彼女は私の隣にいるローズを意外そうな顔で見つめる。
彼女は星付き会議に参加していないから、この人選は意味不明かもね。
星付き2人の援軍。
確かに、これは過剰戦力かも。
「避難の状況は?」
「民間人はすでに非難しているわ、病院のスタッフが動けない人のサポートに回ってるけど……」
「心配しなくていいわ」
現状を共有するクレスとハイドランシアをアコナイトが制止する。
「すぐ終わるから。そうでしょローズ」
「そうね、すぐ終わらせましょう」
う、頼もしすぎるなこの2人。
元No.1と現No.1だ、これ以上の人選もなかなかないだろう。
深獣が可哀想になるくらいだ。
「だから、貴方達はチームメイトの元に急ぎなさいな」
「ほら行った行った」
アコナイトがぞんざいに手を振る。
貴方達って……私とハイドランシアだろうか。
私たちは目を合わせる。
「うん、行きましょうカメリア!」
「うわっとと」
ハイドランシアに引っ張られ駆け出す。
気まずい関係だったことなんて関係ない。
だって私たちの関係が拗れたのはリリィの守れなかったせいなんだから。
避難する人々の流れに逆らい、病院へ突入する。
「深獣が!?」
病院の廊下を駆ける私たちの前方に黒いシルエットが飛び出す。
大型の狼の姿をした深獣。
その姿はなんだか私が初めてリリィと会った時を思い起こさせた。
あの時も、病院で、狼型だった。
「横!気を付けて」
ハイドランシアの鋭い声。
真横からも窓を破って黒い狼が突入してきた。
咄嗟に蹴りを繰り出し、奇襲を撃退する。
2匹目の深獣、双生の深獣か!?
…………いや、違う。
窓から見える病院の中庭、そこにも複数の深獣の姿が見えた。
群生するタイプだ。
以前これと同じような蜂型の深獣と戦ったことがある。
ということはどこかに大型の本体がいるはずだ。
水の鞭がしなり、深獣を撃つ。
「リリィの病室、分かるわよね!?」
「うん」
「じゃぁ、行って」
ハイドランシアは水の鞭を縦横無尽に伸ばし、中庭の深獣の注意を引く。
被害が拡大しないためにここで深獣を食い止めるつもりなのだろうか。
「でも…………」
「今度こそちゃんと守ってよ」
軽い口調でも、その言葉の重みは理解できた。
一度は守れなかったのに、その私に託す、その意味を理解できないほど鈍くはない。
私は無言で頷くと、病室に向かって走り出した。
背後で水の鞭が敵を撃つ音が響く。
廊下を駆け、階段を二段飛ばしで駆け上がりリリィを目指す。
窓から見える星々と光る剣。
上空に浮かんだ2人の魔法少女が攻撃の雨を降らしていた。
おそらく、深域の浄化は問題なく行われるだろう。
私はそれまでに最悪の事態だけ防げばいい。
「リリィ!」
リリィの眠る病室まで駆け込む。
案の定彼女はその部屋のベッドに横になっていた。
「うわ!?」
広がる深淵にリリィ半身が飲み込まれていた。
ベットの半分は深淵の中だ。
私は慌てて彼女の脇に手を回すと、深域から引っ張り出す。
粘質な音を立てつつ、彼女の身体が深淵内から帰還する。
ほっとするのも束の間。
深獣が深淵内から飛び出してきた。
「っっ!!」
咄嗟にリリィを廊下まで突き飛ばす。
次の瞬間深獣の牙は私に襲いかかってきた。
傘を展開しその攻撃を防御する。
轟音と共に砕かれる病院の壁。
私は瓦礫に巻き込まれながら隣の病室を転がった。
こいつ…………でかい。
私を見下ろす狼型の深獣、その体躯は階下でみたそれより数倍あった。
本体はまだ深淵を出てなかったのか。
今ローズ達が倒して回っているのは本体じゃない。
コイツを倒さなきゃ深災は収まらない!
私は瓦礫を跳ねのけ立ち上がった。
「いけ」
花と共に金魚が咲き誇る。
金魚はまとわり付くように深獣のまわりに展開するとその障壁を啄んだ。
鬱陶しそうに身を捩る深獣。
その爪と牙が私へと振るわれる。
その攻撃を傘でいなし、飛んで躱す。
防御戦術はハイドランシアの専売特許だけど、私だってできないわけじゃない。
深獣は傘を貫くどころか吸魔の力によって障壁を剥がされ、手痛い反撃にあう。
私の防御を崩せないと悟った深獣の目が泳いだ。
そしてその視線は廊下に横たわる無防備な少女を見つけた。
「やめろッ!」
咄嗟に跳躍し深獣とリリィの間に割り込む。
深獣は素早くリリィを狙った攻撃を繰り出してくる。
私が傘を構えたのとは逆方向へ、回り込むように。
こいつッ……!?
無理に体をねじり、その攻撃を防御する。
深獣はそれ以上の追撃をせず、私とリリィを囲むように身体を走らせた。
賢い。
今のやりとりだけで、この深獣は私の弱点を見抜いた。
私はリリィを見捨てられない。
「…………こいよ」
リリィを抱き寄せる。
片手はこれで使用できない、だけどリリィを狙われるよりずっとマシだった。
獣の咆哮、黒い暴力が襲いかかってくる。
リリィを抱えたままで機敏な動きは無理だ。
私は片手で持った傘でその攻撃を受ける。
爪と傘がぶつかり合いギシギシと傘が軋む。
傘を持つ手が重い。
やはり片手じゃ無理がある。
もちろん傘は深獣の爪を削り、その障壁を砕いている。
だけどこちらには攻撃する術も暇もない。
「ぐっ!?この……」
抉るような牙が傘を弾き飛ばし、爪が襲いかかる。
私はリリィを後方へ抱え、重い身体でなんとか飛び退いた。
額に熱が走り、顔を顰める。
額が裂け血が垂れてくる、左目に血が入った。
左側の視界が真っ赤に染まる。
最悪だ、視界が制限された。
深獣にとって攻めいやすい弱点がまた増える。
だけど、リリィを置いて引くという選択肢はない。
今度こそ守ると、誓ったのだから。
カッ!
硬質な音。
それが私のすぐ近くで聞こえた。
目線をさげると刀が勝手に鞘から抜け、その頭が床に当たっていた。
自分を使えと、刀が言っている。
一瞬の躊躇。
ここで刀を振ればどうなる?
刀の破壊力は絶大だ。
それは私が誰よりも理解している。
斬撃により病院は一直線に切り裂かれるだろう。
もしそこに、リリィのように避難できない患者がいたら?
私はそれを傷つける…………いや、殺すことになるだろう。
それでも私はこれを振るのか?
よせ!
私の中の善性がそれを止めた。
もしも万が一だとしてもそんなリスクは犯せない。
この刀は傷つけるためではなく、守るためのものだ。
やれ!
私の中の覚悟がそれを促した。
今度こそ守ると誓った。
私はまた失うのか?信用を、友人を、大切な人を。
私は…………………………
咆哮と共に深獣が突撃してくる。
動きの鈍い獲物を引き裂き、深淵に引き摺り込もうと。
もう迷っている暇はない。
私、は。
フラッシュバックする。
地上へ落ちて行くリリィ。
手を伸ばす。
とどかない。
血。
血、血、血。
血に塗れたあの人の顔。
「私の大切な人を傷つけるなぁぁぁあ゛あ゛っっ!!!」
刀を抜き放つ。
ドス黒い覚悟が私を満たした。
その覚悟を示すように刀が真っ黒に染まる。
今だけはその暴力性に身を任せた。
殺す。
この脅威を排除する。
刀を振り上げる。
その時。
「見つけた!そこよ!」
深獣に水で作られた円が貼り付けられる。
私が障壁を剥がした場所。
弱点はそこだと円が示した。
「フレア!」
「星よ!」
凛とした2つの声。
光線が、流星が、黒い狼を貫いた。
「あ…………」
私は刀を振り上げた中途半端な姿勢のまま固まった。
決意を固めた。
犠牲を出してでも、大切な人を守ると。
だけど、そんな必要はなかった。
だって……私には仲間がいたんだから。
「は、はは、は……」
へなへなとその場に崩れ落ちる。
安心したらいきなり疲労がのしかかってきた。
ローズとアコナイトの攻撃に貫かれた深獣が塵のように崩れて行く。
主人を失った深淵もまた、私の背後で崩れ始めていた。
「カメリア!リリィ!大丈夫?」
深災が鎮圧されたのを察したのだろう。
階下からハイドランシアの叫ぶ声が聞こえる。
大丈夫だよ……
今度は、守り切ったよ…………
私は腕に抱いたリリィを見下ろす。
目が合った。
は……え…………?
まん丸い目が、私を見返す。
パチパチと瞬きして、その目は私を見つめ返した。
「リ、リリィ?」
「リリィ?」
私の言葉をオウム返しのように繰り返す少女。
その丸い目が細められる。
「誰、それ?」
「え?」
「ねぇ………………」
「あなた誰?」