その計画は水面下で進行していた。いや、当人たちが秘密裏に事態を運べていると思い込んでいる。杜撰で稚拙、見切り発車の陰謀。だが、それが今まで彼らが上手くやれていた証なのだ。
「ザナック王子、レエブン候。わざわざお越しいただかなくとも……お呼びいただければ、こちらから出向きましたが」
セシルは困った顔で告げた。領主館の一応応接室になっている部屋で、二人の貴人と向かい合う。ザナック王子は次の王となることが見込まれている。今はまだ魔導国としても礼を欠いていい存在ではない。
ピシッとした服装に難しそうな顔が乗ったレエブン候は、王族派閥と貴族派閥のバランサーである。表向きはコウモリ扱いだが、彼が真の忠臣であることは調査で分かっている。
「いや、セシル殿。今回は貴殿に詫びと、橋渡しをお願いしたくて、こちらから出向いたんだ。少々事情があってな……ああ、もういい加減知らぬ仲というわけでなし、砕けていきましょう」
「それならそれで構いませんが……構わないが、橋渡しという言葉で推測はできるが、念のため直に聞いておきましょ……聞いておこう」
セシルが王族相手に慣れない、砕けた口調に戸惑っている。敬語というのは便利なのだ。相手の地位がどうあれ、悪くとられることは少ない。
それをもう慣れたからと変更されては、実にやりづらい。
そこでカルカが入ってきて、茶一式と茶菓子を置いてさがっていった。
ザナック王子は紅茶に砂糖をどっぷりと入れ始め、彼の健康が少々気になるセシルだった。
「その辺りの事情は私からご説明いたします」
レエブン候が立ち上がり言った。彼はあくまで慇懃な口調を崩さないで進めるようだ。実際、魔導国の領主代理というセシルの地位は、どう扱っていいか分からないのもあるだろう。
「現在、王国では一部の貴族がセシル殿を擁立して魔導国に対抗しよう……そういう動きがみられます。無論のこと少数派ですが、確かに存在する。その事実こそが厄介なのです」
「頭がついてないのですか? その人たちは? 俺が上手くやって、ようやく幹部を一対一で倒せるかどうかなのに、相手は複数なんですよ?」
口には出さなかったが階層守護者やアインズが一対一で戦わせてくれるような機会があればとうにやっている。一対一でようやくということは相手が二人になった瞬間、そこで終わりだ。いや、一対一でも連戦になったら二回目で負けるだろう。もちろん一回目で負ける可能性もある。
「困ったことに一利はなくもないから意見が消えない。魔導王陛下としても子飼いの臣を失うことは避けたいだろうと、そこにだけは目ざとく気付いている」
王国貴族がそれに気づくとは驚きである。アインズにとって、ナザリックのNPCは家族だ。わずかでも死亡する可能性は排除したいだろう。
だからこそ、セシルは魔導国に所属しているともいえる。危険物は管理しておこうというわけだ。排除されないだけマシではある。
セシルが王国貴族に与する可能性はゼロである。なぜなら、レメディオスたち“金鎖”がいるからだ。彼女たちはこの世界では強者だが、プレイヤーにとってはそうではない。
そしてセシルにとって“金鎖”が大事である限り、セシルは魔導国から離れることはできない。一人で全員を守ることは不可能だから。
「安心した。ザナック王子とレエブン候は俺が王国貴族につかないと知ってくれているんだな」
「自覚はないようだが、我々にとってもセシル殿も脅威の一人だ。まぁ個人的には親しみやすいと思うが、友情を勘定に入れる気はない。俺とあのお姫様方とどちらを取るか? と問われれば誰だって後者だ」
「失礼を承知で言いますが、セシル殿がこちらの味方になっても困るのです。小兵に大剣を持たすようなものですからね。目立って潰されるし、何より自分自身で振ることができない」
そこのところを“一部の王国貴族”は分かっていない。女は替えればいいし、金はあるだけあればいいと思っている。しかし、セシルは好いた女が誰でもいいわけではないし、豪奢な暮らしが好きでもない。
「お姫様方……ザナック王子はいつからお気づきに、気付いていた?」
「疑問に思っていたのは最初から……王族と貴族は礼儀作法に少し違いがあるからな。確信したのは調査が終わってからだ。お粗末なのは認めるが、王国にも調査機関ぐらいはあるんだよ」
「繋がっている以上、聖王国からの移民も少しはいますからね」
レエブン候が優秀という評価は真実である。そして、この二人が橋渡しをお願いしてくるということは、幾つかのことに気付いたからである。
「隠していたつもりもないが、表にも出さなかった。なぜ俺と陛下が
「ははっ! 後者は簡単なことだ。貴族社会で一番の敵は身内だからな。大方の事情は分かりやすい。セシル殿だけは魔導国幹部の中で外様だということは特に。前者については単純に今までの積み重ねだ。権力者にとって友人というものは絶対に必要になる。父とガゼフ・ストロノーフがそうだったように」
あるいはザナック王子とレエブン候がそうであるように。
二人の要求は実に分かりやすかったので、セシルは快諾した。次の茶飲み話の時に少し話をするだけでいい。問題は件の王国貴族を処する際に誰がやるかということだけだ。
「分かった。お察しの通り、俺と陛下は時折、個人的に会っている。その時に話せば少なくとも国自体とお二人の身は安全だろう。ただ……」
「踏み絵を誰がするか、ですね。私たち自身でするか、セシル殿がするか。お願いしたいのは我々にやらせていただくことです。セシル殿には謝罪しなければなりませんが……」
「謝罪は受け入れるよ。それに俺が階層守護者たちに睨まれているのは、もう既定路線だからな。今更這いつくばっても監視が緩むわけでも無し」
「感謝します」
「さて、私たちが謁見するのは先のことだ。あまり長居するのは避けておこう。借りを作ったな、セシル殿」
まぁ何らかの形で返してもらうことになるだろう。それは領主代理としては有用なカードだ。
二人は深く礼をしてから帰っていった。テーブルの上にある物は、メイドたちが片付けていく。それをセシルはぼうっと見守った。
やがてカルカがやってきた。仕事に戻るように、ということだろう。ただし割と順番争いがある。
「なぁ、カル」
「なんでしょうか?」
「俺はコウモリか、猟犬か。どっちだと思う?」
その言葉にカルカはくすりと笑った。男は馬鹿だなと言われている気がしたのは、間違いでは無いだろう。
「あなたは人間ですよ。少し強いだけです」
「そうか……少しか。それは良いな」
セシルは立ち上がって〈
「というわけだ。どうかお願いします」
「最後の惚気必要だった?」
セシルはアインズと顔を合わせて、事情を説明した。あくまで気軽な問題として扱うのが、茶飲み話のコツだ。実際にどれほど重かろうとも。
「それ自体は了解した。多分、アルベドあたりが何か言ってくるだろうが……何か良い解決策ある?」
「私に考えがある……とか言っておけば絶対深読みしてくれる」
アインズは神算鬼謀の持ち主だとナザリック内では思われている。そこにもう一つ華が加わるだけだ。
「ザナック王子が見たくもない首を持ってくるんだろうなぁ。アンデッドだからって死体が好きなわけじゃないぞ」
「世にも珍しいが、それを公表出来たらよかったのにな」
歌い踊る雑魚の企みはちょっとした会話で潰される。同時に階層守護者たちはセシルに踏み絵をさせようと、これからも狙ってくるだろう。それを躱すのがセシルは上手くなっていった
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