はい、おはこんばんちは。
次です。
小さな絶望を含んだレアのそれは部屋に充満する湿気と共に滲んでいった。
水と水。
レアにとってこれほど相性がいいというのに、相反して相性が悪いなんてことが今までにあっただろうか。
わずかに呼吸を乱しながらレアは目の前の敵を見据える。
どこかに突破口はないか、何か弱点はないか、と注意深く観察する。
「こんな所で時間を無駄にしてる暇なんて……ないの!」
声を微かに震わせながらレアは再びジュビアに飛び掛かる。
これはただの戦闘ではなく、
レアの心には時間が過ぎていく度に焦りと苛立ちが混じり合う。
しかし、レアの攻撃は虚しく空を切るのみ。
それは手数を増やしたところで何も変わらない。
そんなときだった。
彼女は目の前の敵に何か引っかかるものを感じた。
それは普通に敵を見ただけでは気づかない、小さなバグのようなものだった。
レアは津波のような次から次へと押し寄せる攻撃の連打を中断し、イチかバチかでジュビアに尋ねた。
「……なんで戦ってるの?」
その問いに、ジュビアの目が一瞬揺れた。
頭の中が真っ白になった気がした。
当たりか……。
そう思ったからか、レアは言葉をつづけた。
「なんだか……心ここにあらずって感じなの。意志はある……でも芯が通ってない……そう見えるの」
レアの声にはこの時に限り、非難も怒りも無かった。
ただ、まっすぐな疑問だった。
その言葉は、ジュビアの心の奥にある、誰にも触れられたことのない場所に届いていた。
ジュビアの指先が、わずかに震える。
「……ジュビアは……
ようやく絞り出されたその言葉は、自分に言い聞かせるような響きを持っていた。
「認められた……?」
「ジュビアの雨も、水の魔法も……“役に立つ”って言ってくれた……。だから、ここにいる。それでいいの」
ジュビアは表情を変えずそう言ったが、その目は揺れていた。
それはまるで、暗い雨空の向こうにほんの一瞬、光が差したような曖昧な揺らぎだった。
「それって、“誰かのために”じゃないの」
レアはぽつりと呟いた。
「レアは……フリーシャのためにここに残ったの。ナツたちのためでもあるの。あの人たちは、レアを“仲間”って呼んでくれる。だから、レアは“自分の意志”で戦ってるの」
その一言一言が、ジュビアの胸を刺していく。
「……“誰かのために”……?」
「ん。命令されてるからとか、役に立ちたいとかじゃないの。……“助けたい”の」
ジュビアは、言葉を失った。
それは、彼女の中に存在しなかった感情だった。
自分の意志で、誰かを思い、誰かのために戦う──
それは彼女にとって、あまりにも遠い世界の話だったはずだと。
なのに、どうして……こんなにも胸が、締めつけられるのか。
「(ジュビアは……ただ、認めてほしかっただけ……雨を、いえ……ジュビアを嫌がらないでほしかっただけ……)」
「だから……お前の魔法が綺麗でも、心がそこに無いなら──レアの魔法じゃあ届かないの」
レアの目にはもう、一切の敵意がなかった。
敵に対してそんな目を向けるなんて、ジュビアのこれまでの常識からすれば、異常だった。
──ザァア……
室内に響くのは、止まない雨の音。
それはジュビアの心の揺れと、まるでリンクしているかのようだった。
「……わからない。そんなの、ジュビアには……わからない……!」
苦しげに叫んだその瞬間、部屋全体が小刻みに震える。
そう感じ取ったときのこと、天井に穴が開いた。
降りしきる雨と共に部屋に侵入したのは巨大な氷の杭だった。
「ここだけ妙に雨が降ってたからな……何かあるんじゃねえかと思って風穴開けてみりゃあ、お前がいたとはな。レア」
「グレイ……」
「新手が……!」
声と同時に吹き抜ける冷気──
それは、グレイ・フルバスターの登場を告げるものだった。
驚いたように目を見開くレアであったが、ふっと笑みを浮かべ、彼女はジュビアに対して
「……時間切れなの。レアはもう行く、あとはお願いなの」
「はぁ!? ちょ、お前勝手に……!」
「ジュビアって子、レアの魔法じゃ届かなかったの。……でも、グレイなら届くかもしれないの」
それだけ言い残して、レアは扉の向こうへと走り去っていく。
ジュビアは追いかけなかった。
その背中をただ眺めることしかできなかった。
いや、その背中を視界に捉えれたかどうかも怪しい。
なぜなら、胸の中が今にも破裂しそうなほど、ざわついていたからだ。
初めて知った、“命令じゃない想い”──
その違和感は、彼女の心にゆっくりと、でも確実に水を注ぎはじめていた。
そして、そんな彼女の前に立ったグレイが言う。
「……ジュビアだったか。ファントムってことなら容赦しねぇぞ。ルーシィに手ぇ出したのは──許さねぇ!」
今度は、ジュビアの胸が別の感情でざわついた。
──あたたかい。
あの少女と、この少年──
あたたかい水と、冷たい氷。
心が少しずつ、溶け始めるのを、ジュビアはまだ知らなかった。
~~~
「ふあぁ〜〜……退屈ニャ〜……暇すぎてヒゲがのびるニャ……」
巨大な金属パイプの上に人目を気にする気も無くダラーンと寝転ぶ一匹の赤い猫。
ぐうたらライフを愛する、
だが、今現在
「もう疲れたニャ〜……腹減ったニャ〜……もうこの通路誰も通ってこないなら帰ってもいい気がしてきたニャ~……」
働いてもいないくせにふてぶてしく文句を垂れ流すアスバル。
その瞬間──
「悪いけど、ここは通させてもらうかしら」
「ニャッ!!?」
突然の声とともに、ペタペタとかわいらしい足音がすぐそこの曲がり角から聞こえてきた。
そこから姿を現したのは、金色の毛並みに赤いワンピースをまとった猫、フリーシャであった。
パイプに寝転がっていたアスバルは驚きから転げ落ち、不本意ながらフリーシャと対面した。
その時、二匹の瞳がそろって一瞬揺れる。
「同族……なのよ? ハッピー以外にいたのかしら……」
「オレっち以外のしゃべる猫……初めて会ったニャ……」
アスバルはジロジロとフリーシャを見つめた。きらりと光る金色の毛並みに、パリッと決まった赤いワンピース。
対して自分はというと、ぼさぼさの毛並みに寝ぐせのついた耳毛、ヨレて毛玉がついた腹巻。
彼の心に、とてつもない敗北感がのしかかった。
「……で、そこのキミ。オレっちに何の用ニャ?」
もう手遅れ感は否めないが、アズバルは精一杯かっこつけた風に言った。
尻尾をくるんと巻きながら立ち上がる彼に向けたフリーシャの言葉は野球選手のストレートのようにまっすぐだった。
「邪魔だからそこをどいてっていったかしら」
「ニャ!? そ、そんな言い方あるかニャ!!? オレっちだって
無常。
あまりにも無常。
フリーシャにとってアスバルの存在は確かに目を引く、ハッピー以外の同族に立ち会った瞬間であったが、ただそれだけである。
現時点でエルフマンがエレメント4の一人、大地のソルを倒したことで
故に彼女の中での最優先事項はレアから託された、「動力室を見つける」という使命をまっとうすることである。
思っていた反応が返ってこなかったからか、アスバルは声を荒げた。
「あら……なら戦うかしら?」
「や、やっぱやめとくニャ!!?」
フリーシャが右手に
反射的に
「どうやら逃げ足だけは早いみたいかしら?」
「ニャ、ニャにをぉ~! 舐めたことばっかり言ってると、オレっちも本気出すニャよ!?」
どうやらフリーシャの言葉が琴線に触れたのか、及び腰だったアスバルの瞳に闘志が宿った。
フリーシャも警戒を強めて
「食らうニャッ!! 鬼火アターック!!」
バチッ、ボッ……。
アスバルが展開した、鬼火と呼ぶにはいささか儚い火花が2、3発、床の上でささやかに散った。
床にこすれた火打石のような威力である。
攻撃というにはあまりにも弱すぎるそれにフリーシャは
「……それ、攻撃って言えるかしら?」
「ニャニャニャニャ!! こ、これは、牽制ニャよ! 本命はこっちニャ〜〜!!」
宴会でも役に立たなさそうなしょぼすぎる効果に呆れ顔のフリーシャがそう言うと、アスバルは慌てたように腹巻に手を突っ込む。
そこから取り出したのは何か呪い事が書かれた数枚のお札であった。
「くらえニャーーーッ!! 麻痺札ラッシュニャ〜〜ッ!!」
すぐさまそれを
魔道具であるそれはさっきの火花とは比べ物にならない効果を持っていると考えたフリーシャはすぐさま臨戦態勢に戻る。
──しかし。
「ニャっ!? ま、待って待って、こっちじゃニャ…!? ビーリビリビリビリッッッ!!?」
風に乗って舞った麻痺札のうち数枚が
そのまま顔に直撃したアスバルは盛大に感電し、力なく床に墜落した。
「……バカなのかしら、あのオス猫……」
フリーシャはため息をつきながら
バチバチと小さく痙攣しているアスバルは地面に這いつくばって、もう戦いたくないといわんばかりに顔を地面にうずめていた。
「うぅ……オレっち、もう帰ってもいいかニャ……?」
「……じゃあ、勝負は私の不戦勝でいいかしら?」
「ふ、不戦勝というか、戦わなかっただけニャ……! べ、別に負けたとかそういうんじゃないニャ……!」
「そう」
謎のプライドを張ってか、アスバルはそんな言い訳を零すと、フリーシャは再び
一閃、彼女はまるで金色の彗星のように空を裂き、一直線にアスバルへと突っ込んだ。
「って、え、ニャああああああああっ!?!?」
アスバルの体が咄嗟に跳ね上がる。
危機を感じた彼はそのまま
だが、さっきとは打って変わり、フリーシャは逃がさないといわんが如く、アスバルの後ろにピッタリついて追いかけていた。
「ちょ、ちょっと待つニャ!? オレっちもう降参って言ったニャよ!?!?」
「だから確実に意識を飛ばしてもらうのよ」
冷めた視線がアスバルを貫く。
かまえた両手の爪がきらりと光り、フリーシャの真っ直ぐな気持ちがその鋭い軌跡に乗って走る。
「だって、リーシャは
「ヒィィ~~!!? 鬼火アタック!!」
ボッ!
さっきと同じ火花が展開される。
目の前に散ったそれに、フリーシャは眉一つ動かさず突っ込んだ。
「無駄かしら」
フリーシャが繰り出した鋭く光る爪の一撃。
それは目の前でパチパチと燃える火花を一瞬で霧散させ、目の前のアスバルに迫る。
彼はそれを急上昇することでギリギリ避け、慌てながら腹巻の中に手を突っ込み、再び麻痺札を数枚取り出した。
「麻痺札拡散ニャァ~~~~!!」
だが学習能力がないのか懲りていないのか、アスバルは再び自身の頭上にそれらをばら撒いた。
案の定風に乗って舞った麻痺札は彼自身に迫った。
だが、今度は麻痺札の間う縫うように飛んでうまく躱した。
「や、やればできるオレっち! やっぱりやればでき──」
自身を鼓舞するためかそんな言葉を繰り返しんながら後方のフリーシャを見てみると、彼女は自身に迫ってくる麻痺札を一つ残さずその自慢の爪で切り裂いていた。
彼女にとってそれは最初から効果の薄い攻撃だったのだろう。
そのままフリーシャの第二撃がアスバルに迫った。
「──ないニャーーーーー!!!」
真下から回り込んでくる奇襲的な爪の斬撃を食らう直前、彼は必死のバレルロールで回避しながら、まるで命からがら逃げていくコウモリの如く、アスバルはさらに高く飛び上がった。
「もうヤケクソニャアァー!! 鬼火ハリケーンッ!!!」
ボッボボボッッ!!!
彼の言う通りヤケクソ気味に放たれた複数の火花。
それは組み合わさることで小規模な爆発を起こし、予測不能に飛び散った。
それは周囲のパイプや天井に反射して──
「うわっ、ちょっ、あっつぅ!? あっついのよちょっと!?」
図らずもそれはフリーシャの尻尾に被弾した。
「ニャッ!? ごめんニャ! って、ニャ!?!?」
ドゴォンッ!!!
当たると思っていなかった攻撃に目を見開いたアスバルは思わず敵であるはずのフリーシャに向けて謝罪を零す。
その間完全に前を見ずに飛んでいたアスバルはパイプに顔面から激突した。
そのまま彼はぐるぐると回転しながら落下した。
「……お前さすがにこれでリタイアかしら。忙しないオス猫だったのよ……」
呆れとツッコミと若干の心配をないまぜにしながら、フリーシャは倒れ伏すアスバルを見下ろす。
そのとき──
「……うう、まだ……オレっち……やれるニャ……いや、やれないニャ……やっぱやれる……気がするニャ……!」
「どっちなのよ」
起き上がったと思ったら再び倒れたアスバルを見て、フリーシャはため息をついた。
だがその目が、ふと真剣な光を帯びる。
「……時間がないかしら。リーシャには“動力室を見つける”って使命があるのよ。レアがリーシャに託してくれた……」
その言葉には笑いも冗談も無く、まっすぐな意志が込められていた。
「だから話すかしら。動力室はどこなのよ」
さっきとは違った真剣な目がアスバルを見つめる。
そんな目に、彼はもうふざける気力など無かった。
「……この巨人にはジュピターを制御するための動力室は何部屋かあっても、巨人自体の動力室はないのニャ。この巨人は、エレメント4の魔力で動いてるからだニャン」
「……! レアの予想は正しかったかしら……」
思わぬ答え合わせに、フリーシャは目を見開いた。
「わかったのよ……ならリーシャはレアが戦ってたところに戻るかしら。お前は素直に情報教えてくれたから今回は見逃すのよ」
「ニャ~……ありがとニャ……その優しさ、きっと世界を救うニャ」
「眠そうに適当なこと言うんじゃないかしら」
結局アスバルはそのままパイプの影に転がって爆睡体勢に入り、フリーシャは再び
小さな金色の軌跡が、巨人の中を駆けていった。
前回からですが、新しいタグに「独自解釈」を増やします。
このタグの本格始動は次回からになりますかね…。