妖精の尻尾の双竜   作:uru1629

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始まる前に一つ、今回ちょっと重いかもです。
それでも良ければこのままお進み下さいませ。


幻と、揺れる

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の朝。

未だ建物の骨組みが剥き出し状態のそこは、いつものように賑やかな声に包まれていた。

 

 

「よーっし! 今日もレアと一緒にぶっ飛ばしていくぜーっ!」

 

「あいさー!」

 

 

仮酒場に飛び込んできたナツの声が青空に響く。

肩の上のハッピーも、彼と同様に声を上げながら浮かんでいた。

その声に応えたのは、いつもと変わらない声色のレアだった。

 

 

「……ごめんなの、ナツ。今日はレア、別の依頼に行くの」

 

「えっ!?」

 

 

ナツは素っ頓狂な声を上げて、思わず前のめりになる。

 

 

「なんでだよ!? レアとじゃなきゃ燃えねえってのに!」

 

「今日ルーシィもいないから、グレイとエルザも別の仕事行っちゃったんだよ?」

 

 

ハッピーも続けて落胆の混じった声を漏らした。

ルーシィがいないのは単純なことで、先日のブラック座長(ラビアン)の依頼のせいで体調を崩したのだ。

ヤンデリカ(ヒロイン)を演じていたこともあって相当体にガタを致したそうで、ここ数日は休むと一報を入れたのだ。

ついでにフリーシャも休みである。

 

 

「おじいちゃんからのお願いなの。今日はロキと一緒に行くようにって言われたの」

 

「じっちゃんが…? けど、ロキと一緒で大丈夫なのか?」

 

「さすがにロキも仕事は真面目にしてると思うの」

 

 

少し困ったように言うレアに、ナツは腕を組んで首を傾げた。

ナツの大丈夫かというのは、ロキの女癖の悪さによるものだろう。

天然なレアであらばそういう毒牙にかかりやすいだろう。

しかし、彼とて妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だ。

その辺りの分別はとれているだろう。

しばらく不満そうに腕を組んで唸っていたナツだったが、やがてぽりぽりと頭を搔いて言った。

 

 

「……ま、しゃーねえな。そっちが特別なら仕方ねえ。けど、無茶はすんなよ。終わったらまた一緒に行くからな!」

 

 

レアも頷き、柔らかく笑った。

 

 

「ん。またなの、ナツ」

 

「しっかりねーレアー」

 

 

ハッピーも明るく手を振る。

その声に背を押されるように、レアは一足先にマグノリア駅へと向かっているロキと合流するために足を踏み出した。

 

 

~~~

 

 

約束の時間。

朝の青空の下のマグノリア駅。

ホームに現れたのは、赤みがかった茶髪に細身のシルエット、どこか飄々とした笑みを浮かべるロキだった。

軽い足取りで改札をくぐると、ホームの端にサイドテールにまとめた水色の髪を揺らすレアの姿が目に入った。

 

 

「やあ、レア。ずいぶん早いね」

 

「ん、マグノリア駅限定ソーダシェイク欲しさに早めに来たの」

 

 

手にしたカップを見せるレアの表情は相変わらずの無表情だ。

だが、どこか得意げにも見え、その雰囲気は年下の少女らしいかわいさがあった。

 

 

「それって……この時期限定のやつかい? 相変わらず抜かりないな」

 

「でしょ?」

 

 

ロキが思わず頬を緩めると、発射のベルが鳴る。

二人は並んで車内へと乗り込み、空いていたボックス席へ腰を下ろした。

 

 

「目的地までは三時間くらいかな。ま、のんびり行こうか」

 

「ん、今日は大丈夫そうな気がしてるの。ソーダシェイクのおかげで気分がいいの」

 

「お、それは心強い。双竜の片割れとして、今日は酔わない宣言ってことで?」

 

「そうなの」

 

 

自信ありげに宣言しながら、シェイクをちゅーっと吸うレア。

だが、列車がゆっくり動き出したその瞬間のこと。

 

 

「……むきゅう……」

 

 

レアの顔がぐらりと沈み、ロキの膝の上に突っ伏した。

 

 

「ちょっと!!? 早すぎじゃないか!!?」

 

「うぅ……目の前が……ぐるぐるする……うぇっぷ……」

 

 

自信満々だったさっきの姿はどこへやら、レアは青ざめた表情でぐったりとし、頭はロキの膝の上から動く気配もない。

 

 

「やれやれ……もう少し持つと思ってたんだけどな」

 

 

ロキは自分の上着を脱ぎ、そっとレアの肩にかけてやる。

かけてやった際、触れた彼女の肩がわずかに震えていた。

 

 

「……あったかいの……ロキ、やさしいの……」

 

「そう言われて悪い気はしないね。君の性格的に好意無しの純粋な善意のみで言ってることが確定していることだけが残念だけど」

 

 

ロキがそんなことを言っているも、レアは吐き気を抑えるのに必死なようだ。

その後も、レアは結局いつも通りまともに眠ることもできず、意識を保ったまま目的地に到着することとなったのだった。

 

 

~~~

 

 

降車のベルが鳴り、レアはフラフラとロキに支えられながらホームへと降り立った。

 

 

「……もう……二度と……列車には乗らないの……」

 

 

吐き出すように絞り出されたその言葉には、三時間に及ぶ苦行の怨念がたっぷりと込められていた。

頬はまだ青白く、足取りも覚束ない。

列車からある程度離れたところで彼女を解放したロキはそれを横目に肩をすくめて苦笑する。

 

 

「お疲れ様。じゃあ帰りは馬車かい? それとも……ロマンを求めて船?」

 

「全部いやなの……」

 

「そりゃあ困った」

 

 

彼女の荷物もついでに持っていたロキは視線を町の方へと向ける。

見えたのは丘の上にポツンと建つ洋館と、人の気配が異様に少ない町だった。

ロキが受けた依頼内容の「夜ごと響く悲鳴と、目撃される“過去の幻”」という話を思い出せば、どこか肌にまとわりつくような不穏さが漂っていた。

 

 

「ここが依頼主の屋敷だ。かなり古いが……噂通りの雰囲気があるね」

 

 

丘の上の洋館を前にロキが軽口を叩いたその時。

レアはぐるりと周囲を見渡し、ポツリと呟いた。

 

 

「そういえば……仕事の内容……ちゃんと聞いてなかったの」

 

「えぇ……今更!?」

 

 

ロキが思わず頭を抱える。

今回ロキが受けた依頼は、とある屋敷で最近、“影の住人”が目撃されてるらしい。

人じゃない“なにか”が夜な夜な歩き回ってるって噂であり、その正体を突き止めて欲しいとのことだった。

依頼主は目の前の洋館の主なのだが、お金は出すけど中に入るのはごめんだというタイプの人らしく、調査を全て魔導士に任せると丸投げにしたのだ。

 

 

「ん。なんか、お化けとか?そんな感じって聞いた気がするの。けど……」

 

 

レアはじっと洋館を見据える。

その表情にふわふわとした雰囲気はありながらも、どこか“スイッチの入った”ような芯の強さが浮かぶ。

 

 

「とにかく、行けばなんとかなるの。力仕事は、レアに任せてなの」

 

「……やっぱり君、しっかりナツとコンビだね」

 

「……? 当然なの」

 

 

キョトンと首を傾げるレアに、ロキは何度目か分からない苦笑を浮かべながら軽く肩をすくめる。

 

 

「じゃあ、お茶でもしながら話し合いを……って流れちでもしたかったけど、無理そうだね」

 

「お茶より仕事。どうせなら早く終わらせるの」

 

 

いつの間にか酔いも吹っ飛んだのか、レアは両腕をブンブンと振ってウォームアップを始めていた。

 

 

〜〜~

 

 

出発時には澄み渡るような青空が広がっていたはずだったが、いつの間にか空は厚い雲に覆われていた。

どこからか吹き込む冷たい風が、木々を抜けてレアのサイドテールを揺らす。

 

 

「……さっきまでいい天気だったのに曇ってるの」

 

「…偶然じゃないかもね……空気が変わってる」

 

 

丘を登りきった先に、その洋館はあった。

古めかしい煉瓦造り。壁のあちこちに苔がこびりつき、鉄製の門扉は半ば錆び付いて歪んでいる。

 

 

「……ホントに誰かの館なの? 信じられないの」

 

「一応依頼主の館らしいけど……どう見ても放置されているね。あまり、いい予感はしないな……」

 

 

ロキはわずかに眉をひそめ、門を押し開けた。

きぃ……と軋む音が静寂に響く。

 

館の前庭には雑草が伸び放題で、窓には薄汚れたカーテンが内側から閉ざされている。

どこからか、湿った空気が二人の肌にまとわりついた。

 

 

「……ロキ」

 

「ん?」

 

「変な感じ、するの」

 

「……僕もさ。気味が悪い」

 

 

ロキのその言葉には、わずかに別の意味が含まれていた。

かの洋館に近づくにつれ、胸の奥がひりつくように疼いているのだ。

 

——まるで誰かが……手招きしているかのような……。

 

扉を開けた瞬間、室内の空気が押し寄せる。

カビの匂いと埃の気配。

高い天井、長い廊下。

かつては豪華だったろう調度品も、今は白布に覆われ、時間の止まった空間と化している。

 

 

「……誰もいない、の?」

 

「いや……誰かが、いる気がする」

 

 

ロキのその声が落ちた直後だった。

 

廊下の先へと静寂が染み渡っていく。

何も聞こえない。

ただ、二人の息遣いだけが室内に漂い——

 

——視線を感じた。

 

ふと、階段の上に目をやる。

そこに、あった。

 

霞むように揺らぐ影が一つ。

人影——けれど、その輪郭は不自然にボヤけ、空間に溶けている。

肌は透け、髪の色さえわからない。

だが、それでもロキにはわかった。

 

 

「(……また、か……)」

 

 

その影は動かない。

ただ、そこにいるだけ。

何も喋らない。

ただ、確かにそこに「怒り」のようなものを宿していた。

 

 

「(……まだ、待ってくれないか……すぐに僕も……)」

 

 

ロキは言葉を失ったまま、幻影を見つめた。

その姿は、まるで責めるように見下ろしていた。

 

 

「……ロキ?」

 

 

レアの声に、彼は肩を小さく震わせた。

視線を逸らすように首を振る。

 

 

「……いや、なんでもない。ただの……幻覚さ」

 

「……そっか。レア、上の階を調べてくるの」

 

「……気をつけて。絶対、あまり無茶はしないで」

 

「平気なの。レア、案外打たれ強いの」

 

 

そう言って階段をのぼっていくレアを見送りながら、ロキはもう一度、さっきの幻影がいた場所を見上げた。

 

そこには、何も無かった。

 

けれど胸の奥に残ったのは、冷たく、そして重い……懺悔のような感覚だった。

 

 

〜〜~

 

 

階段を軋ませながら、レアはゆっくりと薄暗い廊下に踏み込んだ。

外から差し込む光は曇天のせいで鈍く、屋内は昼とは思えないほど陰鬱な気配に満ちていた。

廊下の壁には色褪せた肖像画や、割れたままの鏡。

どれもが時の流れで役割を終え、ただ「そこにあるだけ」の存在になっている。

 

 

「……うわ。廊下、埃だらけなの……」

 

 

呟きながらレアは頬を指でこすり、うっすら白くなった肌を見てむう、と顔をしかめた。

 

 

「ロキの言う通り……手入れされてる感じ、全然しないの」

 

 

この館に誰かが住んでいる気配は無い。

それなのに、「確かに誰かがいるような感じ」はずっと胸にこびり付いたままだった。

 

レアは一つ、扉の前に立った。

ドアノブに触れると、金属の冷たさが指に染みる。

 

 

「失礼するの……っと」

 

 

ぎい、と扉を開けたその中は書斎のようだった。

本棚にズラっと並ぶ蔵書。

古い机。

窓際のカーテンは閉められ、室内は埃っぽく乾いている。

 

レアは軽い足取りで室内を見回しながら、机の上にあった書類に目をやった。

どれも古びていて、文字もかすれているが、ふとある紙片が彼女の目を引いた。

 

 

「……手紙?」

 

 

それは、誰かが書きかけたまま放置された手紙だった。

 

 

“あの姿は……あれは、私の__”

 

 

「……“あれ”って誰?」

 

 

首を傾げるレア。

その瞬間、不意にカーテンが揺れた。

風など吹いていないのに、まるで誰かが布の向こう側に立っているような気配。

 

 

「……あれ、誰かいるの?」

 

 

レアは自然に声をかけていた。

けれど返事は無い。

ただ——

 

 

「……あ」

 

 

彼女の目が、カーテンの隙間から何かを捉えた。

一瞬、誰かの姿があった。

だが、その顔立ちはハッキリしなかった。

目の錯覚か、顔が揺らぐように変化していたのだ。

 

一瞬、ナツにも見えたような気がした。

けれどすぐに、その“気配”は霧のように消えた。

 

 

「……気のせい? でも……ちょっと、変な感じ」

 

 

レアは何か引っかかりを覚えつつも、それ以上深く考えようとはしなかった。

 

 

「でも、まあ……敵意は無さそうなの」

 

 

ポツリと呟くと、レアは紙を元の場所に戻し、部屋を後にした。

扉を閉めたその瞬間——背後から“何か”が彼女の名を呼んだような気がしたが、彼女は気づかなかった。

 

 

〜〜~

 

 

薄暗い館の一階。

埃の匂いが鼻をつき、床を踏む度に木材が軋む音が響く。

 

ロキは静かに、しかし時折、周囲を振り返るような焦りを滲ませながら廊下を進んでいた。

 

 

「(レア……大丈夫だろうか)」

 

 

思わず心の中で名を呼ぶ。

壁の燭台に火は灯されていない。

かつての名残であろう絵画や家具が薄暗がりに沈んでいる。

 

 

「……おかしいな。依頼の書面には“霊的な干渉の気配”とだけ……」

 

 

そう呟いたロキの声が空間に吸い込まれていく。

彼は左手の指輪にそっと触れ、意識を集中させた。

指先から淡い光が生まれ、それが彼の視界を照らす。

 

 

光探りの眼(リュミエール・サーチ)……この館の魔力の流れ、読ませてもらうよ」

 

 

魔力の脈動が空間にうっすらと浮かび上がる。

だが、その流れは不自然に捻れていた。

まるで“何か”が、強引にこの場を支配しているかのように。

 

 

「……これは…」

 

 

ロキが警戒を強めた、その時だった。

 

唐突に空気が重くなる。

次の瞬間、視界の端……階段の影に“それ”は現れた。

 

霞むような白い姿。

だが、今度は輪郭が明確だった。

目元は影に覆われ、感情の読めない表情。

 

しかし、ロキは一目で理解していた。

 

 

「……カレン…!」

 

 

その名前を呟いた瞬間、胸の奥を鋭い痛みが走る。

 

 

「(まさか、また……)」

 

 

幻影の彼女は無言のまま歩み寄ってくる。

だがその歩みには、怒気にも似た異様な気配があった。

 

彼も後ずさる。

だが幻影は止まらない。

その姿が不自然に歪んだ瞬間、まるで塗り潰されたように形を変える。

白い幻影が黒い瘴気に包まれ、異形の“何か”へと変貌していく。

 

 

「くっ…! いい趣味しているね……お前はカレンじゃない!!」

 

 

ロキは指輪を掲げ、力を集中させる。

 

 

鋭利な閃光(アグリュオス・エッジ)!!!」

 

 

発光とともに、彼の手には光の刃が現れる。

同時に肉体強化の魔法を纏い、すかさず飛び退く。

 

だが相手は速かった。

黒い影が、液体のようにうねり、地を這う蛇のようにロキへ迫る。

勢いつけ、彼の腹部に一撃を入れる。

 

 

「ぐっ……!」

 

 

壁に叩つけられ、床を転がるロキ。

 

 

「(まずい……距離を取らなきゃ……っ)」

 

 

立ち上がろうとするも、影の触手が足を絡め取る。

 

 

「くそっ……!」

 

 

刃で切り払うが、すぐに次の一撃が飛んでくる。

 

 

「……こうも手の内を読まれるってことは……こいつ、僕の記憶から形を……!」

 

 

その言葉が終わるよりも先に、また一撃。

ロキの肩が焼け、服が裂ける。

 

 

「(……ここまでか…!)」

 

 

そう思った瞬間——

 

 

「——ロキから、離れろなの!!!」

 

 

轟音とともに、壁の一部が吹き飛ぶ。

その中心から現れたのは、サイドテールをなびかせた少女だった。

 

 

「……レア…!」

 

 

レアの手には荒ぶる水流が纏われており、その姿はまさに怒る竜そのもの。

 

 

「水竜の砕拳!!!」

 

 

彼女の拳が影を捉え吹き飛ばした。

ロキの目前の空間が一瞬で浄化されるように晴れる。

 

 

「間に合ったの……!!」

 

「……助かったよ……本当に……」

 

 

床に片膝をつきながら、ロキはその姿を見上げて微笑した。

 

黒い影が吹き飛ばされた直後、空間がざらつくように歪む。

霧のように歪む黒が、再び形を変える。

現れたのは、炎を背にした桜髪の少年——ナツ・ドラグニルの幻影だった。

 

 

「うおおおおぉぉっ!!!」

 

 

怒号と共に、炎の拳がレアに迫る。

だが、彼女は眉一つ動かさず、むしろ呆れたように息をついた。

 

 

「はぁ……だから嫌なの。ナツならもっと暴れるし、もっと単純なの!!」

 

 

踏み込みと共に、水流が唸りを上げる。

 

 

「水竜の鉤爪!!!」

 

 

振り抜かれた脚が、ナツの幻影を打ち砕いた。

霧が砕けるように散り、黒い影が再び揺らぎ始める。

 

 

「ナツだったら、こんな中途半端な攻撃しないの。……それに、レアはナツをぶっ飛ばしたの、一回や二回なんかじゃないの」

 

 

レアはつま先をトントンと叩き、冷めた目でそれを見ながら淡々と告げたのだった。

 

そんな彼女の背を見て、ロキは思わず目を細めた。

 

 

「……強いな、君は」

 

 

だが——

 

ロキの前には、まだ“それ”が残っていた。

黒い霧がゆっくりと集まり、再びひとつの人影へと形を変える。

白いファーコート、片目が隠れるほどの長い髪、鋭い眼差し。

 

 

「レオ……」

 

 

その姿を見た瞬間、彼の体が強ばる。

 

 

「……カレン……」

 

 

幻影は一歩、また一歩と近づいてくる。

 

 

「アンタが、アタシを殺した……」

 

 

その声が、ロキの心臓を締め付けるように響いた。

 

 

「やめろ……お前は違う……違うんだ……っ!」

 

 

彼の手が震える。

魔力が集中できない。

目の前にいるのが幻影だと、わかっているはずなのに。

 

 

「(分かってる……偽物だ……!)」

 

 

だが、彼の心は過去に引きずられていた。

 

幻影のカレンは静かに、しかし確かな憎悪を滲ませて言葉を紡ぐ。

 

 

「アンタが、アタシを見捨てた。正義の味方面して、アタシを追い詰めた」

 

「……違う、僕は……アリエスを……」

 

「アンタが“契約を切れ”なんて言うから、アタシは一人になった」

 

 

ひとつ、またひとつ、幻影がロキに向かって罪を重ねるように言葉を投げていく。

 

 

「仕事を失って、信頼も失って……アンタが拒絶したあの日から、全部狂い始めたのよ」

 

「それでも僕は…カレン、君に死んでほしかったわけじゃない……!」

 

 

ロキの声が震える。

 

 

「それなら、なんで戻らなかったの?」

 

 

その言葉が、刃のように心を裂いた。

ロキの喉が詰まる。

言い訳ではない。

ただ、口にすれば何もかも壊れてしまいそうだった。

 

 

「(間に合わなかった……)」

 

 

ただ、それだけだった。

その短すぎる言葉がどれ程の意味を含んでいたかは、誰にもわからない。

 

 

「……僕は……君に、何も言えなかった」

 

 

それだけを、ようやく絞り出す。

幻影はなおも嘲るように言葉を重ねた。

 

 

「じゃあ、今更何を悔やんでるのよ? 都合のいいときだけ優しい顔して、いい子ぶって……何もできなかったくせに」

 

「やめろ……っ!」

 

 

叫んだ声は空虚に響いた。

幻影が彼に突きつけてくるのは、すでに知っている罪。

自分の中に何度も突き刺してきた過去だ。

 

 

「(僕は……彼女を殺したんだ)」

 

 

その罪だけが、未だに彼の中に居座っている。

 

 

「——遅い」

 

 

そんな声が闇を裂く。

低く、冷ややかで、感情を削ぎ落とした声。

レアだった。

ロキのすぐ横を通り過ぎ、幻影をまっすぐ見据える。

その横顔には、怒りも苛立ちも浮かんでいない。

けれど、ロキにははっきりとわかった。

信じていたぶん、落胆が深いのだと。

 

 

「(……信じてたのに、なの。ロキなら向き合えるって、思ってたのに)」

 

 

けれどそこにいたのは、背中を向けて逃げる、弱い男だった。

 

 

「偽物のナツじゃ物足りなかったけど……お前はそれ以下かもなの」

 

 

軽くも鋭いその言葉に、ロキは思わず目を見開く。

怒ってはいない。

責めてもいない。

けれど、それは確かに突き放す冷たさだった。

 

 

「立ちすくむなら背負うな。何もできないなら、せめて前を向くの」

 

 

それは決して慰めでは無い。

ロキがずっと目を背けていたことを、否応なく突きつける剣だった。

 

 

「“死んだ女の幻影”なんて、今のお前には過ぎた相手なの……」

 

 

蹴りが、迷いなく闇を打ち払う。

幻影が霧散し、ようやく静寂が戻った。

 

だが、ロキはそこに立ち尽くす。

 

霧が消えても、心の中の幻影はまだ消えていなかった。

贖罪も、許しも、まだ手の届かない場所にあった。

 

レアはもう、ロキの方を見なかった。

助けに来たのに、信じていたのに。

 

それを裏切ったのは、彼自身だった。

 

 

「……レア、失望したの……ほんとに」

 

 

ポツリと、誰に聞かせるでもなく呟かれたその言葉が、廊下に落ちた。

 

 

〜〜~

 

 

「“影の住人”の正体は、“心の中の幻”だったの……館に残ってた魔力が、それを形にしてたの」

 

 

そう言って、レアは依頼主に報告を行った。

 

この館にはかつて“強い未練”を残して亡くなった人物や、複数の契約魔導士・霊的存在が出入りしていた歴史があった。

それらの「記憶」が魔力の渦と共鳴し、見る者の“心にある影”を幻影として実体化させていた。

つまり、“影の住人”とは外から来た何者かではなく、館という場所が作り出した“感情の残響”の産物だったとレアは結論付けた。

 

彼女の報告に依頼主は納得し、あの館は手放すことにしたのだと。

 

報告を終えたレアは、それ以上何も語らなかった。

ロキの名も、どんな出来事があったのかも、彼女の口からは語られなかった。

 

その翌朝、ギルドの掲示板の前には、既に彼女の姿はなかった。

 

 

「……もう、次の仕事か」

 

 

ロキは呟いた。

ナツとルーシィの声が遠ざかっていく。

レアの高い声も混じっていた。

 

その後ろ姿を追いかけることもなく、彼は手にした別の依頼書を静かに丸める。

 

館で見た幻影は、もはや霧のように消えた。

けれど、胸の奥には、なお輪郭を保ったまま残っている。

 

あの時レアに突きつけられた言葉は、冷たく確かだった。

 

 

「立ちすくむなら背負うな。何もできないなら、せめて前を向くの」

 

 

それができるほど、自分は強くないと知っている。

それでも——

 

 

「……ああ、行かなくちゃ」

 

 

誰に言うでもなく、そう呟いたロキは歩き出す。

幻が何かを奪ったわけではない。

けれど、心のどこかが、確かに揺れていた。

 

それは過去の罪か、あるいはもう届かない誰かの背中か。

 

風が吹く。

秋はまだ遠い、だがひどく冷たい。

それでも、影は振り返らず前へ進んでいく。





「ロキとの接点あんま無かったしついでやから書いとこ」
→「ん? なんかホラーテイストなってね?」
→「どうしてこうなった…?」
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