ほぼエルザ回。
ていうかこの先そういうが続くかも。
エルザファンのみんな、やったね。
——冷たい。
目を開けた瞬間、そこにあったのは澄んだ青い海だった。
けれど、その青さはどこか異様に静まり返っていた。
波は穏やかに揺れているのに、魚も鳥も、その気配すらない。
漂うのは命を奪われた残骸だけ。美しいはずの青が、まるで死を隠す薄い膜のように広がっていた。
「……ここ、どこ……」
声に泡が混じって消える。
頭が重い。
身体が動かない。
それでも、レアは必死に腕をかいた。
幼い身体に宿る滅竜の膂力で、海面へと浮上する。
——バシャァァン!!
水飛沫とともに、レアは息を吐き出した。
「……はぁ……っ……」
荒い呼吸を整えながら、海辺の岩にしがみつく。
波に打たれ、髪も服もずぶ濡れのまま、レアは膝をついた。
瞼を閉じると、斑鳩の姿が脳裏をよぎる。
無情に笑う唇。
空間すら裂いた鋭い一閃。
自分の水流を容易く両断した冷たい刀。
「……また……負けたの……」
唇を噛む。
悔しさで胸が焼ける。
「……弱い……まだ……足りないの……」
ぽつりと漏れた声のあと、レアは拳をぎゅっと握りしめた。
——泣く暇なんてない。
立ち止まる暇なんて、もっとない。
「……でも……まだ間に合うの。絶対に……取り返すの」
彼女の視線の先には、海面からそびえ立つ黒い塔。
レアはゆっくりと海に手を伸ばし、両手ですくった。
指先に伝わる冷たい感触。そのまま、口へ運ぶ。
——ごくり。
「……しょっぱい……でも……」
ごくんと飲み込んだ瞬間、胸の奥に冷たい力が満ちていく。
水の滅竜魔導士の本能が、魔力を一気に回復させる。
「……食べたら、力が湧いてきたの」
濡れた髪をぐしゃぐしゃに払いながら、レアは立ち上がる。
身体に重さは残っているが、魔力の火は完全に戻った。
「……待ってろ……すぐに、取り返すの!」
叫ぶと同時に、海流が彼女の足元を包み込み、推進力に変わる。
その瞬間——
ドッパァァン!!
大波が崩れ、再び全身びしょ濡れになった。
「……もう一回乾かすの……」
小さくぼやきながらも、レアの目は塔を睨み据えていた。
そして——水流を巻き上げ、黒い壁を駆け上がる。
~~~
風穴があいた塔の通路に、ひときわ重い沈黙が落ちた。
冷たい石の床を滑る風音と、遠く波が打ち寄せるかすかな響きだけが耳に届く。
エルザはゆっくりと立ち上がり、斑鳩を真っ直ぐに見据えた。
その瞳は怒りに燃えながらも、決して曇らず冷たい光を放つ。
「貴様を斬る……それだけだ」
「……クス」
薄笑いを浮かべた斑鳩が、わずかに腰を沈める。
刀身が一閃した瞬間、エルザの鎧に細い罅が走り、音を立てて粉々に砕け散った。
「っ——!?」
「挨拶代わりどす。……見えたらしまへんでした?」
ショウの喉が震える。
エルザでさえ目を見開き、剣速に追いつけなかった。
「(ど……どんな速さの剣なんだよ……姉さんにも見えてなかったのか……!?)」
冷や汗が背筋を伝う中、斑鳩はふと目を細め、五七五の調べを口にした。
静けさに
滲む焦りの
音ひとつ
一瞬、空気が凍る。
その後、彼女の口元に艶やかな笑みが浮かぶ。
「冷たぁ~く見据えとるけどなぁ……耳澄ましたら聞こえるで? 焦りが震わせる剣の音が」
挑発めいた言葉に、エルザの眉がわずかに動く。
怒りの熱と、敵の剣速への冷静な分析——二つの感情が交錯する。
「そうそう、その眼や」
斑鳩が楽しげに呟いた瞬間、エルザの体を光が包む。
鎧が砕け散り、次の瞬間には天輪の鎧がその身を覆っていた。
「(姉さん……本気になった!)」
ショウの心がざわめく。
「……おいでやす」
刀を横に構え、斑鳩は挑発するように首を傾げた。
エルザは返事をせず、ただ低く構えたまま踏み込む。
次の瞬間——剣と剣が交錯する激しい火花が散り、塔に穿たれた風穴から差し込む夕陽の赤と交わり、通路を血のように染め上げた。
塔の通路を吹き抜ける風が、剣戟の火花をさらっていく。
風穴から射し込む夕陽が、二人の影を長く伸ばした。
エルザと斑鳩——
二人の剣がぶつかるたび、石造りの壁が悲鳴を上げる。
ショウはただ、その場に立ち尽くし、目で追うことしかできなかった。
「天輪・
エルザの叫びとともに、背後にて天輪が唸りを上げて回転する。
円状に展開した無数の剣が、流星のように斑鳩へと殺到した。
一方の斑鳩は、わずかに細めた瞳で剣の群れを一瞥すると——
「無月流・夜叉閃空!!!」
刀を横一文字に振り抜いた。
金属が悲鳴を上げ、飛来した剣が次々と真っ二つに裂ける。
火花が散り、壁や床に鋭い破片が突き刺さった。
「な……!」
ショウの喉から声が漏れる。
エルザですら、目を見開き、動きを止めた。
「ッ——!?」
次の瞬間には、エルザの間合いの内側。
斑鳩の刀が、天輪の鎧を音もなく裂いた。
「ぐっ……!」
砕け散った鎧の破片が宙を舞い、石畳に散らばる。
「無月流・迦楼羅炎!!!」
斑鳩の刀身が赤く燃え上がる。
炎の奔流が斬撃と共に押し寄せ、空間ごと焼き尽くすような熱が襲った。
「換装——“炎帝の鎧”!!!」
咄嗟に換装したエルザが、炎の波を受け止める。
しかし衝撃波に弾き飛ばされ、背後の壁を砕きながら転がった。
「耐火能力の鎧どすか。……よう、あの一瞬で換装できたもんどすなぁ」
斑鳩の目には、まだ一片の焦りもない。
逆に、次の一撃で炎帝の鎧までも砕き、挑発的に口角を上げた。
「殿方の前でそんな格好では、身も絞まらへんやろ。どうどす? そろそろ最強の鎧、纏ってみはったら」
「くっ……!」
瓦礫の中から立ち上がったエルザの瞳に、炎が宿る。
その闘志に、ショウは息を呑んだ。
「後悔するがいい……煉獄の鎧・換装!!!」
漆黒の鎧が音を立てて展開し、巨大な剣を構えるエルザ。
その姿は、もはや騎士ではなく、地獄から現れた鬼神のようだった。
「この姿を見て立っていた者はいない……!」
「おいでやす」
斑鳩は一歩も退かず、刀を構え直す。
エルザの剣が振り下ろされる。
周囲の壁が粉砕され、風穴から差す夕陽が眩く弾けた。
だが——その一撃を、斑鳩は正面から受け止める。
そして、次の瞬間、逆にエルザの剣と鎧をまとめて粉砕した。
「……っ!!」
エルザの膝が崩れ、瓦礫の上に落ちる。
「おわかりにならはった? どんな鎧を纏おうが、うちの剣には勝てまへんえ。諦めなはれ」
ショウの背に冷たい汗が伝う。
「(……勝てない……姉さんじゃ、勝てない……)」
だが、顔を上げたエルザの瞳には——まだ、あきらめの色はなかった。
再び光を身に包み、換装を行う。
高く束ねられた赤髪が、揺れる炎のように翻った。
鋭い眼差しが闇を裂く。さらし布を胸に巻き、炎を模した軽装の装束——その身に纏うのは重厚な鎧ではなく、二振りの刀だけだった。
その姿を目にした瞬間、ショウも斑鳩も、思わず息を呑む。
「何のマネどす?……その装束……ただの布きれどすな」
斑鳩が薄く笑い、挑発するように目尻をぴくりと動かした。
「うちもなめられたもんどす」
「姉さん!!! どうしたんだよ!!!」
ショウの声が、通路に響いた。
「まだ強い鎧はたくさんあるんだろ!!! 姉さんはもっと強いんだろ!!!」
——エルザは、静かに目を閉じた。
「……私は、強くなどない」
その言葉に、ショウの表情が凍りつく。
だがエルザの声は揺らがず、むしろ深く、静かな強さを帯びていた。
「(強くなんか……ない)」
心の奥で、幾度もそう呟く。
脳裏に、幼い日の光景が浮かぶ。
飛び交う魔力弾。
炎に包まれ、消えていくロブ爺の背中。
あの日、守りたかったものを守れなかった——
「……一人が好きなんだ。人といると、逆に不安になる」
幼い頃の自分の声が蘇る。
「じゃあ、なんで一人で泣いてんだよ」
若き日のグレイの声も、重なる。
そうだ。泣いていたのだ、ずっと。
強く見せるために、鎧で心を覆い隠した。
傷つかぬよう、失わぬよう、自分の弱さを閉じ込めた。
——その結果、また仲間を傷つけた。
「鎧は……私を守ってくれると信じていた」
ゆっくりと目を開ける。炎のような瞳が、斑鳩を真っ直ぐ射抜いた。
「だが、それは違った。心と心の距離を……私は、自分の鎧で塞いでいた」
フェアリーテイルで得たもの。
仲間の笑顔。支え合う温かさ。
それが、彼女の答えだった。
「
一歩、踏み出す。
空気が震え、剣先が唸る。
「もう迷いはない……!!!」
二刀が交差する。
軽やかに、だが重く、鋭く。
「私の全てを強さに変えて——討つ!!!」
構えを取るエルザを前に、斑鳩も笑みを深め、静かに刀を抜いた。
「これで終わりどす!!」
刀を構えた斑鳩が、疾風のように踏み込んだ。
空気が裂け、ショウの視界が一瞬で白く飛ぶ。
「姉さん!!」
ショウの叫びと同時、エルザも地を蹴った。
二人の影が交差し、耳をつんざく金属音が通路に響く。
——静寂。
背中合わせになった二人。
呼吸の音だけが、重く、鈍く響いた。
「くっ……!!」
エルザの右肩から鮮血がほとばしる。
それを見た斑鳩は、勝利を確信したかのように目を細めた。
「勝負あり——」
低く呟いた、その瞬間。
斑鳩の左肩から右腰にかけて、深紅の線が奔った。
押し留めていた血が一気に噴き出し、彼女の膝が崩れ落ちる。
「そ……そんな……!」
ショウの目が大きく見開かれ、驚嘆と安堵が入り混じった声が漏れる。
「すごい!!やっぱ姉さんは……すごいよ!!」
血に濡れた斑鳩の唇がわずかに吊り上がった。
「見事どす……。うちが負けるなんて……ギルドに入って以来……初めてどす……」
その瞳には敗北の悔しさよりも、不気味な余裕が残っていた。
「せやけど……あんたも、ジェラールはんも……負けどすえ……」
「!!」
エルザが目を細める。ショウも困惑した表情を見せた。
「どういうことだよ……!」
斑鳩の唇が、最後の力で五七五を紡ぐ。
「15分…」
落ちてゆく
正義の光は
皆殺し
「…ぷ。ひどい詩」
そんなかすれた笑い声と共に、意識を手放した。
「エーテリオンのことか……!?」
エルザの声には焦りがにじむ。
彼女はすぐにショウへ向き直った。
「ショウ、ケガは平気か?」
「う、うん……なんとか……」
「フリーシャを抱えて、シモンたちと合流しろ。塔から離れるんだ。レアが戻ってくるかもしれない……彼女にも伝えてくれ。今すぐ離れろと。」
「で、でも……!」
ショウは食い下がる。
しかし、エルザは静かに微笑んだ。
「私の言うことが、聞けるな?」
その微笑みに、ショウの胸に熱がこみ上げる。
「……うん」
うつむきながらも、彼は力強く頷いた。
「姉さんは?」
問いかけるショウに、エルザは背を向けたまま歩き出す。
足音がひたひたと、静かに通路に響く。
「——決着をつけてくる」
振り返らないその瞳には、燃えるような決意の炎が宿っていた。
因縁の対決が近いでっせ…!