妖精の尻尾の双竜   作:uru1629

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ほぼエルザ回。
ていうかこの先そういうが続くかも。
エルザファンのみんな、やったね。


女一匹、決意の装束

 

——冷たい。

 

目を開けた瞬間、そこにあったのは澄んだ青い海だった。

 

けれど、その青さはどこか異様に静まり返っていた。

波は穏やかに揺れているのに、魚も鳥も、その気配すらない。

漂うのは命を奪われた残骸だけ。美しいはずの青が、まるで死を隠す薄い膜のように広がっていた。

 

 

「……ここ、どこ……」

 

 

声に泡が混じって消える。

頭が重い。

身体が動かない。

 

それでも、レアは必死に腕をかいた。

幼い身体に宿る滅竜の膂力で、海面へと浮上する。

 

——バシャァァン!!

 

水飛沫とともに、レアは息を吐き出した。

 

 

「……はぁ……っ……」

 

 

荒い呼吸を整えながら、海辺の岩にしがみつく。

波に打たれ、髪も服もずぶ濡れのまま、レアは膝をついた。

 

瞼を閉じると、斑鳩の姿が脳裏をよぎる。

無情に笑う唇。

空間すら裂いた鋭い一閃。

自分の水流を容易く両断した冷たい刀。

 

 

「……また……負けたの……」

 

 

唇を噛む。

悔しさで胸が焼ける。

 

 

「……弱い……まだ……足りないの……」

 

ぽつりと漏れた声のあと、レアは拳をぎゅっと握りしめた。

——泣く暇なんてない。

立ち止まる暇なんて、もっとない。

 

 

「……でも……まだ間に合うの。絶対に……取り返すの」

 

 

彼女の視線の先には、海面からそびえ立つ黒い塔。

 

レアはゆっくりと海に手を伸ばし、両手ですくった。

指先に伝わる冷たい感触。そのまま、口へ運ぶ。

 

——ごくり。

 

「……しょっぱい……でも……」

 

ごくんと飲み込んだ瞬間、胸の奥に冷たい力が満ちていく。

水の滅竜魔導士の本能が、魔力を一気に回復させる。

 

「……食べたら、力が湧いてきたの」

 

濡れた髪をぐしゃぐしゃに払いながら、レアは立ち上がる。

身体に重さは残っているが、魔力の火は完全に戻った。

 

 

「……待ってろ……すぐに、取り返すの!」

 

 

叫ぶと同時に、海流が彼女の足元を包み込み、推進力に変わる。

 

その瞬間——

 

ドッパァァン!!

 

大波が崩れ、再び全身びしょ濡れになった。

 

「……もう一回乾かすの……」

 

小さくぼやきながらも、レアの目は塔を睨み据えていた。

そして——水流を巻き上げ、黒い壁を駆け上がる。

 

 

~~~

 

 

風穴があいた塔の通路に、ひときわ重い沈黙が落ちた。

冷たい石の床を滑る風音と、遠く波が打ち寄せるかすかな響きだけが耳に届く。

 

エルザはゆっくりと立ち上がり、斑鳩を真っ直ぐに見据えた。

その瞳は怒りに燃えながらも、決して曇らず冷たい光を放つ。

 

 

「貴様を斬る……それだけだ」

 

「……クス」

 

 

薄笑いを浮かべた斑鳩が、わずかに腰を沈める。

刀身が一閃した瞬間、エルザの鎧に細い罅が走り、音を立てて粉々に砕け散った。

 

 

「っ——!?」

 

「挨拶代わりどす。……見えたらしまへんでした?」

 

 

ショウの喉が震える。

エルザでさえ目を見開き、剣速に追いつけなかった。

 

 

「(ど……どんな速さの剣なんだよ……姉さんにも見えてなかったのか……!?)」

 

 

冷や汗が背筋を伝う中、斑鳩はふと目を細め、五七五の調べを口にした。

 

 

静けさに

滲む焦りの

音ひとつ

 

 

一瞬、空気が凍る。

その後、彼女の口元に艶やかな笑みが浮かぶ。

 

 

「冷たぁ~く見据えとるけどなぁ……耳澄ましたら聞こえるで? 焦りが震わせる剣の音が」

 

 

挑発めいた言葉に、エルザの眉がわずかに動く。

怒りの熱と、敵の剣速への冷静な分析——二つの感情が交錯する。

 

 

「そうそう、その眼や」

 

 

斑鳩が楽しげに呟いた瞬間、エルザの体を光が包む。

鎧が砕け散り、次の瞬間には天輪の鎧がその身を覆っていた。

 

 

「(姉さん……本気になった!)」

 

 

ショウの心がざわめく。

 

 

「……おいでやす」

 

 

刀を横に構え、斑鳩は挑発するように首を傾げた。

エルザは返事をせず、ただ低く構えたまま踏み込む。

 

次の瞬間——剣と剣が交錯する激しい火花が散り、塔に穿たれた風穴から差し込む夕陽の赤と交わり、通路を血のように染め上げた。

 

塔の通路を吹き抜ける風が、剣戟の火花をさらっていく。

風穴から射し込む夕陽が、二人の影を長く伸ばした。

 

エルザと斑鳩——

二人の剣がぶつかるたび、石造りの壁が悲鳴を上げる。

ショウはただ、その場に立ち尽くし、目で追うことしかできなかった。

 

 

「天輪・循環の剣(サークルソード)!!!」

 

 

エルザの叫びとともに、背後にて天輪が唸りを上げて回転する。

円状に展開した無数の剣が、流星のように斑鳩へと殺到した。

 

一方の斑鳩は、わずかに細めた瞳で剣の群れを一瞥すると——

 

 

「無月流・夜叉閃空!!!」

 

 

刀を横一文字に振り抜いた。

 

金属が悲鳴を上げ、飛来した剣が次々と真っ二つに裂ける。

火花が散り、壁や床に鋭い破片が突き刺さった。

 

 

「な……!」

 

 

ショウの喉から声が漏れる。

エルザですら、目を見開き、動きを止めた。

 

 

「ッ——!?」

 

 

次の瞬間には、エルザの間合いの内側。

斑鳩の刀が、天輪の鎧を音もなく裂いた。

 

 

「ぐっ……!」

 

 

砕け散った鎧の破片が宙を舞い、石畳に散らばる。

 

 

「無月流・迦楼羅炎!!!」

 

 

斑鳩の刀身が赤く燃え上がる。

炎の奔流が斬撃と共に押し寄せ、空間ごと焼き尽くすような熱が襲った。

 

 

「換装——“炎帝の鎧”!!!」

 

 

咄嗟に換装したエルザが、炎の波を受け止める。

しかし衝撃波に弾き飛ばされ、背後の壁を砕きながら転がった。

 

 

「耐火能力の鎧どすか。……よう、あの一瞬で換装できたもんどすなぁ」

 

 

斑鳩の目には、まだ一片の焦りもない。

逆に、次の一撃で炎帝の鎧までも砕き、挑発的に口角を上げた。

 

 

「殿方の前でそんな格好では、身も絞まらへんやろ。どうどす? そろそろ最強の鎧、纏ってみはったら」

 

「くっ……!」

 

 

瓦礫の中から立ち上がったエルザの瞳に、炎が宿る。

その闘志に、ショウは息を呑んだ。

 

 

「後悔するがいい……煉獄の鎧・換装!!!」

 

 

漆黒の鎧が音を立てて展開し、巨大な剣を構えるエルザ。

その姿は、もはや騎士ではなく、地獄から現れた鬼神のようだった。

 

 

「この姿を見て立っていた者はいない……!」

 

「おいでやす」

 

 

斑鳩は一歩も退かず、刀を構え直す。

 

エルザの剣が振り下ろされる。

周囲の壁が粉砕され、風穴から差す夕陽が眩く弾けた。

 

だが——その一撃を、斑鳩は正面から受け止める。

そして、次の瞬間、逆にエルザの剣と鎧をまとめて粉砕した。

 

 

「……っ!!」

 

 

エルザの膝が崩れ、瓦礫の上に落ちる。

 

 

「おわかりにならはった? どんな鎧を纏おうが、うちの剣には勝てまへんえ。諦めなはれ」

 

 

ショウの背に冷たい汗が伝う。

 

 

「(……勝てない……姉さんじゃ、勝てない……)」

 

 

だが、顔を上げたエルザの瞳には——まだ、あきらめの色はなかった。

 

再び光を身に包み、換装を行う。

高く束ねられた赤髪が、揺れる炎のように翻った。

鋭い眼差しが闇を裂く。さらし布を胸に巻き、炎を模した軽装の装束——その身に纏うのは重厚な鎧ではなく、二振りの刀だけだった。

 

その姿を目にした瞬間、ショウも斑鳩も、思わず息を呑む。

 

 

「何のマネどす?……その装束……ただの布きれどすな」

 

 

斑鳩が薄く笑い、挑発するように目尻をぴくりと動かした。

 

 

「うちもなめられたもんどす」

 

「姉さん!!! どうしたんだよ!!!」

 

 

ショウの声が、通路に響いた。

 

 

「まだ強い鎧はたくさんあるんだろ!!! 姉さんはもっと強いんだろ!!!」

 

 

——エルザは、静かに目を閉じた。

 

 

「……私は、強くなどない」

 

 

その言葉に、ショウの表情が凍りつく。

だがエルザの声は揺らがず、むしろ深く、静かな強さを帯びていた。

 

 

「(強くなんか……ない)」

 

 

心の奥で、幾度もそう呟く。

 

脳裏に、幼い日の光景が浮かぶ。

飛び交う魔力弾。

炎に包まれ、消えていくロブ爺の背中。

あの日、守りたかったものを守れなかった——

 

 

「……一人が好きなんだ。人といると、逆に不安になる」

 

 

幼い頃の自分の声が蘇る。

 

 

「じゃあ、なんで一人で泣いてんだよ」

 

 

若き日のグレイの声も、重なる。

 

そうだ。泣いていたのだ、ずっと。

 

強く見せるために、鎧で心を覆い隠した。

傷つかぬよう、失わぬよう、自分の弱さを閉じ込めた。

 

——その結果、また仲間を傷つけた。

 

 

「鎧は……私を守ってくれると信じていた」

 

 

ゆっくりと目を開ける。炎のような瞳が、斑鳩を真っ直ぐ射抜いた。

 

 

「だが、それは違った。心と心の距離を……私は、自分の鎧で塞いでいた」

 

 

フェアリーテイルで得たもの。

仲間の笑顔。支え合う温かさ。

それが、彼女の答えだった。

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)が教えてくれた。人と人との距離は、こんなにも近く、こんなにも温かいものなのだと——」

 

 

一歩、踏み出す。

空気が震え、剣先が唸る。

 

 

「もう迷いはない……!!!」

 

 

二刀が交差する。

軽やかに、だが重く、鋭く。

 

 

「私の全てを強さに変えて——討つ!!!」

 

 

構えを取るエルザを前に、斑鳩も笑みを深め、静かに刀を抜いた。

 

 

「これで終わりどす!!」

 

 

刀を構えた斑鳩が、疾風のように踏み込んだ。

空気が裂け、ショウの視界が一瞬で白く飛ぶ。

 

 

「姉さん!!」

 

 

ショウの叫びと同時、エルザも地を蹴った。

二人の影が交差し、耳をつんざく金属音が通路に響く。

 

——静寂。

 

背中合わせになった二人。

呼吸の音だけが、重く、鈍く響いた。

 

 

「くっ……!!」

 

 

エルザの右肩から鮮血がほとばしる。

それを見た斑鳩は、勝利を確信したかのように目を細めた。

 

 

「勝負あり——」

 

 

低く呟いた、その瞬間。

 

斑鳩の左肩から右腰にかけて、深紅の線が奔った。

押し留めていた血が一気に噴き出し、彼女の膝が崩れ落ちる。

 

 

「そ……そんな……!」

 

 

ショウの目が大きく見開かれ、驚嘆と安堵が入り混じった声が漏れる。

 

 

「すごい!!やっぱ姉さんは……すごいよ!!」

 

 

血に濡れた斑鳩の唇がわずかに吊り上がった。

 

 

「見事どす……。うちが負けるなんて……ギルドに入って以来……初めてどす……」

 

 

その瞳には敗北の悔しさよりも、不気味な余裕が残っていた。

 

 

「せやけど……あんたも、ジェラールはんも……負けどすえ……」

 

「!!」

 

 

エルザが目を細める。ショウも困惑した表情を見せた。

 

 

「どういうことだよ……!」

 

 

斑鳩の唇が、最後の力で五七五を紡ぐ。

 

 

「15分…」

 

 

落ちてゆく

正義の光は

皆殺し

 

 

「…ぷ。ひどい詩」

 

 

そんなかすれた笑い声と共に、意識を手放した。

 

 

「エーテリオンのことか……!?」

 

 

エルザの声には焦りがにじむ。

彼女はすぐにショウへ向き直った。

 

 

「ショウ、ケガは平気か?」

 

「う、うん……なんとか……」

 

「フリーシャを抱えて、シモンたちと合流しろ。塔から離れるんだ。レアが戻ってくるかもしれない……彼女にも伝えてくれ。今すぐ離れろと。」

 

「で、でも……!」

 

 

ショウは食い下がる。

しかし、エルザは静かに微笑んだ。

 

 

「私の言うことが、聞けるな?」

 

 

その微笑みに、ショウの胸に熱がこみ上げる。

 

 

「……うん」

 

 

うつむきながらも、彼は力強く頷いた。

 

 

「姉さんは?」

 

 

問いかけるショウに、エルザは背を向けたまま歩き出す。

足音がひたひたと、静かに通路に響く。

 

 

「——決着をつけてくる」

 

 

振り返らないその瞳には、燃えるような決意の炎が宿っていた。





因縁の対決が近いでっせ…!
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