???「「命」を「運」んで来ると書いて「運命」! ……フフ、よくぞ言ったものだ」
やーっホントっすね…。
「……あれ、ここ……」
塔の外、崩れた壁の縁に、びしょ濡れの小柄な少女がよろよろと這い上がってきた。
濡れた水色の髪、幼い顔立ち。けれどその目には消えぬ闘志が宿っている。
「お、おいっ……! お前!」
駆け寄る少年——ショウが声を上げる。
肩には血の滲む包帯が巻かれ、その腕には気を失ったフリーシャの小さな体。
「……誰なの?」
「俺はショウ! 姉さん……エルザの昔の仲間だ!」
「……エルザの……仲間?」
レアの眉がぴくりと動く。
その瞳がショウの腕の中のフリーシャを見つけた瞬間、表情が一変した。
「フリーシャ……っ」
駆け寄るレアの声は、かすれて震えていた。
小さな身体を抱きしめ、必死に名を呼ぶ。
「……なんで……こんな……」
「斑鳩にやられた。俺と姉さんが助けに入ったけど、間に合わなかった……」
ショウの答えに、レアの目が鋭く光る。
「……斑鳩……」
「もう大丈夫だ、姉さんが倒した」
「……なら、叩き起こすの。もいっかいやって……レアが勝つの」
「余計なことしようとするんじゃねえ!!」
ショウの全力ツッコミが炸裂した。
少しの静寂。
レアはフリーシャの血をぬぐいながら、ふと小さくつぶやいた。
「……レア……何もしてないの……」
その声は悔しさと情けなさが入り混じったものだった。
仲間たちが次々と敵を打ち倒す中、自分だけが何もできていなかった——その事実が胸を刺していた。
「エルザはどこ行ったの?」
顔を上げたレアの瞳には、迷いと焦燥があった。
「……それなんだが」
ショウの声が急に低くなる。
険しい表情で、レアの瞳を見据えた。
「斑鳩を倒したあと、姉さんは……ジェラールの元へ向かった。因縁に決着をつけに行ったんだ」
姉さんとジェラールは、戦う運命だったのかもしれないと語るショウ。
その言葉に、レアの目が見開かれる。
「ジェラールの元へ向かってくれ。……姉さんを助けてくれ」
「や、なの」
即答だった。
「はあっ!?」
「エルザの敵は……エルザが倒すべき。レアの出る幕じゃないの」
「バカ言うな!! 姉さんじゃジェラールに勝てないんだ!!!」
ショウの叫びに、レアの目が細められる。
静かな怒気がそこに宿る。
「……エルザのこと、バカにしてるの……?」
「バカにするわけねえだろ!!」
ショウの声は震えていた。
けれど、その瞳には揺るがぬ真剣さがあった。
「姉さんはジェラールのことも助けようとしてるんだ!!! シモンじゃねえけど、オレだってそれくらいのことはわかる!!! 姉さんは……ジェラールのことを心から憎めないんだ!!!」
「……」
レアは黙り込む。
その小さな拳が、震えていた。
「それに——」
ショウは唇を噛む。
言葉を吐くのが怖いように、一瞬目を閉じた。
「エーテリオンがここに落とされてくることは……知ってるだろ? 斑鳩の話じゃ……あと十五分……いや、もうあと十分だ」
「……は?」
レアの表情から幼さが抜け落ち、代わりに驚愕と焦りが入り混じった。
「姉さんは全員ここから逃がせって言って……ジェラールのところに向かった。当然レア、お前にもだ。オレには止められなかった……」
ショウの声が震ええ、顔が歪む。
視線を逸らす間もなく、涙が頬を伝った。
「シモンの話じゃ……姉さん、エーテリオンでジェラールもろとも道連れにするかもしれないんだ……オレじゃ止められなかったんだ……! だから……だから——」
嗚咽混じりの声が、崩れた通路に響いた。
姉さんを守れなかった自分が悔しくてたまらない。
だが、今、彼にできることはただ一つ——
「姉さんを……助けてくれよ!!!」
「……」
レアは静かに、ショウの前に立つ。
その目に宿る光は、もう迷いの色を帯びていなかった。
「……なんでそれを先に言わないの」
「えっ……」
「エルザは……どこなの」
声の震えはなかった。
ただ、静かに燃える炎がそこにあった。
ショウは泣き笑いのような顔で——上を指差した。
「——上だ」
その瞬間、レアは静かに息を呑んだ。
彼女の足元の水が渦を巻き、次第にその力を得て、彼女は空へと舞い上がる。
「……エルザ、待ってて」
風穴から差し込む夕陽の光が、レアの背を押した。
〜〜~
カチリ——。
静寂を切り裂く、小さな駒の音。
ジェラールは無言のまま、騎士の駒を王の前に滑らせた。
それは詰みを告げる手のようで、どこか終局の冷たさを孕んでいる。
「……やれやれ。ゲームはもう終わりか」
淡々とした声色。
それが意味するのは、命のやり取りすら遊戯に見立てる男の残酷さだった。
その背後——足音ひとつ立てず、エルザが迫る。
刀の柄を握る手に、怒りと決意が宿っていた。
「人の命で遊ぶのがそんなに楽しいか?」
問いかける声は、鋭く張り詰めていた。
ジェラールは背を向けたまま、わずかに口角を上げる。
「楽しいねえ……生と死こそが、あらゆる感情が集約される万物の根源だ。逆に言えば——命ほど虚しく、つまらぬものもない」
ゆっくりと振り向く。
深く被ったフードの奥、鋭く光る瞳がエルザを射抜いた。
「久しぶりだな、エルザ」
「ジェラール……」
互いの視線が、久遠の時を経て交差する。
積み重なった因縁が、二人の間の空気をさらに重くした。
「その気になれば、いつでも逃げ出せたはずだが?」
挑発するような口調。
だがエルザの瞳は揺らがなかった。
「私はかつての仲間たちを解放する」
ジェラールは鼻で笑う。
「かまわんよ。もう必要ない。楽園の塔は完成した」
「あと10分足らずで、破壊されるとしてもか?」
「……エーテリオンのことか?」
クク……と哂う声が、玉座の間に響いた。
エルザは剣をさらに強く握りしめる。
「その余裕……やはりハッタリだったか」
ジェラールはゆっくりとフードを外す。
現れた素顔は、かつて知る少年の面影を残しつつも、今や冷酷な狂気と歪んだ信念に染まっていた。
「いや——エーテリオンは落ちるよ」
その宣告に、空気が一瞬、重く沈む。
しかしエルザは表情ひとつ変えず、黙って深く息を吸い込んだ。
血に濡れた手が、静かに剣を握り直す。
瞳は静かに細まり、決意の光が宿る。
「……それを聞いて安心した」
足を踏みしめ、一気に前傾へと重心を移す。
風が彼女の赤い髪をなびかせ、刃が低く唸りを上げた。
「10分!!! 貴様をここに足止めしておけば——全ての決着がつく!!!」
その叫びは、悲壮ではなく、ただ真っ直ぐな覚悟を帯びていた。
ジェラールは口角を上げ、ゆっくりと指を伸ばし、エルザを差した。
「いや……お前はゼレフの生け贄となり死んでいく。もう決まっている———それが
ジェラールの手元で、禍々しい魔力が渦を巻く。
空気が震え、轟音とともに巨大な魔弾が生み出された。
「行くぞ!!」
叫びと同時に、黒い瘴気を帯びた魔弾が解き放たれる。
直線軌道を描きながら、まるで生き物のように蛇行し、獲物であるエルザに襲いかかった。
エルザは即座に剣を振り抜き、迫りくる魔弾を斬り払う。
しかし、斬り裂いた直後、連続する衝撃波が追い打ちをかけるように押し寄せた。
「くっ……!」
防ぎきれない衝撃に、エルザの身体が大きく弾かれる。
背後の壁を砕きながら後退し、足元の瓦礫が崩れ落ちる中、必死に踏ん張ろうとするが——
次の瞬間、ジェラールが風を切って間合いを詰めてきた。
鋭い蹴りが、エルザの胸元を直撃する。
衝撃が全身に走り、身体ごと宙へと投げ出された。
視界が反転する。砕け散った石材と共に、エルザの身体は塔の外へと吹き飛ばされていく。
風圧が頬を切り裂き、耳をつんざく轟音とともに景色が遠ざかる。
空と海が逆さに混ざり合い、塔の巨大な影が眼下に広がった。
「——っ!」
痛みと同時に、胸奥で燃え上がる決意があった。
まだ終わらせない。
倒れるわけにはいかない。
瞬間、彼女の足が瓦礫を踏みしめる。
反動を利用し、次の瓦礫へ、さらに次の瓦礫へと飛び移りながら、逆に加速して塔の内部へと駆け上がっていく。
砕け散る石片が軌跡を描き、エルザの赤い髪が風を裂いた。
瓦礫が散乱する戦場に、エルザが着地する。
その目の前に、悠々と立つジェラールの姿があった。
「せっかく建てた塔を、自分の手で壊しては世話がないな!!!」
飛び掛かりながら斬りかかるエルザ。
だがジェラールは挑発するような笑みを浮かべ、足元に散らばる瓦礫を踏みしめて後退。
その余裕に、エルザの眉が険しく寄せられた。
「柱の一本や二本、ただの飾りにすぎんよ」
冷たく言い放ち、ジェラールは右手を掲げて魔力を収束させる。
「その飾りを造るために、ショウたちは8年もお前を信じていたんだ!!!」
怒りに震える声で、エルザは剣を振り上げた。
積年の後悔と怒り、その全てを刃に乗せた一撃が空を裂いた。
ジェラールはその攻撃をひらりとかわし、振り返りもせずに言葉を投げ捨てる。
「いちいち言葉の揚げ足をとるなよ」
余裕を崩さぬまま、指先に禍々しい魔力を灯すと、その目が鋭く細められる。
「重要なのはRシステム。そのための8年なんだよ」
あざ笑うように言い放つジェラールの声が、崩れかけた塔の内部に反響する。
崩落の音が響く空間の中、二人の間に張り詰めた沈黙が流れる。
「そして、それは完成したのだ!!」
ジェラールが手を振り抜くと同時、空気が唸り、闇の魔力が渦を巻いて襲いかかる。
黒い奔流が、鋭利な刃のようにエルザの周囲を締め付ける。
「くっ——!」
エルザは咄嗟に剣を交差させ、迫る闇を斬り裂いた。
しかし次の瞬間には、さらに太い魔力の触手が彼女の身体を絡め取ろうと迫る。
全身に圧し掛かる重圧に、肺が潰れそうな感覚。
だが、その苦痛さえもエルザの集中を乱すことはなかった。
滴る血も、焼けるような痛みも、今の彼女には無意味だった。視界にあるのは、目の前の男ただ一人。
呼吸が止まるほどの静寂の中、エルザの瞳が細められる。
彼女の全身から、迷いという迷いが削ぎ落とされていくのが分かる。
剣を握る指先はわずかに震えていたが、それは恐怖ではない。
全身の力を研ぎ澄まし、一点に集めた証だった。
「……ッ!」
振り下ろした刃が、闇の触手を裂き、閃光のようにジェラールへと走る。
次の瞬間、鋭い斬撃がジェラールの胴を深々と切り裂いた。
「ぐあっ!?」
激痛に顔を歪め、ジェラールの口から苦悶の声が迸る。
血飛沫が舞い、彼の身体が大きくのけぞった。
ジェラールの瞳に、一瞬だけ人間らしい動揺が浮かぶ。
「(これが……あのエルザだと……!)」
心の中で零れ出た声が目の前の彼女に届くわけもなく、エルザはさらに踏み込む。
崩れゆく瓦礫を蹴り飛ばし、加速する体はまるで矢のよう。
吹き上げる風圧と瓦礫の破片を背に、一直線に敵へ迫る。
刹那、エルザは彼の右腕を力強く掴むと、そのまま馬乗りになり、首元へと刀を突きつけた。
震える刃先が、ジェラールの喉元で静かに煌めく。
「くっ……!」
ジェラールの喉から、押し殺した呻きが洩れた。
だが、エルザの瞳には迷いも怯えもなく、ただ真実を求める光が宿っている。
「お前の本当の目的は……なんだ」
問いかけに、ジェラールは黙したまま視線を逸らす。
無言——それは肯定にも否定にも取れる沈黙だった。
「……本当は、Rシステムなど完成していないのだろ?」
「……!!」
ジェラールの目がわずかに揺らぐ。
エルザは静かに続けた。
鋭い声が、崩れかけた塔の空間に響き渡る。
「私とて八年間、何もしていなかったわけではない。Rシステムについて調べた。——確かに構造や原理は当時の設計図通りで間違っていない。だが……完成には肝心なものが足りていない」
ジェラールは唇を噛む。
しかしエルザの言葉は止まらない。
切り裂くような真実が、突き刺さる。
「……言ったはずだ……生け贄はお前だと……」
「それ以前の問題さ」
エルザの声が鋭くなる。
「足りていないものとは——魔力だ。この大がかりな魔法を発動させるには、27億イデアもの魔力が必要になる」
彼女の言う27臆イデアの魔力——それは大陸中の魔導士を集めてもやっと足りるかどうかと言うほどの膨大な量の魔力。
だが、エルザがここまで上るに至るまでも、そんな膨大な魔力が蓄積できるはずが無いと確信していた。
「そしてお前は、評議員の攻撃を知っていながら逃げようともしない……お前は何を考えている?」
ジェラールは深く目を閉じ——低く呟いた。
「……エーテリオンまで……あと三分」
「ジェラール!!! お前の
怒りと悲しみが入り混じった叫びが、崩れかけた空間に響いた。
「このまま死ぬのがお前の望みかァ!!!」
ジェラールの掴まれた腕に力がこもる。
だが、エルザはその力を外そうとせず、逆に押さえつけるように力を込めた。
「ならば共に行くのみだ!!! 私はこの手を最後の瞬間まで放さんぞ!!!」
「……あ……ああ……それも、悪くない……」
ジェラールの唇から、かすかな笑みとも嘆きともつかぬ声がこぼれた。
その言葉に、エルザの気迫が一瞬だけ揺らぐ。
だが、ジェラールは抵抗することもなく、そのまま言葉を続けた。
「オレの体は……ゼレフの亡霊に取り憑かれた……何も言うことをきかない……。ゼレフの肉体を蘇らすための……ただの人形なんだ」
「……取り憑かれた?」
エルザの瞳が、静かに揺れる。
「オレは……オレを救えなかった。仲間も……誰も……オレを救える者はいなかった……楽園なんて……自由なんて……どこにもなかったんだよ」
その言葉に、エルザの脳裏を過去の光景が過る。
あの日、幼いジェラールが吐き捨てた——「この世界に自由などない」という言葉。
「全ては……始まる前に……終わっていたんだ……」
ジェラールのかすれた声が、崩れ落ちる塔の轟音にかき消されるように、静かに響いた。
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雲間から突き抜けるように一条の光が覗いた。
その正体は巨大な魔法陣——天空を覆い尽くす
楽園の塔から脱出した船の上で、ウォーリーが血相を変える。
「オ……オイオイ! 本気でエーテリオンを落とす気なのかヨ、評議院は!!?」
「みゃあ!!」とミリアーナが叫び、ただ天を見上げる。
そんな中、船の端に立ったハッピーの瞳には涙が滲んでいた。
「ナツ……レア……エルザ……早く……早く脱出してぇ……!」
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エルザに組み伏せられたまま、ジェラールは低く吐き出すように呟いた。
「……Rシステムなど、完成するはずがないとわかっていた。だが……ゼレフの亡霊はオレをやめさせなかった。もう……止まれないんだよ。オレは壊れた機関車なんだ。エルザ……おまえの勝ちだ……オレを殺せ。そのために来たんだろう?」
エルザの脳裏を、幼き日の記憶がよぎる。
仲間を導き、真っ直ぐに先頭を歩いていた少年——リーダーとして皆を支えた、あの頃のジェラール。
頭上では、ウォオオンと不気味な轟音を響かせながら魔法陣が幾重にも重なっていく。
エルザは剣先を止め、深く息を吐いた。
「私が手を下すまでもない。この地鳴り……すでに衛星魔法陣が塔の上空に展開されている」
掴んでいたジェラールの腕を離し、右手の剣を床へ投げ捨てる。
「……終わりだ。おまえも……私もな」
ジェラールは薄く笑い、かすれ声を洩らした。
「……不器用なやつだな」
エルザもわずかに笑みを浮かべ、肩を落とす。
ジェラールは身体を起こし、互いに視線を交わした。
「おまえも……ゼレフの被害者だったのだな」
「…これは自分の弱さに負けたオレの罪さ。理想と現実のあまりの差に……オレの心がついていけなかった」
「……自分の中の弱さや足りないものを埋めてくれる。それが——仲間という存在ではないか?」
「……エルザ……」
「私もおまえを救えなかった。だから……罪を償おう」
「……オレは……救われたよ」
地鳴りが響く中、二人は互いの身体を抱き締め合った。
その瞬間、天空の魔法陣に眩い光が満ちる。
船上でウォーリーとミリアーナは目を見開き、ハッピーは頭を抱えて声を殺して泣いた。
「「エルザ!!!」」
別々の場所から駆け上がっていたナツとレアの声が、重なり合って塔に響く。
一方窓の外の光景を見上げながら、シモンは壁にもたれて小さく呟いた。
「……この光……間に合わなかったか……終わった……」
崩壊の光に包まれながら、エルザは涙を流しつつも優しい笑顔を浮かべる。
ジェラールは対照的に、どこか獰猛さを秘めた笑みを刻んでいた。
——そして。
抱き合った二人を飲み込み、楽園の塔は光の奔流に消えていった。
こういう絶体絶命感、好きですねぇ…。