妖精の尻尾の双竜   作:uru1629

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今回いつもより短いです。


明日へ

 

「ひどいキズだねぇ。もう一度見えるようにするのは大変だよ」

 

「そう言わずに頼むわい。せーっかくキレイな顔なのに不憫で不憫で」

 

 

かつてエルザが妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入って数か月経った頃、マカロフはエルザを連れてポーリュシカの元へやってきた。

 

 

「ちょっと来なさい」

 

「痛っ!痛た!!」

 

 

ポーリュシカはマカロフの耳をぐいとつかみ、そのまま顔を近づける。

 

 

「大きくなったら手ェ出すつもりじゃないだろうね」

 

「…ま……まさかぁ~~」

 

 

冷や汗を垂らすマカロフに、ポーリュシカは盛大にため息をついた。

この助平親父め、と心の中で毒づきながらも、彼女の視線は再びエルザへと移る。

 

 

「どこの子だい?」

 

「それが、ロブの奴に世話になったみたいで……」

 

「ロブ!!? あいつ今どこに!?」

 

 

ポーリュシカの声が鋭く跳ねた。

思いがけず懐かしい名を耳にしたからだ。

だが、マカロフの次の言葉に、その熱は急速にしぼんでいく。

 

 

「死んだそうじゃよ…」

 

 

沈黙が落ちた。

エルザは小さく肩を震わせ、手を前で組み、うつむいた。

その姿は「私のせいで」と訴えているように見えて、ポーリュシカの胸に重い影を落とした。

 

 

~~~

 

 

「どうだい?」

 

 

数時間かけて、ポーリュシカは彼女の目の治療にあたった。

手鏡を渡され、自身の顔を確認したエルザは目を見開いた。

使えないと思っていた右目が、こちらをしっかり覗いていたのだ。

 

 

「な……治ってる」

 

「見えてるかい?」

 

「はい…」

 

「だったらさっさと出ておいき。アタシァ人間はキライでね」

 

 

そう言うポーリュシカだが、エルザは心ここにあらずな状態で手鏡に映る自分の右目を見ていた。

 

 

「治ってる…」

 

 

呟いたその頬を、ぽろぽろと涙が伝い落ちる。

だが、そこでポーリュシカは眉をひそめた。

 

 

「アンタ…その目…」

 

 

じっと観察する。

違和感はすぐに明らかになった。

 

 

「片方だけ涙が出ていない」

 

「!」

 

 

そう、流れていたのは左目の涙だけだった。

右目は、まるで凍りついたように乾いたまま。

ポーリュシカは慌てて分厚い本を取り出し、薬の調合に不備がなかったか確認し始めた。

ページを乱暴に繰る手が止まったのは、エルザの小さな声が響いた時だった。

 

 

「いいんです」

 

 

少女は静かに顔を上げた。

涙を流す左目と、乾いた右目。

その対比が、ひどく痛々しかった。

 

 

「私はもう、半分の涙を流し切っちゃったから」

 

 

その言葉は幼さに似合わぬ重みを帯び、雨雲のように静かに空気を満たした。

ポーリュシカは本を閉じ、しばし言葉を失う。

 

エルザの瞳は、もう決して子供のものではなかった。

 

 

~~~

 

 

土砂降りの雨が墓地を叩いていた。

槍を掲げた翼の騎士像の足元に、ひとつの名が刻まれている。

 

 

『エルザ・スカーレット ここに眠る』

 

 

黒衣に身を包んだ妖精の尻尾(フェアリーテイル)の仲間たちが並ぶ。

その最前にマカロフが立っていた。

 

 

「彼女……エルザ・スカーレットは……神に愛され、神を愛し…そして我々友人を愛しておった」

 

老いた声が震え、雨音にかき消されそうになる。

 

 

「その心は悠久なる空より広く、その剣は愛する者の為に気高く煌めき、妖精の如く舞うその姿は山紫水明にも勝る美しさだった。愛は人を強くする。そしてまた、人を弱くするのも会いである」

 

 

言葉の合間にすすり泣きが響き、マカロフは鼻をすする。

 

 

「ワシは…彼女を、本当の家族のように……。……彼女が…安らかなる事を祈る…」

 

 

その時、評議院の魔導士7名が進み出る。

 

 

「魔法評議会は満場一致で、空位二席の一つを永久的にこの者に授与する事に決定した。——エルザ・スカーレットに聖十大魔道の称号を与える」

 

 

厳粛な言葉が響いた直後、雨を切り裂くような声が上がった。

 

 

「ふざけんなァッ!!!! なんなんだよみんなしてよォ!!!」

 

 

その声の主はナツ。

喪服など身に着けてはいない。

濡れぼそった衣のまま、炎のような眼で前に飛び出していた。

そしてその背には、同じく雨に打たれながら立つ少女の姿。

水を宿す瞳をしたもう一人の竜、レアだった。

 

 

「こんなもの!!!」

 

「よさんかぁナツぅ!!!」

 

 

あろうことかナツは墓に供えられた花を蹴り飛ばした。

 

 

「ナツ……やめて…」

 

「てめえ!!」

 

 

ルーシィが縋るように言葉を零し、グレイが駆け出した。

しかしナツは止まらない。

 

 

「エルザは死んでねえ!!!」

 

 

その叫びに、レアが寄り添うように言葉を紡いだ。

 

 

「ん……そう。死んでないの……」

 

「レアまで…!」

 

 

激情の炎と、静謐な水流のような声。

相反するはずの二つの力が、同じ方向に流れ込むように葬儀の場を揺さぶった。

 

 

「お願い…やめて……!」

 

「死ぬわけねえだろォォ!!!」

 

「こんな葬儀、やる意味ないの……」

 

 

ルーシィの震える懇願の声も、二人には届かない。

吼えるナツの周りに、仲間たちが必死に抑え込もうと取り囲む。

 

 

「放せぇぇっ!!! エルザは生きてんだァ!!!!」

 

「現実を見なさいよォォッ!!!!」

 

 

ルーシィの叫びが、雨に混じる。

仲間たちに押さえつけられ、泥の地面に伏しながらも、ナツはなお吼え続けた。

そのすぐ後ろで、レアも腕を掴まれ、引き止められている。

ナツほど激しくは暴れていないが、その小さな体は確かな意思を宿していた。

 

雨に濡れた睫毛を震わせながら、彼女は仲間たちを真っ直ぐに見据える。

押さえつけられてなお怒号を吐き出すナツに、レアの心は重なる。

 

 

「……エルザが死んだなんて、信じない。そんな未来……間違ってるの」

 

 

静かな声は、激しい雨の中でも確かに仲間たちの胸に届いた。

その一言に、胸を押し潰されたように涙が堰を切った。

誰もが声を押し殺し、嗚咽し始める。

 

——その光景を、空から見ていたエルザもまた、涙を流していた。

 

 

「(私は…ナツの…レアの……みんなの未来の為に……なのに…)」

 

 

仲間たちの泣き顔を見て、エルザの胸が引き裂かれる。

 

 

「(これが…みんなの未来…。残された者たちの未来……。頼む…も泣かないでくれ……。私はこんな未来が見たかったのではない……。私はただ…みんなの笑顔の為に……。やめてくれ……私は……こんなの……)」

 

 

死人に口なし。

エルザの声は誰にも届かない。

やがて彼女の姿は、雨の帳の奥へと静かに消えていった。

 

 

~~~

 

 

「!!」

 

 

次にエルザが目を覚ました時、目の前には水平線が広がっていた。

 

 

「ここは…?」

 

 

混乱で頭の整理がつかずにいると、バシャバシャと水をかき分ける音が聞こえてきた。

その方向に目を向ける。

 

 

「エルザーーーー!!!!」

 

「よかったぁ!!! 無事だった!!!」

 

「どんだけ心配したと思ってんだよ!!!」

 

「姉さーーーん!!!」

 

 

ハッピーを先頭に、仲間たちが声をあげて駆け寄ってくる。

その姿を見て、エルザは安堵しながらもさらに混乱する。

自身が生きている事に半信半疑になって手を動かそうとすると、体が動かないことに気が付いた。

 

横を向いた先には、ただ前を見据えたナツの顔がそこにあった。

驚いて反対側に目を向けると、無言のまま寄り添うレアの姿。

 

エルザはようやく理解する。

自分が二人の肩を借り、支えられて立っているのだと。

 

 

「ナツ…レア…。おまえたちが…私を…? でも…どうやって……」

 

 

問うも返答は無し。

だが、あの状況から自分が助かった。

その可能性を探ると、暴走した魔力の渦から彼女の体を見つけたとしか考えられなかった。

その事実に、エルザは横に並び立つ二人を、なんという魔導士だと思わざるを得なかった。

 

すると、ナツとレアの膝から力が抜け、バシャンと音を立てながら水に膝をついた。

二人の肩を借りていたエルザも、それにつられて着水する。

 

 

「同じだ……」

 

「え?」

 

 

かすれた声が耳を打った。

ナツの声だ。

続いてレアが囁く。

 

 

「エルザ言ったの……“妖精の尻尾(フェアリーテイル)無しじゃ生きられない”って……仲間のいない世界なんて考えられないって……。レアたちだってそうなの……」

 

 

エルザはその言葉に打ち震えた。

なんて浅はかな考えだったのだろうかと、己の浅慮さを恥じた。

 

 

「二度と……こんな事するな…」

 

 

そう呟いたナツはグスッと鼻をすすらせて、目を乱雑にこすった。

 

 

「ナツ……」

 

「するな!!!」

 

「ん……しないで……」

 

 

どう声をかけるべきかと彼の名前を呼ぶと、二人分の怒号と囁きが重なる。

それに、エルザは短く「うん」と返し、二人の頬に自身の手を添えた。

 

 

「ナツ…レア……ありがとう」

 

 

その瞬間、心の奥に決意が灯った。

仲間の為に死ぬのではない。

仲間と共に生きてこそ、笑顔のある未来は無いのだと知ったから。

 

彼女の右目に、今まで無かったはずの熱が宿る。

じわりと、涙が滲み、視界が揺れる。

 

 

「(仲間の為に生きるのだ……。それが、幸せな未来につながるのだから…)」

 

 

両目から零れる涙は、光を受けて水面に煌めいた。

駆け寄ってくる仲間たちを迎えたその笑顔は、雨上がりの空よりも眩しかった。





よかったよかった。
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