降り注いだ日差しが路面を強く熱する8月の半ば、神田和樹は市ヶ谷家へと足を運んでいた。
「有咲ー?」
蔵の戸を軽く叩きながら中にいるであろう主人へ呼び掛ける。すると、ゆっくりと戸が開き中から1人の少女が顔を覗かせた。
「カズ、早かったわね?」
「特に用事もなかったからね。それで有咲、今日はどう言った御用件で?」
蔵の中から出てきた金髪ツインテールの少女、市ヶ谷有咲に対して問い掛ける和希。問われた有咲はと言うと、少し悩んだ後とを全て開いた。
「入って」
「お、おう」
促された和希は、戸惑いと共に蔵の中へと入っていく。そうして彼が通された先にあったのは、普段の様に練習に使う機器が並んだ光景——ではなく、中央に置かれた座卓とその上に置かれた花束。
「これって……?」
「お供えに行く花よ」
あっけらかんとした様子で飛んできた有咲の返答に、和希は驚愕した。何の片鱗もなく、彼女の口から飛び出した言葉が意外すぎたが故に。
「え、花のお供えって、お墓に?」
「そうよ? だから、まずはこの花を束ねるのを手伝って欲しいの」
短く返した有咲はそのまま座卓の前に腰を下ろすと、まだ束になっていない花々を慣れた手つきでまとめ始めた。
その様子をしばし眺めていた和希であったが、徐に有咲の隣へ腰を下ろすと彼もまた花々をまとめ始める。
「有咲って、こういうの慣れてるの?」
「うーん、一応昔からやってるからね。そういうカズも手際いいじゃない?」
「多分有咲と同じ理由」
短く言葉を交わした両者は、そのまま黙々と花をまとめていく。そうして全てがまとめ終わったところで、有咲が立ち上がった。
「よし、まとめの作業も終わったし持っていくわよ」
「……今から?」
「ええ」
それだけ言って身支度を整え始める有咲。あまりの急展開に、和希は戸惑いを見せることしかできなかった。
「えっと、その、どこまでいくの?」
「ここからそう遠くはないわ」
投げられた問いに対して手短に答えた有咲は、身支度を終えたらしく先ほどまとめた花束を手にするとその内のいくつかを和希へと渡した。
「それじゃあ、いくわよ」
有咲の言葉に戸惑いを見せながらも頷いた和希は、彼女と共に蔵を出た。その後2人がやってきたのは、都電の早稲田駅。
「これで、4つ先まで行くわ」
「4つ?」
意味有りげな彼女一言に、和希は首を傾げ件の停留場を思い出そうとする。だが、それよりも先に電車の中へと乗り込むこととなり思考を中断した。
昼下がりということもあり、閑散とした車内で2人は座席に並んで腰を下ろした。すると、不意に有咲が口を開いた。
「それにしても初めてね。カズとこうして2人で出かけるの」
「そう、だな」
どこか気恥ずかしそうに答えた和希は、動き出した車窓に視線を移す。面影橋近辺の川沿いの並木、学習院下近辺の人の賑わい、そして鬼子母神前の静かな街並みと流れていき、迎えた4つ目の停留所の名を見て和希は気が付いた。
「雑司ヶ谷……」
「そうよ。今日の目的地はここ」
2人が降り立ったのは都電雑司ヶ谷停留場。都市部と閑静な住宅街とを繋ぐ狭間に在る停留場だが、その目の前には広大な共同墓地『雑司ヶ谷霊園』が存在している。
「それじゃあ、行くわよ」
有咲の言葉に和希が頷いた後、2人は霊園の中へと歩みを進めていく。広大な霊園内はとても綺麗に整備されており、行き交う人々の姿も見られた。その光景が意外だったのか、驚愕した様子を見せる和希であったが、有咲に手を引かれ我に返る。
「ほら、こっちよ」
墓が整然と並んだ道を、有咲は彼の手を引きながら一切の迷いも見せずに歩いていく。そして和希が気づいた時には、1つの墓の前に立っていた。
「……これは、誰の?」
「私の家系……そうね、おじいちゃんとか、ひいおじいちゃんのお墓って言うべきかしら」
返答した有咲は、自身が手にしていた花を墓前へと生けていき、それが終わるとそっと手を合わせた。和希もその傍らで両目を閉じ
「……次、行きましょ」
「うん」
有咲の言葉に頷いた和希は、2人は市ヶ谷家の墓の前を後にする。そして、そこから少し離れたところに存在していた墓を訪れる。
「こっちは?」
「これは——私のお父さんのよ」
「有咲のお父さんの……」
「そう。はい、その花私にちょうだい」
促された和希は、手にしていた花束を有咲へと手渡す。有咲は先程同様に花を墓前に生けそっと手を合わせる。今度は和希も手を合わせた。
「お父さん私ね、お父さんの残してくれた物のおかげで、とても大切な友達が出来たよ……同じ夢を追いかける、大切な……とっても大切で、大好きな仲間達が」
墓前にてそう告げた有咲は潤んだ両眼を開いて、泣きそうになるのを堪えながら、そこに眠る父に向けて笑みを作った。
「お父さん、ありがとう。たまには遊びにくるがてら、私の仲間達を見にきてね?」
言い切ったところで、彼女の瞳からは大粒の涙が溢れ、静かに嗚咽を漏らし始めた。和希はその様子を静かに見守っていた。そうして幾分か経った頃、涙を拭った有咲が和希の方へと向き直った。
「帰りましょ」
「うん」
和希が頷いた後、2人は肩を並べて帰路に着く。その最中、有咲が不意に言葉を漏らした。
「ごめんねカズ、いくら心細かったとは言え、何も告げないでついてきてもらって。それも、お墓参りに……」
「気にしてないよ」
微笑みを向けながら返答した和希は、少し間を置いてから新たな言葉を紡いだ。
「こうして有咲と一緒にお墓参りに来たことで、お盆の意義を思い返せたし」
「カズ……」
「あ、折角だし何処か寄っていかない? 奢るよ?」
「突拍子も無いわね。でも、悪くないかも」
そう言って互いに笑い合った2人は霊園の外へと出た。その間際、有咲が背後へ視線を向けると優しく微笑みながら手を振る、幼き記憶の中にある父の姿が映った。
「お父さん……」
「有咲?」
不意に飛び出た有咲の言葉に首を傾げる和希。その手前で、有咲は柔らかく笑うと和希の手を握った。
「なんでもないわ。さて、行きましょうか!」
「お、おう?」
表情が一変した有咲に戸惑いながらも、和希は彼女と共に茜日の中を歩いていくのであった——