『ピンポーン、次は西砂二丁目、西砂二丁目です』
音声合成による放送がバス車内に流れる。
俺は前の方の座席に座りながら放送を聞き逃さないように、五感を研ぎ澄ませていた。
研ぎ澄ませていた、なんてカッコつけたが要するに緊張しているだけだろと自分で突っ込みを入れる。
これから入学式、乗り過ごして初日に遅刻なんてかましたら、高校生活がハードを通り越してルナティックになってしまう。
何事も始めが肝心であり、スタートダッシュでこければそれを取り戻すのは容易ではないし、さらに言えば事前準備が大事だ。
例えば戦争は、始まる前から粗方終わっていると言われている。
それをひっくり返すことができる人間は、なろう系に出てくる主人公や英雄という名のチート持ちだ。
生憎と俺は一般人。なので、自慢じゃないが入学する高校について念入りに調べて来ている。
戦争という言葉がここで出てくるのはおかしいと我ながら思うが、それ程までに俺が入学する高校は魔境なのだ。
目的地に着くまでじっとしていると、バスが減速して停車。
新たに三人、おばあさん、サラリーマン、男子学生の順に車内に乗り込んでくる。
俺は三人を目で見送り、ちらっと後ろを確認する。
座席はすべて埋まっており、他に座れなかった人と同様に三人は立ち往生していた。
男二人はともかく、おばあさんをぐらぐらゲームに参加させるのは気の毒だし、万が一転んで怪我されたらバスが延滞することになるかもしれない。
「すいません、おばあさん席譲ります」
柄じゃないが俺はそう口に出し、席から立つ。
おばあさんはこっちによたよたと戻って来た。
「ありがとうございます」
「いえ……」
お互いに会釈をして、俺はつり革があるところまで歩き掴まり、内心ため息をつく。
今回はうまい具合に行ったが、断られて恥ずかしい思いやトラブルになる可能性もあった。
入学式が控えていなければ間違いなくスルーした。
今の俺は緊張でおかしくなっているのだろう。
しばらくバスに揺らされながら待ち、俺が入学する高校、東京都高度育成高等学校に着いたのだった。
バスから降りると、ドンと白くて高い校門が出迎える。
脇に植えられている桜の木で彩られているが、裏事情を知っている側からすると刑務所の入口にしか見えない。
俺に続いてぞろぞろと、バスの後ろに陣取っていた学生達が下りてくる。
東京都高度育成高等学校、通称、高育は全寮制の学校だ。
一度入学したら、外に出られないという規則があるが、出られなくても困らないように一通りの商業施設が学校の敷地内にある。
だから、ここで降りてきた学生達は俺と同じ新入生だ。
校舎まで少し歩く必要があるが、一旦立ち止まって桜を見つめる。
見つめることに意味はないが、新入生集団の後をついてくための時間調整だ。
おとうさん戦車についていこう作戦です!
なおレミングスになる模様。
「さくら、綺麗だよね」
「ああ……」
見ていたようで見ていないが、取りあえず頷いた。
どこぞのヒロインみたいな発言だなと隣を見ると、茶色のショートヘアーの女子生徒がにこっと、こっちを見ていた。
この子は確か俺と同じバスに乗っていたはず、多分。
よく見ると可愛い顔立ちで、身につけている細くて白いカチューシャが良い意味であざとい。
「さっき、おばあさんに席譲ってたよね。なかなかできることじゃないって私は思うな」
今度はバス女みたいな褒め方をされる。
まさか、サブカルに理解のある彼女さんか? いいえ、ただの言葉狩りです。
「おばあさん立たせて何かあったら、こっちも困ることになるから」
「……それは、危機管理的な感じでってこと?」
俺は頷いて、女子生徒から顔をそらす。
考えすぎじゃない? と引かれた時に放たれる衝撃に対して、真正面から受けるのを避けるための言わば昼飯の角度(意味不明)。
「確かに。ただでさえ、私たちが悪く思われてるところに、おばあさんが座れなかったら、ね」
「悪く思われていた?」
俺は女子生徒に向き直る。
「ほら、バスが混んでたのって普段乗らない私たちのせいじゃない?」
「あー、そういうことか」
要するに吉野家コピペに出てくる客達が俺達に該当するわけだ。
これは盲点だったというか、周りをよく見ているなこの子は。
「専用バスを学校が手配してくれたらいいのにな」
「だよねー」
生徒達が悪く見られて、名門校としてのブランドが落ちますよ! (悪評は検閲するので)落ちません!
駄目だ、女の子に話しかけられてテンションがおかしなことに。
何時ぼろが出るかわっかんねー。
いや、ここは友達を作るチャンスなんじゃないか?
「実にセンスある意見だねぇ。私も賛同するよ」
名前を聞くときは、まず自分からと名乗りを上げようとしたところ、カットインを入れてくる生徒が。
「どうも。けど、学校には期待しない方がいいというか」
「ほう。何故だね」
乱入してきた触覚付き金髪オールバックの男子生徒が、俺に張り付いてきた。
人を見た目で判断するのはいけないが、大柄で怖い。
「この学校、中間期末で赤点を取ると即退学になるって話、知ってる?」
「初耳だ。私にとってはどうでもいいがね」
邪魔された腹いせに出した情報だが全く動じていない。
言動からしてもしかして、やべーやつ?
「パンフレットにある就職進学率100%は、Aクラスのみの特権」
「それもノープロブレムだよ。ボーイ」
「……まあ、これらを新入生に隠している学校が信用できないってこと」
「なるほど、参考にさせていただこう」
男子生徒はそう言って校舎の方へ歩いて行った。
ちなみに女子生徒は男子生徒がカットイン入れてきた時に離れていった。
新入生集団からも離されて、俺は一人取り残されたのだった。
俺は冷や水を被らされた気分で、入口に1-Dのプレートが掲げられた教室に入っていった。
A、B、C、Dとあるクラスの中で最下位のDクラス。
校舎エントランスの掲示板に貼りだされていたクラス割り表を何度も確認した。
だが、俺はDクラスだったのだ。
大喜利する余裕もない。
高育の入学判定は特殊で、推薦を得られるかどうかが全てであり、試験と面接は見せかけのもの。
要するに、俺の中学校での内申点が低かった。
授業中にやっていた内職が、全部ばれていたらしい。
それとも、部活動強制加入のところを帰宅部でいたのがまずかったか。
Dクラスになった理由を探していても仕方がないので、自分の席を探すことに切り替える。
談笑しているクラスメイトを避けながら、教室を一回りして無事、席を見つけて座る。
自分の席を探すというのが、地味に難易度が高くて困る。
席の場所は中央の一番後ろだった。
教室を見渡すと、やけにクラスメイトの動きが活発だ。
中学校の時のクラス分けした時なんて、みんな1週間ぐらいお地蔵していた記憶があるのに。
高校デビューというやつか?
ここに来るまでに俺に話しかけてきた、白いカチューシャと金髪オールバックもこの教室にいた。
俺は鞄から学校から事前に配布された資料を取り出し、先生が来るのを待った。
そしてチャイムが鳴り、終わり際に教室の前の入口から、一人の女の人が入って来た。
その姿は、黒いポニテールに黒いスーツに黒いタイツと黒尽くめだ。
黒い女の人がかつかつと歩き、教壇の前に立つと自己紹介を始めた。
「さて、新入生諸君。私がこのクラス、Dクラス担任となる茶柱佐枝だ」
ホワイトボードに大きく茶柱佐枝と書きながら。
「担当教科は日本史。この学校はクラス替えが存在しないので、卒業までの3年間、私とお前たち全員で学校を過ごすことになると思う。よろしく」
先生が挨拶を終え、続いて長々と話し始める。
要約すると、1時間後に体育館で入学式。
Sシステムという学校独自の電子通貨の説明と、学生証カードと供に10万ポイント全員に配布。
後は、ポイントで学校の敷地内にあるものなら、何でも買えるということだ。
周りは10万ポイントにそわそわしていて、それを眺めながら先生は大きく間を取っている。
質問するチャンスだが、裏を知っている誰かがしてくれれば俺がしなくて済む。
もっとも、そんな都合よくいきそうにもないので俺は右手を上げた。
「そこのお前、質問を許可する」
俺は立ち上がって一息入れてから、声をひねり出す。
「中間と期末のテストで、赤点を取ると補習なく、退学になると先輩から聞いたのですが本当ですか?」
「……その質問には答えられない」
一当てだけでは足りない。
「では、中間と期末のテストで赤点を取った場合のペナルティーの内容は?」
「それにも答えられないな」
「ありがとうございます」
俺はすとんと席に座る。
何というか拍子抜けした。誤魔化しにかかってくると思った。
先生の様子を見ると遠いから気のせいかもしれないが、口元上がってないか?
「他に質問がある者は?」
クラスメイト達は落ち着いていた。
落ちつくのを通り越しているのかもしれない。
「質問は無いようだな。では私はこれで失礼する」
そういって先生は足早に教室を出ていった。
俺も周りがフリーズしているうちに逃げようと席を立つと、物凄い勢いで、短髪赤髪の男子が襲ってきた。
「どういうことだおい! あの質問は!」
不良に絡まれてしまった。
というかその身なりであんこちゃんは無理があるでしょ。
「赤点を取ったら退学」
「んなこと紙のどこにも書いてないだろうが!」
不良が資料全部読んでいるかあやしいが、書いていないのは事実だ。
「じゃあ俺が間違っているのかもしれない。ごめんなさい」
怒っている人に何を言っても無駄なので、俺は頭を下げる。
ネット掲示板だったら情弱おつと煽るんだが。
頭を下げ続けていると、短髪赤髪は舌打ちをしてその場を離れた。
顔を上げると短髪赤髪は自分の席に戻っていた。
「そうだよな。冗談もほどほどにしろよな~」
場を茶化すようにクラスメイトの一人がそう言った。
「ダウナーボーイ。もう一つ皆に伝えることがあるんじゃないかね」
ダウナーボーイって誰だと、声の元を見ると金髪オールバックがこっちを見つめていた。
暗くて悪かったな。
合いの手もあったし、注目を浴びている今、言っちゃうか?
ただ、言い過ぎて自主退学するクラスメイトが出てきたら困る。
さらに赤髪と同じように怒りや恨みをこっちにぶつけられる可能性も。
他のクラスだったら、こんなことにならなかっただろうに。
「ちょっとみんな、聞いてほしい」
話そうかどうか迷っていると、声を発した男子がいた。
「入学式までまだ時間があるし、軽く自己紹介でもしようよ。僕は一日でも早く皆と友達になれたら嬉しい。どうかな」
その男子は薄い茶髪でイケメン、優等生っぽいオーラを出している。
優等生の提案に数人の女子が賛成して、クラスの流れが変わった。
「君もそれでいいよね」
「あ、どうぞ」
何だか圧を感じたが、考える時間が欲しかったので助かった。
正直、怒鳴られたり冗談で済まされたりで萎えている。
糞立地ゴミプロビにプレイヤーが配置されたときにやることは、あれしかないか……。
クラスメイト達の自己紹介を聞き流しながら、どう動くか頭の中で組み立てる。
この学校、Sシステムには二つの種類のポイントが存在する。
一つ目はさっき配られた10万ポイントのプライベートポイント。
二つ目はクラスメイト達の成績と授業態度によって増減するクラスポイント。
クラスポイントの数によって、毎月配られるプライベートポイント決められていて、初期の時点で各クラス1000クラスポイント持っている。
クラスポイントはそれだけではなく、クラスの順位にも関わっていて、クラスポイントが一番多いクラスがAクラスになる。
これをAクラスの特権と合わせて話そうとしたのだが、今となってはしなくていい。
どうせ、5月頃にはDクラスのポイントは成績不振で殆ど残っていないだろう。
そうなる前に俺はこの学校は何でも買える、売買できるということを利用して、クラスポイントを売却することにする。クラスポイントはシステム上、価値が高い。
そのためにはクラスメイト達の署名、少なくとも過半数を得る必要がある。
自分の番が回って来たので、自己紹介は短く済ませて続けて話す。
「――。それで長くなってしまうけど、さっきの退学の話、嘘じゃないんだ。学校に抗議と交渉をするために署名してもらいたい」
集まらなかったら集まらなかったで別の手を使うだけだと思っていたら、普通に集まった。
優等生と女子生徒達が積極的になっていたからだ。
ボクラガソンする事態にならないように、頑張るか。
入学式を何事もなく終えた後、俺は一枚の紙を片手に職員室前に来ていた。
失礼しますと頭を下げ、近くにいた男の先生に声をかける。
「すみません。取引の証人をお願いしたいのですが」
取引の内容を伝えると、私の手に余ると言われ、校長の元へ。
その校長にも前例が無いと言われ、理事長に会えることになった。
お偉いさんが集まるこの日を逃したらいつ会えるかわからないので、速攻で来たかいがあった。
「すまん、ちょっといいか?」
校長を先頭にして、歩いていると声をかけてきた男子生徒がいた。
俺は頷くと、その茶髪男子は交渉のお目付け役としてクラスメイトに頼まれたらしい。
「うん。一緒に行こうか」
そう返して、目をつけられてしまったかと思う反面、タイミングが遅くないかと茶髪男子の顔をうかがう。
俺と同じく無表情だった。
3人で少し歩き、校長が部屋のドアの前に立ち止まりノックをする。
ドアを開け、失礼いたしますと校長が言いながら部屋に入り、俺達もそれに習って入る。
「坂柳理事長。お忙しいところ申し訳ないのですが、私どもでは判断しづらい用件がありましてですね」
「何でしょうか? そちらの生徒は……、分かりました。こちらで対応します」
俺達、いや、茶髪男子の方を見る理事長。知り合いなのか?
「よろしくお願いします」
そう言って、校長は部屋を出て行った。
「立って話すようなことじゃないしさ、そこに座って」
笑みを浮べながら促された俺達はソファーに座り、対面に理事長も座った。
「僕はね。勝手ながら君がここに来るのを待っていたんだよ。清隆君、入学おめでとう」
「はあ、ありがとうございます」
そこから君の事は昔から知っているだの、Aクラスに娘がいるから仲良くして欲しいだの親しげに会話する理事長と茶髪男子。
完全にアウェーなんですが、どーなってんのこれ。
俺は空気が読める男なので、置物に徹していた。
3人以上になると無言になるコミュ障では決してない。
初め考えていた、情報で揺さぶるよりも茶髪君のコネ利用した方が早いだろこれ。
「そろそろ本題に入ろうか」
談笑の区切りとして理事長はそう言った。
「……実は、Dクラスが今持っているクラスポイントを使って、ある権利を買いたいのです」
俺はクラスメイトの署名が書かれた紙を机に置く。
正確にはクラスポイントを売却した上で、そのポイントを使って権利を買いたいのだが、レートが分からないのでそこはぼかした。
「どんな権利だい?」
「退学になった場合に、自分の好きな高校に単位を持ち越して入学できる権利です」
「保険が欲しいということかな」
理事長は茶髪君の方を見て言う。
「可能でしょうか?」
「うーん、可能と言えば可能だけども、署名の中に清隆君の名前が入っていないのは?」
「……」
あ……。
もしかして俺、嵌められた!?
こういう時は言い訳しても墓穴掘るだけだし、撤退するか。はぁ。
「すみません。出直し――」
「書き忘れていた。本人がここにいるから気にしないでくれ」
「そうかい?」
茶髪君になぜか庇われた。わけがわからないよ。
「……どうせ、クラスポイントは減るのだから今のうちに使っておこうかと」
仕切り直すために俺は理由を言った。
「Dクラスは癖のある子が多いからね」
理事長は苦笑いしながら言うが、笑い事ではない。
俺は紙を裏にして即席の契約書モドキを理事長に見せる。
「字が汚いなぁ」
「急いで書いてきたもので」
内容はDクラスの今あるクラスポイントを全部消費し、Dクラス全員に対して退学時に任意の高校、専門、科、クラスに単位を継承して入学できる権利をここで購入する。
俺はそれを読み上げる。
「そのままじゃ、認められない」
「やっぱりですか?」
「懲戒退学、分かりやすく言えば罪を犯して退学になる生徒に権利は与えられないよ」
「あ、それはそうですね」
この文面だとそういう退学も入ってしまうか。ぼろが出まくりじゃないか。
駄目だ、恥ずかしくなってきた。
何が情報で揺さぶるだよ。準備が足りない行き当たりばったりの俺はクソ雑魚です。
「事務員に清書させてくるから少し待っててほしいな」
「お願いします」
俺は頭を深く下げた。
そして、俺と茶髪君とで二人きりになった。何となく気まずい。
「なあ」
沈黙の中、茶髪君が俺に話しかけてきた。
「オレは、この学校について知らないことが多すぎるように思える。良かったら教えてくれないか?」
「分かった。まずクラスポイントっていうのは――」
俺の事を信用してもらうために、学校の情報を知っている限り話した。
「――で、中間期末対策は過去問をどっかから買う。赤点を出してしまったら生徒同士で点数を売買する。もしくは先生から買う」
「ちょっと待て。そんなの有りなのか?」
「先生が言っていた、何でも買えるっていうのはそういうこと」
茶髪君は情報を聞いて考え込んでいるようだ。
ずっと俺のターンするのもなんだし、こっちから気になったこと、聞いてみるか。
「あの。間違っていたら無視してくれて構わない。君は『最高傑作』って呼ばれてたりする?」
「……」
ランプの魔人のごとく遠まわしな質問をする。
茶髪君の名前、綾小路清隆は裏ではネームド扱いだ。
ホワイトルームという、違法な教育機関で作られた天才が『最高傑作』と呼ばれている。
ぱっとしていないし自己紹介で失敗していたので、同姓同名かと思ったが、理事長と繋がりがあるのを見ると疑わざるを得ない。
表情は変わらず無表情で反応はない。
好奇心に負けて聞いてしまったが、完全に藪蛇だ。
無視してくれて助かった。
「……教官と研究者からなら」
無視してくれると助かったんだが?
「あそこから解放されたんだ。よかった」
「いや、逃げてきた」
爆弾が投下される。そりゃ易々と研究結果を手放すわけがないか。
「逃げれる、逃げられるようなところなの?」
「オレを逃がしてくれた恩人がいてな」
違法な教育機関といえども、良心を持った人がいたらしい。
その逃がした人、大丈夫? シベリア送りになったりしない?
「恩人さん危なくない? 粛正されたりは」
「見せしめとしてやるだろうな」
「追手とか来ないの?」
「いずれ来るだろう」
何でそんな淡々としていられるのか、わっかんねー。
まさか全部対策済みなのか?
「恩人さんは安全確保してる? 安否確認してる?」
「分からない。ここじゃ外部と連絡が取れないから無理だ」
「理事長とコネあるんだから使おうよ」
「オレはあの人と初対面だぞ」
そうこう茶髪君と話しているうちに理事長が紙を持って戻って来た。
「お待たせ。君たちの要望を最大限考慮した契約書を作って来たよ。どうかな」
俺は差し出された契約書を確認する。
Dクラス全員の名前が書かれていた他に、文面も足されていて物凄く長くなっていた。
足されていたのは1度限りだとか権利は売買できないだとか、犯罪を犯したら失効するなど悪用されないようにするためのもの。
理事長の言う最大限は言葉通りだった。
茶髪君にも確認してもらう。
「取引を持ってきた俺が言うのもなんですけど、これだと退学して即座に再入学してAクラスに移るなんて荒業も……」
「もちろんできるよ。Dクラスがもし嫌になったら移動してくれて構わない、清隆君。移動するときはプライベートポイントを預けるのを忘れずに」
俺が喋っているのに、茶髪君の方を向いている理事長。
なんだろう、この違和感は。
「……綾小路君、大丈夫そう?」
「不備はないが、オレ達に有利過ぎて逆に怖いな」
「僕からの入学祝いだよ。どう使うかは君次第」
やっぱり忖度が入っていたか。
最高傑作のお墨付きが出たことだしサインするとしよう。
俺は契約書の一番下に自分の名前を書いた。
これでもう、この学校とはおさらばだ。
「効力は現時点で、いいですか?」
「早速使うのかい?」
「はい。俺はクラスポイントを勝手に使った。独断専行の責任を取って退学します」
「署名は受け取ったはずだけど?」
理事長はようやく、俺の方に顔を向けた。
「だとしても、クラスの意見を聞いてからでも遅くは……」
「別の高校に行きます」
場は沈黙した。
理事長は表情を変えて鋭い目つきをこっちに向けてきた。
茶髪君も同じように。
「ネット高校。あのVRで有名なところです。俺はそこに入学したかった。親に反対されて、行けなかった。権利を得たからには、学校は俺をネット高校に入学させる義務があります」
置き土産で自分語りしようかと思ったが、見苦しいのでやめた。
「手続きと親の説得をよろしくお願いします。それともう一つ……」
ソファーから立ち、去り際に理事長に言う。
「綾小路君の恩人が危険な目に遭いそうなので、助けてやってください」
こうして俺は東京都高度育成高等学校を退学した。