ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン
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第64話  湖の舞姫

 第64話

 湖の舞姫

 

 用心棒怪獣 ブラックキング 登場!

 

 

 ハルケギニアに平穏な時が流れるようになってから、しばらくの時が過ぎた。

 その間、魔法学院やトリスタニアで少々の事件はあったが、世間はおおむね安定を保っていた。

 しかし、平穏とはなにもないことを意味するわけではない。平和な中でこそ行われる熾烈な戦いはいくらでもある。

 地球で例えるなら、受験戦争、会社内での成績争い。いずれも、他者を押しのけて自己の利益をはかる生々しい争いだ。

 だからどうした? そう思われるかもしれない。しかし過去のウルトラの歴史において、たったひとりの負の情念から凶悪な怪獣が出現した例は数知れないのだ。

『ほかの知的生命体では、なかなかこうはいきません。人間という生き物は、ある意味宇宙でもっとも有用な資源ですね』

 この世界のどこかで、ある宇宙人がこう言った。

 そして、ハルケギニアは貴族社会。当然、それにはそれにふさわしい戦いの場が存在する。

 

 

 ある夜、場所はトリステインの名所であるラグドリアン湖の湖畔。

 広大な湖畔の一角には貴族の別荘地が並び、そこではある貴族の別荘の広大な庭園を会場にして、トリステインが主催の園遊会が開かれていた。

「諸国の皆さん、本日は我が国の園遊会にお越しいただきありがとうございます。ささやかですが宴の席を用意しました。今宵は堅苦しいしがらみを抜きにして、隣の国に住む友人として語り合いましょう」

 トリステインを代表して、アンリエッタ女王(本物)が貴賓にあいさつをした。それに応えて、集まった数百の貴族たちからいっせいに乾杯の声が流れる。そして彼らは、解散を伝えられると会場のあちこちに散って、思い思いに食事や談笑を楽しみ始めた。

 もちろん、これはただのパーティなどではない。トリステイン貴族の他にも、ここにはゲルマニアやアルビオンの貴族が何十人も招待され、彼らは楽しげな会話の中で、様々な取引や情報交換、場合によっては縁談の相談などを行っている。

 貴族とは権力で成り立っている存在ゆえに、その勢力の維持には他の勢力の取り込みや連帯は欠かせず、特に外国の貴族とのつながりは大きな力となる。逆に言えば、貴族の世界で孤立することは身の破滅を意味することに直結するため、園遊会は貴族たちにとって、自らの繁栄や安全を支えるための重要な行事なのである。

「園遊会の一席で、戦争が起きもすれば止まりもいたします」

 マザリーニ枢機卿は、アンリエッタへの教育の一環としてこう語った。

 さらに貴族の繁栄は、その貴族の国の繁栄にもつながる。アンリエッタもそのために、数々の貴族とのあいだを行き来して話を続けている。アンリエッタは幼いころに参加させられた園遊会で、子供心には退屈のあまりに抜け出して、少年時代のウェールズと出会って恋に落ちた。今回、この場にウェールズの姿はないが、アンリエッタも今では自分の立場の義務と責任を理解できない子供ではない。

 様々な政治的思惑が交差し、場合によっては歴史を動かしかねない交渉がなされていく。平民には想像もできない高度で深淵な駆け引きの場がここにあり、よくも悪くもハルケギニアの社会には欠かせない存在としてあり続けてきた。

 

 そして、そんな賑やかなパーティ会場の一角に、ギーシュとモンモランシーが席を並べていた。

「ああ、我らの女王陛下。今日もなんて美しいんだ! まるで夜空に咲いた一輪の百合。この大空に輝く二つの月さえも、陛下の前ではかすんで見えるでしょう」

「ふーん、つまりわたしより女王陛下のほうがいいって言うのね? わたしが一番だって言ってくれた、あの日の言葉は嘘だったのねえギーシュ?」

「あ、いやそんなことはないよモンモランシー! これは、トリステイン貴族としてのぼくの忠誠心から来てるものであって」

「嘘おっしゃい! あんたの視線、陛下のどこを見てたかわたしが気づいてないとでも思うの? ほんとに、ギーシュの言葉はアルビオンの風石より軽いんだから」

 高貴な園遊会にふさわしくない低レベルな喧嘩をしている、きざったらしい一応二枚目と、金髪ツインテールドリルの少女。その場違いな様に、近くを通りかかった貴族の何人かは首をかしげて通り過ぎていった。

 しかし、なぜこの場にまだ学生である二人がいるのだろうか? もちろん二人とも遊びで参加しているわけではない。まだ学生の身とはいえ、二人とも名のある貴族の一員である。この場にいるという意味はじゅうぶんに理解していた。

 もっとも、まだこういう場での立ち振る舞いがわかってないあたり、二人が無理に参加させられているのは周りから見れば容易に察せられた。

「機嫌を直しておくれよモンモランシー。女王陛下は例外さ、むしろ女王陛下と比べることのできるモンモランシーこそすばらしいんじゃないか。ごらんよ、女王陛下の威光はいまやハルケギニア中に知れ渡り、なんとも壮観な眺めだと思わないかい? アルビオンをはじめとする世界中の名士が幾十人も顔を揃えているよ。これに参加できるなんて、ぼくらはなんて幸せなんだ。そう思わないかい?」

「はいはい、はしゃぎすぎてトリステインの田舎者だって思われないようにしてよね。うちの父上は、この園遊会でモンモランシ家の名誉回復しなきゃいけないって張り切ってるんだから、あんたのせいで失敗したなんてことになったら、わたしは実家に二度と帰れなくなっちゃうわ」

 はしゃぐギーシュにモンモランシーが釘を刺した。二人とも、今日は魔法学院の制服ではなく貴族の子弟としてふさわしいきらびやかな衣装に身を包んでいた。ギーシュのタキシードの胸と背中には、グラモン家の家紋である薔薇と豹が刺繍されており、モンモランシーのドレスにも同様に家紋が編み込まれている。ギーシュのグラモン家やモンモランシーのモンモランシ家にとっても今日のことは重要で、ふたりともそれぞれの一族の一員として学院を欠席してでも呼び寄せられていたのだ。

 とはいえ、普段は二人とも園遊会に参加することなど、まずない。そもそも園遊会に参加したがる貴族は膨大な数に上るため、国内から参加する家は一部を除いてくじ引きで決めることになっている。今回は幸運にも、グラモン家とモンモランシ家が名誉なその資格を勝ち得たのだった。

 それゆえに園遊会に参加し、どこかしらの有力貴族とコネを作れれば自分の家にとっての助けになると、ふたりとも大きな意気込みを持ってここにやってきた。特にこのふたりの実家は、かなりのっぴきならない状況を抱えている。

「確かモンモランシ家は、水の精霊の怒りに触れてしまって水の精霊との交渉役を下ろされてしまったんだっけ? そのせいで収入も激減して、なんとか新しい稼ぎ口を見つけなきゃいけない君のお父上も大変だね」

「はいはい、あなたのところだって、お父上やお兄様方の女好きが行き過ぎて、貢いだお金が青天井なんでしょう? 出征の出費の数倍は出してるって、もっぱらの噂よ」

「うぐっ! じ、女性に最大限の敬意を払うのはグラモン家の伝統だから仕方ないんだよ。あっ、心配しないでくれよモンモランシー。僕はいつまでも、君だけの、君だけを愛し続けるからね!」

「はいはいはい。あーあ、こうなったらグラモン家の伝統を見習って、わたしも外国のかっこいい殿方を探そうかしら?」

「そ、そりゃないよモンモランシー」

 情けない声を漏らすギーシュを、モンモランシーは白けた眼差しで見下ろしている。ギーシュの手に持った薔薇の杖も、持ち主の心情を反映したのか心持ちしおれて見えるが、自業自得であろう。

 モンモランシーはギーシュから視線を外すと、会場に並べられたテーブルに並べられている豪勢な料理を皿に取り、不機嫌そうにしながらも舌つづみを打った。アンリエッタ女王の園遊会の予算削減方針で、前王のころに比べれば半分以下の規模になっているが、それでも山海の珍味を集めた料理の数々はたまらなく美味だった。

 没落した貧乏貴族のモンモランシーは、普段こんな豪勢な料理を口にすることはない。魔法学院の料理も平民から見れば豪勢だが、この園遊会の料理に比べれば地味と言ってよかった。貴族と一口に言っても、きっちり勝ち組と負け組はあるのである。

「いっそ本当にギーシュなんか捨てて、ここで新しい彼を探そうかしら」

 ため息をつきながらモンモランシーはそう思うのだった。

 最近のギーシュのおこないは目に余る。このあいだのアラヨット山の遠足のときには、同じ班になったティファニアに終始くっつきっぱなしで自分のところには一度も来なかった。あの後、少々体に教え込ませたが、まだ怒りが収まったわけではないのだった。

 この園遊会での立ち振る舞いひとつで、貧乏貴族が大貴族になることもありうる。もしモンモランシーがどこかの大貴族の殿方のハートを射止めれば、モンモランシ家にはバラ色の将来が約束されるだろう。

 でも、ギーシュが冷たくされたときに見せる情けない顔を見ると、許してやろうかという気がどこからか湧いてくるのである。まったく、難儀な男を好きになってしまったものだとつくづく思う。

「ふ、ふん! だったらぼくも、このパーティで外国の姫を射止めてやろうじゃないか。後から後悔しても遅いよ、モンモランシー」

「好きにすれば?」

 モンモランシーは軽く突き放した。学院の女生徒ならともかく、それこそ誘いは星の数ほどもあるであろう外国の淑女がギーシュごときの安っぽい台詞にひっかかるとは思えなかったのだ。ただ、それ自体は自分にとって腹立たしいものではあったが。

 ギーシュとモンモランシーは、その後もパーティの貴族たちからは一線を引いた距離で、いつも学院でしているような会話を続けた。

 どのみち暇は有り余っている。二人とも、それぞれの実家から、やっと掴んだ園遊会の出席権に加えてやるから来いと言われて張り切ってここまでやってきたが、ふたりの実家からの期待はすぐにしぼんでしまった。

 それはギーシュとモンモランシーの関係をそれぞれの実家が知ったゆえで、モンモランシ家のほうは娘が武門の名家であるグラモン家の息子と懇意であるなら願ってもなしと言い、グラモン家のほうは五男坊のギーシュがそこそこの相手を見つけたのなら特に咎める気はない、とあっさり認めて、無理に売り込みをしなくてもよいぞと解放されてしまったのだ。

 これではふたりの、特にモンモランシーのやる気の減退は著しかった。もっとも、実はふたりの実家がふたりを呼んだ主な目的は、今回の園遊会で有力貴族たちに、「うちの子をどうかよろしくお願いします」という顔見せであったために、最初にそれがすめばほかの活躍を期待などはされていなかった。ふたりが先走っただけである。

 ただ、いざ誰かに話しかけようかと思っても、会場にはギーシュとモンモランシーの他には同年代はほとんど見えず、話が合いそうな相手が見つからないのが現実ではあった。

「園遊会でポーションの話題を出してもしょうがないものね。わたしの手作りの香水じゃ、本場の高級品に勝てるわけがないし。あーあ、こういうときキュルケだったらファッションの話題とかから切り出してうまくやるんでしょうけど、正直甘く見てたわ」

 モンモランシーは、園遊会という大人の世界に足を踏み入れるのに、自分がどれだけ未熟だったかを参加してつくづく思い知らされていた。

 対してギーシュはといえば、ときおり通りかかる女性にダンスを申し込んだりしていたが、例外なくけんもほろろに断られている。いつもだったら怒るところだが、こうも見え透いて失敗していると哀れにさえ見えてくる。

 

 賑やかな園遊会の蚊帳の外に置かれ、すっかり腐っているモンモランシーとギーシュ。

 しかし、ふたりは幸運であったのかもしれない。なぜなら、華やかに見える園遊会の裏では、どす黒い思念が渦巻いていたからだ。

「この、伝統も格式もない成り上がりめが。貴様など、一スゥ残らず搾り取って、いずれ乞食に叩き落してくれるわ」

「貴様が余計な横やりを入れたおかげでうちの息子の縁談が破談になった。必ず生かしてはおかんからな」

 言葉にはならない貴族同士の敵意や殺意のぶつかり合いが笑顔の裏で繰り広げられていた。

 園遊会では、時に莫大な金や権力の移動が起こる。そこでは当然、勝者と敗者の間での憎悪の応酬も日常茶飯事なのだ。それは会場の中に限った話ではなく、園遊会に参加できなかった貴族も合わせると、その恨みの量は果てしなく膨れ上がる。自分を差し置いて園遊会に参加したあいつめ、という逆恨みもまた深い。

 ギーシュやモンモランシーの親が、園遊会にふたりを本格的に参加させなかった理由のひとつがここにある。ふたりとも、貴族の一員として園遊会で『そういうことがある』のは知識として知ってはいても、生で体験したことはない。学院では、ギーシュをはじめ貧乏貴族たちがベアトリスに媚びを売っているが、そんな生易しいものではない弱肉強食の世界が園遊会の真実なのである。

 いまだ少年のギーシュと少女のモンモランシーは、園遊会のほんの入り口に触れたにすぎない。そのことに気づくには、まだ数年必要であろう。

 

 そして、この渦巻く『妬み』の波動に目をつける者がいても、それは何の不思議もなかった。

 夜空から、赤い月を背にして地上を見下ろす赤い怪人。そいつは腕組みをして、地上の貴族たちの駆け引きを眺めながらつぶやいた。

「ウフフ、これはまたすごい『妬み』の力ですねえ。これに関しては、私が小細工をしなくても入れ食い状態ですよ。でもそれだけじゃつまらないですし……フフ、せっかくだからもう少し見物してからにしますか」

 趣味悪く人間たちを見下ろし、なにかを企む宇宙人。人間たちはまだ誰も、空にたたずむ悪魔の姿には気づいていない。

 

 パーティ会場で続く、園遊会という名の戦争。それは貴族社会の繁栄と新陳代謝のためには必要ではあるとはいえ、その二面性の強さは幼き日のアンリエッタやウェールズが飽き飽きしたのも当然だと言えた。

 しかし、そんな泥沼の中にあっても、美しい花が咲くことはあった。

「ルビティア侯爵家ご息女、ルビアナ・メル・フォン・ルビティア姫様。ご入場あそばせます!」

 進行役の声が高らかに響き、会場に新しい参加者がやってきた。

 その声に、入り口を振り返った貴族たちは、いっせいに天使が降臨したのを見たかのような感嘆のうめきを漏らした。数名の護衛と使用人を従えて入場してきたのは、淡いブロンドの髪を肩越しになびかせながら、輝くようなシルクのドレスをまとった麗しき令嬢であったのだ。

「おお……なんと」

「美しい……」

 貴族たちは、一瞬前まで笑顔背剣の争いをしていたことを忘れ、その令嬢の容姿に見惚れてしまった。

 年のころはアンリエッタよりもやや上で、大人びた雰囲気ながらも口元は微笑を浮かべているように優しく、かつモンモランシーと似たサイドテールで髪をまとめている姿は活発さも感じられた。それでいてドレスから覗く手足はすらりと細く、しみ一つない肌は最高級の磁器にも例えられよう。そして、一歩一歩静々と歩く様は、まるで天使が雲上を歩んでいる姿をも思わせ、なによりもその美貌は、アンリエッタに勝るとも劣らない。

 ルビアナと呼ばれたその令嬢は、例えるならば最上級の人形師が作り上げたドールが生を得たかのような美しさで、一瞬にして会場の貴族たちの目をくぎ付けにしてしまい、粛々と歩むルビアナの姿を貴族たちは惚けながら見送っていく。そしてギーシュとモンモランシーも、初めて見るその美しい姿に感動を覚えていた。

「なんて綺麗な人、いったいどこのお姫様かしら」

「ルビティア侯爵家、ゲルマニアでも五本の指に入る大貴族さ。先代がルビーの鉱山の発見で財を成した一族で、ルビティアの姓もその功績で賜ったそうだよ。なにより、侯爵の一人娘は並ぶ者がいないという絶世の美女だと聞いていたけど……ああ、想像以上のお美しさだ。まるでルビーの妖精、いや女神だよ」

 ギーシュの例え通り、ルビアナのドレスには無数のルビーがあしらわれており、シルクのドレスの純白とルビーの真紅とで芸術的なコンストラクトを描いていた。

 もっともモンモランシーにとってはギーシュのそんなうんちくも、美人の情報にだけは詳しいのね、と嫉妬の火種になってしまうだけで、ブーツの上からヒールを突き立てられるはめになっていた。

 

 やがてルビアナ嬢はアンリエッタの前に立つと、上品な礼をした後にあいさつを交わした。

「はじめまして、アンリエッタ女王陛下。お招きいただき、ありがとうございます。到着が遅れてしまったことを、心からお詫び申し上げます」

「いいえ、遠路はるばる我がトリステインによくぞおいでくださいました。心より歓迎の意を申し上げます。はじめまして、ミス・ルビアナ。本日はささやかながら、トリステインの園遊会を楽しんでいかれてくださいませ」

 アンリエッタとルビアナは優雅な会釈をかわしあった。それはまるで、二輪の百合が並んで咲いたかのような輝きを放ち、ささくれだった貴族たちの心を一時なれども癒していった。

 だがそれとして、貴族たちは、まさかルビティア家が参加してくるとはと驚きを隠せないでいる。伝統こそないが、ルビティアはルビーの専有により宝石市場に大きな影響力を持つため、貴族と宝石、魔法と宝石は切っても切れない関係な以上、その発言力は単なる貴族の枠では収まり切れないものを持つ。トリステインで釣り合う力を持つ貴族は、恐らくヴァリエール家のみだろう。

 さらにそれにもましてルビアナ嬢が参られるとは驚きだ。絶世の美貌を持つ才女だという噂だけは皆耳にしていたが、侯爵の秘蔵っ子なのか表舞台に姿を見せることはほとんどなかった。それを、いくらゲルマニアと同盟関係にあるとはいえ、小国トリステインが招待に成功するとは信じられない。

 すると、ルビアナは集まった貴族たちに会釈をすると、鈴の音のような声で話し始めた。

「ここにお集まりの、隣国トリステインの皆さん。そして我が同胞ゲルマニアや、アルビオン、ガリアの皆さま、お初にお目にかかります。わたくしはルビアナ・メル・フォン・ルビティア、以後お見知りおきをお願いします。わたくし、非才の身なれど、祖国のために見識を積み、ひいてはハルケギニア全体の繁栄の役に立てるよう、ここに遣わされてまいりました。どうか皆さま、この若輩の身を哀れと思い、よき友人となってくれることをお願いいたします」

 会場からいっせいに拍手があがった。さらにルビアナはアンリエッタと並んで手を取り合い、両者のあいだに友情が生まれたことをアピールする。それは外交辞令のパフォーマンスだとしても、非のつけようもないくらい美しい流れであった。

 しかし現実的な問題としては、ルビティアがトリステインを足掛かりにして国外進出を狙っているということを明らかにしたわけだ。アンリエッタ女王はそれを狙ってルビティアを招待したのか? それともルビティアがアンリエッタに売り込んだのか? いずれにしても当然、貴族たちは奮起する。もしルビティア家とコネを作れれば、それはこの上ない力となるだろう。

 アンリエッタは一歩下がると、ルビアナに微笑みかけた。

「さあ、堅苦しいあいさつはここまでにして、パーティを楽しんでいらしてください」

「ありがとうございます。では、どなたかわたくしとダンスをごいっしょしてくださいませんか?」

 手を差し出したルビアナに、貴族たちはいっせいに前に並んで「我こそは」と競い合った。もちろん、ここでパートナーに選ばれればルビティアとのコネを作る絶好の機会だからだ。

 もろちんグラモン家も例外ではない。ギーシュの兄たちもいっせいに駆け出し、ギーシュも兄たちに遅れてはなるまいと兄たちに並んでいく。

 モンモランシーは、そんなギーシュの後姿を気が抜けた様子で見送っていた。

「ほんとにバカなんだから……」

 止める気はない。グラモン家の一員として、ここで動かなかったら後で父や兄たちに叱られるであろうことはモンモランシーもわかっていた。

 しかし、きれいな女性に向かって一目散に駆けていくギーシュの姿を見て、腹立たしいものが胸に渦巻く。後で自分を称える歌の十個でも作らないと許してあげないんだから、とモンモランシーは心に決めた。

 そしてあっという間に、ルビアナの前には若い貴族たちの壁が出来上がった。グラモン家をはじめ、あちこちの貴族の子弟たちが、まさに貴公子といった精悍な姿で「私がお相手をつとめましょう」と、ひざまずきながら姫に手を差し出しているのだ。

 ギーシュも、四人の兄たちの端に並んでポーズをとっていた。そのポーズの形は、さすが学院で女生徒をデートに誘うのが日課なだけはあって形は様になっているといってもいい。しかしギーシュは、内心では横目で兄たちを見ながらあきらめていた。

「さすが兄さんたち、かっこいいなあ。悔しいけど、ぼくじゃとてもかなわないよ」

 いくらギーシュが自惚れの強いナルシストといっても、尊敬する兄たちの前ではなりを潜めざるを得なかった。いまだ学生の身分の自分と違って、すでに成人した兄たちは武門の名門の一員としてそれぞれ武勲を立て、園遊会に出た回数も多い。当然立ち振る舞いも自分とは格が違い、家族だからこそよくわかっていた。

 それだけではなく、この園遊会には数多くの貴族が参加しており、グラモンはその中のほんの一部に過ぎない。格式や伝統、資産でグラモン以上はいくらでもおり、さらに見た目の美しい美男子も多い。ギーシュを彼の友たちは馬鹿とよく呼ぶが、このような状況を理解できないような愚か者ではなかった。

 万が一グラモンに目をつけてもらえたとして、選ばれるのは恐らく長男か次男。末っ子の自分など目にも入れてもらえまい。顔を伏せながらギーシュは、そう思っていた。

 しかし……

「いっしょに踊っていただけますか、ジェントルマン」

 声をかけられ、手を握られて顔を上げたとき、ギーシュは信じられなかった。そこには、自分の手を取って優しく見下ろしてくるルビアナの顔があったからだ。

 え? まさか、とギーシュの脳はフリーズした。思わず隣にいる兄たちの様子を見てみると、全員が一様に驚きを隠せない様子でいる。ほかの貴族たちも同様で、ギーシュはようやく自分になにが起こったのかを理解した。

「ぼ、ぼくをパートナーに選んでくださったのですか?」

「はい。わたくしと一曲、お相手してくださいませ」

 動揺を隠せずに、震えながら尋ねたギーシュに、ルビアナは笑みを崩さずに答えた。

 ギーシュの頭が真っ白になる。想像を超えたことが起こったからだけではなく、アンリエッタにも劣らないほどの美貌の令嬢が自分を誘ってくれている。しかも、アンリエッタがまだ”少女”の域にとどまっているのに対して、ルビアナは少女から一歩踏み出した成熟した”女”の美しさを発し、かといって熟れ過ぎた老いの兆候はまったくなく、新鮮な輝きを保っている。まさに、美女という表現の完成形であり、見とれることが罪とはならぬ天女だったからだ。

『こんなバカなことがあるはずがない。これは夢だ!』

 あまりの出来事に、ギーシュは己の意識を失神という避難所に逃れさせようと試みた。しかし、隣の兄から「ギーシュ!」と、叱責の声が響くと我に返り、グラモン家のプライドを振り絞ってルビアナの手を握り返した。

「ぼくでよろしければお相手を承りましょう。レディ、あなたのパートナーを喜んでつとめさせていただきます」

「ありがとうございます。ジェントルマン、あなたのお名前をうかがってもよろしいですか?」

「ギーシュ・ド・グラモン。レディ・ルビアナ、あなたのご尊名に比べれば下賤な名ですが、その唇でギーシュとお呼びいただければ、この世に生を受けて以来の名誉と心得ます」

「はい、ではミスタ・ギーシュ。あなたに最高の名誉を与えます。その代償に、わたくしに至福の一時を与えてくださいませ」

「全身全霊を持って、お受けいたしましょう」

 覚悟を決めると、ギーシュは己の中に流れるグラモンの血を最大に湧きあがらせてルビアナに答えた。父や兄から教わった女性に尽くすスキルをフルに使い、リードしようと全力で試みる。

 その様子を、ほかの貴族たちは呆然と見ているしかなかった。一流の貴族から見ればギーシュの振る舞いは未熟で、なぜあんな小僧がという腹立たしい思いが湧いてくるが、まさか邪魔をするわけにはいかない。モンモランシーは理解が追いつかず、ただ立ち尽くして見ているだけだ。

 そして、ふたりはパーティ会場の真ん中に出ると、優雅に会釈しあって手を結んだ。それを合図に、楽団からミュージックが流れ始める。

「交響曲・水と風の妖精の調べ……レディ・ゴー」

 涼やかな音楽が始まり、ギーシュとルビアナは手を取り合ってステップを踏み始めた。貴族にとって社交ダンスは基本のたしなみだけに、ギーシュも危なげなく踊りを披露する。

 対してルビアナはギーシュに合わせるようにして、ふたりのタップのリズムはほぼ重なって聞こえた。不協和音はなく、ギーシュとルビアナは鏡写しのように美しいシンメトリーを飾り、その心地よさにギーシュはしだいに緊張をほぐれさせていった。

「ミス・ルビアナ、ぼくはまるで白鳥と踊っているように思えますよ」

「うふふ、嬉しいですわ。さあ、ミスタ・ギーシュ、音楽はまだ始まったばかりです。もっと楽しみましょう」

 音楽は序曲から第一楽章へと移り、緩やかな動きからタンタンと軽快なリズムに変化し、少しずつ動きが速くなっていく。

 月光をスポットライトに、優雅に、時に素早く舞うギーシュとルビアナ。

 楽しくなってきたギーシュは、いつもモンモランシーなどにしているように、乏しいボキャブラリーを駆使してルビアナをほめちぎり始めた。

「おお、あなたはなんと美しいんでしょう。世界中のオペラを探しても、あなたほどの人はいない。あなたの髪はキラキラ輝き、まるで海のよう。瞳は……」

 そこで、瞳の色を褒めようとしたギーシュは口を止めざるを得なかった。ルビアナの瞳はほとんど閉じられたままで、瞳の色はわからない。するとルビアナはそれに気づいたようで、困ったようにギーシュに言った。

「すみません、わたくしは目があまりよろしくないもので。薄目でい続けなければいけないことを、お許しください」

「そ、それは大変失礼いたしました! ぼくとしたことが、とんでもないご無礼を」

「いいえ、いいのです。それより、もっと楽しく踊りましょう」

 気分を害した様子もないルビアナに、ギーシュはほっとした。しかし、瞳が見えないとしても、目を閉じたまま踊り続けるルビアナのなんと美しいことか。

 ターン、タップ。音楽に合わせて動きも複雑さを増していく。ここからがダンスの本番だ。

 だがギーシュはダンスが複雑さを増すにつれ、ルビアナの信じられない技量を目の当たりにすることになった。ギーシュもガールフレンドをダンスに誘うことは何度もあったが、ルビアナのそれは身のこなし、正確さともに次元が違っていたのだ。

”この人、とんでもなく上手い!”

 心の中でギーシュは驚嘆した。高度なダブルターンを、ルビアナは表情を一切崩すことなく完成させてしまった。その動きの完璧さは、実家で見たダンスの先生のそれを軽く上回っている。

 例えるならば、花の上で舞う蝶の妖精。そう錯覚してもおかしくないだろう。

 このままだと自分だけ置いていかれてしまう! ギーシュは焦った。全力でリードするつもりが、このままだとルビアナの独り舞台になってしまう。

 しかし、ギーシュが焦ったのは一瞬だけだった。ルビアナに置いていかれるかと思ったギーシュの動きが、ルビアナに合わせたように精密さを増し始めたからだ。

「ギーシュのやつ、いつのまにあんなにダンスが上達していたんだ?」

 見守っていたギーシュの兄たちが、自分たちの知るギーシュよりずっと卓越した動きを見せるギーシュに驚いて言った。モンモランシーも、以前に自分と踊った時よりはるかにレベルが上の動きを見せるギーシュに驚いている。

 いや、一番驚いているのはギーシュ本人だ。自分にできる動きを超えているどころか、知らないはずの動きさえできる。これは、まさか。

「ミス・ルビアナ、あなたがぼくのリードを?」

「はい、失敬かと思いましたが、ミスタ・ギーシュならばわたくしに付いていただけると思いまして。わたくしは少しだけミスタ・ギーシュのお手伝いをしただけ、これは貴方が本来持っている力ですわ」

 優しく微笑みかけてくるルビアナに、まいったな、とギーシュは心の中で完敗を認めた。

 ダンスを通して、相手の技量をも実力以上に引き出す。操り人形にされている感じは一切なく、それどころか体が動きを元々知っていたかのように自然と動き出している。殿方を立てることも忘れない、この人は紛れもなく天才だ。

「さあ、ギーシュ様ももっと軽やかに。曲はまだまだ続きますわ。もっとわたくしを見て、そしていっしょに楽しみましょう」

「ええ、一時から無限までのすべての時間を、共に楽しみましょうミス・ルビアナ」

「ルビアナとお呼びください。さあ、無限のような一瞬の時間を共に」

 ギーシュとルビアナは踊り続けた。ふたりが舞う、その美しさは貴族たちの心に永遠に刻まれ、アンリエッタも心から見惚れた。

 だが、それ以上にギーシュは楽しかった。こんな楽しいダンスを踊ったことはない。ルビアナは誰よりも優しく、美しく、ギーシュの目はルビアナの虜になり、ギーシュの体は疲れを忘れて動き続けた。

 

 けれど、永遠は一瞬にして終わる。楽団の演奏が終わり、ふたりの動きが同時に止まる。

 それはめくるめく夢の終焉。ふたりに対して、会場から惜しみのない拍手が送られた。

「ブラボー!」

「グラモンの末っ子、まだ学生だというのにやるではないか」

 非の付け所のないパーフェクトなダンスに、数多くの賞賛がギーシュに与えられた。ギーシュの父や兄たちも、誇らしげに拍手を続けている。

 しかしギーシュの耳には、会場の賞賛はほとんど届いていなかった。彼の意識のすべては、いまだずれることなくルビアナに向かい続けていたのだ。

「ルビアナ……最高でした。ぼくは、こんな楽しいダンスをこれまで経験したことがなかった。一生、いえ来世まで決して今日のことを忘れることはないでしょう!」

「ありがとう、ギーシュ様。わたくしも、心から楽しいひと時を味わわせていただきました。あなたにパートナーになっていただいたことは、間違いではありませんでした」

 それはギーシュにとって最高の賛辞であった。この世にふたりといないほどの完璧な女性に認めてもらえたことは、グラモン家の人間としてこれほど誇らしいものはない。

 しかしギーシュの夢見心地はすぐに終わらされた。ダンスが終わると、ルビアナには「次はぜひ私と踊ってください」と、貴公子たちが押し掛けてきたのである。ギーシュはたちまち押し出され、現実を意識させられた。

「そ、そうだよね。園遊会じゃ、これが当然さ……」

 少しでも多くの貴族とつながりを作るため、有力な貴族は次々にパートナーを変えることが常識だ。

 しょせん、自分は偶然選ばれたそのひとりに過ぎない。ギーシュはすごすごと引き下がろうとし、そんなギーシュをモンモランシーはやきもちという名の歓迎で慰めようとやってきた。だが、ギーシュが踵を返そうとした、そのとき……

「お待ちになって、ギーシュ様」

 ぎゅっと手を握りしめられ、振り返ったギーシュは自分の目を疑った。ルビアナが、自分の手を握って引き留めてくれているではないか。

「まだ、わたくしたちのダンスは終わっていませんわ。アンコール、よろしいかしら?」

「ル、ルビアナ……」

「うふふ。さあ参りましょう!」

 ルビアナはそのままギーシュの手を引いて駆けだした。ギーシュは訳も分からず、「えええっ!?」と、間抜けな声と顔をしながら引かれていく。

 当然、貴族たちは愕然とする。そして、ギーシュの兄たちをはじめとする何人かは後を追って走り出そうとしたが、その背に鋭い叱責が投げかけられた。

「お待ちなさい!」

「じ、女王陛下!? しかし」

「無粋な殿方を好く女性は、この世に一人もおりませんわよ。それにわたくしは、ミス・ルビアナに楽しんでいってくださいと言いました。せっかくのところに水を差して、わたくしに恥をかかせるつもりですか?」

 アンリエッタは、自分にも覚えがあることだけに、ふたりを引き止めることを許さなかった。まさかこうなるとは予想外だったが、乙女心がどういうものなのかは自分が一番よく知っている。

 がんばってくださいね、とアンリエッタは心の中でエールを送った。この園遊会で、少しでも多くのトリステイン貴族がルビティア家と交友を持ってくれることを期待していたけれども仕方ない。マザリーニ枢機卿は怒るだろうけれど、国家の繁栄とロマンス、どちらが重大であるかなんてわかりきったことなのだから。

 女王にそこまで言われては、貴族たちも引き下がるしかなく、悔し気にしながらも足を止めてふたりを見送った。ただ一人を例外として。

 

 ルビアナは、ギーシュの手を引いたままパーティ会場を抜け、邸宅の敷地も抜け、そのままの足でラグドリアン湖の湖畔へとやってきた。

「ふう、ここまで来ればいいでしょう。わぁ、これがラグドリアン湖……なんて大きくて、そして心地よい風が吹く場所なんでしょう!」

 湖畔の砂利をシューズで踏みながら、子供のようにルビアナははしゃいでいた。そんなルビアナの姿は、月光を反射するラグドリアンに照らされて、まるで幻想の世界に迷い込んでしまったようにギーシュは思った。

「ルビアナ、いったいなにを……?」

 それでもギーシュは、貴族の常識からはあまりにも外れたルビアナの行動を問いかけた。すると、ルビアナはギーシュのほうを向いて、深く頭を下げた。

「すみません、ギーシュ様。ぶしつけだと承知していますが、どうしても他の誰かと手をつなぐのが嫌で、申し訳ありません」

「い、いえ、頭をお上げください。ぼくのほうこそ、レディの心の機微を察せられなかったとは男子として失格……ええっ!」

 言いながら、ギーシュは自分の言葉の意味に恐れおののいた。つまり、ルビアナは自分だけと手をつなぎたいと言ってくれている。これが、学院の女子を相手にしたのであれば、余裕を持って大げさにきざったらしく喜びの表現をあげたであろうが、相手はグラモンを歯牙にもかけない規模を誇る大貴族。普通なら、あり得るわけがない。

「ミ、ミス・ルビアナ、お戯れはおよしになってください。ぼ、ぼくなんてまだ未熟な学生の身。あなたのような高貴なお方と、釣り合うわけがありません」

「いいえ、私は自分の意思でここにいるすべての殿方の中から、ギーシュ様、あなたとならば踊りたいと思って手を取りました。私は、自分で認めた相手以外の誰とも踊りはしません」

「で、ですがそれでは貴族としての本分が……あなたも、本国に示しがつかないのでは」

「構いません、すべての責任は私が取ります。私は、いつか骨となるその日まで、自分の踊りだけを踊り続けます。それが私が決めた、生涯ただひとつのわがままです」

 はっきりと言い放ったルビアナに、ギーシュは唖然とした。

 貴族としての重要な責務のひとつを投げ捨てる。しかも、彼女ほどの大貴族がなどと普通は考えられない。

 しかし、同時にギーシュはどこかルビアナがまぶしく見えた。そんなわがままを通しても、彼女の才覚ならば埋め合わせをしてお釣りがくるほどを得られるに違いない。

 貴族社会で自分のわがままを通すことがどれだけ難しいか。ウェールズと結婚したアンリエッタも、その道のりは薄氷の連続であったし、平民の才人と恋愛関係にあるルイズも相当な悩みを抱えているのはギーシュにもわかっている。

 それでも、自分の通したい筋を、道理に反するわがままだとしながらも通している。貴族社会に合わせるのを当然だと考えていたギーシュには、ルビアナがルイズやアンリエッタと並んで美しく見えたのだ。

「ミス・ルビアナ、いやルビアナ。ぼくはあなたに感動しました。ぜひ、もう一度踊っていただきたい。さあ、お手を」

「ありがとうございます。ギーシュ様、こんなわたしのわがままを聞いてくださいまして」

 ギーシュとルビアナは手を取り合い、湖畔をダンスホールにして第二幕を踊り始めた。

 ミュージックは風と波の音。スポットライトは変わらず月光だが、湖畔に反射した光が幻想的に照らし出している。

 湖畔の砂利を踏みしめる音さえ、ミュージックに加わる。ダンスをするには不向きな足場のはずだが、やはりルビアナとのダンスはそんな不自由さをまったく感じさせないほど素晴らしかった。

 踊るギーシュとルビアナ。その中で、ふたりは語り合い始めた。

「ルビアナ、なぜぼくを……グラモンのたかが末っ子に過ぎないぼくを選んでくれたのですか?」

「それはあなたが、あの殿方たちの中でひとりだけ、温かい眼差しでわたくしを見ていてくれたからですわ」

「ぼくが?」

「ええ。わたしがあの会場に入っていったとき、ほかの方々はルビティアの私だけを見ていました。けれどあなたは、純粋に私だけを見ていてくれました」

「そんな、ぼくはあなたの美しさに見とれていただけで……って、あなたは目が弱いはずじゃ」

「ふふ、見えないからこそ、よく見えるようになるものもあるのですわ。ギーシュ様、あなたはとても明るい人……きっと多くのお友達がいて、あなたはその中心で皆を引っ張っていく太陽のような人なのでしょう」

「か、買い被りですよ」

 そうは言ったものの、自分が水精霊騎士隊のリーダーだということをほとんど言い当てている。たぶん、口調や態度などを分析したのだろうが、顔色などにごまかされないからこそ、人柄を見抜く眼力は本物だ。

 すごい人だ。ほとんど完全無欠と呼んでもいいのではないか? ギーシュは誰もが認めるナルシストではあるが、あまりのルビアナの能力の高さにコンプレックスを感じ始めていた。

 しかし、ルビアナは悲しそうな声でギーシュにつぶやいた。

「ですがギーシュ様、私は本来ならギーシュ様と踊る資格のない卑しい女なのです」

「な! どういうことです。あなたのような素晴らしい方に何があろうと僕は気にしませんよ。美しい薔薇にトゲがあるのは当然のことではないですか!」

「そうではないのです。私の出身がゲルマニアだということはご存知でしょう。ルビティアは財力によって爵位を手に入れた成り上がりの系譜……それゆえに、私は神の御業である魔法を使えないのです。あなたと同じ、メイジではないのです」

 ギーシュははっとした。確かに、平民が金銭で爵位を買うのはゲルマニアでは珍しくない行為ではあるが、トリステインではまだ一部の例外を除いては貴族はメイジであるという常識がある。

「軽蔑なさいましたか? 私はしょせん、貴族の名前だけを持つ平民の娘……始祖の血統からなるトリステインの正当なる貴族には劣る……」

「そんなことはありません!」

「ギーシュ様?」

「ぼくは、あなたほど美しく優れた貴族を見たことがない。確かに、始祖ブリミルは我々に魔法をお与えになりました。しかし、ぼくの友人や知り合いにはメイジでなくとも誇り高く、強く、国のために貢献している人が大勢います。ぼくは、そんな彼らを魔法が使えないからと見下したことはない……いや、前にはあったかもしれないけど今は魔法が使えない仲間も皆同志だと思っている。だからあなたも、少なくともぼくの前ではメイジでないことを気にする必要なんかありません」

 正直なギーシュであった。だがルビアナは目を閉じたままながら、その瞼から一筋の涙を流した。

「ありがとうギーシュ様、私はトリステインにやってきて本当によかったですわ」

「涙を拭いて、ルビアナ。乙女の涙はもっと嬉しいことが起きたときにとっておくべきです。さあ、今はなにもかもを忘れて踊りましょう!」

 手を結び、ギーシュとルビアナは観客のいない彼らだけのステージで楽しく踊り続けた。

 いや、正確には少しだけ観客はいた。

 一人は会場から唯一ふたりをつけてきたモンモランシー。彼女は楽しく踊るギーシュとルビアナを湖畔の木の影から唇をかみしめながら見つめていた。

「ギィィシュュウゥゥ! わたしとだってあんなに長く踊ってたことないくせにぃぃ! なによ、そんなにそのゲルマニア女のほうがいいわけなの! 今日という今日は血祭りにあげてやるわ!」

 まるでルイズが乗り移ったような、鬼気迫る嫉妬のオーラを巻き散らしながらモンモランシーは吠えていた。

 

 そしてもうひとり空の上から、あの宇宙人がその嫉妬の波動を感じ取って笑っていた。

「いやはや、ものすごいマイナスエネルギーの波動ですね。たった一人がこれほどのエネルギーを発せられるとは、なんとも人間というものはおもしろい。けど、このエネルギーを集めるのはやめておいたほうがよさそうですねえ」

 硫酸怪獣ホーが勝手に生まれそうなパワーを感じたが、この手のマイナスエネルギーは特定の目的を持って動くことが多いので、宇宙人は制御が面倒だと考えて収集をやめた。

 扱いやすいとすれば、パーティ会場で貴族たちが発しているような恨みと欲望のエネルギーである。しかしそれも、先のギーシュとルビアナの披露したダンスの余韻で小康状態にある。

「まったく、余計なことをしてくれますねえ。もう量はじゅうぶんでしたけど、こうも澄んだ空気だとどうも気持ちがよくありません。では……我ながら小物っぽいとは思いますが、八つ当たりしてあげなさい! カモン、ブラックキング!」

 宇宙人が指をパチリと鳴らすと、ラグドリアンの湖畔が揺らめいて、周辺を大きな地震が襲った。

 なんだ! 驚く人々が事態を飲み込むよりも早く、パーティ会場のそばの地中から土煙をあげながら巨大な黒い怪獣が姿を現した。

 

「わ、か、怪獣ですぞぉーっ!」

 

 貴族たちは眼前に出現した巨大な怪獣に驚き、魔法で立ち向かうことも忘れて逃げ出したり腰を抜かしたりしていた。

 しかしそれは逆に賢明であったといえるかもしれない。なぜなら、ここに現れた黒々とした蛇腹状の体を持ち、頭部に大きな金色の角を持つ怪獣は用心棒怪獣ブラックキング。かつてナックル星人に操られて、ウルトラマンジャックを完敗に追い込んだほどの強豪なのだ。とても準備なしで挑んで勝てるような相手ではない。

 ジャックに首をはねられ、怪獣墓場で眠っていたところをあの宇宙人に甦らされて連れてこられた。今回ナックル星人はいないものの、あの宇宙人を新しい主人として、唸り声をあげながらパーティ会場へ進撃しだした。

 

【挿絵表示】

 

「適当に脅してやりなさい。その人たちはマイナスエネルギーをよく生んでくれますから、あまり殺してはいけませんよ」

 宇宙人のうさ晴らしに巻き込まれて、貴族たちは迫りくるブラックキングから逃げまどった。

 もちろん、中にはギーシュのグラモン家のように、一時のショックから立ち直ったら反撃に打って出ようとする武門の家柄もある。しかし、それをアンリエッタは止めた。

「やめなさい! 今は招待客の避難に全力を尽くすのです」

 外国からの招待客に万一のことがあってはトリステインの恥。グラモン家のギーシュの兄たちは、武勲をあげるチャンスを逃すことに悔みながらも女王の命に従った。

 もっとも、彼らはすぐに自らの蛮勇がストップされたことを女王に感謝することになった。ブラックキングが鋭い牙の生えた口から放った赤色の熱線が、会場のある貴族の邸宅を直撃し、一発で粉々にしたからである。

「すごい破壊力だ」

 ブラックキングの溶岩熱線。対ウルトラマンを目的に飼育されているブラックキングは全能力がバランスよく高く、弱点が存在しないと言ってもいい。

 

 一方そのころ、湖畔にいたギーシュたちも当然ブラックキングの巨体を目の当たりにしていた。

 湖畔から会場まではざっと百メイル。それなりの距離があって、ブラックキングの目的は会場であるから彼らはブラックキングの横顔を見るだけで済んでいるが、ギーシュはここで無駄な意地を見せていた。

「止めないでくれルビアナ。ぼくはグラモンの一門として戦いに行かねばならないんだ。僕が行かなけりゃ父さんや兄さんたちに合わせる顔がないんだ!」

「おやめください! あなたが行ってもあれを倒すのは無理です。危険すぎますわ」

「相手がなんであろうと、トリステイン貴族がやすやすと引くわけにはいかない! 頼むから見守っていてください。あなたに捧げる武勲をきっと持ち帰ってみせます」

 明らかに悪い方向で調子に乗っていた。水精霊騎士隊がいれば、まだリーダーとして自制は効くし、レイナールなどの抑え役もいる。

 だが、暴走しかけるギーシュに業を煮やし、ついにモンモランシーが割り込んできた。

「いい加減にしなさいギーシュ!」

「わっ! モ、モンモランシー、いつのまにそこに」

「そんなことどうでもいいでしょ! あなたはまた美人の前だといい格好しようとして。こんな場所に女の子ひとり置いていって万一のことがあったらどうするの?」

 あっ! とするギーシュを、モンモランシーはさらに叱りつける。

「女の子ひとりも守れないで、なにが貴族よ騎士よ。もしその人があんたがいない間にケガでもしたら、それ以上の不名誉はないでしょう」

「ご、ごめんモンモランシー、君の言うとおりだ。ぼくは間違っていた、手の中の薔薇一輪も守れないでなにが男だろうか。なんと恥かしい! 許しておくれ」

 平謝りするギーシュ。モンモランシーは、ほんとにこれだから目を離せないんだからとまだカンカンだ。

 ルビアナは、突然現れたモンモランシーに少し驚いた様子でいたが、すぐに落ち着いた様子でモンモランシーにあいさつをした。

「失礼、お見受けするところモンモランシ家のお方ですわね。ギーシュ様を止めていただき、どうもありがとうございます。私の細腕ではどうすることもできませんでした」

「フン! このバカは甘やかしちゃダメなのよ。可愛い女の子と見れば、ホイホイ尻尾を振る破廉恥男なんだから」

 怒りのたがが外れたモンモランシーは、もう相手が誰であろうと遠慮はしていなかった。しかし、無礼な態度をとられたのに、ルビアナの反応はモンモランシーの予想とは違っていた。

「いいえ、それはきっとギーシュ様は博愛のお気持ちがお強い方だからなのでしょう。モンモランシー様がお怒りになったのも、そんなギーシュ様がお好きだからなのですわね」

「なっ! あ、あなた、初対面の相手に何言ってるのよ」

「お隠しにならなくてもよいですわ。モンモランシー様の声には、怒りはあっても憎しみはありませんでした。それに、ギーシュ様のそうしたことをよくご存じとは、きっと貴女はギーシュ様の一番なのでしょうね」

「なっ、なななな!」

 モンモランシーもまた、ルビアナの洞察力の深さに意表を突かれていた。

 だが、危機は空気を読まずにやってくる。モンモランシーの予想した通り、ブラックキングが歩いたことによって蹴り飛ばされた岩のひとつが偶然にも、こちらに向かってすごい勢いで飛んできたのだ。

「きゃあぁっ!」

 岩は数メイルの大きさのある庭石で、避けても避けきれるようなスピードではなかった。フライで飛んでも落ちた岩がどちらの方向に跳ね返るかはわからない。もちろんモンモランシーの魔法で受け止めきれる威力ではない。

 しかし、ここでとばかりにギーシュは杖をふるって魔法を使った。

「ワルキューレ、レディたちを守るんだ!」

 ギーシュの青銅の騎士ゴーレムが、三体同時に錬金されて岩に向かって飛びあがった。受け止めるなんて無茶は考えていない、ワルキューレそのものの質量を使った弾丸だというわけだ。

 飛んできた岩はワルキューレ三体と空中衝突し、互いにバラバラになって舞い散った。そしてギーシュは薔薇の杖を口元にやり、どやあとキザったらしくポーズをとってかっこをつけた。

「ぼくがいる限り、君たちには傷一つつけさせやしないよ」

「ほんと、かっこつけるのだけはうまいんだから。けどまあ、助けてくれてありがと」

 モンモランシーはぷりぷり怒ったふりをしながらも礼を言い、それからルビアナも感謝の意を示した。

 ブラックキングはしだいに遠ざかり、もう岩も飛んでこないだろう。どうやら完全にこちらは眼中にないようだが、ブラックキングの背中を見送りながらルビアナは残念そうにつぶやいた。

「それにしても、ギーシュ様とのダンスはこれからというところでしたのに、無粋な怪獣様ですわね」

 憮然とするルビアナの声色は、日没で鬼ごっこを中断させられた子供のような純粋な憤慨のそれであった。

「まったくだね。ルビアナといっしょなら、ぼくは朝までだって踊れたろうにさ」

「ギーシュ、わたしと舞踏会に出たときに「疲れた」って言って先に抜けたのは誰だったかしら?」

 いつもの調子に戻ったギーシュとモンモランシーも同調して言う。怪獣は遠ざかりつつある、もうすぐ園遊会で何かあったときのために待機していた軍の部隊もおっとり刀で駆けつけてくるだろうから、自分たちの出番はないはずだった。

 

 そのころ、会場に乱入したブラックキングは貴族たちを追いかけていた。しかしアンリエッタが迅速に逃げることを最優先させたため、少々の軽傷者を除いては人的被害は出ていなかった。

 だが、このまま暴れ続ければいずれは追いついて蹂躙することもできるだろう。けれども、宇宙人はそこまでする必要を感じてはいなかった。

「もういいでしょう。これで人間たちにはじゅうぶんに恐怖を植え付けられました。仕込みはこれまで……戻りなさいブラックキング」

 死人にマイナスエネルギーは出せない。貴族たちが逃げまどう姿を見て、じゅうぶんに溜飲を下げた宇宙人はブラックキングを引き上げた。あとは貴族たちのあいだで責任の押し付け合いでも始めてくれれば重畳というものだ。

 ブラックキングは命令に従い、あっというまに地中に潜って消えてしまった。後には、呆然とする貴族たちが残されただけである。

 

 そうして、一応の平和は戻った。

 貴族たちは破壊された会場から少し離れた場所にある別の庭園に移動して、ほっと息をついている。

 当然、ギーシュたちももう抜け出しているわけにはいかず、そこに戻っていた。

「おお、ギーシュよ。無事であったか」

「ははっ、父上。このギーシュ、全力でルビアナ姫をお守りしておりました」

「うむ、それでこそ我がグラモンの一門。よくやったぞ」

 ギーシュは父や兄たちも無事であったことにほっとしつつ、帰還を報告した。

 もしかしたら怒られるのではと内心では恐々としていたが、父は意外にも上機嫌であった。もっとも、ルビアナが後ろで微笑んでいれば、たとえ怒っていたとしても気分は逆転したに違いない。

 けれども、褒められていい気分になっていたギーシュに、次に父が浴びせた言葉がギーシュの心を凍り付かせた。

「ギーシュ、ルビティアの姫のお気に入りになられるとは見事ではないか。これはもう、モンモランシの小娘などと遊んでいる場合ではないぞ」

「えっ……」

 ギーシュは言葉を返すことができなかった。それは、ギーシュにとって初めて体験する貴族世界の理不尽のひとつであった。

 ルビティアとモンモランシでは、比較にならない格の差がある。家のために、どちらと付き合わねばならないかは言うに及ばずだが、そうなるとモンモランシーと付き合うことはできなくなってしまう。

 ギーシュの心に霜が降る。嫌だと言いたいが、そうすれば父の期待を裏切り、激怒させてしまうだろう。さらにグラモン家に恥をかかせることになる。どうすればいいかわからない。

 父はギーシュにだけ聞こえるように言ったので、後ろにいるモンモランシーとルビアナには聞こえていないはずだ。ここは自分がはっきりと意思表示をしなければならない。だが、なんと答えればいいのだ?

 冷や汗を噴き出すギーシュ。耳を澄ますと、会場のそこかしこから言い合う声が聞こえだした。貴族たちが、格上の自分を差し置いて先にお前が逃げ出すとは何事だ、とか、お前の息子はうちの娘にあれだけ求婚しておいたくせに守ろうともしなかったではないかなどと言い合っているのだ。

 これが園遊会の実体。ギーシュはその欺瞞を身をもって体験し、打つ手なく戸惑っている。

 まさに、あの宇宙人が望んだとおりの、人間の醜い面がさらけ出された煉獄が実現されつつあった。

「ウフフ、いいですね。これでこそ人間のあるべき姿というものです」

 しかし、宇宙人が高笑いし、ギーシュが思考の堂々巡りの深淵に落ちかけたそのとき、誰もが予想していなかった事態が起こった。

 

「うわっ! なんだ、また地震か!」

 

 地面が揺れ動き、土煙が噴き出して、地中から巨大な影が姿を現す。

「出たっ、またあの怪獣だ!」

 ブラックキングが庭園のそばから再度出現し、貴族たちを見下ろして再び暴れだしたのだ。

 溶岩熱線が集まっていた貴族たちの一団を狙い、十数人が一度に吹き飛ばされる。さらにブラックキングは狂ったようにのたうちながら庭園に乱入していった。

 たちまち逃げ出す貴族たち。しかし、驚いていたのは宇宙人も同じであった。

「ブラックキング! 何をしているんです。誰が出て来いと言いましたか!」

 彼は命令をしていなかった。しかしブラックキングは出てきて、今度は宇宙人の命令を聞かずに無差別に暴れている。

 これはどうしたというのだ? 困惑しながら空から見下ろす宇宙人。すると彼は、ブラックキングの姿が先ほどと明らかに違うところを見つけた。

「角が、機械化されている!?」

 そう、ブラックキングの立派な角があった頭部に、角の代わりに巨大なドリル状の機械が取り付けられていたのだ。

 さしずめ、ブラックキング・ドリルカスタムとでも呼ぶべきだろうか。ドリルはそれが飾りでないことをアピールするように、先端から紫色の光線を放ち、離れた場所にある別の貴族の別荘を粉々に粉砕してしまったのだ。

「改造手術をされている。ですが、いったい誰が!」

 ブラックキングは正気を失っているらしく、無茶苦茶に吠えて暴れながら熱線や光線を撃ちまくっている。それを止めることは、もう誰にもできなかった。

 

 庭園は大パニックになり、もう秩序だった避難は望むべくもなく、貴族たちは皆好き勝手に逃げまどっている。

 そしてその猛威は、不運にもギーシュたちのほうへと向けられた。

「ギーシュ!」

「ギーシュ様!」

 逃げ遅れたモンモランシーとルビアナに向けて、ブラックキングのドリル光線の照準が定められる。

 ギーシュは、ありったけのワルキューレを錬金してふたりの前に立ちふさがった。しかし、青銅のワルキューレの壁でどれだけ耐えられるものか。

 ならば、せめてひとりだけを全ワルキューレでカバーすれば守り切れるかもしれない。ギーシュの耳に、父や兄たちの声が響く。

「ギーシュ、ルビティアの姫様を守るんだ」

 そんなことは言われなくてもわかっている。しかし、ギーシュはどれだけ道理をわきまえても、それができる男ではなかった。

 そう、好きな子の前でかっこ悪いところを見せるくらいなら死んだほうがマシ。それが男だと信じるのがギーシュだった。

「ぼくは、ふたりとも守る! 足りない分の壁には、ぼくの体を使えばいいんだよ!」

 ワルキューレをモンモランシーとルビアナの前に均等に配置し、さらにその前にギーシュは立ちふさがった。

 これで死ぬなら本望。ギーシュは覚悟し、彼の耳に父や兄たちの絶叫が響く。

 だが、まさにブラックキングの光線が放たれようとしたとき、なぜかブラックキングの頭がふらりと揺れて光線の照準が大きくそれた。

 光線ははずれ、ギーシュには爆風と吹き飛ばされた砂や石だけが叩きつけられた。とはいえ、それだけでもじゅうぶんな威力で、ギーシュは傷だらけになりながら吹き飛ばされた。

「うわあぁぁっ!」

「ギーシュ!」

「ギーシュ様!」

 ワルキューレの影に守られて爆風をやり過ごせたモンモランシーとルビアナは、すぐにギーシュに駆け寄った。

 だがその後ろからブラックキングが狙ってくる。ギーシュの父や兄たちは、駆け付けようとしたが、もう遅かった。

「だめだ、やられるっ!」

 ドリルからいままさに光線が放たれるかと思われた。しかし、光線は放たれず、ブラックキングは目の焦点を失い、そのままフラリと揺らぐと地面に倒れこんでしまった。

 轟音が鳴り、横倒しになるブラックキングの巨体。ブラックキングは口から泡を吐いて痙攣していたが、すぐに動かなくなってしまった。

「無理な改造で、脳に負担がかかりすぎたんですね」

 呆然としたまま、宇宙人はつぶやいた。

 貴族たちも、突然絶命したブラックキングに呆然とするしかないでいる。だが、モンモランシーとルビアナは傷ついたギーシュを前に、それどころではなかった。

「ギーシュ、大丈夫! わたしがわかる?」

「ああ、モンモランシーだろう。よくわかるよ、いやあ君の顔を間近で見るのは永遠に飽きないねえ」

「バカ! またかっこつけて傷だらけになって。あなた血だらけじゃない!」

「いやいや大丈夫だよ。ちょっと体中しびれてるけど、痛みはないんだ。かすり傷だよ、ちょっと休めば立てるさ」

 だが、そういうときが一番危ないのをモンモランシーは知っていた。一時的に痛覚が麻痺していても、いずれ耐えがたい苦痛に襲われる。治療は一刻を争う。

 モンモランシーは杖を取り出して、治癒の魔法を唱え始めた。傷の深そうな部分から順々に、しかし治癒に止血が追いつかない。モンモランシーが焦り始めたとき、ルビアナがハンカチを手にそばにかがみこんだ。

「お手伝いしますわ」

 ハンカチを包帯代わりに、それでも足りなければドレスを引きちぎってルビアナはギーシュの止血をしていった。

 その行為に、ギーシュは「大事なお召し物をぼくなんかのために、もったいない」と止めようとしたが、ルビアナは気にした様子もなく言った。

「よいのです。ギーシュ様のお役に立てて破れたのなら、このドレスは私の誇りですわ。それより、ギーシュ様のために一番がんばっておられるのはモンモランシー様です。モンモランシー様をこそ見てあげてください」

 こんなときの気配りもできて、モンモランシーはこれが大人のレディなのかと少し悔しくなった。

 だけど負けない。こんなぱっと出のゲルマニア女なんかにギーシュをとられてたまるものか。

 やがて手当は終わり、治療が早かったおかげでギーシュはたいした後遺症もなく普通に立ち上がることができた。

「あいてて、まだ少し痛むけどもう大丈夫だよ。モンモランシー、ルビアナ、君たちのおかげだ。ありがとう」

「ま、まあ、あんたに助けられたわけだし、わたしにだって貴族の誇りってものはあるから当然よ」

「わたくしは何もしていません。モンモランシー様が、ギーシュ様を救ったのですわ。本当に、お似合いのふたりです」

 ルビアナにそう言われ、ギーシュとモンモランシーは照れた。

 しかし、それぞれの家の問題はまだ引きずっている。すると、ルビアナはギーシュとモンモランシーの手を取り、三人の手を重ねて言った。

「わたくしたち、とてもよいお友達になれそうですね」

 その光景で、グラモン家はもうなんの文句も言うことはできなくなってしまったのである。

 それだけではなく、ルビアナは事態の鎮静に四苦八苦しているアンリエッタの元に向かうと、各国の貴族たちに向かって宣言した。それはまとめると、今日の事件での損失はルビティア家が補填する。自分は、危急の事態にあっても冷静に判断するアンリエッタ女王に深い感銘を受けた、トリステインにルビティアは協力を惜しまない。これからもトリステインで皆さまとお付き合いしたいのだと。

 それにより、不満をたぎらせていた貴族たちは一気に大人しくなった。ゲルマニア有数の大貴族とのパイプがつながるのなら、今日のことなど安いものだ。

 当然、アンリエッタにとっても渡りに船である。ルビアナの申し出に感謝し、友好を約束した。

 

 

 そして、夢のような時間は終わりを告げる。園遊会は満足の内に終了し、ギーシュとモンモランシーはルビアナと別れる時がやってきた。

「さようなら、ギーシュ様、モンモランシー様。おふたりと出会えて、今日はとても楽しい一日でした」

「ルビアナ、短い時間でしたけどぼくもとても楽しかったです。あなたからはいろいろと教えられました。今日のこの時を一生胸に焼き付けることを約束します」

「ま、まああなたがいい人だっていうのはわかったわ。だからわたしからも言うわ、ありがと」

 手を取り合い、別れを三人は惜しんだ。

 これからルビアナはゲルマニアに帰る。そうなれば、また会えるかはわからない。

 そうなれば……ギーシュは不安だった。ルビアナにとって、今日のことぐらいは数多くある出会いのひとつに過ぎず、すぐに忘れ去られてしまうのではないか? グラモンとルビティアはそれほどの格差がある。

 しかし、ルビアナはギーシュの心の機微を見抜いたのか、再びギーシュとモンモランシーの手を取り言った。

「そうですわ。再会を願って、このラグドリアン湖の水の精霊に誓いを捧げましょう」

「え? 誓い、ですか」

「はい、ラグドリアンの精霊は別名誓約の精霊と聞いております。私たちの友情が永遠であることを誓えば、いつか必ずまた会えますわ」

 それは虹色の提案であった。精霊への誓約は違られることはないという。

 だが、人間の誓約に絶対はない。するとルビアナは、同じく見送りに来ていたアンリエッタに見届け人を頼んだ。

「ええ、わたくしでよければ見届けさせていただきますわ。あなた方三人の誓約、トリステイン女王の名の下に、この耳と目にとどめましょう」

 それ以上の確約などはあろうはずがなかった。ギーシュ、モンモランシー、そしてルビアナはラグドリアン湖を望み、それぞれの誓いの言葉を口にした。

「誓約します。ぼく、ギーシュ・ド・グラモンはモンモランシーを一番に愛し続け、ルビアナを永遠に愛し続けることを」

「誓約します。わたし、モンモランー・ラ・フェール・ド・モンモランシーはギーシュを愛し、ルビアナと変わらぬ友情を持ち続けることを」

「誓約します。私、ルビアナ・メル・フォン・ルビティアはギーシュ様とモンモランシー様に永久に続く友情を貫くことを」

 こうして誓約は終わり、三人は固く友情を結んで別れた。

 別れ際に、モンモランシーはルビアナに「ギーシュ様をよろしく」と頼まれ、「当然よ」と言い返した。

 遠ざかっていくルビアナの馬車を見送りながら、ギーシュとモンモランシーは思った。

 いい人だった。そして、すごい人だった……できるなら、あんな大人になりたいものだ。と。

 また会える日はいつ来るだろうか? ふたりの胸を、寂しい風が吹き抜けていった。

 

 

 だが、事態は収束したが、謎はまだ残っている。

 空から一部始終を見守っていた宇宙人は、この園遊会で集まったマイナスエネルギーの塊を手にしながらも釈然としない様子でつぶやいていた。

「『妬み』のエネルギー、確かに頂戴いたしました。しかし、いったい何者がブラックキングを改造したのでしょう……ブラックキングが地中に潜ってから出てくるまで、ほんの数十分……そんな短時間で、ブラックキングを改造できるほどの技術を持った者が、まだハルケギニアにいるというのですか? それに、なんの目的で……? 一体何者が……まさか……これは、遊んでいてはまずいかもしれませんね」

 ハルケギニアで起きている異変の元凶の宇宙人。しかしこの宇宙人も、ハルケギニアのすべてを知り尽くしているわけではない。

 深淵のように美しく純粋で底のない邪悪との邂逅が、すぐそこに迫っていることをまだ誰も知らない。

 ハルケギニアの戦士たちとウルトラマンたちを翻弄する、短いが熾烈な戦いが、もう間もなく始まる。

 

 

 続く



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