ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第87話  星から来た天使

 第87話

 星から来た天使

 

 放電竜 エレキング 登場!

 

 

 騒々しい昼の時間が終わり、日が落ちると夜がやってくる。

 夜が来ると、素顔を隠して夜の蝶が舞う時間が訪れ、エルムネイヤの舞踏会はアンリエッタ女王とウェールズ王の挨拶を持って盛大に開幕した。

「皆さま、ようこそおいでくださいました。トリステイン女王アンリエッタが心よりの歓迎を申し上げます。大変残念ですが、わたくしもすでに仮装してこの場に立たせておりますので録音で失礼いたしますが、わたくしもどなたからでのお誘いもお受けいたしますので楽しみにしておりますわ」

「アルビオン王国国王ウェールズである。今日は特段の招きをもらい、こちらに参加している。わたしたち夫婦に遠慮することなく声をかけてくれ。友人が増えることは我々も大歓迎だからな。では、ここに全国を代表して開会を宣言する。皆、時間まで思い思いに楽しんでいってくれたまえ」

 舞踏会は始まり、音楽に合わせてさっそくペアになった男女が踊り始める。

 今、自分の目の前にいるのは格上か格下か誰もわからない。もちろん、自分が誰かも誰にもわからないために、身分を忘れてダンスを楽しんでいる。

 もっとも、なんにでも例外はいるもので、どす黒いオーラを放ちながら張り付けたような笑顔で歩き回っている一人の貴婦人が周りから避けられて浮いていた。

「な、なんで誰もダンスを受けてくれないのかしら? も、もしかしてこれもあの女ギツネの策略かしら……フ、フフフ……」

 そんな貴婦人を、清楚そうな美少女と初老の紳士が見て。

「ウフフ、ルイズったら、あんなに殺気をむき出しで歩いてたら名札をつけてるようなものよ。ほんとにあなたは期待を裏切ってくれなくて大好きだわ」

「君も物好きだねえアンリエッタ。ぼくをすぐに見つけ出したと思ったら、こんな悪巧みを持ちかけてくるとはねえ。あの子もかわいそうに」

 と、ほくそえんでいた。

 その後、笑い声と悲鳴が何度もダンスホールにこだまして、舞踏会は別の意味で大いに盛り上がることになるのであるが、それはまた別の話。

 しかし、楽しい惨劇になっている舞台とは別に、温かく和やかな空気の中で踊っている者たちもいる。

「はい、もっと足を高く上げて。ワン・ツー・ワン・ツー」

「わっわっ、すっごーい。ルビアナさんの言うとおりにしたら、本当にすごく上手に踊れるわ」

「だから言ったろうモンモランシー。ルビアナはダンスを教えるのも天才なのさ」

 見知らぬ誰かと会うのが目的の舞踏会だというのに、あっという間に集まった見知った者たち。

 ギーシュの女性に対する嗅覚は本物だったようで、姿を変えているというのにまったく同時にモンモランシーとルビアナは見つけられてしまった。最初に見つけられたほうがダンスの相手になるという約束だったが、仕方ないので三人で踊ることになった。

 けれども、音楽に合わせてステップを踏み始めると、つまらない対抗心や嫉妬なんか吹き飛んでしまった。ルビアナにリードされて、ギーシュとモンモランシーは雲の上の様に軽やかに踊る。

「ダンスはテクニックではありません。ハートです。本当に相手のことを好きだと思って踊れば、自然に力が抜けて軽やかに踊れるものなのですよ」

「ぼくのモンモランシーとルビアナへの思いは、今咲き乱れるバラのように一片の曇りもないさ! モンモランシー、君もそうだろう?」

「ええ、ダンスってこんなに楽しいものだったのね。これも、好きな人たちと踊っているからなの? ギーシュ、それにルビアナさん。わたし、いつまででも踊っていられる気がする!」

「ええ、わたくしも楽しい。私もお二人のことが大好きですわ。さあ、もっと愉快に踊りましょう。舞踏会は始まったばかりですわ」

 あのときは二人、今は三人。けれど、楽しさは何倍にも。

 純真な少年と少女。そして、そんな二人を優しく導く娘の三人が輪になって、春の妖精のように光輝きながら舞い踊る。

 舞踏会とは、まさに現世から切り離された夢の世界。そこに響く笑い声は絶えることがなく、誰もが子供の心に戻って遊んでいた。

 

 だが、夢の世界の外では、白を黒に塗り替える悪夢もまさに胎動を始めていたのだ。

 

 王宮ではないどこか……。

 才人が気づいたときに目にしたのは、電灯の明かりと、清潔に整えられた小部屋の光景であった。

「こ、ここは?」

 ベッドから身を起こした才人は、なぜ自分がこんな見覚えない場所で眠っていたのだろうかと思った。

 記憶を順繰りに呼び戻してみる。仮装舞踏会に出るルイズのお付きで王宮にやってきて、それから……。

 けれど、才人が足りない記憶力を動員する必要はなく、傍らから聞き慣れた声がかかった。

「やっと目が覚めたな。そろそろ叩き起こそうかと思ってたぞ」

「えっ? あ、ミシェル、さん」

 顔を向けると、すぐ隣でミシェルが椅子に座ってこちらを向いていた。

「え、え? なにがどうなってるんだ?」

 事情が飲み込めずに混乱する才人。するとミシェルは呆れた様子で、枕元を指して言った。

「詳しいことはそいつに聞け」

「よう相棒、よく寝てたな」

 見ると、枕元ではデルフがカタカタ言いながら笑っていた。慌てて手に取り、事情を尋ねてみる。

「デルフ、俺はいったい?」

「覚えてねえのか? お前、あの宇宙人にカーッとなって飛びかかって返り討ちにされちまったんだよ」

「えっ、あ、そうだった……」

 それでやっと全部思い出した。

 ミシェルのペンダントを持っていた宇宙人に、思わずカッとなって斬りかかったはいいものの、そのまま宇宙人の持った光線銃を浴びてしまい、体がしびれてそのまま……。

「じゃあ俺も、捕まっちまったのか?」

「ああ、ものの見事にな。止める間もなかったぜ」

 どうしようもなかったと言うデルフの言葉に、才人はがっくりと肩を落とした。

 情けない……頭に血が上って、冷静な判断ができなかった。ガンダールヴの力があったときならまだしも、銃を持った相手に真正面から向かっていくなんて無謀が過ぎた。

 そんな才人の姿に、ミシェルは自分のために我を忘れるほど怒ってくれたのかと嬉しく思ったが、ここは心を鬼にして厳しく才人に告げた。

「銃士隊準隊員として失格だな。せっかくお前なら気づいてくれるだろうと思って、奴らの中で頭が足りなそうな者を選んでペンダントを渡しておいたのに、お前まで捕まったのでは無駄じゃないか」

「ということは、あのペンダントは奪われたんじゃなくてわざと……?」

「ああ、ここに閉じ込められている間に世話をしてくれている奴が外に行くと聞いたから、お前たちに連絡ができるかと思ってちょっとおだててな。まあ、やたら調子のいい性格の奴で、だますこっちのほうが気まずくなるような奴だったが」

 すると、部屋の外から調子の外れた声色で、幼げな女性の声が響いてきた。

「ひどいっスよ~、だますなんて~。自分、おかげでジオルデ先輩からすっごく怒られちゃったじゃないっスか~」

 その声に才人も聞き覚えがあり、ミシェルも眉をひそめた。

「ラピスか」

 それは才人を捕えた二人組の一人で、才人はあのときのことを思い出して怒鳴った。

「やいてめえ! おれたちをどうする気だ!」

「ひいっ! ごめんなさいっス。自分、悪気はなかったスから許してくださいっス~!」

「悪気も何も、てめえらミシェルさんをさらってるじゃねえか! なにを企んでやがる」

「なにも悪いことは企んでないっスよ~。撃ったことは悪かったっスけど、自分たちもお嬢様に怒られたくなかったんスよ~」

「撃っておいて何言ってんだ! ぶっとばしてやるから顔見せやが、いでっ!?」

 そのとき、怒鳴っていた才人の頭になにか硬いものがぶっつけられた。目の前に星が飛びながら、なにが当たったのかと足元を見てみると、それは拳ほどの氷の塊で、部屋の隅で壁に寄りかかりながら眼鏡をかけた少女が本を片手に杖をこちらに向けていた。

「うるさい」

 静かながらも怒りを込めた声で抗議され、才人は思わず黙らせられてしまった。

 才人が静かになると、その青い髪の眼鏡の少女はそれ以上なにも言うことなく、持った本に視線を戻した。才人は相手から敵意がなくなったことがわかると、ほっとしたようにミシェルに尋ねた。

「えっと、あれ、誰ですか?」

「わたしの同業者だ。見た目で甘く見るなよ、ああ見えて相当な使い手だ」

 なるほど……と、才人は思った。メイジに年齢は関係ないというが、確かにまったく気配を感じなかった。いや、自分が逆上していただけか。

 才人がある程度怒りを静めると、ほっとしたようにラピスの声がまた響いた。

「ほんとにごめんなさいッス。ともかく、お嬢様がお戻りになられてからご指示をあおぐンで、ちょっとそこで待っててほしいっスよ~」

 最後は涙声になりながらのラピスの叫びは、「あっ、それとこれはお返しするっス」と言う声で終わり、天井から例のペンダントが才人の手元に落ちてきた。

 それ以降は呼びかけても返事が来ず、才人はペンダントをぐっと握りしめてつぶやいた。

「あの野郎……」

「まあそう怒るな。あの娘は頭は足りないところがあるが、自分から悪事のできるようなタイプじゃない。あれでも迷惑をかけまいと精一杯やっているんだろう」

「自分を捕まえてる相手にずいぶん甘いじゃないですか、相手は宇宙人だぜ」

「一週間もいれば多少の人となりもわかるさ。それに、これでも銃士隊副長だから、あの年頃の娘の扱いは慣れている。似たようなタイプは部下に数人いるしな。ともかく、あの娘個人に限れば悪い人間ではないだろう」

 言われてみると、ラピスは悪意があるにしては演技とは思えないほど間が抜けていた。あれにこれ以上怒っても無駄だろう。

 しかし、だからといって気を許すのは危険だ。集団の中に多少善人がいたとしても、集団そのものの性質が悪ならば関係ない。

「それで、ミシェルさんは大丈夫だったのか? なんか、ひでえこととかされなかったか?」

 心配してくれる才人に、ミシェルは顔が赤くなるのを感じた。しかし、甘えたい気持ちをぐっと抑えて、毅然と答えた。

「心配はいらない。このとおり丁重に扱われていて、傷一つない」

「よかった。でも、どこかに調査に出かけて、そのまま連絡がないって聞いたけど、やっぱり」

「ああ、このありさまさ。お前からの依頼も含めて調査していたが、最後でヘマをしてしまってな」

 ミシェルは、よくあれから生きてられたものだと思い返した。

 ルビティアから帰るとき、キングジョーに襲われた二人はウルトラマンたちに助けられた。しかし、その直後に現れた漆黒の巨影。ウルトラマンたちはそれに立ち向かっていったが……それからは正直、思い出したくもない。あるのはただ、自分たちがこうして捕らわれてしまったという事実だけだ。

 それに、才人に話すのも余計なプレッシャーを与えるだけだと判断したミシェルは、その部分を避けて才人に事のあらましをざっと説明した。ルビティア領が怪しいと睨み、調査に出かけてタバサと会ったこと。ケムール人やヒュプナスとの戦いまでを。

「まさか、あの化け物まで……」

「結論を言うと、サイトの懸念した通りになった。ルビティアは、すでに宇宙人の巣窟になっていたよ」

「もうそこまで……つまり、ルビアナっていう女は……」

「ああ、宇宙人だ」

 ミシェルの答えに、才人は「くそっ」と、舌打ちした。才人にしても、あんな気のいい人物が宇宙人だなどと思いたくなかった。

 しかし、聞いた話ではルビアナこそがハルケギニアにウルトラレーザーをはじめとした武器をばらまき、ヒュプナスのような危険な生物を作り出していた黒幕なのは間違いない。

「ちくしょう、おれたちはずっと騙されてたのかよ」

 悔しげに才人は吐き捨てた。善人を装うのは侵略者の古典的な手段だとわかってはいても、やはり悔しい。

 だが、ミシェルは憮然としながら首を横に振った。

「いや、あの女の本性がどこにあるかはわからんが、これまでにハルケギニアに現れた侵略者どもとは違うとわたしは思う」

「なんでだよ? 現にこうしておれたちは捕まってるじゃんかよ」

 怒って抗議する才人だったが、ミシェルは沈痛な面持ちのまま続けた。

「聞かされたんだよ。捕まった後に、奴らがこのハルケギニアでなにをしようとしているかということをな……」

「え……?」

 ミシェルは、ここに捕まってから今日までになにを相手から見聞きしたのかを語った。それは、才人の想像をはるかに超えており、才人は寒気さえ感じるほどに愕然とした。

「そんなこと、本当にできると思ってるのか? ギーシュのホラ話のほうがまだマシだぜ」

「……わたしには奴らの言うことの半分も理解できなかったが、奴らの最終目的がそれだとしたら、これまでの出来事のつじつまが合う。少なくとも、計画はすでに相当なところにまで進んでいるはずだ」

 ハルケギニアの各所に作られてる基地工場。配下には多数の宇宙人がおり、おまけに公人としてトリステインに限っても相当な影響力をすでに持っている。

 少し考えれば才人でさえ、これが生易しい状況ではないのがすぐわかる。かつてヤプールがアルビオンにおこなっていた裏工作に匹敵する……いや、上回りかねない。こっちがのんびりしている間に、向こうはやるべきことを終えてしまっていた。

「でも、あんな穏やかな人が……やっぱり信じられないぜ」

 才人はあまりルビアナと交流があったわけではない。けれど、ド・オルニエールで温泉を作っていた頃、昼食に手作りのサンドイッチを差し入れてくれたことはよく覚えており、日本に居た頃のおふくろのおにぎりの味を思い出したものだ。

 ルイズもそういえば、ちぃ姉さまにどこか似てる人ね、と親しみを込めて呼んでいたことがあった。才人自身も、悪いイメージを持ったことは一度もない。だからこそ、それ以上にルビアナという人間の考えていることがわからなかった。

 これまで、ハルケギニアには数多くの侵略者がやってきた。そいつらのほとんどは私欲にまみれた悪党だったが、ワイルド星人のように、必ずしも悪意があったわけではないやつもいた。しかし、そのいずれもなぜハルケギニアにやってきたかの理由がはっきりしていて、こちらもそれが理解できた。

 けれど、ルビアナに対しては、その目的はわかっても理由がわからない。

 するとミシェルは、考え込む表情で、ゆっくりと才人に向かって話し始めた。

 

「奴の動機かはわからんが、ルビティアでこんな話を聞いた。あの女が、初めてルビティアに現れたときの話だ」

 

 あの日、二人はルビティア公爵邸に突入した。そして、その最奥の公爵の部屋で、二人は公爵の執事だったというバーモント老人から、ルビアナに関する話を聞かせてもらったのだ。

 バーモント老人は、二人をテーブルに招き、ゆっくりと語り始めた。

「このルビティアは、ルビーの鉱山を有していたことで栄えた地だということはご存じでしょう。代々の当主様は治世に尽力され、当代の当主様も三十年前に先代より後を継がれたときには、大変張り切っておいででした。美しい奥様を迎えられ、お二人の間には可愛らしいお嬢様も生まれられ、あの頃の旦那様は本当に幸せそうでいらっしゃいました……」

 遠い目をして話すバーモント老は、在りし日の出来事を昨日のように思い出しながら、懐かしそうに語った。

「しかし、二十年前……思えばあれがすべての始まりでした。奥様が突然の病で亡くなられたのをきっかけに、旦那様はおかしくなられ始めたのです。最愛の奥様を亡くされたショックで、一人娘のルチナ様を一歩も外に出さず、常に手元に置かれて育てるようになりました」

 それが、この部屋の直前の間に飾られていた絵に描かれていた、若くして亡くなった奥方と、その娘のことかとミシェルとタバサは理解した。

 公爵の娘を誰も見たことがなかったのは、それが理由だったのだ。そして、やはりルビアナは公爵の娘ではなかった。

「しかし、ルチナ様がいらっしゃる間は、まだ旦那様は正気を保っておいででした。ですが数年後、ルチナ様も奥様と同じ病にかかり、幼くして世を去られてしまったことで、旦那様は完全に心を病むようになってしまったのです。ルチナ様の遺体に防腐の魔法を施し、屋敷の奥に閉じこもったままで、ひたすら幸せだったころの思い出に浸り続けるようになってしまいました」

「……」

 悲し気に語るバーモント老の話に、ミシェルとタバサはじっと聞き入っていた。愛する肉親を突然失う苦しみは二人とも痛いほどよくわかる。

 二人が部屋のベッドに視線を送ると、まるで今にも目を覚ましそうな様子で幼い少女が横たわっている。しかし、その口元にはわずかな呼吸もなく、これを施した人間の心がすでに狂気に支配されていたことがわかる。けれど二人は、相次いで妻子を失った公爵がおかしくなってしまったとしても、それを責める気にはならなかった。

 

 しかし、領民がおかしくなってしまった領主を待つのは不幸以外のなにものでもない。

「それから、旦那様には政をおこなう気力は完全になくなり、ルビティアは荒れ果てていきました。役人や兵隊は鉱山からの収益を横流しして私服を肥やし、勝手に税金を上げたことで領民の暮らしは苦しくなっていったのです」

「街に数多くいた孤児たちは、そのときの……」

「ええ、現当主が健在な限りは領地が召し上げられることはありません。けれど、当主を交代できる親類縁者も旦那様にはおらず、わたくしどももどうすることもできないまま、かつてルビーの輝きのようであったルビティアはくすんだ石ころのような土地に変わっていったのです。そして、幾年もそんな月日が流れた、ある夜のことでした」

 バーモント老は、月光に照らされる庭を望んで目を細めた。

 ミシェルとタバサも、同じように夜の庭に視線を移す。輝く双月に照らされた静かな庭園は、幻想的なまでに美しかった。

「そう、あれもこんな晴れた静かな夜でございました。わたくしは、すっかり老け込んでしまった旦那様を車いすに乗せて、庭を散歩しておりましたのです……」

 

 それが、運命の時であったと、バーモント老は静かに語った。

 

 よく晴れて、風もないある日の夜。バーモント老は公爵に少しでも元気を出してもらいたいと、夜の散歩に連れ出していた。

「旦那様、本日は気持ちのいい夜です。お体にも、よろしいかと存じますよ」

「……ああ、マルガレート、ルチナ……そうだね。夜の散歩は蛍がよく見えてきれいだね。明日はなにをして遊ぼうか……久しぶりにみんなでピクニックに行こうか」

 呼びかけても、公爵は家族の思い出の中に浸ったままで、虚ろな表情で虚空を見つめているだけである。

 バーモント老はため息をつくと、疲れ切った様子で自分の仕える主人の横顔を見た。このお方に仕えることを決めて三十年……自分もずいぶん歳を取ってしまった。いや、それ以上に旦那様は歳を取られてしまったと彼は思う。

 今の公爵の年齢はまだ五十代半ばのはずなのに、八十を過ぎたバーモントと同じくらいに老いて見える。若い日は生気に溢れていた瞳はすっかり干上がり、足腰は自分の力では立つこともできないほど衰え果ててしまった。

「始祖ブリミルよ。いったい我らルビティアの民が何の罪を犯したというのでしょう?」

 涙ぐみながらバーモント老はつぶやいた。神よ、試練にしてはこれは残酷過ぎるではありませんか。

 すると、呆けていた公爵が戸惑ったように声を漏らした。

「あ、あ、あう、ば、バーモント? バーモント?」

「旦那様? は、はい。バーモントはここにおります」

「あ、う……バーモント……お前には、苦労をかけるなあ」

 今でもこうして、バーモントがいるときにだけ公爵はわずかに正気を取り戻すことがある。だからバーモントは、どんなに公爵がおかしくなっていっても公爵を見捨てることはできなかった。

 公爵の瞳からは、いつのまにか大粒の涙がこぼれ、バーモントは詰まる声で主人に言った。

「旦那様、バーモントは旦那様のもとにいつでもおりますですぞ」

「ありがとう、ありがとうよバーモント。お主は忠義者よの……ああ、妻と娘と最後にパーティをした夜も、お主はルチナに頭から紅茶をかぶせられて慌てていたなあ。マルガレータは怒っていたが、あの頃は本当に楽しかった……妻に会いたい、娘に会いたい。こうして目を閉じて開けたら、すべてが夢だったらどんなによいだろう……」

「旦那様。これが悪夢なら、このバーモントもどこまでもごいっしょいたしましょう。ええ、旦那様をけっして一人にはしませんとも!」

 バーモントは、残った人生のすべてを公爵のために捧げることを決めていた。たとえ、公爵の心が壊れていても、唯一自分だけは覚えてくれているこの方をどうして見捨てられようか。

 そのとき、公爵は涙を流しながら空を見上げた。空には、ハルケギニアの空を照らす青と赤の双月が明るく輝き続けていた。

「この空だけは、あの頃と変わらないのお……」

「はい、とても美しゅうございますね」

 老いた主従は、様々な思いを込めながら夜空を見上げ続けていた。

 世界はこんなに美しいのに、どうして自分たちにだけこんなに残酷なのだろう? 運命に立ち向かわなかったのが罪なのか? だが、運命を変えるためにはもう自分たちは歳を取り過ぎてしまった。

 二人は月を見上げ続け、もう決して手の届かない幸せだった過去に思いを寄せた。

 

 風は静かで、二人のしわばかりの顔も優しくなでていく。二つの月も何万年も前から変わらなかったであろう輝きで、そこにあり続けていた。

 しかし、ふと涙のせいか月の影が揺らいで見えたと思ったときだった。二人以外に誰もいないはずの庭園に……サク、サクと、芝生を踏みしめる足音が流れて、公爵とバーモントがそちらを振り向くと、そこにはいつの間にか一人の女性が立っていたのだ。

 

「こんばんは、よい月夜ですね」

 

 涼やかな鈴の音のような声が響き、月光を浴びながら風変わりな姿の女はそうあいさつした。

 年齢は二十代初め頃。金糸のような髪をツインテールにして左右に流し、糸目なのか瞳の色はわからないが、絶世の美女と呼んでよかった。

 ただ、衣服は奇妙なデザインで、見たこともないような光沢を放つ素材で作られていた。まるで、神話の世界から天使が降りてきたようにさえ感じる。

「あなたは……?」

「失礼、とても悲しげに空を見上げている方が見えたので、つい声をかけてしまいました。わたくしはルビアナ、通りすがりの旅の者ですわ」

 それが、ルビティア公爵家とルビアナの最初の出会いであった。

 優雅な仕草で名乗ったルビアナは、しずしずと公爵たちに歩み寄った。公爵とバーモントは、まるで魂を抜かれてしまったように視線を逸らせず、声も漏らせない。そして、ルビアナは車いすに座る公爵の前にひざまづくと、にっこりと微笑んだ。

「どうして泣いていたのですか?」

「……」

 公爵は答えない。いや、答えられない。バーモント以外の人間に向かって口にできる言葉は、とうの昔に失われてしまっていた。

 本来なら、ここでバーモントは主の前の見知らぬ人間に対して立ちふさがるべきだっただろう。しかし、なぜかバーモントは不思議な安心感を感じて動くことができなかった。

 すると、ルビアナは公爵の手を取って静かに言った。

「とても深い悲しみと絶望……失ってはいけないものを、あなたは失ってしまったのですね。わたしにそれを返してあげることはできませんが、少しだけあなたの悲しみを和らげてあげられるかもしれません。さあ、目を閉じて……」

 ルビアナの手が静かに輝きを放つ。そうすると、公爵の心になにかのイメージが流れ込んできた。

「お、お……おおおお」

 公爵の口から、感極まったような切ない声が流れ始める。そして、なにが起こったのかと驚くバーモントの心にも、公爵と同じイメージが流れ込んできた。

 それは、バーモントの心に言いようのない懐かしさと安心感を与えてくれるイメージだった。包み込むような優しさに溢れ、なんの心配も苦しみもない、そんな心地にさせてくれる。

 この暖かくて心地よいイメージはいったい……いや、自分はこの感覚を知っている気がする。バーモントは、確かに覚えているはずのそれを思い出そうと試みたが、その前に驚くべきことが起きた。なんと、公爵の口からはっきりとした言葉が流れたのである。

「な、懐かしい。これはいったい……私は、これを知っている?」

「だ、旦那様!?」

 信じられないことだった。公爵はもう何年も、バーモント以外の人間とは何も口をきけない状態が続いていたというのに、いったい何をしたのかと問うと、ルビアナはにこりと笑って答えた。

「わたくしの心に描いたイメージをお見せいたしました。この方が、大切なものを失うよりもずっと前……誰もが知っているけれども忘れてしまう、無償の愛と安らぎに包まれていた頃の記憶を呼び戻してあげたのです」

「あなた様は、い、一体どこのどなたで? こんな魔法、聞いたこともありませぬ」

「ふふ、あなた方の知らない遠い遠い星の彼方からやってきた、ただの通りすがりですわ。でも、目の前で泣いている人がいるのを見過ごせなかった、それだけです」

 ルビアナはそう答えると、もう一度公爵と向き合った。

「あなたの悲しみを癒してあげられなくてごめんなさい。けれど、少しは楽になられましたか?」

「あ、ああ……なんだろう……すごく懐かしい。子供の頃に帰ったような……そんな、そんな夢を見ていた」

 かすれかすれの声でとぎれとぎれに公爵は答えた。ルビアナは、公爵の枯れ木のような手を包み込むように握り、微笑みを返す。

「涙も枯れ果てるほど疲れたとき、まぶたを閉じて夢を見るのは罪ではありませんわ。悲しみは癒えなくても、残った何かを夢の中で見つけることはできるかもしれません」

「いいや……私はもう、空っぽなのじゃ……」

「いいえ、誰にでも一度は空っぽの時期があります。でも、そんな空っぽの器を外側から包み込んで愛してくれる、そんな方があなたにもいたということを思い出したでしょう? あなたは今でもまだ、愛され続けているのですよ」

 そう諭すルビアナの言葉に、公爵はなにかを悟ったのか、穏やかに息を吐いた。

「そうか、この暖かさはあの……」

「わかってもらえたようですね。私にできることはこれくらいですが、少しでも楽になってもらえたなら幸いです。あなたの人生に新たな実りがあることを、お祈りしていますわ」

「も、もし、いずこへ?」

「わたくしは旅の者。また、行く当てもない旅に出るだけですわ」

「ま、待ってくれ」

 初めて公爵が強い口調で言葉を発した。それは、まだしわがれていて弱々しいものだったが、立ち去ろうとしていたルビアナは足を止めて振り返った。

「どうしました?」

 足を止めて、にこりと微笑み返すルビアナ。その姿は、まるで月光の中に溶けて消えてしまいそうなくらい美しく儚く見え、公爵は呼び止めたはずなのに、その口からは「あ、あぅ……」と、言葉にならないうめきしか流れてこなかった。

 けれど、公爵に長年仕えてきたバーモントにはわかっていた。そして、ある確信を持って主人の代わりに口を開いた。

「もし、その旅というのは急がねばならないのでしょうか……?」

「いいえ、当てもなく期限もなく、仲間といっしょに終わりのない旅を続けております」

「で、でしたら、もう少しこちらにとどまりいただくことはできないでしょうか! もう少しだけでも、旦那様のおそばにいていただきたいのです」

 バーモントは、老いた喉から出せる精一杯の声で訴えた。本来の執事としての彼の立場なら、素性の知れない相手を主人から遠ざけようとするのが普通だろう。しかし、彼は確信していた。この方しか公爵を救ってくれることはできないだろうと。

 ルビアナは、バーモントの必死な呼びかけに少し驚いた様子を見せたが、公爵の眼差しがまっすぐ自分を見ているのを感じると、にこりと笑って答えた。

「わたくしなどを必要としていただけるのであれば、喜んで。しばらくのあいだ、こちらにとどまらせていただきます」

 そうしてルビアナが再び公爵の手を取ると、公爵は長らくバーモントも見たことのなかった安らいだ表情を見せた。

 

 これが、ルビアナがルビティアに現れた時の出来事と、公爵家にとどまることになった理由だと、バーモント老はしみじみとミシェルとタバサに語った。

 星から来たという謎の娘、それが彼女だった。

 しかし、バーモントの表情は穏やかで懐かしさに溢れ、彼はいとおしそうに続きを語った。

「それからルビアナ様は、本当にかいがいしく旦那様の看病をしてくださいました。どのようなことでも嫌な顔ひとつ見せず、いつも笑顔で旦那様のそばにいらして、本当に旦那様は楽しそうでした」

 それは、娘の死後止まり続けていた公爵の時間が、ようやく動き始めた瞬間だった。

 けれど、それは公爵が亡き妻や娘のことを忘れてしまったというわけではなかった。ある日、ルビアナがお茶をいれるために席を外したとき、バーモントは楽しみに待っている公爵にたずねてみたことがある。

「旦那様、最近はお顔の色もよろしいようでありますね。まるで、奥様が帰られてきたかのようです」

「ああ、このところは具合がよいのだ……だが、あれは妻とは違う。私の妻はマルガレートだけだ……彼女はそう……恥ずかしい言い方になるが……」

 ぽつりぽつりとこぼした公爵は、それからルビアナが淹れてきたお茶を飲みながら、彼女に妻子の思い出話をとつとつと語り、ルビアナもその話をうなづきながら聞いていた。

 そう、公爵の心の中にいるのは、妻と娘だけなのは動いてはいなかった。公爵は亡き娘の遺体を変わらずに愛で続け、その心根の狂気までは変わらなかった。

 それでもルビアナが公爵の心の支えであったことは間違いなく、彼女はそうあり続けた。公爵がどんなに常軌を逸した態度を示そうとも、それを受け入れてそっとそばにおり、そんなルビアナの示す無償の愛に、バーモントはこの方は始祖がつかわしてくれた天使に違いないと、心から感謝した。気づけば、バーモントも自分の心を占めていた悲しみが拭い去られ、ルビアナを新たな主のように慕っていた。

 また、ルビアナの旅の共だという者たちもとても気性が良く、屋敷のことを手伝ってくれるようになった。バーモントや、わずかに残っていた忠臣たちの間にも明るさが戻り、いつのまにか暗鬱な雰囲気に満たされていた屋敷の中には笑い声が甦っていたのだ。

 

 けれども、そんな時間は長くは続かなかった。

 いかに気力を取り戻したとはいえ、何十年という歳月で弱りきった公爵の肉体に、ついに終わりの時がやってきたのである。

 死期を悟った公爵は、枕元にバーモントとルビアナを呼んで、まずバーモントに長年の労をねぎらってからルビアナに語りかけた。

「やあ、ミス・ルビアナ……あなたが私のそばにいてくれたこの一月ほどの間……短かったが、とても楽しかった。だが、どうやら私はここまでらしい。私のような者のために、本当に感謝している……ありがとう」

「公爵様、わたくしも公爵様といれたこの時間はとても楽しゅうございました。公爵様は、どんなに年月を経てもご家族への愛情を忘れないお優しいお方、あなたのおそばにおれたことを光栄に思いますわ」

 まったく世辞を感じさせない穏やかな声色でルビアナは答えた。公爵はにこりとうなづいたが、その呼吸はしだいに弱弱しくなっているのがはっきりと感じられる。

 バーモントは、長年仕えた主人の最期を見届けようと、涙をこらえながら気をしっかり持とうと自分を奮い立たせた。そしてこの後に公爵とルビアナがかわした会話を、彼ははっきりと覚えている。

 ルビアナは、ベッドに横たわる公爵の耳元で、そっとこう呼びかけた。

「公爵様、公爵様もご存じの通り、わたくしにはあなた方の知らない特別な力がございます。死人を蘇らせることだけはできませんが、わたくしの力を使えば、公爵様のお体を治してあげることも実はできるのです。公爵様のお人柄を惜しんで尋ねます……もう一度若さを取り戻して、第二の人生を歩んでみるおつもりはありませんか?」

 それはまさに神の所業に近く、悪魔のささやきにも思える提案であった。しかし、公爵は驚くバーモントの前でゆっくりと首を横に振ってから言った。

「いいや、その気持ちだけで十分だ……私の人生は、妻と娘を失ったときにもう終わってしまっていたのだ……なのに私は、妻と娘の後を追って死ぬことさえできずにいた臆病者だった。だが、これでようやく二人のところへいける……それが楽しみでしかたないのだ」

 公爵の声には死へのおびえは微塵もなく、それを聞いたルビアナはそっと頭を下げた。

「余計なことをお聞きしてしまったようですね。お忘れください。公爵様がご家族と再会できることを、心からお祈りしておりますわ」

「すまないね……だが、ひとつだけ心残りがある。ルビアナ……私の最期の願いだ。あなたを見込んで、お頼みしたい」

「はい、わたくしにできることでしたら、なんなりと」

 快くうなづいたルビアナに、公爵は少しためらった様子を見せてから口を開いた。しかしその内容は、傍らで聞いていたバーモントが腰を抜かしそうなものであった。

「ほかでもない、我が領地、このルビティアのことだ……私は妻をめとり、我が子が生まれた時、妻と娘に、このルビティアをゲルマニアに……いや、ハルケギニアに誇れるすばらしいところにしようと誓い合った……しかし、私はこのざまで、ルビティアはいまや見る影もないほどに荒れ果ててしまった。身勝手なことだとはわかっているが、どうか私に代わってルビティアを治めてはもらえないだろうか」

「それは、私にこのルビティアの領主になれということでしょうか?」

 当然ルビアナは問い返した。その隣ではバーモントが青ざめた顔で何かを言いかけていたが、公爵は死にかけの体からは信じられないほどはっきりと言った。

「ルビティアを衰退させてしまったのは私の罪だ。だが、私にはもう罪をつぐなう資格も能力もない……あなたに不思議な力があるというのなら、どうかそれを私ではなくルビティアの民のために使ってはくれまいか」

「公爵様、私はあなたさまのためにはなんでもしてあげたいと思っております。ですが、私は外の人間です。勝手にこの土地の領主になるなんてできませんわ」

「それなら心配はいらない。私の娘だということにすればよい……幸か不幸か、私の娘がどんな姿をしているかを知る者は、私の周りの者たちしかおらんのだからな。この子が生きておれば、ちょうどあなたくらいの年頃になっていただろう……」

 公爵の隣には、娘ルチナの遺体が寝かされており、公爵はしわだらけになった手で、その頭を愛おしそうになでてから続けた。

「身勝手なことは、わかっている……しかし、私がいなくなってから、このルビティアがどうなるか……間違いなく、鉱山の利権を狙った奪い合いが始まるだろう。仮に私が領主として戻っても、もうルビティアを支える力はない。だが、あなたといっしょにいたこの一月で、あなたが大変に聡明な方だということがわかった。あなたにしか、頼めないのだ」

 公爵の訴えの必死さは、傍で聞いているバーモントにも痛いくらいにわかった。たとえ死期が間近に迫っても、公爵の心はろうそくが燃え尽きる前の最後の輝きのように、治世に燃えていた若い日に戻っていた。

 ルビアナは、公爵の訴えを瞳を覗き込みながらじっと聞いていたが、やがて公爵の手を取ると、真剣な表情をして答えた。

「わかりました。公爵様たちご家族の夢、わたくしが受け継がせていただきます」

「お、おお……ありがとう、ありがとう……これでようやく、思い残すことなく妻と娘のもとへ行けます」

 それが公爵の最期の言葉だった。それから公爵は昏睡状態に陥り、ほどなくして静かに息を引き取った。

 公爵の葬儀は、公爵に近しいものだけでひっそりとおこなわれ、公爵が亡くなったということは外には伏せられた。そして、公爵の遺体は娘の遺体と同じように永久保存された。

 ミシェルとタバサは、もう一度部屋の隅のベッドに視線を移す。そこでは、仲良さげに公爵とその娘が隣り合って今も眠り続けている。いつか、ルビティアが公爵夫婦の夢見た国に変わったときにあらためて埋葬するまで、この地を見守り続けていてほしいという願いを込めて。この屋敷は、そのものが公爵家族のための墓標だったのだ。

 

 そして公爵の死後、ルビアナは公爵との約束を守った。ルビアナにとって公文書の操作など造作もないことで、公爵の娘の立場にやすやすと成り代わった。そして彼女はその手腕を遺憾なく発揮して、公爵も想像していなかった速さでルビティアを動かしていったのである。

 その改革……いや、革命と呼ぶのさえおこがましいほどの変化は冗談としか呼びようのないものであった。ルビアナは政治の世界でも、その恐るべき力を使うことを躊躇しなかったのである。

「初手として、まずは腐った膿を出しましょう」

 彼女がそうつぶやいた後、ルビティアを仕切って暴利を貪っていた役人や兵隊が一夜にして文字通り消えた。それだけではない、街を闊歩していた賊や悪徳商人などの類もすべていなくなった。一夜が明けた後、住人たちは叫び声も悲鳴も聞こえない静かな朝が来たことに困惑し、何年振りかに朝日の美しさを思い出した。

 そう、ルビティアに平和が戻ってきたのである。それもたったの一日で……。

 だが、これだけなら政治の知識が無くても強力な異能さえあれば誰でもできる力技である。世間の人間は誰も異変の原因には気づいていないが、賊どもが「消えた」のではなく「消された」のは明らかであった。実際、ミシェルとタバサはこれがケムール人の仕業だということをすぐに察した。

 ルビアナがその本当の意味での異能を発揮したのはそれからである。

 邪魔者をあっさりと消し去ってしまったルビアナは、残った役人や兵隊を集めて領政府を再編した。ただ、彼らは腐敗しきった役所の中で数少ない真面目に仕事を続けていた人間たちだったが、昨日まで下っ端だった彼らがいきなり重職に引き上げられたところで何もできるわけがない。しかしルビアナは、右も左もわからないでいる新人の重役たちを見渡すと、優しく微笑んでこう告げたのだ。

「お集まりの皆さん、なにも心配することはありません。皆さんがなにをすればよいかは、すべて私が教えて差し上げます。あなた方は、これまでどおりに真面目で誠実に仕事にはげんでくれればよいのです」

 集められた新たな官僚や兵士長たちは、その日初めて会う新たな主君の言うことをなかば呆然としながら半信半疑で聞いていた。

 しかし、彼らはすぐにルビアナの恐るべき力を知ることになった。半信半疑で命令に従った彼らは、ルビアナの指示のそのすべてが狙い撃ったように正しかったことを知ったのである。

 とにかく分野を問わず、ルビアナの指示通りにして失敗したものはなかった。これがいかに非常識なことであるかは、彼女が指示した内容の専門分野がすべて違っていることで一目瞭然であろう。政治、商取引、工事、治安確保、貧民への福祉、その他どれをとっても何十人もの専門家の意見を聞いて、それでいて成功するかどうか保証のない分の悪い賭けなのである。古来、名君や賢王と呼ばれた統治者は数多くいたが、すべての物事を自分一人だけで決めて、かつそのすべてを成功させた王などいなかった。

 もしも、誰にも頼らずに一人ですべてを支配しようとすれば、凡百の愚王や独裁者たちのように失敗を認められないで国をめちゃめちゃにしてしまうだろう。が、ルビアナはそれをやすやすとやってのけた。しかも、あくまで指示を出すだけで、仕込みなどは何もしていない。当時、それをルビアナのそばで見ていたというバーモント老は、その脅威の手腕をこう賞した。

「あの方は、なにをどうすれば正解にたどり着けるのか、すべて知っているかのようでした。ええ、まるでこの世の英知をすべて身に着けているような……ルビアナ様ほどの賢者は神話の中にさえおらぬでしょう」

 それが決して誇張ではないことはミシェルとタバサにもわかった。ルビティアの街で聞き及んだルビアナの噂と完全に重なる……ルビアナが助言した事業はすべて成功し、多少のつまづきはあったものの、それはルビアナの指示を無視したり実行者のミスが原因で、彼女がさらに助言すれば解決した。

 こうしてルビティアは割れた窓ガラスが目立ち風の音寒い衰退した街並みから、道々に花が咲き子供がそこかしこで遊べる豊かな国へと短期間のうちに生まれ変わったのだ。ミシェルとタバサが立ち寄った孤児院のような救済施設も建てられ、今ではルビティアで貧困にあえいでいる者は一人もいない。当然、領地の民はルビアナを救世主のようにあがめ、圧倒的な支持を保っている。

 これがバーモント老やルビティアの人々がルビアナを救い主として感謝する理由だった。あらゆる悪災を取り除き、どうすれば豊かになれるかの道を示してくれる。むろん、豊かになれば堕落する人間たちも出て来るが、ルビアナはそうした者たちに対しても更生の道を適切に示し、あらゆる難題も彼女の采配の前では問題とならなかった。

 この話を改めて聞いたとき、ミシェルもタバサもまるで世間知らずの貴族の坊やの創作した英雄譚のようだと思った。タバサの愛読していたイーヴァルディの勇者にさえ、こんなでたらめなまでに万能な救世主は出てきはしない。

 が、いわばそんな「機械仕掛けの神」とも言うべき存在が実際にいる。話を聞いていた才人も、ルビアナがルビティアを乗っ取ったようなものだと思いながらも、実際に救いと恩恵をもたらして、さらにこれまでトリステインでも彼女の見せた善良な人柄を思うと、頭がこんがらがってわけがわからなくなった。

 

「畜生! おれの頭でそんなことわかるわけねえだろ! こんなときこそルイズや女王さんの知恵を借りたいってのに」

 才人は話が終わると、ぶつけようのない不満を吐き出すように叫んだ。完璧に万能で善良なる存在、そんなものがあり得るのか? どう考えても不審すぎるが、それを言えばウルトラマンの存在も否定することになる。

 なにかが引っかかって納得できない。そんな才人のいらだちに、ミシェルはなだめるように言った。

「落ち着けサイト。わたしの考えでも、ルビアナはまったくの善意でルビティアやトリステインに干渉してきているのだとしか結論できなかった。それは恐らく、間違いないだろう」

「なら、このままあの女のいいようにやらせておけばいいってのか?」

「ああ、そう思いたくなるくらい、あの女のやることは完璧だ。しかし、以前のわたしのように、善意というものは時に悪意よりも災厄をもたらすものだ。ルビティアだけならともかく、奴はトリステインにも影響力を伸ばしてきている。いや、舞踏会にはウェールズ陛下もいらしているから、アルビオンにも進出するのは時間の問題だ。そうなってからなにかが起こっても遅すぎる」

「良かれと思って~と、やって最悪のパターンになるってやつか。一番タチが悪いやつじゃねえか!」

「うむ、あの女のやることは単に”いい人”のレベルを超えている。あの女の善意の根幹になにがあるのか? それがわからんことには力づくで止めるにせよ話し合うにせよ判断がつかん」

 理性ある限り、理由のない善意も悪意もない。理由なく行動する狂人は別として、善人ならば愛情や恩義、悪人ならば恨みや欲がその行動の根幹になっている。才人やミシェルが善人でいるのも、家族から受けた愛情がその芯を成しているように。

 ならば、ルビアナの強烈すぎるほどの善性はなにが根幹になっているのか? それがわからない限りは、どうしても信用することはできない。なにせ、悪人だけとはいえ有無を言わさず強制労働に叩き込むという無茶をやっている。これが暴走した日には恐怖政治になることは火を見るより明らかだ。

「そのうち、あいつの気に入らない奴はハルケギニアにはいられない世界にされちまうぜ。くそっ、もし舞踏会でなにかあったらルイズも……こんなときこそあいつのそばにいてやらなきゃいけないってのに!」

「落ち着けと言ってるだろうサイト。あの女の性格からしてミス・ヴァリエールに手を出す可能性は低い。それに城には姉さんや烈風らの手練れも詰めている。簡単にめったなことは起こらんさ」

「あいつはそんな常識が通用する相手じゃないんだろ! だいたいルイズにしてもギーシュにしても火のないところに火事を起こす天才じゃねえか。もし余計なことしてやがったら今ごろ……」

「落ち着けと言ってるだろうが!」

 悪いほうに心配が加速して止まらなくなっている才人に、ミシェルは怒鳴りつけると同時に、その頬に熱いミルクの入ったカップを押し付けた。

「あっちぃ!」

 当然その火傷しそうな熱さにびっくりして跳び上がった。思わず怒りで頭がいっぱいになりかけたが、きっと睨みつけてくるミシェルの厳しい視線に気づいて気持ちを治めた。

「悪りい……俺だけ騒いでもしょうがねえってのに。やっぱおれは馬鹿だ」

「ああ、よく知っているよ。しばらく何も食べていないんだろう? イライラするのも仕方ないさ。まずはこれでも飲んで腹を落ち着かせろ」

 声色を穏やかに戻したミシェルにカップを手渡されると、才人は湯気を立てているミルクに口をつけてぐっと飲みほした。甘さが口の中に広がった後に、喉を通して温かさと充足感が胃袋を満たしていくのが感じられる。

「少しは落ち着いたか?」

「ああ、うまかった。ごちそうさま」

 腹が満たされると、落ち着きも戻ってきた。温かいミルクはやっぱり甘くてうまい……ミルク?

「あれ、ミルクなんてあったっけか?」

 この部屋にはキッチンのようなものは見当たらない。にも関わらず、温かなミルクが出てくるとはどういうことなのか? するとミシェルは空いている手をかざして。

「ああ、それはこの部屋の仕組みで、何かを欲しいと念じれば出てくるらしい。こんな風に」

 すると、なにもない空間からティーカップが出てきて、ミシェルの手に収まった。中にはさっきと同じように、ホカホカのミルクが注がれている。

「へーっ、こりゃ便利な」

 才人は素で感心した。どこかの星の技術だろうが、これなら部屋の中にあれこれなくても済むというものだ。

 見ると、タバサのほうも、読み終わった本を傍らに置くと、宙から次の本を呼び出している。すでにタバサの周りにはうず高く本の山が出来上がっており、ずいぶん熱心に読んでいるので才人はふと聞いてみた。

「なあ、どんな本を読んでるんだ?」

「異世界の書物……なかなか興味深い。今読んでるのは、正義の戦士たちが仲間を救うために七人の悪魔と戦う物語」

 小難しい本かと思えば、タバサ好みのヒーローものだったようだ。そういえば表紙の主人公の顔がどことなくウルトラマンっぽい気がする。

 才人は、邪魔したら悪いなと思って、視線をミシェルに戻した。

「ん? でもこれなら、脱出に使える道具が欲しいって念じればいいんじゃ?」

「ああ、それなんだが、もし危険なものを要求すると……」

 才人は試しに爆弾が欲しいと念じてみた。すると、代わりに頭上から水が降ってきてしたたかに濡れてしまった。

「……」

「と、ま、まあそういう具合だ。向こうもそこまで馬鹿ではないということだろう」

 そう言いながらミシェルは笑いをこらえていた。ちらりと見ると、タバサも向こうを向きながら肩を震わせている。悔しい。

 しかし、それは別として脱出は考えなくてはならない。けれど、それを言うとミシェルもタバサも首を振った。

「無理だ。わたしたちも杖を取り上げられなかったので、思いつく限りの手を試してみたが、扉も壁も天井も床もびくともせん。お前もそのなまくらを取り上げられなかったろ?」

 言われてみればそうだ。試しにデルフで扉を叩いてみたが、キズひとつつかず、逆にデルフのほうが「いてっ!」と悲鳴をあげるくらい固かった。

「ぶっ壊して出るのは無理か」

 宇宙金属か何かでできているのだろう。力づくで壊すのは物理でも魔法でも不可能だと思うしかなかった。

 ルイズの『テレポート』なら脱出可能だろうが、エースを介してテレパシーを送ろうにも、脳波さえも遮断されるようで通じない。

 そして、ルイズがこっちの異変に気づいて助けにきてくれるとしても、少なくとも舞踏会が終わるまでは無理だろう。あの単細胞は女王と張り合ってそれどころではないだろうし……。なにより、こちらの居所がわからなくては意味がない。

 と、なると、やはり自力で脱出しなくては。力づくでダメなら、相手に扉を開けさせようと才人は考えた。

 その作戦は……。

「うおーっ、いてーっ! 急に腹がいてーっ!」

 と、病人のふりをする古典的な手段だった。多分、前に漫画かなにかで見たのだろう。

 その、あまりにも見え見えな仮病の様にはミシェルもタバサも呆れ顔を見せている。ティファニアくらい純真なら騙されるかもしれないが、普通ならまずひっからないだろう。

 案の定、しばらく「いてててて」と言い続けていたら、才人の頭の上からラッパのマークの胃腸薬のビンが落ちてきた。おでこにしたたかに薬ビンを落とされて、才人は本気で「いってえーっ!」と悲鳴をあげるはめになってしまい、ミシェルとタバサもまたも笑いをこらえるのに苦労した。

「バカにされてるな」

 そんな古典的な手段が通じる相手ではないようだ。まあ才人の浅知恵が通用するような相手なら、ミシェルとタバサがとっくに脱出しているだろう。

「諦めろ、向こうのほうがお前より頭がいい」

「ずいぶん余裕じゃないかよ。このまま出られなかったらどうすんだよ?」

「だからこうしてチャンスを待ってるのさ。あっちにわたしたちを始末する気がないなら、いずれまた接触してくる。そのときに備えろ」

「ちぇっ、覚えてろよ!」

 才人は腹立ち紛れにドアを蹴飛ばすと、そのままベッドでふて寝に入ってしまった。

 どうしようもない。しかし、万一の場合になったら自分がなんとかしなければいけないと、才人は決意した。

「ミシェルさ……ミシェル、もし、あいつが手を出してきたら、おれが死んでもミシェルを守るからな」

「バカ、この中で一番弱いくせに無理するな。むしろ、お前を守るためにわたしが捨て石になるべきだろう」

「ちぇっ、ちょっとは頼ってくれよ。それに、俺だってそっちのちびすけよりはっ!?」

 言おうとした瞬間に才人の眼前を氷の矢がかすめていった。

「あなたより弱くはない」

「わ、わかった、悪かった」

 ちらっと睨んできたタバサに、才人は「こいつこんなに喧嘩っぱやかったかな?」と冷や汗をかいた。無意識に、タバサのことを前から知っていたようにして。

 タバサはまたそっぽを向いてしまい、才人はミシェルに向かってため息をついた。

「弱いってつれえなあ」

「バカ、確かに才人はそこいらの奴よりかは強い。けど、こちらはそういうのを何年も続けてきた『プロ』だ。そう簡単に追い付かれてたまるか」

 もっともだった。二人と才人では、修羅場をくぐってきた年期が違いすぎる。

 けれど、男として情けないと肩を落とす才人に、ミシェルはからかうように告げた。

「気を落とすな。お前はもう十分に水準以上の力は持っている。ただ、お前とわたしたちとでは力を使ってやるべきことが違うというだけだ。サイトがわたしを救ってくれたあの日、お前が戦ってくれたのは力があったからか?」

「……いいや、でも、おれだって男だぜ。女の子の前じゃちっとはかっこつけたいって思うよ」

「かっこ悪いかっこよさというものもあると、わたしはサイトから学んだと思っているよ。無理をしなくても、サイトのかっこよさはわたしが知っているから、焦るな」

 こういうとき、ミシェルはどうして自分は女性らしく振舞えないのかと情けなく思う。姉のように慰めることはできても、恋人のように甘えさせることはできない。

 そんな二人を、タバサはちらりと一瞥して、また読書に戻っていった。異世界の書物の続編……七人の悪魔を倒した後に現れたさらに強い六人の悪魔と、それを率いる完璧なる悪魔との戦い。今のうちにできるだけ勉強しておきたい。

 

 

 しかし、焦る才人の気持ちとは裏腹に、事態はすでに大きく動こうとしていた。

 トリスタニアの空に存在するはずの不可視の宇宙船に対して、行動を起こそうとしている者たち。総勢四人のウルトラマンの力を持つ者たちは、それを引き釣り出すための作戦を開始した。

「こちらアスカ、ファイターEX準備よし。いつでもいけるぜ」

「こちら東岸、セリザワだ。準備は終わった」

「俺のほうも完了だ。西岸、問題なし」

「こちら南岸、高山です。わかりました、ではただちに作戦を開始します。アスカ、頼む」

 街の上空と、東西南にそれぞれ配置した彼らは、この日のために一週間かけて用意してきた新兵器による作戦を開始した。

 まずは、上空のファイターEXでアスカがPALに指示する。

「よし、パイロットウェーブ照射!」

「リョウカイ」

 空中に静止したファイターEXの機首から、波紋状のパイロットウェーブが放たれる。

 これは元々は超空間波動怪獣メザードを通常空間に追い出す役目に使われるものである。だが、相手がなんらかの次元潜航をおこなっているのであれば、水面に石を投げるように揺らがせることはできる。

 思った通り、肉眼では確認できなくても、ファイターEXのセンサーやセリザワの透視能力では空中で揺らぎが発生しだした。そのおおまかな座標をファイターEXから指示されると、今度は残った光学迷彩を破壊するために、セリザワ、藤宮、我夢の三人は秘密兵器を作動させた。

「よし、今だ。スペクトルα線、放射」

「スペクトルβ線、放射」

「スペクトルγ線、放射!」

 三か所から放たれた特殊光線が一点に集中し、その収束点で黒々とした影が浮かび上がった。

 あれが敵の宇宙船か。セリザワは、王宮の大きさに匹敵しそうな、その巨大宇宙船をはっきりと目視して息を呑んだ。やはり、あの形状はあの星のものと酷似している。

 現れた宇宙船は、まるで空に浮かぶ要塞の様に巨体に月光を反射させて輝いている。これに比べたらファイターEXなどコバエのようなものだ。

「でけえ……」

 アスカの知っているところで言えば、スーパーGUTSの移動基地「クラーコフNF-3000」。我夢の知っているところではXIGの空中基地エリアルベースに相当する大きさだ。

 この規模なら、セリザワの知っている中では最大規模のUGMのスペースマミーすら悠々と収容できるだろう。それを誰の目にも触れさせることなく隠し続けていたのだから、敵の技術力は相当なものだ。

 だがそれにしても、このスペクトル線の放射装置はすごいものだとセリザワは思った。異なる波長の放射線を当てることで光の屈折を完全に無効化してしまう。これはかつて、科学特捜隊が棲星怪獣ジャミラの乗ってきた透明宇宙船のカモフラージュを取り除いたときのものと同系だが、当時の科特隊の開発者であったイデ隊員は掛け値なしの天才と言ってよく、セリザワも原理は知っていたが再現はできなかった。

 しかし、我夢と藤宮とウルトラマンヒカリの三人の天才科学者の協力で、ついに再現に成功した。それでも、我夢が向こうの地球から持ち込んだ機材を使って三人がかりで一週間近くかかったわけで、これを一晩でゼロから完成させたイデ隊員がいかに並外れた天才だったかということが思い知らされた。

「これほど高度な機械を、アルケミースターズでもない普通の人が一人だけで開発して組み立てたんですか? すごいなあ、やっぱり人間の可能性ってやつは、無限に上があるものなんですね」

 我夢も、スペクトル線装置の仕組みを聞いただけで、手放しでイデ隊員の功績を賞賛した。怪獣頻出期の初期に地球を守れていたのはウルトラマンだけの力では決してなかったのだ。

 偽装をはぎ取られた宇宙船は、悠然と上空に浮き続けている。動き出す気配や攻撃をかけてくる気配は今のところはなく、ファイターEXはその周りを旋回し続けている。

 なにかを仕掛けるなら今しかない。我夢はアスカと藤宮に向かって呼びかけた。

「よし、作戦の第二段階へ移ろう。アスカ、藤宮、突入してくれ」

 敵の姿は見えた。あとは内部に飛び込んで、捕らわれた二人を救出する。その役目は、経験のあるあの二人が適任だ。

 アスカと藤宮は、ウルトラマンの力を使って宇宙船に飛び込むべく、それぞれの変身アイテムを取り出した。

 だが、彼らにとってはまったくの想定外の事態が、まさに彼らの作戦を引き金にして起こっていたのだ。

 

 トリステン王宮。その一室で、絶縁体のケースの中に閉じ込められているエレキングの幼体。そいつはエネルギーを失ってじっとしていたが、パイロットウェーブとスペクトル線の余波の強烈な磁場を受けて、一気に覚醒した。

 ケースを破壊し、そのままどんどん巨大化する。巨体は王宮の一角を破壊して、月光の下にエレキングはその禍々しい姿を現したのだ。

「怪獣だぁーっ!」

 王宮の崩れる音を聞きつけて外に飛び出した者たちは、宮殿の中庭に聳え立つエレキングの姿を見て絶叫した。

 エレキングは角を回転させ、甲高い叫び声を上げながら、狂ったように手当たり次第に近場の建物を破壊し始めた。城壁を殴り倒し、尻尾で渡り廊下をへし折り、花壇を踏みつぶす。その凶暴さは、以前にド・オルニエールに現れたエレキングたちの比ではなかった。

 ほんの十数秒で、でたらめに暴れたエレキングは瓦礫を浴びながら王宮の一角を壊滅させていた。あまりに時間が短すぎて、王宮警護の騎士たちも対応することができない。

 そして、エレキングは何かに引き寄せられるかのようにダンスホールへと頭を向けた。

「いかん! 怪獣はダンスホールを狙っておるぞ。あそこには陛下と女王陛下が!」

「とっ、止めろ! ダメだ、間に合わん!」

 蒼白になる騎士たちの前で、エレキングの口が鈍く輝きだす。そして、電撃光線がダンスホールへと放たれようとした、まさにその時!

「シュワッチッ!」

 閃光の様に飛び込んできた青く鋭いキックがエレキングを吹き飛ばした。

 エレキングは体勢を崩して城壁に叩きつけられ、その傍らに青き騎士が颯爽と降り立つ。

「青い……ウルトラマン。彼は」

 ウルトラマンヒカリ。その姿を見て、駆け付けてきたカリーヌは安堵したようにつぶやいた。

 エレキングもすぐに起き上がってきて、王宮の一角でヒカリとエレキングが向かい合う。両者の戦いがどうなるのか、誰もがそれを想像してじっと見守った。

 が、ヒカリと三人のウルトラマンたちにとって、エレキングの出現は本当に唐突な事態であった。不測のことが起こるのは覚悟していたものの、ウルトラマンが一人出て行かなければならない事態がいきなり起こるのはやはり大きな逆風になる。

〔こいつは私が抑える。急げ! 奴らがあれを出してくる前に〕

 ヒカリが我夢に叫んだ。エレキングがなぜ現れたかはわからないが、こいつ一匹程度ならばなんとかなる。しかし、奴らが本気を出してあれを投入して来たらとても一人で抑えるのは無理だ。

 我夢はヒカリからの指示を受けてアスカと藤宮にも伝えた。

「二人とも急いでくれ! こっちは最悪僕がなんとかする。これ以上怪獣を増やされたら危ない」

「わ、わかった! 後は頼むぜ」

 アスカと藤宮はそれぞれウルトラマンの力を使い、光となって宇宙船に突入していった。

 残った我夢はさらなる不測の事態に備えて待機し、ヒカリはエレキングを倒すべく立ち向かっていく。

「セヤアッ!」

 科学者ではあるが、同時にウルトラ兄弟の中でも特に華麗な技を持つヒカリの俊敏なキックがエレキングの頭をはじき、続いて放たれたパンチがエレキングの腹にめり込む。

 悲鳴をあげるエレキング。しかし、エレキングはなおも暴れるのを抑えられないとでもいうふうに、ダメージを受けながらも長い尻尾を振り回してヒカリにぶっつけてきた。

「ハアッ」

 ヒカリはエレキングの尻尾を受け止め、そのままエレキングを被害の少なくなる場所へと投げ飛ばした。

 さらに城壁や建物がエレキングに押しつぶされて崩れるが、人の多くいるダンスホールからは遠ざけられた。ヒカリはエレキングが人のいるほうへと向かわせないように正面から立ちふさがり、エレキングはなおも頭部のアンテナを激しく回転させながら起き上がってくる。

 突然、なんの前触れもなく王宮の内部で始まった怪獣とウルトラマンの戦い。その轟音と激震は王宮全体をパニックに陥れ、笑い声に満ちていたダンスホールも、非常事態宣言をアンリエッタが出していた。

「皆さん、舞踏会は中止です! ですが安心してください。このダンスホールは怪獣でも簡単には壊せないよう、特別に頑丈に作られています。わたくしは最後までこちらにおりますゆえ、まずは皆さま落ち着くことをお願いいたします」

 その一言で、パニックになりかけていたダンスホールの中も冷静さを取り戻していった。女王が最後まで残ると言っているのに、体面を大事にする貴族が慌てて逃げ出すわけにはいかない。

 ダンスホールの窓が開けられ、ヒカリとエレキングの姿が貴族たちの目にも飛び込んでくる。戦慄が走る中で、ルイズは才人を探すために走り出し、ギーシュはモンモランシーとルビアナを守るように肩をいからせた。

「だ、大丈夫さ。ぼくがいる限り、二人には絶対に指一本触れさせないから安心したまえ。バラのとげは美しい花を守るためにあるってことを、み、見せてあげようじゃないか」

 杖を持っていないので明らかにビビりが隠せていないが、それでも逃げ出そうとはしていない姿をモンモランシーは呆れながらも頼もしげに見つめていた。

 そしてルビアナもギーシュの背中を同じように見つめていたが、すっと視線をエレキングへと流した。

「可哀想な子……」

 小さく哀しげなつぶやきは誰の耳にも届かず、エレキングはさらに暴れ狂っていく。ルビアナは、まるですべてを見通しているかのように、憂いを含んだ表情でじっとそのまま立ち続けていた。

 

 

 続く


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