ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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<本編の前に>
今回のお話は、作者が熱中していたソシャゲ「異世界∞異世界」のサービス終了にともない、同ゲームへの感謝を込めて同ゲームのオリジナルキャラクターを今回限りのゲスト出演という形で登場させています。


第62話  次はどんな冒険をしようか?

 第62話

 次はどんな冒険をしようか?

 

 鬼怪獣 オニオン 登場!

 

 

「由々しい問題ですわね……」

 ここはトリステイン王国。その首都トリスタニアの王宮の執務室で、アンリエッタ女王が報告書を見て表情を曇らせていた。

「トリステイン軍の人材が、そこまで枯渇していましたとは……」

 現在のトリステイン軍の主要な部隊の名簿を見て、アンリエッタはその数字の少なさに表情を硬くしている。

 ガリアとの戦争が大規模化する前に終わってくれたのは幸いではあったけれど、いざ終わって詳しく調べさせてみたら現状は思った以上にひどいものであったことが明らかになった。戦争以前から続く怪獣災害や様々な騒乱のこともあって、トリステイン軍の人員数は大きく減少していた。

 いや、戦争が終わった今だからこそ軍隊を縮小すべき時なのではあるのだし、アンリエッタもできれば軍隊はあまり大きく持ちたくはないと思っている平和主義者だ。しかし常に最低限置いておかねばならない部隊の数までまかなえないのは国防上問題であった。

 具体的に言えば、単純な兵士の数であればそこまで問題はない。しかし兵士を率いて部隊の中核となる熟練兵と、それを率いる指揮官が不足している。銃士隊はアニエス隊長はまだ負傷療養中だし、銃士隊員にもまだ療養中の者が大勢いる。グリフォン隊やヒポグリフ隊も、負傷や病気、高齢などで退役する者でかなりの穴が開いている。

「これでは、また大きな騒乱があったときには今度こそまともに軍隊を動かせなくなってしまいますわね。枢機卿、どうしてこんなになるまで放っておいたのですか」

「お言葉ですが、人間というものは何もなくとも減っていくものなのです。むろん、補充はしておりますが、ここ最近の減り具合が追いつかないほど速いのです。もしも今、人材に不足が無かったとしたら、陛下は桁がひとつ違う計上予算を見ることになっておりますぞ」

 マザリーニ枢機卿の苦言に、アンリエッタはため息をついてから枢機卿に向き直った。

「わかりました。ではこれからのことですが、予算内でできることで実際どういう対策があるでしょうか?」

「女王陛下も話が早くなりまして、ご成長を感じられて嬉しいですぞ。騎士隊のほうは、ド・ゼッサール殿を始めに若手の訓練を続けていますが、これは時間をかけるしかありますまい。問題はいわゆる下士官級の不足ですが、これは女王陛下流のやり方でいこうかと思われます」

「つまり、銃士隊のように身分にとらわれずに広く人材を集めるのを広げようというのですね。ですが、急な雇用は人材の質の低下を招くのではありませんか?」

「むろんです。厳しく判定せねばなりませぬ。しかし、志望者は来ているのですが、その中から選抜する試験官が足りないのです。なにせ、銃士隊がそうであるように、いずれは女王陛下のお側を任せるかもしれない人材、半端な者に選抜させるわけにはいきませぬ」

 優秀で信頼できる将校は皆それぞれの仕事で忙しくて手が空いていない。

 せめて、全員を集めて一度オリエンテーリングのようなことをできれば、そこで選んだ人材を中心に新しい部隊を作れるかもしれないのにとマザリーニは苦しい表情をした。実際、銃士隊が採用されたばかりのアニエスを中心に促成で作られた部隊なのだから。

「そうですわね。メイジや平民の区別なく優秀な人材を見極められる信頼できる人物がいれば……そうですわ! わたくしにいい考えがあります」

 何かを思いついたように、アンリエッタは満面の笑みで言った。

 マザリーニは何となく嫌な予感がしたが、とりあえずその考えとやらを聞いてみることにした。

 後日、その通りに一波乱が巻き起こることになったが、少なくとも枢機卿の責任ではなかったことだけは明言しておくこととする。

 

 数日後。王宮から離れた衛士隊の駐屯所に、各地から集まってきた士官の希望者が整列させられていた。

 顔ぶれは本当に男女も身分も雑多で、「腕に覚えがある」「女王陛下に忠誠を誓う」の二点以外は出自も経歴も問わずと、普通ならば絶対にやらないような無茶な募集の仕方にふさわしいものだった。

「フロランス・ド・アジュールですわ。まだ若輩ですが、王国の危機に参上つかまつりましたわ」

「アレッサ・フォン・シュルツだ。フロランス様の護衛として同行つかまつった」

 金髪の貴族の令嬢と、鎧を着こんだ女騎士。ここまでは文句はない。

「リ、リリアです。リコッタ村から来ました。け、剣を少し使えます」

 明らかに虫も殺したこともないような村娘も混じっている。その頼りなさには、見物している衛士隊の兵たちも驚きや蔑みよりも心配する眼差しを向けているほどだ。

 まあそれを言えば銃士隊を結成した際の「剣技に優れた平民の女性のみ」という条件に比べればだいぶ緩和されていると言えなくもない。

 しかし集まった顔ぶれ以上に、その面々を審査する試験官に問題があった。並べられた希望者を前に、にこやかに名乗ったのは。

「はじめまして、勇敢な志望者の皆さん。今日、皆さんの審査を務めますアンリと申します」

 紫色の髪をなびかせた若い女性貴族……いや、多少変装しているがアンリエッタ女王その人だった。

 あの日、アンリエッタが発案した”いい考え”それはそのまま、アンリエッタ本人が試験官をやることだった。もちろん枢機卿は大反対したが、「多忙な女王陛下にそんな暇があるわけがないでしょう」と言ってしまったのが運の尽き、アンリエッタが「なら、お仕事を早めにお片付けして時間を作ればよろしいのですね」と、本当に一日分の予定を開けてしまったのだった。

 枢機卿もこれには言葉を失ってしまい「女王陛下は天才であられますよ……」と、肩を落とすしかなかった。

 ただ、女王の正体はバレてはいない。TVも写真もないハルケギニアでは女王の顔は平民は行進の一瞬か遠景くらいでしか見たことは無いし、貴族も女王の顔を間近で見れる者は限られている。それでも。

「あら、わたくしの顔に何かついていますかしら?」

「いえ、試験官殿のお姿どこかで……いえ、気のせいです」

 既視感を感じる者はいたけれども、こんな場所に女王が来るはずもないという思い込みがまずあった。そして、そんな受験生たちを眺めてニコニコしているアンリエッタことアンリ。割とサディストの才能がありそうである。

「さて、本日皆さんに受けていただく試験ですが、最近この近辺で盗賊団が跋扈していますので、パトロールをしていただきます。その立ち振る舞いを採点させていただきますので、くれぐれもトリステインの旗を背負う者としての気品を忘れないでくださいね」

 ざわついていた士官志望者たちが押し黙った。真面目な課題を出されて、緊張でつばを飲む音が聞こえるようだ。その真剣なまなざしの列は、さすが一国の士官を目指そうとするだけの覚悟に満ちていて、アンリは満足そうにうなづいた。

「よろしいですわ。では……」

「大変です!」

 そのとき、詰め所に兵隊が駆け込んできた。衛士隊の隊長は報告を聞き、焦った様子でアンリに耳打ちした。それから隊長とアンリは二言三言口論をしていたが、アンリは隊長に何かを言って下がらせると、怪訝な様子をしている志望者たちを見回して告げた。

「予定を変更します。たった今、ここからさほど離れていない商人の邸宅が盗賊団に襲われていると連絡がありました。これからその討伐に向かいます」

 どよめきが士官希望者たちから流れる。しかしアンリは彼らの動揺や憶測の声をかき消すように決然と言った。

「皆さん、最初に言っておきますが、これは試験のための自作自演の芝居ではなく、実戦です。怖気ずいても責めるものではありません。ただし、自分の命はこれから自分だけが守れる世界です。それを覚悟した者だけがついていらしてください」

 そう言うと、アンリは迷わず馬の一頭にまたがって門の外へと駆けだした。

 その後ろ姿に、幾人かがユニコーンを駆って戦場を行く女王陛下の幻を見る。彼らは突然の実戦に戸惑ったものの、ここで逃げ出すくらいなら最初から士官希望者になど来ていない。表情を引き締めると、続々とアンリに続いて飛び出していった。

 現場は詰所から1リーグほど離れた商家だった。しかし白昼堂々衛士隊の駐屯所近くを襲うとは大胆な盗賊団である。盗賊団は商家の者を縛り上げて、今まさに金品を運び出していたところにアンリたちは駆け付けた。

「お待ちなさい! 盗賊よ、これ以上の乱暴狼藉は許しません」

「おや、ノロマな衛士隊が今日に限って早いと思ったら見ない顔だね」

 盗賊団の首領と見える赤髪の若い女盗賊は、ラフなファッションに包んだ引き締まった褐色の肢体を揺らしながら、馬上のアンリに不敵に答えた。

「神妙に縄に着きなさい。今ならば始祖に誓って寛大な処遇を約束します」

「始祖だぁ? ここの商人どもがどんだけ始祖の御心に背く悪どい商売してたか知らないのかい? あたしたち”宵闇の刃”はそんな連中から金目の物を取り戻して持ち主に返してやってるだけさ。野郎ども、撤収だ!」

「あいさ、ヴァイオラ姉さん!」

 盗賊団は、ヴァイオラと呼ばれた女首領を先頭に脱兎のように逃げ出した。その素早さには数々の腕利きの騎士を見てきたアンリエッタも舌を巻きかけるほどだった。

 しかし感心してはいられない。アンリは士官希望者たちを見渡して叫んだ。

「追撃します。逃がしてはなりません!」

「おおっ!」

 見たところ、商家の者たちは縄で縛られただけで傷つけられた者はいないようだ。しかし、いくら義賊を名乗ろうとも盗賊行為を見逃すわけにはいかない。

 盗賊たちは街道を離れ、山道へと逃げ込んでゆく。アンリたちも馬は捨てざるを得ず、士官志望者のひとりが魔法で彼らの足を止めましょうと言うのをアンリははねのけた。

「いけません。この時世で義賊を名乗るなんておもしろい人たちではありませんか。生け捕りにして話を聞きましょう」

 『フライ』の魔法で飛ぶこともせず、アンリは走って盗賊たちの後を追った。もちろん試験官がそうするならば志望者たちも走るしかない。

「ふふっ、ルイズと追いかけっこをした幼少のみぎりを思い出しますね」

 ドレスのすそを自ら破り、楽しそうにアンリは走る。泥道を先頭に立って走るその健脚を見て、彼女が女王様だと気づく者はいないだろう。

 しかし、奪った金品を抱えた盗賊たちを森の入り口付近で追いつきかけた時だった。アンリたちの足元に数本の矢が突き刺さってアンリたちは立ち止った。

「そこで止まって! この森によそ者が入るのは僕が許さないよ」

 見上げて見ると、樹上に1人の灰色の髪の少女がこちらに弓を向けていた。盗賊たちは樹上の少女に礼を言って森に入っていく。

「サンキューな、トゥーリカ」

「君たちのためじゃないよ、ヴァイオラ。そこの人たち、悪いけどこの森は僕の許可なく入らせないよ」

「なぜ邪魔をするのです? ……その耳、あなた、獣人族ですか」

 アンリは、樹上の少女の頭に狼のような灰色の耳が生えているのを見てハッとした。士官希望者の一人が「獣人族? なんですかそれは」と聞くと、アンリは自らも驚きながら説明した。

「ハルケギニアには翼人など色々な亜人種がいますが、コボルトと人間の中間のような人たちです。ただ、今ではほとんど絶滅したと聞いていましたが、わたくしもお目にかかるのは初めてですわ」

「僕たちのことを少しは知ってるみたいだね。ともかく、この森によそ者は入らせないよ。魔法で抵抗しないほうがいい、僕の矢のほうが速いからね」

 トゥーリカと呼ばれた獣人族の少女は、可愛らしさの漂う獣耳やお尻の尻尾とは裏腹に猛禽のように金色に輝く瞳で睨んできている。彼女の言う通り、魔法を使おうとしてもその前に射抜かれるだけだろう。

 しかし、「なぜ邪魔をする?」と、問答をしている時間はない。士官希望者たちの適正を見る暇もないと、アンリは逃げ去っていく盗賊たちの後ろ姿を悔しそうに睨んだ……その時だった。

「こ、この揺れは!」

 突然、森全体を揺るがすような地鳴りが起こった。半数の人間たちは地震かと思ったが、アンリや何度も怪獣の出現を体験してきた者たちはそれの意味に気づいた。

「そんな、こんなところで?」

 続いて、巨大なものが動く足音が響いてきて一行は戦慄した。

 

 時間は数分巻き戻る。

 森の反対側、トゥーリカの見張りも届かない場所から森に侵入してきた二人組がいた。

「本当にここなんでしょうね?」

「もっちろん、私が魔法学院の図書館の古文書で見つけた情報なのよ」

 一人は頭に猫のような耳を生やした黒髪の巫女風の勝気そうな少女。もう一人は杖を持って眼鏡をかけた教師風の女性。

 二人は古い地図を頼りに森の中を歩き、森の中にぽつんと立つ白い奇妙な木の前に立った。

「これなのエイプリル? 確かに大きな力を感じるわね」

「間違いないわ。後は、あなたの異世界のフジュツでこいつを使役すればいいの。私が召喚してみせたあなたの力を見せてねスズカ!」

 二人は魔法陣を描いて儀式を始めた。この二人の正体は、魔法学院の問題教師エイプリル女史と、エイプリルが魔法の実験で異世界から偶然呼び出してしまった式神使いの少女のスズカ。二人はスズカの式神として強力な魔物を探して、この森に封印されているという古代の鬼獣を求めてやってきた。

 エイプリルは好奇心に目を輝かせて、古文書を手にスズカに説明する。

「古の昔、悪行を尽くした巨大な鬼が賢者によってここに封印されたと書かれているわ。スキュラもオーク鬼もたやすくシキガミにしちゃったスズカにふさわしい魔物よ!」

「ま、あたしは天才だからね。このハルケギニアの魔物は手ごたえがなくて退屈だったけど、あんたにあたしのすごさを見せてあげる」

 スズカは自信満々といった感じで呪符を指に挟んで弄んでいる。間が悪く、森の番人のトゥーリカが森の反対側に行っていたため止める者がおらず、容易に儀式を完成させた二人の目の前で魔法陣から光が奇妙な木に注ぎ込まれた。

「この地に封じられた古の魔物の魂よ。我が声に応えて、今こそ蘇れ!」

 白い奇妙な木が奇妙にねじれ、別の形へと変わっていく。それは、頭に2本の角が生えてトラ柄のパンツを履いた鬼。

 おお……と、見上げる前で、ついには身長五十四メートルにも及ぶ、昔話に登場する青い鬼そのものの姿になって現出したのだった。

「やったわ! 伝承は本当だったのね。こんなに大きかったなんて。でも……」

「ずいぶんとぼけた顔ねえ」

 エイプリルとスズカは、子供向けの絵本に出てきそうな青鬼の怪獣の間の抜けてそうな顔を見上げながら呆れたようにつぶやいた。

 この怪獣は、地球で言うところの鬼怪獣オニオン。日本のおとぎ話の青鬼そっくりの姿をしているが、ドキュメントMACに記録されているれっきとした宇宙怪獣である。

 封印が解かれ、きょろきょろしているオニオンに呪符を構えるスズカ。

「スズカ、あれを式神にできたら、私たちの名は世界中に轟くわよ!」

「まかせなさい。こんなとぼけた顔をしたやつ、あたしの力で」

 スズカは自信満々な表情で大幣を振る。アラクネでも調伏できるスズカの霊力が稲妻のようにオニオンを包む、しかし。

「あ、ダメだわこれ、大きすぎる」

「え?」

 オニオンはスズカの調伏をまったく受け付けず、暴れだしてしまった。

 木々をなぎ倒し、手に持った金棒を振り回して暴れるオニオン。

「スズカ、えーっと、これどうすれば……?」

「どうすればって、逃げるしかないわよ!」

 元凶二人は踏みつぶされてはたまらないと、全力で走って逃げだした。しかしなんの偶然か、二人を追うようにオニオンも動き出す。

「なんでこっちに来るのかなあ!?」

「知らないわよ!」

 のっしのっしと二人を追うように歩き回るオニオン。その様子は森の外からも容易に見え、異変を察知したアンリやトゥーリカたちも駆けつけてきた。

「止まって! 君たち、森の者じゃないね。まさか、森の魔物の封印を解いたのかい!」

「あ、その、悪気はなかったんですぅ」

 トゥーリカに弓を向けられて、手を上げて謝るエイプリル。

 しかしオニオンは構うことなく暴れ続け、アンリは見上げながら一同に言った。

「いけませんわ。あんなものが人里に出たら大変なことになります。皆さん、ここであれを食い止めます」

 杖を掲げて宣言したアンリの言葉に、士官希望者からどよめきが漏れる。なにせ盗賊が相手ならともかく、怪獣になってしまったら当然だ。アンリは続けて告げる。

「戦場では戦う相手は選べません。戦えないというなら、故郷に帰って違う道を探しなさい。あなたたちにはその自由がありますし、それは恥ずべきことではありません。今、後ずさりしなかった者だけがわたしに続きなさい!」

 正体を隠していても、アンリエッタの毅然とした言葉は若き勇者たちの胸を打った。

「わたし、やります!」

「アジュール流の腕の冴え、見せてさしあげますわ」

 大剣を抜くリリア、レイピアを構えるフロランス。他にも戦う意思のある者は覚悟を決め、アンリの後ろに着いた。

 けれど半数は逃げ出してもいるが、アンリエッタは彼らを責めようとは思わなかった。”選ぶ自由”、”逃げる自由”、女王である自分が求めても得られない自由を行使しているだけなのだから。

 アンリは自分に立ち塞がってくるトゥーリカにも話す。

「君たち、ここは僕たちの森だ。ここを戦場にするのは、僕が許さないよ」

「トゥーリカさん、とおっしゃいましたね。貴女の言いたいことはわかりますが、今のうちになんとかしなければこの森も壊されてしまうかもしれません。今はあなたも力を貸してください」

「勝手なことを……しょうがない、今回だけだよ」

 木々をなぎ倒すオニオンを見て、トゥーリカも渋々ながら弓を収めた。アンリはさらに、ヴァイオラたち盗賊団に対しても頼む。

「あなたがたも本格の仁義を持つ人たちと見込んでお願いします。力を貸してください。王国の誇りにかけて、恩を返すと約束します」

「大きく出たね。まさかあんた……いや、詮索は後さ。野郎ども、あたしに続きな!」

 ヴァイオラはナイフを持ち、宵闇の刃の部下たちに激を飛ばす。頭数は玉石混合なれども五十人を超えたであろう。

 しかし相手は怪獣。何も考えずに挑んでは象に挑む蟻も同然、どうするべきか、アンリにもすぐには名案など出ようが無かったが、そのとき逃げ出さないように槍を突き付けられていたスズカがぽつりと言った。

「あいつ、完全に封印が解け切ったわけじゃないみたい。動きを止めることができれば、あたしの力で再封印できるかも」

「あなた、それは本当ですか!」

「嘘言ってどうなるのよ。まあ封印の残滓が無くなるまで一時間もないでしょうからそれまでのチャンスだけどね。あと成功したら、当然あたしに敬意を払いなさいよ」

「牢屋送りは勘弁してあげます。ですが、あなたたちには後でたっぷり反省していただきますからね」

 性懲りの無いスズカに釘を刺して、アンリは宝玉の埋め込まれた杖を掲げて宣言した。

「あの怪獣の足を止めます。容易ではありませんが不可能ではないはずです。我らに始祖のご加護があらんことを」

 先頭を切ってアンリはオニオンへと歩を進めていく。女性の身でありながらその勇敢さに、幾人かは既視感を強くしたが、考えている暇はない。

「わたしも、戦います!」

 真っ先に勇気を出して飛び出したのはリリアだった。その後ろから、村娘上がりに負けてなるものかと皆も続いてくる。

 オニオンは注意力が乏しいのか、まだ気づいていない。そこに、一同がいっせいにオニオンの裸足の足に剣やナイフを突き立てた。とたんに、ぎゃひんと跳び上がるオニオン。

「効いてますわ!」

 効いてはいたが、足裏に画鋲を刺されたようなものなので、効くのは当然として一部の者は素直に喜べずに眉をひそめた。

 けれど、それで攻撃を躊躇するほど甘い奴はいない。オニオンの足に向かってチクチクと、チクチクと、オニオンは足をかばいながらピョンピョンと跳ね回る。

 まるで一寸法師が縫い針の剣で大鬼を翻弄するように、その光景は愉快かつシュールなものであった。

「いけます。このまま倒してしまいましょう!」

 思いもよらずに攻撃が効いていることに歓声があがる。しかし怪獣を相手にそんなに都合よく事が運べば苦労はしない。

 じたばたと暴れるオニオンは、下を向くと大きく裂けた口から緑色のガスを放射してきた。

「うわっ!」

 毒ガス? と、反射的に一同は口を覆った。だが、オニオンのそのガスに対しては口を覆うだけでは不足していることを皆はすぐに思い知ることになる。

「うっ、なに? め、目が」

「目が痛い! 涙が、それに、はっくしょん!」

「タマネギだわ。タマネギのにおい、くしゅん!」

 たちまち涙とくしゃみの阿鼻叫喚の巷となる。オニオンの吐き出すガスはオニオンガスというその名の通りの強烈な催涙効果を持っていて、浴びてしまえば涙が止まらなくなってしまう。

「あの野郎、はくしょん! ふざけたことしやがって!」

 ヴァイオラが怒りながら吐き捨てた。オニオンは悠々とステップしながら去っていく。

 待てっ! と追いかけたくとも目と鼻が痛くて走ることもままならない。アンリをはじめ、お嫁にいけない姿になっている娘もいるが、オニオンはどこ吹く風である。

 しかしオニオンはふと立ち止まると、でっ腹を押さえて大きな腹の音を鳴らした。

「あいつ、腹を減らしているのか?」

 アレッサが目をこすりながらオニオンを見て言った。とはいえ、別に観察眼に優れていなくてもすぐにわかるくらいにオニオンの挙動はわかりやすい。

「食べ物を探しているんですか? いけません。ああいう怪物が食べるものといえば」

 アンリも目をこすりながら焦って叫んだ。オニオンは鬼の見た目の通り鋭い牙を生やしており、肉食のように見える。里に下りて人を襲われたらとアンリは背に冷たいものを走らせたが、トゥーリカが人間より効く鼻をこすりながら涙目で言った。

「いや、伝承が確かなら、くちゅん、あいつの好物は肉じゃなくて……」

 かわいいくしゃみをしながらトゥーリカがオニオンを見つめながら言うと、オニオンは果実の実った木を見つめて駆け寄り、果実をもいでむしゃむしゃ食べ始めた。

「果物なんだ」

 一同は本日何度目かのずっこけを体験した。

「ほんっとうにふざけた奴だな!」

 まんま鬼の姿のやつが果物をむしゃむしゃ食べているのはかなりシュールなものだった。

 オニオンは人間たちを無視して果実を貪り食っている。その様子を見て、エイプリルがトゥーリカにつぶやいた。

「あの様子なら放っておいても大丈夫なんじゃないの?」

「冗談を言わないでおくれよ! 木の実は森の民にとって大切な食糧なんだ。それに、あいつの食欲だったら森の食べ物くらいで満足するわけがない……」

 すると、オニオンは生っていた果実を食いつくすと、まだ食い足りないといわんばかりに金棒を担いで歩き出した。

「あいつめ、森の外の食糧まで食い荒らす気なのか!」

「まずいですわ。あの方向には、確か村が、くしゅん!」

 なんであいつが封印されていたのかよくわかった。いくら果物しか食べなくても、あんな大食漢に暴れられたら大迷惑だ。

 オニオンは我が物顔で森を抜けて、森の外にある小さな村に出てしまった。

「うわぁ、怪物だ! 逃げろぉ」

 村人たちは突然のオニオンの襲来に慌てて逃げ惑った。オニオンは我が物顔で金棒で家々を叩き壊して、さらに村のリンゴ畑に飛びついていった。

「ああ、村のみんなが育てた大切なリンゴが」

 村の教会のシスターが悲しそうにつぶやいた。突然襲われた村人たちは逃げ出せた者はいいほうで、逃げることもままならず、腰を抜かして動けないでいる村人もまだいる。シスターは逃げ遅れた村人たちを見ていられずに駆けだしていった。

「大丈夫ですか。さあ、わたしに掴まってください」

「ありがとうイレーナ様。あの、村の出口はそっちじゃありませんだよ」

「あわわ、すみません!」

 そそっかしいシスターが右往左往しているところに、おっとり刀でアンリたちが追いついてきた。

 だがアンリは逃げ遅れている村人を見ても動こうとしない。もちろん、すぐに助けに行くよう命じようと思ったが、走ってきている途中に考えた。このまま自分が指示を出し続けるだけでは士官希望者たちのためにならないのではないかと。

 この状況を見て、彼らがどう動くだろうか? アンリはそれを見ようとした。もちろん本当に危なくなりそうだったらすぐに命令を出すつもりだったが、その懸念はすぐ無用になった。

「大変! 早く助けなきゃ」

 リリアを筆頭に、命令されなくても村人を救いに飛び出していく面々を見てアンリは胸を熱くした。さらに見た目は盗賊然としている宵闇の刃のメンバーも逃げ遅れた村人たちを救助しに回っており、彼らの義賊の矜持は本物なのだと示していた。

「まだまだ人間も捨てたものではありませんね」

 しかし問題はオニオンだ。あの厄介者をなんとかしないと、トリステイン中の果物が食い荒らされてしまう。

 なにかあいつに弱点はないのか? まださっきのオニオンガスの臭気で痛む目と鼻をこすりながら、アンリたちは憎々しげにオニオンを見上げた。

 と、そのときである。オニオンが村の鶏小屋を蹴倒したとき、たくさんのニワトリが飛び出してきていっせいに鳴き出したのだ。

 すると、それまで我が物顔で果実を貪っていたオニオンがびくりとして、怯えたようにきょろきょろとし始めた。コケーやクワッカッカッという誰でも聞いたことのあるニワトリの鳴き声が響き渡ると、そんななんでもない音だというのに、オニオンはうろたえている。さらに、近場でニワトリが大きく鳴くと、オニオンはびっくりして尻もちをついたではないか。

「あいつ、もしかしてニワトリが怖いのかな?」

 そんな馬鹿なと思っても、目の前のことを見れば誰もそれを否定できないほどオニオンは明らかにうろたえまくっていた。

 実はかつて地球に現れたオニオンは以前に住んでいた惑星アップルで、リンゴ畑を守っていた宇宙ニワトリに追い立てられて惑星アップルから追い出されたのが原因でニワトリを苦手にしていた。このオニオンもハルケギニアに来る前の星で宇宙ニワトリに追い回されたことがあるのだろう。

 もしかして……と、思って、田舎育ちのリリアが息を吸い込んでニワトリの声マネをしてみた。

「コケコッコー!」

 するとどうか、オニオンは跳び上がってぐるぐるとてんてこ舞いをしだした。もう間違いない。

「シスターすみません! 村のニワトリをちょっとお借りします」

「は、はい。いきます!」

「ちょ、シスターは隠れててください!」

 自分でニワトリを抱えて飛び出そうとする危なっかしいシスターを止めて、一行は一気に勝負に出た。

 突撃! と、全員がオニオンに向けて突っ込んでいく。チャンスは恐らく今だけ。時間が経てばオニオンもニワトリへの恐怖を克服するかもしれない。

 魔法を使える者もいるとはいえ、巨大な怪物に小さな人間たちが取り囲んで挑みかかっていく姿はガリバーに立ち向かう小人のようでもあった。もはや元がどこの誰かなど関係ないくらい、所属も服装もバラバラの者たちが村を守るために戦いを挑んでいく。

 その光景を、アンリは避難した村人たちを杖を持ってかばいながら見守っていた。ここまで乱戦になってしまえばもう何を指示しても無駄だ。あとはなんとか、彼らがオニオンを倒してくれることを祈って手に汗を握って見守るしかない。

 と、そのときだった。トゥーリカの放った矢がなんの偶然か、オニオンのパンツのひもに当たって切り落としてしまった。

「あ」

 ストンとひもが切れたパンツが落っこちる。するとオニオンの青鬼なのに真っ赤なお尻があらわになって女性陣が悲鳴をあげた。

「キャーッ!」

 リリア、フロランスが顔を真っ赤にして叫ぶ。ヴァイオラ、トゥーリカも思わず顔を手で覆って隠し、純情にもうずくまってしまっている。

「は、破廉恥な」

 アレッサも赤面して怒り、イレーナもフードで顔を覆ってしまっている。オニオンはパンツがずり落ちてしまって恥ずかしいのか、慌ててパンツを直そうとしているが紐が切れているのでうまくいかないのでピョンピョン跳びまわってパニックだ。そうしているうちに、『前』のほうが見えそうになってしまってさらに女性陣から悲鳴があがる。

 そんな様子を、アンリは「あらまあ」と、さすが既婚者の余裕を見せて眺めている。よく見ると、顔を覆っている子の中にも指のすきまから様子をうかがっているのもいて、なかなかむっつりな子も多そうだ。なお男性陣には「負けた......」と、なぜかがっくり肩を落としてしまっている者もいる。ついでに言えばエイプリルとスズカは「へぇ」と、恐ろしく冷めた目で眺めている。

 しかし、なんともカオスな状況だがチャンスは今だ。アンリは悲鳴をあげながらもオニオンのアレに興味津々な者たちへ向けて、息を吸ってあえて大きな声で命じた。

「今です! その怪物を倒してしまいなさい!」

 はっと一同が正気に返る。確かにチャンスはチャンスだ。アレが目に入らないよう気をつけながら、オニオンの足に集中攻撃を加えて転倒させた。

 オニオンは転んでパンツを押さえながら転げまわっている。一同の多くは巻き込まれて潰されないように離れていたが、一人だけふてぶてしく近づいていく者がいる、スズカだ。スズカは呪符を取り出すと、呪文を唱えて投げつけた。

「古の破邪の力よ。今こそ我の呼びかけに答えてその威力を再び示せ、急々如律令!」

 呪符はオニオンの額に貼りついて、残っていた封印の力を呼び覚ました。

 オニオンの巨体が輝いて、元の大きな白い木に戻ってゆく。そして、村の真ん中に大きな白い木がそびえたつと、一同はようやくほっとして息をついた。

「やっと終わった……」

 ただの士官候補者の実地試験だったはずなのに、こうもトンチキな騒動になるとは夢にも思っていなかった候補者たちは気が抜けて座り込んでいた。その隙に、エイプリルはスズカを連れて「じゃああ私たちはこれでー」と、そそくさと退散しようとしたが、アンリはそれを許さなかった。

「あなた方には後でたっぷりとお話があります」

 杖を突きつけられて、さらに周りを囲まれるとさすがの二人も観念して手を上げた。

 見ると、イレーナや村の人たちが負傷者の手当てをしてくれている。とはいっても皆かすり傷ていどで、アンリは治癒の魔法の出番はないなと安心した。

 それにしても、みんなよくやってくれた。士官希望者の皆も黄昏の刃のメンバーも、腰を下ろして談笑している。傍らへ目をやると、森に帰ろうとしていたトゥーリカをリリアが引き留めていた。

「合格、ですね」

「え?」

 アンリの言葉に、士官希望者たちの視線が集まる。そしてアンリは彼らに向かって毅然として宣言した。

「あなたがたの今日見せてくれた勇気、正義感、行動力、お見事でした。あなたがたを、トリステインの新たなる守護者として迎えたいと思います」

 士官希望者たちから大きな歓声があがった。怪獣を相手にも戦い抜いた彼ら十数名ならば、今後立派な士官として王国を支えていってくれることだろう。それに......アンリは盗賊団黄昏の刃のメンバーやヴァイオラにも話しかけた。

「あなた方の、か弱きものを救おうとする義侠心も見せていただきました。今すぐ我々と共存ということはできませんが、よりよき未来のためにいつか手を取り合えたらよいと思います」

「それは難しいね。あたしたちにはこの立場だからこそできることがあるからこうしてるんだ。ま、あんたみたいな奴が増えて、あたしたちみたいなのが必要ない世の中になったら、どうかもしれないね」

「努力したいと思いますわ」

 そしてトゥーリカにも向き合って。

「獣人族のことは、軽々しく口にはできません。ですがこれから、人間と亜人種が隣人でいられる世の中に近づけたいと思います。それを待っていただけないでしょうか」

「僕はこれまでどおり、この森を守っていくだけさ。でも……森の民以外との共闘も悪くなかったよ。君たちみたいな人間ばかりになればいいね」

 トゥーリカは視線を逸らしながらも、ケモ耳をピクピクさせながらどこか照れ臭そうに答えた。今すぐに誰もと手を取り合うことはできない。しかし、希望を持てる種を撒くことはできた。雨降って地固まるというわけではないが、このトンチキな騒動も役に立ったというわけだ。

 アンリは……いや、アンリエッタは思った。まだまだこの世にはまだ見ぬ不思議や隠れた人材がいるのだと。ああ、なんて素晴らしい。

 

 その後、アンリエッタは城に戻ると今日起こった出来事を枢機卿に楽しそうに語って聞かせた。

 もちろんマザリーニ枢機卿が目を丸くして驚いたことは言うまでもない。

 枢機卿は、せいぜい準士官候補者が数名集まれば御の字、それで女王陛下の気が収まればよいと思っていたが、まさか有望そうな人材を数十名も確保できるとは。おまけに巷で噂の盗賊団と話をつけてきたり怪獣退治をしてきたりと、開いた口が塞がらない。

 アンリエッタは冷や汗をかきながら聞いている枢機卿の前で、ウキウキしながら話をしている。そんな女王陛下の話を、枢機卿は心臓が止まりそうな思いをして聞きながらなんとかお諫めしようと口を開こうとしたが、一歩先にアンリエッタがうっとりとつぶやいた。

 

「ああ、次はどんな冒険をしようかしら」

 

 側近たちの気の休まる日は当分は先そうであった。

 

 

 続く

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