キングから「密入国の半魚人を捕まえた。それについて少々耳に入れたいことがあるので部屋に足を運んでもらえないか」と連絡を受けて訪れたら、
そして、その足元に小せえが気配が一つ隠れてやがる。
――ひとまずサイズやら気配やらは横においておいてだ。
マリアローズ宮の名前を出せねえのは分かる。誤魔化した表現になるのも分かる。分かるんだが『密入国の半魚人』はねえだろ。本人にも聞こえる場でそれは失礼すぎて目が飛び出るかと思ったわ。
そうキングをたしなめれば、なんと「本人の許可を取った」なんて答えが返ってきた。本当かと視線をやればご本人様は全く平気そうな顔で頷いて両手で包み持っていた湯呑みを置く。
「この世界はどこに天竜人の耳や目が隠れているか分からないあます。本当に信用できる相手しかいない場ならまだしも、貴方の周囲は人の出入りが多いとか……。分かりやすい表現は避けてほしいとわちしから頼んだのあます」
「そうか……」
本人が良いと言っているから問題ないのか……あるような気がするんだが。もう少しマイルドな言い方あったろ。
キングがせっせと並べた座布団の上にどっかりと座り、マリアローズ宮と向き合う。キングは背もたれのない木の丸椅子を持ってきておれの横に座った。
「実は、本題はアリエルさんのことじゃないんだ、カイドウさん」
「誰のことだ、そのアリエルさんとは」
「わちしのことあます」
「ワチシさんのことでしたか――ワチシさんのことだと!? オイもしかして本名か!?」
「いえ、身バレ防止の偽名あます。生まれて初めてのヒレ記念ということでアリエルと」
「違うのかよ! あと初めてのヒレ記念ってなんだ!?」
生まれて初めて人魚の姿になったから今日は逆人魚記念日?……やめてくれ、本題とやらもまだなのに気疲れしてくる。
「キングよ。それで本題ってやつはアリエルさんの足元にいるののことでいいか」
「ああ、そうだ!――シュワルツ、もう出てきて良いぞ。カイドウさんはおれのことを知ってる。お前のことだって誰に言ったりもしない。カイドウさん、この子はシュワルツです」
キングが――おれでも二〜三回しか聞いたことがないほど――優しい声で呼びかけたと思えば。
アリエルさんの長いスカートが捲れ、足元からガキが這い出てきた。見たところ七歳かそこら、褐色の肌に白い髪、背中に炎と黒い翼を背負っている。
「ウォロロロ! 思ってたよりデカかったな。ある程度は話ができそうな歳で良かったぜ。おい坊主、歳はいくつだ。七つか? 八つか?」
「……シュワちゃんは、二歳あます」
眉間に皺を寄せたアリエルさんの言葉でキングを振り返れば、分かりやすく沈んだ雰囲気で頷く。
「シュワルツは羊のドリー人間版として生み出された可能性が高い。ツラを見れば分かるが、七武海の血も混ざってるようだ。」
横目にシュワルツのツラを見ればなるほど鷹の目に瓜二つだ。こんなことができる技術と、金と、悪趣味の持ち主は――世界政府というやつは、本当に。
「糞じゃねぇかよ……!」
テーブルに手を叩きつけた。
++++
シュワちゃんが人為的に作られた子供だということは分かっていた。なんせローくんたちポーラータング号の面々は外科内科歯科その他医療のスペシャリスト集団だ。成長が変に速い赤ん坊――それも背中に翼があって炎まで燃えている――について、血液検査その他さまざまな検査をしてしっかり調べた。
シュワちゃんにはオヘソがないけど卵生ではないらしい。拾ってすぐのとき、まだ赤ん坊だったシュワちゃんの頭蓋骨には凹みがなかったという。――調べれば調べるほどシュワちゃんが「一般的ではない生まれ方をした」証拠が揃っていく、と肩を落とすウタちゃんやローくんを何度も見た。
ふええ、やっぱりこの世界エグすぎるです……人権とかそういう「他者を尊重する」って概念を学んでほしい……。一部のまともな面々のメンタルがズタボロなんですけど。来たれ真っ当な倫理観。昭和後半レベルでいいから人権意識をください。
また、シュワちゃんがルナーリア族という種族だということも分かっている。二年前の脱出劇の後、あの時はまだみんなシュワちゃんのことをそこまで深刻に考えてなかったから、ポーラータング号船内で入院中の白ひげさんに「うちには赤ちゃんもいますよ」って紹介する程度の気楽さで病室に連れて行ったのだ。
白ひげさんはシュワちゃんを見るや目を見開き、シュワちゃんはルナーリア族の可能性があること、ルナーリア族とやらには懸賞金がかかっていることを教えてくれた。流石あちこち冒険してきただけあり白ひげさんは知識も豊富で、「ルナーリア族の連中はありえねえくらい強靭で、死なねえ殺せねえってな噂は何度か聞いたな。成長が速いなんて話は聞いた覚えがねえが」と言った。
そうだ、こんな会話もあったのだった。
白ひげさんの話を一緒に聞いていたペンギンくんが「言われてみれば!」と膝を打った。
「シュワちゃん今までケガをしたことない! そのルナーリアとかだからか!」
「そうだ――ああ、おしりがかぶれてたこともねえぞ!? オムツ替えるの半日忘れても!」
「なるほどそっか。オムツどっしり事件の後もシュワちゃんのお尻はツルツルのもちもちだったもんね」
この時はまだシュワちゃんがルナーリア族だという確証もなかったし、みんな気楽に構えていられたのだ。……まあ、シュワちゃんがほぼ確実にルナーリア族だと分かった時にはお通夜になったわけだけれど。
――だから、これはチャンスだ。ワノ国までの道中はストレスで胃がおかしくなったし髪も抜けたけどキングさんに保護されたことで差し引きゼロ、いや、むしろプラスになった。
キングさんはルナーリア族で、シュワちゃんもルナーリア族。キングさんは泣いて助けを求めたシュワちゃんを無条件で保護してくれた。彼の同族に対する情はきっと深い……はず。
というわけでその良心を利用しますすみませんよろしくお願いします! 無力な養母が「およよ」って泣いて、可愛い同族が「お願い」っておねだりすればなんとかなる……と信じてる!
さあシュワちゃん、今日からこの人に弟子入りだよ! 同族のお兄さんから一族の戦い方とか長所とか教わろうねー!
だがしかし、鍛錬をつけてもらうようになって一週間足らずで百獣海賊団は壊滅した。は? タイミングが悪すぎるんですけど? せめて一月は先生をしていてほしかったんですけど……?
なお犯人は娘と甥っ子(複数)。この悲しみ、この怒り、どこにぶつけろというのか。
あー、本人も仲間もボロボロにされたの、事情があったの……うーん。身内には優しい系の悪人だったってことかぁ……。仕方ない。切り替えよう。
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ローズはママと一緒に海へ落ちたらしい。その時船に乗っていたみんなに何があったのか問い詰めたら、なんとペロスペローお兄ちゃん以外の誰も、ローズが船に乗っていることを知らなかったのだという。
「自己紹介したいとは何度か言われていたんだが……紹介の機会を設ける度に何かしら問題が起きてな」
そうなると当然ながら兄弟みんな気を張って――殺気立ってしまうから、怖がったローズは「無理……」「わちしの心臓はノミ以下なますので」と首をブンブン横に振ったのだとか。どんな様子だったか簡単に思い浮かぶけど……けどね、とは言えだよ。結果的にペロスペローお兄ちゃんのせいでローズを落ちてすぐに拾えなかったってことに変わりはないのよ。
ブリュレはプリプリ怒った。
まあ、能力者で泳げないママと違って、ローズの命の心配はしなくて良い。ローズには人魚の血が流れてるからだ。泳いで岸に着けるはず――滝の流れのせいで少し沖に流されるかもしれないけど。ただワノ国の治安はあんまり良くないみたいだしローズはか弱いからね、百獣海賊団と同盟を結んだらすぐ探してあげなきゃいけない。
ワノ国に着いた途端あれこれと起きた事件を思うと、ついため息が漏れた。
「ローズが海に落ちたって知ったローズの息子もどこかに飛んでいっちゃうし、全く散々だよ」
船の
「あの人がリトル・ママだったというなら、本当にリトル・ママは半人魚だったんだな」
「信じらんないよね。聖地にいる人魚なんて間違いなく奴隷だもん。リトル・ママが半人魚だなんてまさか過ぎて信じらんな……あ、ブリュレ姉さんの話を信じてなかったわけじゃないよ。でもほら、人魚の血を引いてる人が聖地で普通に暮らしてるわけないっしょっていう……姉さんが勘違いしてんのかな? みたいな」
「言い訳がましいぞ」
「おれ、ペロスペロー兄さんが知らないヤツを連れ歩いてるのはママに紹介するつもりの嫁候補なんだと思ってた」
「おれもそう思ってた」
「兄さんが嫁にするつもりの女にしては肝が細すぎるだろ。すぐ倒れそうになってたし」
「ペロス兄さんが教えてくれれば殺気なんてすぐ仕舞ったよ……。なんで教えてくれなかったの」
そう口々に話す兄弟にペロスペローお兄ちゃんはタジタジの様子で「あー」とか「うん」とか唸る。
お兄ちゃんが何を考えてローズのことをみんなに伝えなかったのかは、まあ、見当がつく。
独り占めしたかったんだ。
みんなに紹介したらローズは間違いなく女部屋に連れて行かれただろうし、みんながローズを囲んで離さないだろう。ゆっくり話ができなくなる。なんせローズはリトル・ママだもん。
アタシは他のみんながローズと話してても許せるけど、そうじゃなかったらペロスペローお兄ちゃんと同じ事をしただろうね。アタシの話だけに耳を傾けて、アタシだけを目に映して、アタシだけに微笑んでほしい……誰にもローズのことを教えないでいたい! ってね。
でもアタシは許せる。みんなにローズを紹介できる。だってローズの「大切な貴方」はアタシのことで間違いないからね。ローズはずっと友達を欲しがってたし、青海に知り合いもいなかったんだ。アタシと会うまでは別としても、アタシと会ってからの「大切な貴方」はアタシ以外のわけがない。なんせアタシはローズの初めての友達で、盃を交わした姉妹の仲……! この二年音信不通だったのはアタシを守るために仕方なくやったことだってローズは言ってたんだ。
ローズの愛情表現は奥ゆかしいんだよ。ちょっと奥ゆかし過ぎてじれったくなるんだけど、そういうところもまたローズらしいんだよね。
――そう。ポッと出のエースとかいう甥でも、他の誰でもなく、アタシがローズの一番。アタシたちは深く想いあってるんだ。多少ローズの時間を兄弟に盗られようが問題ないくらいの強い絆が、ローズとアタシにはあるってことなのさ。
「すぐに迎えに行くからね、ローズ……!」
弟妹に囲まれて
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ママが鬼ヶ島にいるらしい。狂死郎改め伝ジローさんが率いてきた任侠モンの中に、伝ジローさんと同じように「あえてオロチ側に潜り込んでチャンスを伺っていた」って人が何人かいて――そのうちの一人が、火災のキングって幹部と一緒にいるママを見たんだと言いだした。
「ありゃあ間違いなく姉ちゃんでしたっ! 嘘じゃねえです。おれが姉ちゃんの声を聞き間違えるはずがねぇ……! ラジオでずっと聴いてたんだぜ!?」
四十代くらいのいい年した男がママを「姉ちゃん」って呼ぶのはちょっと気色悪いなって思うけど、この人以外のみんなも好きなようにママのことを呼んでるからスルー。
ちなみに「姉ちゃん」呼びはまだマシな方。
「姉御がワノ国にいるわけねえだろ。ついこないだはドレスローザに現れたって話だ」
「おれのママンが? 本当かよ」
「姉ちゃん、おまえのママン……? ああ! おばちゃんがここにいるってことか? ウタ!」
前に電話したとき、ママは「
確認するように私を見たルフィに手のひらを向けて振り、「ちょっと待って、すぐ確かめる」と抑える。ママのビブルカードを懐から引っ張り出し手に乗せれば、じりじりと破片が動きだした――鬼ヶ島のある方向に。
「ホントだ、なんでママがここに? ビッグ・マムが連れてきたってこと?……分かんないけど、ルフィ! 鬼ヶ島にママいる!」
「ん。わーった!」
滝を登りきった先、戦場は混沌としたものになった。お互いの戦力――人数が多すぎて芋洗いになっちゃったのだ。こっちの人数も多いけど鬼ヶ島側の人数も多いんだよね。
ワノ国は鎖国してるって話だけど、この二十年くらいの間に来たって人は実は多い。ママがラジオで語ってきたニホンそのものなワノ国に憧れてこっそり密入国したり、国外に出ていた人たちやその子供たちが戦力を集めて戻ったりしたみたい。でも良い人やまともな人だけがワノ国を目指したわけじゃないし、「自分が良ければそれでいい!」って連中もワノ国にたくさん来たとか。
「あーもー! ママのラジオ聴いておきながら道を踏み外すとか、
百獣海賊団の中堅とか下っ端の奴ら――侍もどきの山にムカムカが止まらない。
やだやだ、こういう類いの連中、
怒りを込めて目の前のクズを殴りつける。
「消えて! ドフラミンゴもどき!」
「あの『ドフラミンゴもどき』とは何なのでござるか!?」
「ウタにとっての最大限の罵倒! ウチの船長もよく使う!」
ウタウタの能力が集団戦で使いづらいの、どうにかならないかなぁ! 敵だけ全員眠らせられれば一瞬なのに、もー! 不便で
なお、天竜人(ダファディール宮)の前でママの膝から落ちたり、初恋()の男の子と交流するまもなく離れ離れになったり、自己紹介できなかったり、一週間で息子の先生が逮捕されたりするタイミングと運の悪さは生まれつき。周囲の豪運に生かされてきた女。
ちなみにワノ国にはイゾウやマルコもいる。なお、オヤジは健在で隠居済海賊団(クルーのほぼ全員が老齢)を名乗り、楽しくあちこちに顔を出している。現場からは以上です。