ヘリオスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の理事長を除かなければならぬと決意した。
ヘリオスには校則がわからぬ。ヘリオスは、学園の生徒である。ときにクラブで皿を回し、パリピたちと遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。
ヘリオスには竹馬の友があった。メジロパーマーである。今はトレセン学園の様々な場面でお助け役をしている。その友が、昨今トレーナーに恋をしている。だが学園の理事長は突如トレーナーと生徒との恋愛を禁じたのだ。
「理事長は、パーマーのトレーナーをクビにしました」
「理事長マジあたおかっしょ。なんでクビにしたん?」
「パフォーマンスに支障が出るから、というのですが、彼女はそんな、悪心を持っては居りませぬ」
「うんうん、パマちんああ見えてマジメだかんね。その辺の線引きはわかりみが深いと思うんだけど」
「はい、そしてそのことに苦言を呈した者もまとめてクビにされました。はじめは秘書のたづなさんを。それから、御自身の代理を務める樫本さまを。それから、桐生院トレーナーを。それから、ライトハローさまを。それから、安心沢刺々美さまを。それから、主治医を」
「後半、学園全く関係無い人じゃん。理事長社不なんかな?」
「いいえ、社会不適合者ではございませぬ。人の心を、信ずる事が出来ぬ、というのです。このごろは、ウマ娘の心をも、お疑いになり、トレーナーと少しく目立ったお出かけをしていた者には、人参千本を差し出しさねばならないうえ、ロイヤルビタージュースを5杯、駆け付けで飲むことをことを命じて居ります。御命令を拒めば食事にオグリキャップを派遣されて、財布を殺されます。きょうは、六人殺されました」
聞いて、ヘリオスは激怒した。「マジヤバ理事長じゃん。生かしておけないっての」
ヘリオスは、単純なウマ娘であった。必死に引き止めんとするメジロパーマーを引き連れて、のそのそ理事長室にはいって行った。たちまち彼女は、巡邏中のガードマンに捕縛された。調べられて、ヘリオスの懐中からはクラブのチケットの半券という朝帰りの証拠が出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。ヘリオスは、理事長の前に引き出された。
「不純ッ! このチケットで朝までうまぴょいしまくったのだろう! 正直に言うのだ!」
暴君秋川やよいは静かに、けれども威厳を以って問いつめた。その理事長の顔は蒼白で、眉間の皺は、刻み込まれたように深かった。
「へ? うまぴょいなんてしてないし!」とヘリオスは悪びれずに答えた。ちなみに嘘である。今朝はトレーナーの部屋から直帰した。
「笑止!」理事長は、憫笑した。「仕方の無いやつめ。君には、わたしの孤独がわからないのだ」
「とにかく!」とヘリオスは、いきり立って反駁した。「孤独でもなんでも、ウマ娘とトレーナーの絆を疑うとかマジガンなえっしょ。草生えるってww」
「成長ッ! 疑うのが、正当の心構えだと、わたしに教えてくれたのは、君たちだ。人とウマ娘の絆など、あてにならぬ。人間は、もともと私慾のかたまりだ。信じては、ならぬ」暴君は落着いて呟き、ほっと溜息をついた。「わたしだって、学園の平和を望んでいるのだ」
こんどはヘリオスが嘲笑した。「ならパマちんのトレーナーは余計当てはまらないっしょ。なのにクビにするとかマジイミフじゃん。メンヘラおっつ〜☆」
「うるさいうるさーい!」理事長は、さっと顔を挙げて報いた。「適当! 口では、どんな清らかな事でも言えるのだ。人間だけではない。わたしには、ウマ娘の腹綿の奥底すら見え透いている。君だって、退学になってから、泣いて詫びたって聞かないぞ」
「ご心配あざまる水産っ☆ もともと退学覚悟で来てんのに訂正なんてするわけないっしょー。あ、けど――」と言いかけて、ヘリオスは足もとに視線を落し瞬時ためらい、「けど、できれば退学までに三日ほしいかも。どうにかしてパマちんのトレーナー連れ戻したいし」
「愚行!」と暴君は、ややダミ声で低く笑った。「とんでもない嘘をつくな。あれだけ脅したというのに、逃がした小鳥が帰って来るわけないだろう。君はそれができるのか?」
「そんなの、ワンチャンやってみなきゃわかんないっしょ!」ヘリオスは必死で言い張った。「とりま約束は守るし。三日ちょうだい。信じられないんだったらパマちんここに置いていくから。もしウチが逃げたり、三日目の日暮まで帰って来なかったら、このズッ友を退学にしてくれたらいいよ」
「ええ?」とパーマーが驚いた。一方的過ぎる約束をいきなり交わされて、絶望的な表情をしていた。
それを聞いて理事長は、残虐な気持で、そっとほくそえんだ。生意気なことを言う。どうせ帰って来ないにきまっている。この嘘つきに騙された振りして、放してやるのも面白いと。
「了承! 願いを聞き届けよう。ではパーマーをここに置き、三日目の日没までに帰って来るのだ。おくれたら、パーマーは退学してもらう。そして、君の退学は取り消そう」
「は? イミフなんだけど」
「忠告! 自分の将来が大事であれば、おくれて来るのだ。君の心は、わかっているからな」
ヘリオスは口惜しく、地団駄踏んだ。踏んでいるうちに気分がアガり、そのままクラブ仕込みのステップへと移行した。ものも言いたくないほど集中した。
ズッ友、メジロパーマーは、項垂れていた。何故もっと強く逃げ友を引き止めなかったのかと、後悔しきりだった。
ヘリオスは、友に必ずトレーナーを連れ帰ると告げた。パーマーは不安を隠しながらも無言で首肯き、ヘリオスをひしと抱きしめた。百合の空気が漂い、キマシという塔が建築される。友と友の間は、それでよかった。
パーマーは、何故か縄打たれた。その姿が映えると確信したヘリオスはすぐにウマスタに上げ、その後出発した。初夏、満天の星の頃に投稿された画像はわずか10分で50万いいねを獲得した。
ヘリオスはその夜、持ち合わせが無かったので一睡もせず四十里の路を急ぎに急いだ。パーマーのトレーナーの実家に到着したのは、翌日の午前、陽は既に高く昇って、村人たちは野に出て仕事をはじめていた。家には誰もいない時間帯だが、そんな筈はないとヘリオスは確信していた。
インターフォンを三度鳴らし、ようやく聞こえた気怠そうな声にヘリオスは宅急便の者だと告げた。玄関のドアが開くや、電光石火のフット・インザ・ドアで中に押し入ると、尻もちをついて怯えているパーマーのトレーナーの姿を捉えた。そうして落ち着かせると、事情があるから学園に戻ってきてくれと頼んだ。
パーマーのトレーナーは驚き、戻るのはいいが、こちらには未だ何の仕度も出来ていない、せめて両親が帰ってくるまで待ってくれ、と答えた。ヘリオスは、待つことは出来ぬ、どうかすぐ発ってくれ給え、と更に押してたのんだ。
パーマーのトレーナーも頑強であった。なかなか承諾してくれない。夕方まで議論をつづけて、やっと、どうにかトレーナーをなだめ、すかして、説き伏せた。その数分後に両親が帰ってきたため、結局は無駄な時間を過ごした。
ヘリオスは両親に引き止められ、夕食を馳走してもらうことになった。ここまで飲まず食わずで走り通してきたのだ。育ち盛りな空腹の身に「無理はいけない」と焼鳥を勧められてはとても抗いようがなかった。
プルタブを開け、キンキンに冷えた人参ソーダを喉に流し込む。それはまさに犯罪的な美味さだった。「今日を頑張り抜いたご褒美だよ」と優しくささやく両親に、ヘリオスも、満面に喜色を湛え、しばらくは、理事長とのあの約束をさえ忘れていた。
ヘリオスは、一生このままここにいたい、と思った。この佳い人たちと生涯暮して行きたいと願ったが、いまは、自分のからだで、自分のものでは無い。ままならぬ事である。あとジャンルもNTRになってしまう。
ヘリオスは、わが身に鞭打ち、ついに出発を決意した。だがすぐに、今日は流石に疲れている。明日だ。明日から本気で頑張ろう、と思い直した。典型的なダメな奴の考え方だった。
眼が覚めたのは翌る日の夕方の頃である。爆睡だった。ヘリオスは跳ね起き、マジやばたにえん? あーでもこれからすぐに出れば、おけまるっしょ。きょうは絶対、あの理事長に、ズッ友の絆を見せてやるかんね。で笑いながら退学して、トレーナーと三畳一間の新生活を始めるんだ、と妄想を繰り広げた。
ヘリオスは、悠々と身仕度をはじめた。パーマーのトレーナーは、既に身支度を済ませていた。当初は有無を言わさず連れ帰ろうとしていたのに、たった一日でこの体たらくである。
トレーナーに手伝ってもらい身仕度は出来た。ヘリオスは、ぶるんと両腕を大きく振って、トレーナーを背負うと、雨中、矢の如く走り出た。
何言か言わんとしているトレーナーを無視してぐんぐんと速度を上げる。若いヘリオスは、つらかった。幾度か、立ちどまりそうになった。「あげみざわ、あげみざわ! バイブスぶちあげー!」と大声挙げて自身を叱りながら走った。
村を出て、野を横切り、森をくぐり抜け、高速のインターを逆走する頃には、雨も止み、日は再び高く昇って、そろそろ暑くなって来た。ヘリオスは額の汗をこぶしで払い、ここまで来れば大丈夫、ゆっくり歩こう、と持ちまえの呑気さを取り返し、好きなEDMを高らかに歌い出した。
ぶらぶら歩いて二里行き三里行き、そろそろ全里程の半ばに到達した頃、降って湧いた災難、ヘリオスの足は、はたと、とまった。見よ、前方の道路を。きのうの豪雨で山の水源地は氾濫し、濁流滔々と下流に集り、猛勢一挙にアスファルトを埋め尽くし、とりまやばたんな光景になっていた。
彼女は茫然と、立ちすくんだ。あちこちと眺めまわし、また、声を限りに呼びたててみたが、繋舟は影なく、渡守りの姿も見えない。普段は道路なのだから当然ではある。
流れはいよいよ、ふくれ上り、海のようになっている。ヘリオスは川岸にうずくまり、ウマ娘泣きになりながら三女神に手を挙げて哀願した。ついでに目の前の状況をウマスタに上げ、各方面に支援もお願いしておいた。
「うう~テンサゲやばみ。このままトレセン学園に帰れなかったら、パマちんが退学なっちゃうじゃん。マジぴえん」
濁流は、ヘリオスの呟きをせせら笑う如く、ますます激しく躍り狂う。ヘリオスも覚悟した。泳ぎ切るより他に無い。ウェーイ、女神様見てるー! 濁流チャレンジいっちゃうから応援、チャンネル登録よろ!
ヘリオスは、ざんぶと流れに飛び込み、百匹の大蛇のようにのた打ち荒れ狂う浪を相手に、必死の闘争を開始した。すっかり忘れ去られ、いまや瀕死の状況に陥っている背中のトレーナーを神も哀れと思ったか、ついに憐愍を垂れてくれた。
押し流されつつも、見事、対岸の岸に、すがりつく事が出来たのである。ありがたい。ヘリオスは大きな胴震いを一つして、すぐにまた先きを急いだ。トレーナーは胴震いの勢いに耐えきれず振り落とされた。
幾分か背中が軽くなった気がするが、一刻といえども、むだには出来ない。陽は既に西に傾きかけている。ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前にハイエースに乗ったチャラ男が踊り出た。
「ちょ待てよ」
「あ〜パコっちじゃん。こないだのイベントマジ楽しかったね〜☆ 悪いけど今からトレセン学園行かなきゃだし、また会おっ☆」
「何だヘリオスちゃんだったのか。それならこの車でついでに送ってやるよ。代わりに、今からイベントあんだけど司会の奴が急病になってさあ。悪いけど場が温まるまでMC頼めね?」
「おけまる水産☆」
ヘリオスは二つ返事で引き受けた。ひょいと、からだを折り曲げ、フルスモークのハイエースに乗り込んだ。冷房の効いた車内はすこぶる快適で、一気に峠を駈け降りたが、流石に疲労し、午前から灼熱の太陽がまともに、かっと照り続けていたことから、ヘリオスは幾度となく眩暈を感じた。中度の熱中症である。マジやばたんだった。
ああ、ああ、夜を通して走り通し、濁流を泳ぎ切り、峠を登りきった韋駄天、ここまで突破して来たヘリオスよ。真の勇者、ヘリオスよ。今、ここで、疲れ切って動けなくなるとは情無い。愛する友は、おまえを信じたばかりに、やがて退学しなければならぬ。おまえは、稀代の不信の人間、まさしく理事長の思う壺だぞ、「何で負けたか、明日までに考えておくように」とプゲラされるのだぞ、と厳しく自分を叱ってみるのだが、全身萎えて、もはや休日のウンスほどにも前進かなわぬ。
防音を効かせたバックシートにごろりと寝ころがった。身体疲労すれば、精神も共にやられる。今からMCとか、ちょっと無理ゲー、という、勇者に不似合いな不貞腐れた根性が、心の隅に巣喰った。
パーマー、ごめん、ウチら本当にズッ友だったけど、今回はマジでだめンディーかも。
理事長はウチに、ちょっとおくれて来い、って耳打ちしたんだ。そんときはマジおこだったけど、今まさにその通りになってんじゃん、酷い友達だよねー。
ウチ、これでも結構頑張ったんだよ。でも、流石に疲れちゃったし、だからもう……ゴールしていいよね。
――いいわけないってば! という幻聴が聞こえたのを最後に、四肢を投げ出して、うとうと、まどろんでしまった。
ふと耳に、潺々、水の流れる音が聞えた。そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。よろよろ起き上って、見ると、パコさんが水筒から緑色の液体を紙コップに移し替えているのである。その液体に吸い込まれるようにヘリオスは身をかがめた。紙コップを受け取って、一くち飲んだ。「飛ぶぜ」とパコさんが言った通り、ものすごい苦味が口の中を暴れまわり、夢から覚めたような気がした。ドーピングロイヤルビタージュースだ…
やれる。行こう。肉体の疲労恢復と共に、わずかながら希望が生れた。日没までには、まだ間がある。ウチを、待ってくれている友があるから。
ー完ー どぼめじろう先生の次回作にご期待下さい
そんなナレーションをついつい想像しながら手際よく皿を回す。少しも疑わず、期待してくれているオーディエンスがいるのだ。ウチは、信じられている。ウチは、信頼に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。テンション爆アゲでハコを盛り上げろ! ヘリオス
日没間近の商店街の前で、黒いハイエースがドリフトターンを決めた。開いた後部ドアから降り立ったヘリオスは黒い風のように走った。
商店街で酒宴中の人たちに手を振り、犬と競い、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍(当社比)も早く走った。
急げ、ヘリオス。おくれてはならぬ。愛と誠とパリピの力を、いまこそ知らせてやるがよい。風態なんかは、どうでもいい。ヘリオスは、いまは、胸と局部を除けばほとんど全裸体であった。会場が水着フェスだったからだ。とても恥ずかしかったが、毎回この格好でレースに出ているマルゼンスキー先輩のことを思えば耐えられた。
「うぇーい。無事とうちゃーく!」と大声で叫ぶと、理事長室の人々は、どよめいた。今更? という空気だった。メジロパーマーの縄は、とっくに彼女のトレーナーによってほどかれていたのである。
「あれ? なんで?」ヘリオスが呆けた声を上げると、パーマーのトレーナーが言った。「君に振り落とされた後、タクシーを呼んだんだ。本当は最初からそうするつもりだったのに君は全く話を聞かないもんだから」
ヘリオスの身体から力が抜けた。ここまでの苦労は無駄足だったのか。一度はそう思いかけたものの、「だけど君の説得のおかげで彼女の大切さに気付けたよ」という言葉ですぐに立ち直ることができた。パーマーが優しく微笑み、「ヘリオス、ありがとう。でも実を言えばこの三日間、結構な頻度で疑っちゃってさ。その……ごめん」
「んなの気にしてないって! ウチら最強のズッ友じゃん」
ヘリオスは友人を快く許すことにした。正直、自分の方も何度か諦めかけたのだが、それを口外することはなかった。
「あざす、ズッ友!」二人同時に言い、ひしと抱き合う。満開の百合の花が咲き誇るさまに、こっそりと理事長室を覗いていたとあるウマ娘が鼻血を噴き出して倒れた。
暴君秋川やよいは、先に駆けつけたトレーナーにあらましを聞いてとっくに許していたのだが、流石に空気を読んだようだ。そのうち静かに二人に近づき、顔をあからめて、こう言った。
「天晴! 君たちの望みは叶った。君たちは、わたしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではない。これまで解雇した者たちも全て呼び戻すことにしよう!」
理事長室に、歓声が起った。
「万歳、理事長万歳」
ひとりのトレーナーが、緋のジャージをヘリオスに捧げた。ヘリオスは、まごついた。ズッ友は、気をきかせて教えてやった。
「とりま早く服着た方がいいと思うよ。ヘリオスのトレーナーさん、ヘリオスの体を、皆に見られるのが、嫌みたいだからさ」
既に水着で爆走していた動画が色んなSNSに拡散されているらしい。
勇者は、ひどく赤面した。