ナナラビのチノ・エンヴィちゃんとココア・グリードちゃんのお話です。
原作漫画でナナラビが出てくる前に書かれた短編なので今読むとおかしい点があるのですがお許しください。

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ひとりぼっちだった女の子

昔むかし。あるところに。大きくてとても古めかしい洋館がありました。

何百年前からその館があるのか、誰も知りません。

その館は、高い山の上、鬱蒼とした森の奥に、まるで人目を避けるように立っていました。

そして館には一人の少女が住んでいました。

まるで人形のような整った顔立ちと綺麗な髪と瞳を持った、まだ幼さの残る女の子。

しかし一つだけおかしなことに、この少女は心までまるで人形のようだったのです。

そう、この少女には「感情」というものがありませんでした。

それが生まれつきのものなのかどうかは分かりません。

何しろ、少女はこの館に何百年以上も一人で住み続けているのですから。

あまりに味気のない毎日に途中から感情を失ってしまったのかもしれませんでした。

とにかくはっきりしているのは、少女は毎朝決まった時間に起き、決まった時間にご飯を食べて、昼間は何をするでもなく、中庭をお散歩したり、部屋の中でジグソーパズルを組み立てては壊して、また最初から組み立てなおしたり、そうやって暮らしていたということです。

食べ物や飲み物を買いに行ったりする必要すらありませんでした。

少女が望めば、何でも食べたいものや飲みたいものが魔法の窯とコーヒーポットから出て来たからです。

それでも別に少女は贅沢尽くしをする訳でもなく、毎日決まって同じコーヒーとパンを食べていました。

まるで機械人形のような生活。

その同じ毎日の繰り返しが、少女にとって世界の全てでした。

 

しかしある日、その繰り返しは突然に終わりを告げます。

館の外から、別の少女がやってきたのです。

「私の名前は【強欲】……。世界の全ては、私の妹!」

そう高らかに宣言した【強欲】は、館の少女を見るとこう言いました。

「ふむ……そのもふもふ感! 一目で気に入ったよ! 決めた! あなたは今日から私の妹だよ!」

「妹……もふもふ感……? 何だか分かりませんが、そうですか」

「それから、この館も貰っていくよ。外の世界よりも住み心地良さそうだから。今日からここは、私と妹たちとの愛の巣になるんだよ」

「はぁ、そうですか。別にもともと私のものという訳でもないですが」

「……って、さっきから反応薄っ! もっとなんかこう抵抗とか、ツッコミとかないの!? 本当にいいの!? 貰っていっちゃうよ!?」

 

とにもかくにもこうして、【強欲】と【館の少女】との、不思議な共同生活が始まったのでした。

【強欲】はその名にふさわしく色々な物を持っているらしく、七日間かけて外から大量の荷物を館に持ち込みました。

【強欲】が来てから二、三日は、全く今までと同じ生活を送っていた【館の少女】ですが、流石に廊下や部屋のいたるところに【強欲】の私物を置かれたら邪魔で仕方ありません。

中でも特に大きい荷物を指差して【館の少女】はこう言いました。

「【強欲】さん、いったいこれは何なんですか。こんな大きいものをここに置かれると邪魔なのですが」

「うん? ああ、これはね、パン焼き窯だよ!」

「パン焼き窯ですか……。この館には必要の無いものです。だって魔法の窯から何でも好きなパンが出てくるでしょう」

「魔法の窯……。紫とピンクの煙が出てくるあれだよね? ノンノン、あれで焼いたパンなんてまるで偽物だよ。明日の朝、本物の小麦粉を使った焼き立てパンを御覧に入れるよ」

そう言うと翌朝には【強欲】は自分の窯を使って焼いたパンを朝食に供しました。

【館の少女】には魔法のパンとの味の違いはよく分かりませんでしたが、【強欲】の焼いたパンはとても暖かくて、確かにこれならこっちのパンを食べた方が良いかもしれない、と思いました。

 

その翌日はさらに不思議なことが起こりました。

また別の女の子が館にやってきたのです。

「私の名前は【暴食】。この館から美味しそうな匂いがするので来てみた。くんくん、くんくん……。そっちの短い髪のお前からいい匂いがしているな。悪いが、お腹がペコペコだから、大人しく私に食べられてくれ」

「【強欲】さん、あなた食べられてしまうんですね。短い間でしたがお世話になりました」

「ちょーちょーちょーーっと待った! あっさり受け入れてないで止めてよ! それに私食べても美味しくないよ!」

「いや、絶対美味しいぞ。こんな小麦粉の焼けるような香ばしい匂い、何百年ぶりに嗅いだ」

「それはさっきまで焼いていたパンの匂いで……。はっ! そうだ! ねぇねぇ【暴食】ちゃん、ここで私を食べたらそれっきりだけど、私を生かしておけば毎日美味しいパンを食べられるよ! 絶対その方がお得だよ!」

「ふむ……。ここでお前を食べるか、毎日美味しいパンを食べるか……」

【暴食】はしばらく考え込んだ後、毎日パンを食べた方が得だと言う計算に至ったらしく、無事に取引が成立しました。

【強欲】は食べられることを免れ、明日から毎日パンを焼くことになり、【暴食】もこの館に住むことになりました。

もっとも【暴食】はパンだけでは食べ足りないらしく、夜な夜な館の中を徘徊しつまみ食いを繰り返すことになるのですが。

 

その翌日はまた別の女の子が館を訪れました。

「私の名前は【傲慢】……。ふふん♪ 世界は私に跪くのよ」

「はぁ。あなたも【強欲】さんを食べに来たんですか?」

相変わらずテンションの低い様子でそう尋ねる【館の少女】の後ろから、【強欲】がこう声をかけます。

「ちがうちがう、この子は私が館に呼んだんだよ」

「呼んだ、とは?」

「私のコレクションの一つ、古の魔術師たちの遺物である『知恵のうさぎ』を使ってね。これを使うと外の世界の、遠く離れたところにいる人たちともコミュニケーションを図れるんだ。私と【傲慢】ちゃんはこれを使ってお話するうちにすっかり仲良くなって、それで【傲慢】ちゃんが住むところに困ってるって話だったから招待しちゃった」

見ると【強欲】の手には、人間の頭より一回り小さい程度の大きさの、獣をかたどった奇妙なオブジェのようなものが握られていました。

それは丸々とした毛玉から猫に近い形の耳が生えているようにも見えて、あまりうさぎっぽくはない見た目ではありましたが。

その「知恵のうさぎ」は、目に当たる部分から空中に小さな窓のようなものを映し出しており、そこにはこの館の中ではないどこか別の場所の景色が映し出されていることが分かりました。

この窓が外の世界と繋がっているというのでしょうか。

この館の外にも世界が広がっているということは、知識としては知っていましたが、具体的にそこに何があるのか、何が起こっているのか、【館の少女】は興味を持ったことがありませんでした。

しかしこの小さな窓が外の世界に通じていると聞いて、【館の少女】は生まれて初めて、外の世界のことを意識したのです。

 

さらに翌日にはまた違う女の子が館にやってきました。

肩で息をしていて、大急ぎで駆け付けてきたような様子です。

「ぜぇ、ぜぇ……。ご、【傲慢】はこの館にいるかしら?」

奥の部屋から出て来た【傲慢】がこう答えます。

「あら、【憤怒】ちゃん。私に何かご用? それとも寂しくなって私を追いかけて来ただけかしら?」

軽い冗談のような調子の【傲慢】の言葉でしたが、それの何かが気に障ったのか、【憤怒】は怒りを大爆発させて(実際に頭のツノを爆発させるかのように燃え上がらせて)、語気を強めてこう答えるのでした。

「そんな訳ないでしょ!? お馬鹿なの!? あんたのやらかしたことで大迷惑を被ってるからこうやってわざわざ来たのよ! 私の家に沢山の借金取りが押しかけて来て……。話を聞いたら、何であんたの借金を私が肩代わりすることになってるのよ!? しかも金額を聞いてびっくりしたわ……。いったい何をどうすればそんな多額の借金を作れるのよ!?」

「私が今構想している新作の開発のためにはどうしても開発費が必要だから、そのお金よ。それに、肩代わりなんて人聞きが悪いわ。いずれ世界を支配する私のために代わりにお金を支払う権利を下賜したのよ。光栄に思いなさい」

「思うか馬鹿―!!」

ひときわ大きい【憤怒】の叫び声がこだましました。

するとどうしたことでしょう、先ほどまで傍若無人な様子だった【傲慢】は、急によよと泣き伏せてこんな台詞を吐くのでした。

「ううっ……。じゃあ【憤怒】ちゃんは私が借金のカタに取られて身売りすることになっても構わないって言うのね……」

「だぁーっ! そうは言ってないでしょ! あーもう何なのこの面倒くさ女! あり得ない! 腹が立つ! 何よりこんな女に振り回されてる自分に腹が立つ!!」

【憤怒】はさらに激怒した様子でツノを燃やしました。

その後も二人の(まるで夫婦漫才のような)やり取りは続き、紆余曲折がありました。

そして結局、借金取りに追われて今の家に住めなくなったという【憤怒】は、外界から隔絶されて借金取りも追って来られないこの館に住むことになったのでした。

 

さらに翌日、館にはまた来客がありました。

今度は一度に二人、です。

トルネードのようなくるくる巻いたツノを持った少女と、何だか眠そうな目をした少女。

この日は終日酷い大雨で、外は絶え間なく雷の音がゴロゴロ鳴っているような様子でしたので、二人の少女はすっかりずぶ濡れになっていました。

本来であればそれは見る者の同情を誘うような光景なのでしょうが、しかしどういう訳でしょうか、巻き角の方の少女の剝き出しの肩に雫が這い、たっぷり含んだ雨水が白い服を透けさせるさまは、どこか奇妙に艶めかしく見えるのでした。

そしてもう一人の少女の方は、こんな状況なのに立ったまま爆睡しているのでした。

「お嬢さん方、こんな夜更けにどうしたの?」

好奇心旺盛な【強欲】が、玄関先で立ち尽くす二人に真っ先に話しかけます。

「くんくん……あまり美味しそうな匂いではないな……」

「あらあら、こんな時間に私の下僕志願者さんかしら?」

【暴食】と【傲慢】も集まってきます。

二人は大きな荷物を抱えていて、ここまで長い旅をしてきたことが分かりました。

ついに安全そうな場所にたどり着いてほっとしたのか、巻き角の女の子は張り詰めていた糸が切れるようにめそめそと泣き始めてしまいました。

【強欲】は根気よく女の子をあやし、何とか事情を聞き出しました。

「あのね……私たち、今まで平和に暮らしていたんだけれど、国の王様や偉い人たちがある日突然とても怒りだして、住んでいた国を追われちゃったの」

「国を追われたって……私は住んでた家を追われたけど、またずいぶんスケール大きい話ね……」

【憤怒】がそうつぶやきました。

「私たちの住んでいたところにも国の兵士たちが来て、お前たちはもうここを使うことは出来ないって言われて、ほとんど荷物をまとめる時間もなく追い出されて、国境に連れて行かれて……うっ!」

そこまで喋った時、巻き角の女の子は立ちくらみを起こしたような様子で倒れこんでしまいました。

近くにいた【館の少女】が咄嗟にそれを抱きとめます。

自然と、巻き角の女の子の首元に鼻を近づけるような形になります。

これだけずぶ濡れになっていれば香水の類などは全部流されてしまっているはずなのですが、この女の子の首元からは不思議な良い香りがして、【館の少女】はドキッとするような、今まで味わったことの無い気持ちを味わいました。

何でしょう、この気持ちは?

【館の少女】は内心の動揺を押し隠しながらこう言いました。

「だ、大丈夫ですか!? 長旅で疲れていらっしゃるのでは。部屋にはまだ空きがありますし、お二人にはしばらくここに住んでもらうことにしましょう。帰るところもなさそうですし……」

すると【強欲】は少し驚いたような様子でこう言いました。

「あなたが自分からそう言いだすなんて珍しい……、でも、私もそれには賛成! そうと決まれば、まずは二人を着替えさせなきゃね。いつまでも濡れた格好だと風邪引くし」

そう言うと【強欲】は巻き角の女の子の服を脱がせようとしました、が、その瞬間!

「スタァァァップ!!」

今までずっと眠っていたもう一人の女の子が、くわっと目を見開いてそう大声を上げたのです。

「ヴェア!? いったい何!?」

「し、心臓が止まるかと思いました。服を脱がせるのがまずかったですか?」

もう一人の女の子は続けてこう言いました。

「その子を脱がせると……災いが起こるよ。脱ぐと凄いんだから。なにしろ、その子は、し……ぐぅ。国を、追い出された、のも、ふわぁ……zzz」

言いながら一つ大きなあくびをしてまた眠りに落ちてしまいました。

【館の少女】は【強欲】と目を見合わせた後、こう言いました。

「【強欲】さん、やはりこんな玄関先で脱がせるのはデリカシーが足りなかったのではないでしょうか。お二人には、脱衣所に行ってもらいましょう。ちょうどお風呂も沸く頃ですし」

謎が多い二人組ですが、とにもかくにもこうして、新たに館の住人として迎え入れることが決まったのでした。

二人の名前が【色欲】と【怠惰】だと言うのは、もう少し後になってから分かったことでした。

 

七人の奇妙な住人たちを得て、館は急に賑やかになりました。

朝は【強欲】が窯でパンを焼くごうごうという音から始まり、朝から昼にかけては【色欲】が【怠惰】を起こそうとはりあげる声が館に響きます。

昼食はだいたいいつも【怠惰】以外の全員が揃って取り、昨日は何があっただとか、中庭でこんなものを見つけただとか、たわいもない話に花が咲きます。

アフタヌーンティーの時間には【傲慢】と【憤怒】の漫才……のようにも聞こえるおなじみのボケと激しいツッコミのやりとりが聞こえてきます。

夜はキッチンでつまみ食いして回る【暴食】と、夜型で夜出歩く【怠惰】のひそひそ話が聞こえてきたりします。

しかし変わったのは館の様子だけではありません。

感情を持たなかったはずの少女……【館の少女】の変わりぶりこそが、真なる変化でした。

【強欲】の焼くパンは香ばしくて美味しい。

真っ暗な夜中の廊下で、口のまわりにチョコをべっとりとつけた【暴食】とすれ違うとちょっと怖い。

【傲慢】と【憤怒】の漫才は面白い(【憤怒】「漫才じゃないわよ!」)。

【色欲】は【怠惰】を起こすのに毎朝失敗していて、どこか思いつめたような様子で「【怠惰】ちゃん、昔は凄く真面目で格好良かったのに、どうしてこんなことに……」とつぶやく様子は、ちょっと可哀そう。

【館の少女】はそんな風にして、他の六人との交流の中から、無くしていたはずの感情をみるみるうちに得ていったのです。

 

しかし感情を得るというのは必ずしも良いことばかりではありませんでした。

【館の少女】は七人で暮らし始めてからというものの、時々妙な違和感を覚えることに気付きました。

【強欲】が【色欲】と仲良さそうに談笑している時。

【強欲】が昼寝している【怠惰】にちょっかいをかけている時。

【暴食】が、朝食のパンを焼いた後の【強欲】の頭を撫でて「よしよし、今日も上手く焼けたな。お前を食べるのは明日にしてやろう」などと話しかけている時。

決まってそんな時に違和感は襲ってくるのです。

その違和感がやって来るのはだいたい【強欲】が何かしたか、何かされた時だと【館の少女】は気づきました。

そしてその違和感は、ある日ある時、心の中で大きなもやもやに変わりました。

「えーっと、今日は重大発表があります! こほん! 今日から、この館の全員が私の妹ということになりました!」

珍しく【怠惰】も含めた全員が揃った昼食の席で、【強欲】がもったいぶった様子でそんなことを言った時のことでした。

他の五人は、また【強欲】が変なことを言い始めた、という程度の薄い反応(【憤怒】は「何で私があんたの妹にならなきゃならないのよ!」といつも通り怒っていました)でしたが、この瞬間、【館の少女】の心には確かにひびのようなものが入ったのです。

 

そしてついにこのひび割れが決定的なものとなったのは、その日の夜のことでした。

この夜、【館の少女】は【強欲】の持っている本を借りようと、【強欲】の部屋に入りました。

すると寝間着姿の【強欲】はベッドの上で「知恵のうさぎ」を抱きしめ、それの映し出す窓を眺めながらご満悦そうな様子でした。

「【強欲】さん、いったいどうしてそんなにニヤニヤしているんですか? しまりがないです」

昼間のこともあったので、思わず強い口調になっていました。

しかし【強欲】はその口調の変化には全く気付かないような様子でこともなさげにこう答えたのです。

「えっへへ、これはね。知恵のうさぎを使って、また新しい妹をここに連れて来ようと思ってるんだ。今度の妹ちゃんの名前は、**って言うんだけど……」

 

――ああ、この人は。

この人は本当に。

何で。

私という妹がありながら。

何で勝手に新しい妹なんて増やそうとするのだろう。

何で。

何で。

何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で――

みるみるうちに【館の少女】の両眼は紅く染まっていきました。

そして爆発するような大きな声が館中に響きわたります。

「ま た で す か ! また新しい妹作ったんですかー!?」

「!? ね、ねねね猫だから! 今回の妹は猫だからー! 猫だからノーカン!」

ようやく事態の深刻さに気付いた【強欲】の言い訳も後を追ってこだましますが、時既に遅しでした。

こうして、館には七人――いや七匹の【罪うさぎ】が住まうことになったのです。

【強欲】、【暴食】、【傲慢】、【憤怒】、【色欲】、【怠惰】。

そして【館の少女】改め、【嫉妬】。

そう、感情を持たなかった【館の少女】が獲得した最も強い感情――それが【嫉妬】だったのです。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「……っていう夢を見たんだけど、これ何とかして小説のネタにならないかなぁ?」

「はぁ。何だか物凄く突拍子もない夢ですね……」

春休みのある日の昼下がりのことです。ラビットハウスには、いつものメンバーが集まっていました。仕事中のはずのココアさんは相変わらず手を動かすよりも口を動かしていることの方が多い様子で、昨日見た夢について語っているのでした。

「小説のネタって、ココア、小説を書くつもりなのか?」

「そうだよー。私ももう高校三年生。そろそろ真面目に街の国際バリスタ弁護士小説家を目指そうかと思ってね」

「その謎の職業を真面目に目指すなよ」

リゼさんのツッコミが冴えわたります。

「そうですよ。だいたいココアさん、パンの修行の方はもういいんですか」

被せるようにして私もそう言います。先日の卒業旅行の終わり際には「私はここに残るよ、もっとパンの修行を続けたいんだ」なんて冗談を言って、あんなに私の心をざわつかせた癖に……。そんな言葉が頭をよぎりますが、口には出しません。

「まあ、夢は多ければ多い方が良いからね。まずはこの小説を完成させて、上手くいけば文学賞! なーんてね」

「文学賞ねぇ……。今の話だけじゃ一つの小説にするには短すぎると思うけど。ちょうど今日ここにはプロがいる訳だし、まずはプロの意見を聞いてみたらどうかしら?」

そう言ってシャロさんが示したのは店の隅の方の席でした。そこにはお店の常連で小説家でもある青山さんが座っていました。いつものように優雅にコーヒーを口にしながら、青山さんはこう言います。

「そうですねぇ。七つの大罪を背負った人外の少女たちの集まる洋館……。アイデアは中々そそられるものがあります。しかしシャロさんのおっしゃるとおり、賞に応募しようと思ったらさらにアイデアを膨らませる必要があるかもしれませんね」

「小説のアイデアを膨らませるってどうしたら良いのかしら……見当もつかないわ」

そう合いの手を入れる千夜さんに応えて、青山さんはこう続けます。

「たとえばですが、キャラクターをさらに個性的にして、インパクトのある設定を付け加えるといった方法があります。他にも、読者の興味をそそるために何かスケールの大きな出来事を起こすというのもありますね」

それを聞いたココアさんは考え込むような様子でこう言います。

「キャラを個性的に、か……。実は私の夢に出て来た登場人物たちは、ここにいるみんなの姿をしていたんです。だからキャラのモデルはみんななんですよね。ちなみに【強欲】が私の担当キャラ」

「な、なんだって!? それは初耳だ。しかしそうなると余計に難しいな。私たち普通の女子高生と女子大生だから、キャラを立たせると言っても限度が……」

「リゼさんはどちらかというとかなりキャラ立ってる方だと思いますが……」

リゼさんの住んでいる冗談みたいに大きなお屋敷と銃のコレクションのことを思い浮かべながら、思わず私はそうツッコんでしまいます。それと同時に、今の話を聞いて難しい顔をしていたマヤさんがこんなことを言い始めました。

「キャラにインパクトある設定を付け加えて、大きな出来事を起こす、か……。うーん……。どう、メグ、やれそう? メグには第二形態とかない? こう、背中から羽が生えて、時速120kmくらい出せるようになったりしない? で、その勢いのままに国とか滅ぼしたりしたら、だいぶお話が盛り上がると思うんだけど」

「え、ええーっ!? は、羽……時速……く、国を滅ぼす……。こ、こうかな!? め、メグメグビーム!」

「メグちゃん、無茶振りに律儀に答えてあげなくてもいいのよ……」

シャロさんがメグさんの肩にポンと手を置きながらそう言いました。

 

そのやりとりを見ていたココアさんは、今度は私の方を向いてこう言いました。

「ねぇねぇチノちゃん。チノちゃんはどう思うかな? このお話。チノちゃんの感想を聞かせて欲しいな。文学賞取れそう?」

「い、いきなりそんなこと聞かれても……。何だか凄くファンタジーでぶっ飛んだお話だなぁとしか……。というか本当に賞に応募するつもりなんですか?」

「私はいつだって本気だよ!」

「……私が小説の主人公のモデルだなんて、何だか自分のことを書かれているみたいで恥ずかしいです。賞に応募するってことは、当然審査員の人たちに読まれてしまう訳で、しかももし本当に受賞したら出版されてしまう訳で、やっぱり考え直した方が……」

「? 私、【強欲】以外のキャラはまだ誰が誰役なのか言ってないけど、何で主人公の【嫉妬】がチノちゃんだって分かって……。 !! も、もしかして?」

「え、なになに、チノがまたココア独り占めしたくて嫉妬してるって話?」

「わぁ~お」

「!! ち、違います! そんなんじゃないです! そ、それよりココアさん、小説の話なんかしてて大丈夫なんですか!? 皿洗いのお仕事がまだ溜まってるはずです! ちゃんと仕事してくださーい!」

 

 

 

バタン! 若干強引に話題を変えてその場を切り抜け、用事があるからと言って店内を出た私は、自分の部屋に戻ってようやくほっと一息つきました。ドアが閉まったところで、頭の上にいるティッピーが話しかけてきます。

「やれやれ。旅行を経てココアも少しは成長したかと思ったんじゃが、移り気と気まぐれなのはあまり変わっておらんようじゃのう。まさか小説を書くなどと言い出すとは」

「そうですね。本当にびっくりしました。しかも私たちがモデルだなんて……」

「実際のところ、チノはあの小説の内容はどう思ったんじゃ。青山の小説を読み慣れているわしからすれば、色々とまだまだじゃが」

「そうですね……。私は、ココアさんには似合わないと思います」

「やはりそう思うか。確かにココアには小説家はあまり似合いそうにない。青山とは全然違ったタイプの娘じゃしな」

「あ、いえ、似合わないというのは、そっちのことではなく……」

「ふむ……?」

 

私は机の上の木枠の写真立てに飾られている一つの写真に目をやりました。卒業旅行で行った都会の遊園地で撮った、七人の集合写真。それを見るだけで旅行先でのきらきらとした出来事が次々に思い出されます。チマメ隊で乗ったコーヒーカップに、チュロスやポップコーンを買い込んではしゃいでいるリゼさんの姿、シャロさんが大活躍したヒーローショーに、千夜さんとふたり思わず魂が抜けたようになってしまったジェットコースターの感覚。私の中で一生大切なものとして残るであろう、宝箱のような思い出の一ページ。制服もバラバラ、学年もバラバラの、本来出会うことのなかったであろう私たちがこうやって集まれているのは、間違いなく【あの人】のおかげで――

 

(……そんなココアさんが【強欲】だなんて、やっぱり似合わないですよ)

(だってココアさんは、いつだって私に、私たちに、たくさんのものを与えてくれる人なんですから)

 

 



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