おおよその流れは上記の感じですけど読んでみると内容と粗筋に若干の違いがあるような気もします。
元ネタになっているのはジュール・ヴェルヌ『地底旅行(地底探検)』と『ハーメルンの笛吹き男』の伝説です。
どちらも著作権は切れていると思います。伝説に著作権があるのかは不明です。
ドイツ北部の港町ハンブルク旧市街を歩いていた俺は知った顔を見かけたので声を掛けた。
「シュルツ博士、シュルツ博士じゃないか! 何してんだよ、こんなところでさあ」
肩をビクッと震わせて、シュルツはこっちを横目で見た。ヤバいとこを見つかっちまったって、何も言わなくても心の中が読めてしまう間抜け面だった。その表情は俺がガキの頃に飼っていた犬に、とてもよく似ている。あいつはバカ犬だったが、シュルツは一応、博士なのだ。やれやれ、ドイツの未来は暗いねえ。
俺がドイツの未来を憂えて嘆息しているとシュルツが辺りを窺いながら寄ってきた。
「大声を出さないでくれ」
久しぶりに会って最初の挨拶が、それだ。そうそう、こいつはこういう奴だったよ。俺は腹の底から声を出してやった。
「これはこれは、盗人で詐欺師で外国の間諜で在らせられるシュルツ博士じゃあーりませんか! まーた悪事のご準備ですかあ!」
シュルツは俺の肩を抱き路地裏へ歩き出した。男と密着するのは俺の好みじゃないので奴を振り払おうとしたが「手伝ってくれ、分け前をやるから」と囁かれたら話は別だ。通る者のいない袋小路で儲け話に耳を傾ける。
このすぐ近くの骨董屋へ盗みに入ろうとしているんだが、お前も乗らないか? とシュルツは誘ってきた。下見をしてみたが、昼間は人通りが多く無理。夜なら大丈夫だが通りを警官が巡回しているので見張りが一人はいるのだそうだ。
金目の物があるのか? と俺は尋ねた。奴は言いたがらない。俺はしつこく聞いた。奴は俺に煙草をねだった。一本くれてやる。奴は深々と吸った。実に旨そうだ。奴が良い気分になったところを見計らい、狙っているお宝を教えてくれるようせがむ。フフッと笑って奴が口を開く。
「それは言えない、あしからず」と偉そうに抜かしやがるものだから顎にパンチを食らわしてやった。白目を剥いてブッ倒れた阿呆を路地裏に置き捨てて立ち去ったから、後日ポリ公から下宿に連絡が来たときはマジ焦った。
傷害か殺人の容疑が掛けられたのかとビビったら、シュルツが俺を身元引受人に指名したので警察署まで引き取りに来てほしいとのこと。安心とほぼ同時に怒りが湧いた。どうして俺が奴の身元を引き受けにゃあならんのだ? 未来永劫シュルツは警察署にいるべき悪党だし、一番良いのは土の下で永遠の眠りに就くことだ。だが、奴は俺の悪事もよく知っている。余計なことをペラペラ喋る前に連れ出した方が安全だ。
俺は警察署へ行ってシュルツを連れ出した。ポリが言うには例の骨董屋から出てきたところを巡回中の警官に見つかって御用となったのだが、何も盗んでいなかったし、シュルツが「戸口が開いていたものだから泥棒が入ったのかもと思って店内の様子を見てみただけだ」と言い張ったので証拠不十分で釈放となったのだそうだ。甘すぎる。
俺は警察署の前で奴と別れようとしたが、あいつは捨てられた子犬みたいに俺の後をついてきた。石を投げたくなったが、子供の頃に可愛がっていた飼い犬に奴が似すぎていて、それはできかねた。やむなく下宿に連れ帰り一杯飲ませてやる。疲れていたようで、奴はアルコールが入るとすぐに寝た。俺にBL属性があれば、この話はそういう流れになるのかもしれないが、ならない。俺は異性愛者で、好きな女がいる。ヨハネウム学院の鉱物学教授オットー・リーデンブロックの養女グラウベンという、可愛い娘だ。グラウベンが俺の部屋に足を踏み入れたらベッドの中で朝まで寝かさないけれど、シュルツはソファーで寝てくれと思う。
翌朝シュルツは俺に再び悪事の手伝いを頼んできた。今度は殴られたくないようで、仕事の内容を説明する。骨董屋から盗みたかったのは十六世紀の有名な錬金術師アルネ・サクヌッセンムが書いた貴重な古書だという。そこには卑金属から貴金属を錬成する秘術が記されているのだそうだ。
俺は尋ねた。
「そんな話、本当に信じてんの?」
シュルツはヒヒっと笑った。
「本気も本気、大本気よ」
「今は十九世紀、科学の時代なのよ? 錬金術はないでしょ。うん、それはないわ」
「ヨハネウム学院の名物教授オットー・リーデンブロックが、あの古書を買った。帳簿に名前が載っていた。きっと貴金属を錬成する秘密の技法を研究するために買ったんだ」
「錬金術の研究? 本当に? そうかなあ……え?」
「どした、顔色が変だぞ」
「オットー・リーデンブロックって今、言ったか?」
「言った。それがどうした」
「その古書は、リーデンブロックの家にあるのか?」
「勤め先の学校にないとしたら、そこしかないだろうな」
俺はシュルツの話に乗った。リーデンブロックの家に忍び込んで、その古書を盗み、ついでにグラウベンを誘拐するのだ。もっとも、この話は奴には伝えない。二兎を追う者は一兎をも得ず、なんて説教されるのはごめんだ。俺に見張りをやってほしいシュルツは二人で一緒にヨハネウム学院へ侵入し、それからリーデンブロック宅を襲うことを提案したが当然、拒否だ。別行動で、それぞれヨハネウム学院とリーデンブロック宅に侵入すべきだ、同じ日に盗みに入らないと警戒されると俺は言い張った。勤め先が盗賊に荒らされたら、相手は戸締りを厳重にするかもしれないから、との俺の説明に奴は不承不承頷く。そして俺はリーデンブロック宅へ行くと、これまた強硬に主張した。あまりの執着ぶりにシュルツは疑いの念を抱いたようだ。
「おいおい、お前それ、なんなん? どうしてそんな急に乗り気になってんのよ?」
「リーデンブロックの甥でアクセルって若造がいるんだが、こいつと因縁があってな」
シュルツは疑いの目で俺を見た。
「どんな因縁なのよ」
「俺と奴との因縁話は長くなるぞ」
長いならいい、とシュルツは断った。長ったらしい因縁話を語ろうと腹案を練っていた俺は少し残念に思った。アクセルと俺の因縁は浅くて短い。アクセルはグラウベンに恋している。そしてグラウベンも、あの男を憎からず思っているらしい。俺にしてみりゃ、それで十分すぎる因縁だ。
「お前とそいつの間に何があるのか知らんけど、厄介な事だけは勘弁してーな」
それからシュルツは目当ての古書がどういう外見なのかを説明した。それは俺の提案した別行動を受け入れたということだ。奴の説明を聞き終えてから、俺は言った。
「ラテン語で書かれた本なら、俺に任せろ。大学で学位を取っている」
またもシュルツは疑いの目で俺を見やがった。
「本当だぜ。免状を見せようか?」
シュルツは首を横に振った。
「何処かで盗んだか、偽造だろう? それより何かラテン語を言ってみろ」
「アイスランドのスネッフェルス山の頂にある火口の中を降りていけば、地球の中心にたどり着くことができる」
俺は、そういった趣旨のラテン語文を詠唱した後、そのドイツ語訳を話した。何の博士なのか知らんがシュルツの野郎、間違っていないようだと抜かしやがる。何様だよ。
善は急げというが悪事も早い方が良い。その日の晩、俺たちは計画を行動に移した。シュルツが用意した合鍵を使ってリーデンブロックの家に忍び込んだ俺は、教授の書斎は華麗にスルーしてグラウベンの寝室に侵入した。扉を開けた途端、女の甘い匂いが鼻腔を刺激する。胸いっぱいに吸い込んだら、刺激が強すぎてくしゃみが出た。一回だけならともかく、二回も。大量の鼻水まで出てきやがる。鼻と口が塞がれ、だんだん息が苦しくなってきた――筆者が推察するに、これは女の匂いだけが原因ではないだろう。グラウベン嬢は部屋の掃除を怠りがちでダニが大発生していた可能性がある。いずれにせよ、これでは盗みや誘拐どころではない。アレルギー反応は、時に死をもたらす。
「誰ッ!」
女の甲高い声が聞こえるや否や、俺は扉を静かに締め、高速の匍匐前進と忍び足でリーデンブロック宅から出た。外から中の様子を窺うと、グラウベンの寝室に明かりが灯っているのが見えた。カーテンの向こうでリーデンブロック一家全員が大騒ぎしている光景がシルエットとなって映っている。進入路だった玄関の鍵は掛け直しておいたし、足跡を残さないよう靴を脱いでおいたから、不審者が入った痕跡は残っていないはずだ。グラウベンは寝ぼけて夢でも見たんだろう、と思われて一件落着となる。俺は手鼻を噛み、それから愛しい女に別れの挨拶をして、リーデンブロック宅を後にした。
下宿に戻ったらシュルツが笑顔で俺を出迎えた。目当ての物はヨハネウム学院にあったらしい。ま、何にせよ、それは良かった。それから俺たちは十六世紀の著名な錬金術師アルネ・サクヌッセンムの書いた難解なラテン語を解読した。いや、違うな。ほとんどは俺が解読したようなものだ。シュルツの野郎、博士を名乗っておきながらラテン語はサッパリだった。あのバカは疲れて眠りに落ちそうな俺を起こしてやると称しヘンテコな笛をピーヒャラぴーひゃら吹き鳴らしやがった! それを自分の役割だと思っているようで、あまりのやかましさで俺が完全覚醒すると満足気なご様子で人の煙草を勝手に吸いやがる。近所迷惑ってことも考えろ。でもまあ、ここはハンブルクの歓楽街レーパーバーン。不思議な音色の響きが聞こえた方が、色々と盛り上がるって説もある。
夜昼無関係に聞こえてくる女たちの嬌声と名状し難いシュルツの笛の音に悩まされながらもアルネ・サクヌッセンムの大著を完訳した俺を、愛しのグラウベンよ、褒めてくれ。
「よくやった! で、何て書いてあるんだ?」
「そんなに顔近づけんなシュルツ」
アルネ・サクヌッセンムが言うには……卑金属を貴金属に変換する技はハーメルンの笛吹き男が知っているのだそうだ。
「ハーメルンの笛吹き男?」
「ああ、そう書いてある」
「あのネズミ捕りの男だろ、伝説の」
十五世紀のハーメルンに起きた子供たちの消失事件の鍵を握るとされる伝説の男が、金を錬成する錬金術の謎を知っているとしたら……俺は呟いた。
「子供たちが付いて行ったのも分かるな」
「ああ、俺も追いかけてって、錬金術を教えてもらいたくなるな。でも、よ」
シュルツは不満そうに言った。
「俺はハーメルンのネズミ捕りと会えない。教えてもらいたくても、無理だ」
中世後期にタイムスリップすることは確かに難しい。しかしアルネ・サクヌッセンムは妙なことを書いていた。
「ハーメルンの笛吹き男と失踪した子供たちは、地球の中心で今も生きているそうだ。アルネ・サクヌッセンムは地下世界へ潜り、そこで彼らと会ったらしい」
俺の説明を聞いて、シュルツはハハハと力なく笑った。
「地下世界って、何よ」
「夏至の夜、ハーメルン近郊の森に、地下世界への扉が開くとある」
俺とシュルツは顔を見合わせた。勿論アルネ・サクヌッセンムの戯言を、俺たちはこれっぽっちも信じちゃいない。でも、そろそろ夏至だよねって話になると、ちょっと心が浮つき始めた。ここまでやったんだから、行ってみようぜってことになる。俺たちはハーメルンに向かった。まるでサバトに出かける魔女にでもなった気分だった。箒にまたがって旅したわけじゃない。鉄道に乗ったサ。俺たちは十九世紀のドイツに生きているんだからよ。
だけど俺たちはハーメルンの森で、科学の時代とは思えない光景を目にした。それが何なのか説明が難しい。魔女たちの饗宴あるいは悪魔を召喚する儀式だったのか、とも思うが大麻とか変なドラッグでラリッた奴らの野外パーティーだったような気がする。何しろ、俺と一緒に宴に参加したシュルツも記憶が曖昧で、その体験を説明し難い。覚えているのは、ハーメルンの町から森の中へ入り、楽し気な音の聞こえる方へ夜の森を歩いたら、色々な格好をした連中がいて、その中に俺たちも入って、飲めや歌えの大宴会をやって……そうだ、ブレーメンから来た音楽隊がいたな。動物の扮装していたけど、演奏は悪くなかった。そして円も高輪プリンスホテルって定番のネタを俺がやって、まあ、そこそこの笑いを取った直後、地面がパカッと割れた。中からネズミが、まず出てきた。それから笛を吹く男が現れた。続いて子供たちだ。俺とシュルツは、それを普通に受け入れた。それが正直、異常だよな。でも、よ。案外、何てことなかった。感覚が麻痺するのかね。そうそう、笛吹き男の笛に合わせて、シュルツの野郎、自分でも笛を吹いたんだ。それが結構、ウケた。そしたら笛吹き男が褒めたんだ。笛が大層お上手ですねって、シュルツに。あのバカ、舞い上がっちゃて、もう大変。いつもより凄い勢いでピーヒャラぴーひゃら始めちゃって、最後には唇が五倍ぐらいに膨れて卒倒してたな。俺はというと、あれよ、グラウベンに似た娘がいたんで、仲良くなって、二人で眠って、朝になったら、俺とシュルツしかいなくなっていた。祭りの後ってのかな、うん、俺たちは宴の後の寂しさを感じながらハンブルクへ戻った。それから間もなく俺は、ちょっと野暮用でハンブルクを去らなきゃならなくて、シュルツもヤバい筋に追われて北ドイツから逐電した。そんなわけで今、奴とは連絡が取れないけれど、来年の夏至にはハーメルンの森で再開するだろうなって予感がある。今度は地下旅行の準備をして行くつもりだ。夏の休暇は地球の中心を目指す地底への旅行ってことよ。そこで金をガッポリ手に入れるテクニックの達人になるわけ。金持ちよ。そうなったらグラウベンに求婚しよっかなって考えている。アクセルなんて生ッちょろいガキに負けていられない。俺は地底を旅して、地球の中心へ行って戻ってきて、しかも金錬成の秘法を知る男なわけだからサ。
くくく、グラウベンよ! 俺が求婚に訪れる日までに、部屋の掃除を済ませておけよ!
最初は二人に地下へ旅立ってもらって地球の中心でハーメルンの笛吹き男と子供たちに会ってもらおうかな~と考えていたのですが、疲れて眠くなってきたので地底に潜らないまま終わってしまいました。これではジュール・ヴェルヌ『地底旅行(地底探検)』の二次創作を名乗れません。それに『ハーメルンの笛吹き男』の伝説とも関係性は乏しいような気がします。それではオリジナルか、というと、それも疑問です。両作品にインスパイアされたとか、それらが元ネタといった説明が正しいのかもしれません。
今になって思ったのですけど、本作品に登場する悪党二名は、もしかしたらジュール・ヴェルヌ『アドリア海の復讐』に登場した悪党コンビに影響されている可能性があります。そうなりますと本作品は上記作品の元ネタとなったアレクサンドル・デュマ・ペール『モンテ・クリスト伯』の三次創作に該当するのかもしれません。
『モンテ・クリスト伯』のWikipediaを見ましたら、この小説は実在の事件から着想を得て描かれているのだそうです。十九世紀フランスの靴職人ピエール・ピコーが友人たちによる偽りの密告で逮捕され七年間収監された後に財産を手に入れ、身分を偽って自分を陥れた者たちに次々と復讐を果たすも、最後は無残に殺されてしまった、といった話が元ネタらしいです。
フィクションの『モンテ・クリスト伯』が数々の二次創作作品を生み出した傑作なのは言うまでもないですけど、その元ネタとなったフランスの靴職人はもっと凄いと驚きました。冤罪被害者、復讐者そして殺人被害者ですよ。これを上回るハッシュタグ数の靴職人は歌手で作詞家で俳優でアーティストの花田優一(父は貴乃花光司、母は河野景子、祖父は貴ノ花利彰、伯父は花田虎上、大伯父は初代若乃花、祖母は藤田紀子)くらいしか思い浮かびません。上には上がいるものですね(何だそれ)。
そんなわけで本作品は十九世紀フランスで起きた実際の事件の四次創作に相当する可能性が出てきました。しかし疑問は残ります。ピエール・ピコーを陥れた者たちは、それ以前に起きた現実の出来事または何らかの創作物を参考に陰謀を練ったのかもしれない、と感じたのです。あるいは、真犯人が別にいるのかも、とも。
勿論それは私の妄想です。でも思うのです。唆した奴がいたとしても不思議ではないなあ、と。そうなりますと幻視が始まります。金持ちの美人と婚約した友人を妬み、酒場でくだを巻くどうしようもない屑どもに、酒を奢ろうと言って近寄る謎の人物の姿が見えてくるのです。悪魔の囁きに操られ男たちは決意を固めます……友を地獄に叩き込み、金も女もすべて奪うのだ! と。
創作物であれ実際の出来事であれ、内包するエネルギーが強いと影響力も大だな~と思いました。二次創作数の多い作品は、やはり面白いですものね。ただし影響を受けた二次創作作品が、オリジナルの出来を上回るかというと、必ずしもそうではない、というのがエピゴーネンの宿命というか、ぶちまけた熱量が無秩序に拡散されていくところがエントロピーの増大っぽいな~とか色々と思うところはありますけど、実はエントロピーって何なのか説明できないので無視して下さい(じゃ書くなよ)。