「まさか本当に遭難する羽目になるとは」
月明かりに照らされた海を眺めながら要がぼやいた。
目的地の島に近づいたとき、彼の乗るセスナはミサイルによって撃墜された。
爆炎に包まれた機体から、パラシュートもなく、生身で島へ降り立つ羽目になった。
そんな危機を乗り越えたにも関わらず、スーツに焦げ跡一つついていない。
人外の面目躍如といったところだろうか。
「しかし、お前たちも大概巻き込まれ体質だな。いや、今回は自分から来てるのか」
「いや、まさかこんなことになるとは」
「はい。でもうちはさんが来てくれて助かりました」
「俺も遭難組だがな」
そう言いながら手に持っていたサバイバルバッグを放り投げる。
「とりあえず非常食があるから、少し腹に入れておけ」
「ああ、サンキュー」
「助かります」
雪菜がバッグを開けて中のものを取り出す。
訓練を受けているのか、手際がいい。
「なあ、要。あの船使って脱出できないのか」
「遠隔操作されているから無理だな。一応、中のオートマタも全部破壊したし、システムを壊せばテント代わりにはなるかもしれん」
要が島に着地した時。
古城たちはオートマタに襲われていた。
古城の眷獣は基本的に高火力だ。それゆえに乱戦には向いていない。
周囲への被害を考え、攻めあぐねていた。
オートマタ自体は要がスサノオで一蹴しているので、すでに脅威はない。
オートマタを輸送した船は残っているのだが、脱出用には使えそうになかった。
「まあ、最悪ボート代わりにして、スサノオで漕いでいけばいいだろう」
「……シュールすぎるだろ」
「先輩、準備が出来ました」
要と古城が振り返る。
雪菜がバッグの中から、比較的食べやすそうなものを選別して並べてある。
もともとセスナ機に常備してあったものゆえ、味に関して微妙なものが多いが、今の古城と雪菜にとってはご馳走だった。
「で、だ。那月に聞いたが、お前たちに協力してもらった羽根つきの件」
スティック状の非常食を齧っていた古城が顔を上げる。
「夏音に似ていたらしいな」
要の問いかけに、少し俯き思い出すように古城が答える。
「ああ、似ていた。というより、アレは本人だと思う――」
「……そうか」
「信じてくれるのか?」
驚いたように古城が要を見る。
そんなに簡単に信じられるとは思ってなかったのだろう。
だが、要は既に古城をただの高校生とは思っていない。
高校生ではあるが、同時に第四真祖として修羅場を潜り抜けた男だ。
「ああ。今のお前が見間違えるとは思わない」
「……」
「二人とも、おそらくだが、今夜戦闘になる。備えておいてくれ」
「何か知っているんですか?」
雪菜が真剣な眼差しで問いかける。
若くとも優秀な剣巫だ。
今の状況の異質さは理解していた。
「推測だけどな。ただ、お前たちをここに連れてきたということは、ほぼ間違いないだろう」
要は今までの推理をかいつまんで二人に話した。
二人ともその話を非常食を食べるのも忘れて、静かに聞く。
「蠱毒、ですか」
「ああ。お前たちを連れてきたのが、第四真祖との戦闘データ採取か、あるいは食うつもりかまでは分からないがな」
沈黙が流れる。
思っていた以上に、危険な状態だと古城も雪菜も自覚した。
「そうだ、叶瀬と言えば、さっき叶瀬に似てる女に会ったんだ!」
話をしているうちに、古城は森の奥の湖で出会った女性のことを思い出した。
「夏音に似ている?」
「ああ、と言っても叶瀬そのものっていうか、叶瀬が大人になったような感じの」
古城に言われ、要が今回の護衛任務のために渡された資料を思い返した。
(たしか、資料で見たアルディギアの王女も似ていたな。まさかここに流れ着いていたのか)
夏音と似ている模造天使。
夏音と似ている王女。
そして共通する、高い霊媒資質。
(すべて偶然か――それとも。……いや、今はそれよりも)
「おそらく、アルディギア王国の王女だな」
「は? 王女?」
「どういうことですか?」
「アルディギア王国の王女が絃神島に来訪予定があったんだ。そもそも、今回羽根つきの捜査協力を頼んだ理由でもあるんだが」
そういえば、具体的な仕事の内容は二人に伝えていなかったと、思い出す。
おそらく、二人は要が急な仕事で島を離れている。という程度の情報しか把握していないはずだと。
「うちはさんが、護衛にですか」
「まあ、護衛に就く前に襲撃を受けて行方不明になったわけだが。偶然この島に流れ着いたんだろう」
「で、では早く捜索しないと!」
「いや、必要ない」
「え?」
「もう来ている」
要が森へ視線を向ける。
森の中から少女が現れる。
紺色の軍服のようなブレザーを着用した、銀髪の少女だ。
「あ、あなたは――」
話題に出ていた少女の登場に、雪菜に緊張が走る。
要の言葉が正しければ、彼女こそが――
「ラ・フォリア・リハヴァインです。暁古城。そして――」
ラ・フォリアが要を見る。
(確かに似ている)
古城の言う通り、森から出てきた少女は夏音によく似ていた。
写真で確認した時にも思ったことだったが、実際に会うと想像以上によく似ている。
気品のある顔立ちもそうだが、月光に照らされて美しく輝く銀の髪は夏音そのものと言っても過言ではない。
だが、それ以上に彼女の顔立ちに、要は見覚えがあった。
「お久しぶりです。うちは要」
「……お前は、確か五年前の」
口にした瞬間、要の脳裏に過る。
狭くコンクリートに囲まれたかび臭い部屋の中で拘束されていた少女。
その顔が、月光の中で輝く彼女と重なった。
「あの時は、名乗っておりませんでした。ラ・フォリア・リハヴァインです。あの日以降、あの日から、あなたを忘れた日はありません」
要を真っすぐに見つめて、ラ・フォリアが独白する。
その想いが伝わるのだろう。古城と雪菜が固まる。
だが、今の要は揺らがない。
「なるほど、それでわざわざ俺を名指しで呼んだわけか。律儀なことだね」
王女の護衛。
外交的に考えれば、名誉ある仕事だ。
それを他国の者に依頼する。それは信頼の証でもあった。
ラ・フォリアの私情が混じっていないと言えば、それは嘘になるが。
「ええ、我々としても“第四真祖”暁古城。そして“黒炎の王”うちは要。あなたたちとは友好関係を結びたいのです」
そういうことなら、今回の襲撃にメイガスクラフトが関わっていても、争いにまでは発展しないかもしれない。
不幸中の幸いとでもいうべき情報に、要は少し安堵した。
だが、同時に聞き逃せない単語があった。
「ちょっと待て、何だその黒炎の王って?」
「最近、欧州であなたのことをそう呼ぶ者が多いのです。昔からあなたを知る者は“世界を眠らせた男”とも言いますが」
「……どっちも名乗った覚えがないんだが」
要が困惑する。
正直どちらも心当たりはあるのだが、そんな異名として伝わっているとは想定外だった。
自分に異名がついていたことに衝撃を受ける傍らで、雪菜たちが自己紹介を進めていく。
「えっと、それで王女――」
「ラ・フォリアです。雪菜」
「あ、は、はい。ラ・フォリア。そのうちはさんとはお知り合いだったのですか?」
「ええ」
懐かしむように目を細める。
国では『フレイヤの再来』と称されるほどの美貌を持つ王女の醸し出す空気に、雪菜も古城も魅入ってしまう。
「五年前に命を救われました」
そうだったな。
と、なぜか遠くを見つめる要。
「バレンタインの日でしたから、よく覚えています。囚われた私の前に突如現れ、テロリストたちを無傷で圧倒していく姿を……」
「御伽噺で夢見た騎士とは、少し違いましたけどね」
微笑みながら、ラ・フォリアは要を見る。
オマケ
「五年前のバレンタインって言うと、アレか? 要が浅葱のチョコ食ってバグったって伝説の――」
「よせ、古城! それ以上は古傷が開く!」
テロリスト集団を無傷で圧倒していた吸血鬼の古傷とは如何に。
「い、いったい何があったんですか?」
雪菜が恐る恐る聞く。
「チョコ食ってテンションバグって、完成体スサノオで国境超えた」
「何してんだよ!?」
「あれは一種の精神干渉だったな。女帝恐るべし。このせいで那月にしばき回されて、俺はしばらくチョコ恐怖症になったんだ」
(今スサノオのこと完成体って……)
唐突に出た重要な単語に雪菜は体を強張らせた。
(確かに普通の状態ではありませんでしたね)
衝撃の真実だが、そもそもバグった要を直に見ていたため、ラ・フォリアにはノーダメージだった。