元々Pixivに投稿したSSなんですが、ハーメルンでもアカウント作ったので投稿します。

少しでもミトが救われる話をと考えて書いたものです。

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貴女が居たから

 

最前線から遠く離れたアインクラッド中層階。その中でも20層代は強力なモンスターも湧かない、所謂、フィールド全体が安全地帯となっている階層も多い。

一匹のモンスターもなく、当然レアアイテムなど影も形もないこんな場所に拠点を構えるものなどまずいない。

フィールドに出ず、安全地帯に引きこもることを選んだプレイヤーには、拠点──家を買うお金(コル)などあるはずもなく。

中層で狩りを楽しむプレイヤーや最前線で攻略に勤しむプレイヤーにとっては、全く魅力のない立地だからだ。

 

────────だから、こんなのどかな森の湖畔にログハウスを構えるプレイヤーは彼女らしかいないのだろう。

 

誰よりも最前線で戦い続けた二人のプレイヤー。片やアインクラッド最強ギルドと名高い血盟騎士団副団長であり、片や圧倒的な実力でアインクラッド攻略に尽力してきた一匹狼。

 

長い闘いの日々を経て結ばれた愛し合う二人。彼女らの束の間の休息。

 

黒の剣士キリトと閃光のアスナ。

誰もが認めるアインクラッド最強夫婦の愛の巣へ私──ミトは招待されたのだ。

 

***

 

湖の畔に建てられた小さなログハウス。そこが今のアスナの住まいだ。

攻略一辺倒で最前線に引きこもっていた私には縁のないのどかな場所。

私がここに来ることになったのは、数日前、アスナから招待メッセージが届いたからだった。

やけに格式ばった──それこそ、本当の結婚式の招待状のような文面で書かれたメッセージには、今日、アスナとキリトの結婚式を行うこと、その仲人を私にお願いしたい、という依頼が書かれていた。

 

──────────正直なところ、困惑しかない。

 

私はアスナを裏切ったのだ。必ず守る、などと言っておいて彼女が死にかけているときに私は逃げ出した。

いいや、それ以前に。

私はアスナの人生すら奪ったのだ。

私が、SAO(こっち)でもアスナに会いたい、なんてバカなことを言わなければ、アスナがデスゲームに囚われることなんてなかった。

私さえいなければ、きっとアスナは真っ当に進学して、順風満帆な人生を送っていた筈なのに。

 

────────────だから、本当は、こんなところになんて、来たくなかった。

 

***

 

アスナたちが住んでいるのは素朴な作りのログハウスだ。家全体がアンティークと呼べる趣ある建物だが、その構造ゆえに、呼び鈴などついていない。

ゆえに家主たちに来訪を告げようとするならば、ドアのノックするしかないのだが………。

 

(ど、どうしよう。今になって逃げたくなってきた…………!)

 

あんなことをしておいて、どの面下げてアスナの仲人になれると言うのか。というかそもそも彼女はいつの間に結婚するような相手ができていたのか!?

いや、純粋培養お嬢様を地で行くアスナの事だ。悪い男に騙されているのかもしれない。いや、何か弱みを握られて無理矢理結婚させられただけなのかも………。ハッ!だとしたら、仲人云々というのはアスナからのSOS!?エトセトラエトセトラ……。

ミトの脳内を理解不能な考えがぐるぐると駆けめぐる。

ノックする直前で固まっていた手が、遂に混乱する頭を抑え始めた頃。いつまでたっても入ってこないミトに業を煮やした様に、ログハウスの扉が開かれた。

 

「いらっしゃい。ミト」

 

ガチャリと音を立てて開かれた扉の先には、真っ白なタキシードに身を包んだ青年の姿があった。

 

「ひぅっ!?」

 

「いや、そんなに驚かなくても……」

 

唐突に声を掛けられて驚くミトに青年は苦笑いを浮かべる。日本人らしい黒い髪に黒い瞳。かの閃光のアスナと結ばれたアインクラッド一の果報者。その名は────────

 

「キリト……」

 

「おう、久しぶり。まぁ立ち話もなんだから上がってくれ。アスナも中で待ってる」

 

「お、お邪魔します……」

 

互いにビーターと呼ばれるソロプレイヤー同士だ。第1層の頃から攻略会議なんかで顔を合わせることはあったし、攻略中に臨時パーティを組んだことも一度や二度じゃない。

そんな彼の普段とはまるで違う出立に、少しドキドキしながら、扉をくぐる。そこには────────────

 

「…………………ぁ」

 

──────────天使がいた。

ふわりと広がり、足首までを覆う純白のスカートは、貞淑に折りたたまれた翼のようで。

窓から差し込む陽光に輝く栗色の髪を隠すウェディングヴェールは光輪を思わせる。

 

「………キレイ…………………………………………」

 

血盟騎士団の白い騎士装と、カラーリングは同じでも、まったく趣の異なるそれは、まごうことなきウェディングドレス。

 

「ありがとう。ミト」

 

まるで絵画の中から飛び出してきたかのような美しさに、思わず漏れた感嘆に、彼女ははにかむよにして答える。その仕草が更に彼女の魅力を引き立てていることは、きっと自覚もしていないのだろう。

 

「アスナ………」

 

やっぱり帰ろう。彼女の笑顔を見ただけで分かる。アスナは今、幸せをつかんだばかりなんだ。私には、彼女の幸福を祝福する権利すらない。

──────────そんな事、他ならない私自身が認められない。

 

「ごめん、やっぱり私……」

 

「待って」

 

────帰るね、と。告げようとした声は、私の腕を掴むアスナの手で遮られた。

 

「お願い。この役はミトにしか頼めないの」

 

「って言って聞かなくてさ。その、ミトにも俺たちの事…祝福してくれると嬉しい」

 

いつになく真剣なアスナの表情と、困ったような照れくさいようなキリトの言葉に、私は帰る機会を亡くしてしまった。

 

 

***

 

 

その後、私たち3人は中層の何処かと思しき古びた教会にやってきていた。

思しき、というのはここに来るのにアスナたちがまさかの回廊結晶(コリドークリスタル)を使ったからだ。おかげでどんなルートを通ってここに辿りつくのか見当も付かない。

 

「こんな場所があったんだ……」

 

その教会は苔や蔓に覆われて見るからに廃墟となっている。屋根の上に掲げられた大鐘楼もひび割れ、まともに音を奏でないのは明らかだった。

 

「まぁその……ウェディングクエストを進めないとまず見つからない処だから……」

 

「あ、あはは……」

 

「ウェディングクエスト……」

 

そんなものまであるのか。まぁ割と何でもありのSAOらしいと言えばらしいのか。

 

「大方、クエストクリアには教会で誓いのキスでもしなきゃいけなくて、そこに仲人役が必要だったって感じかしら?」

 

「「お察しの通りです」」

 

何というか、身も蓋もない理由に少しだけ肩の力が抜ける。

まぁそういう事なら私が仲人役でも構わないのだろう。

 

「じゃ、さっさと終わらせましょうか」

 

言って、私たちは教会に足を踏み入れた。

 

 

***

 

 

「アスナさん あなたは今キリトさんを夫とし 神の導きによって夫婦になろうとしています。汝健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときもこれを愛し、敬い、慰め遣え、共に助け合い、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

 

「誓います」

 

結婚式ではお決まりの神父様の問い。それにアスナが淀みなく答えていく。その声は、私の知る彼女の物と少し違っていて、とても力強く聞こえた。

 

(強くなったなぁアスナ……)

 

デスゲームにとらわれたあの日、ダイアウルフ相手に怯えていた頃の面影は何処にもない。今の彼女はきっと誰の力を借りずとも一人で戦えるのだろう。

いや、私が知らなかっただけで、もっとずっと以前から彼女は強かったのだ。

 

(あぁ。やっぱり、私は要らなかったんだ)

 

幸せそうな彼女の横顔を見ていると、その考えが真実なのだと実感する。私が居なければ、彼女がこんなデスゲームに囚われることなどなかった。

何時だってそうだ。私は傲慢で、自分の事しか考えられない利己主義者で。

もういっそ。どこかで朽ち果ててしまえば、いいのかもしれない。

 

────────────そうだ。私さえ、いなければ……

 

「それは違うよ、ミト」

 

女の子なら誰もが憧れる花嫁衣装。純白のドレスに身を包んだアスナの視線は本来向けられるべきキリトではなく、(ミト)を真っ直ぐに射抜いている。

 

「ミトは今、自分さえいなければって思ってたでしょ」

 

「そ、れは……」

 

「大間違いだよ、そんなの」

 

図星を突かれたことよりもアスナの言葉に唖然とする。何が間違いだと言うのか。私が居なければアスナが辛い思いをする事なんてなかったのに。

 

「だってミトが居なかったら、私はここに居ないよ」

 

「…………………………えっ?」

 

困惑する私にほわんほわん笑いながら、アスナは続ける。

 

「ミトったら普段は冷静で頭もいいのに、たまに天然になるんだから。

だってそうでしょう?ミトが私にSAOを教えてくれなかったら、私はキリト君と出会えなかったんだよ」

 

「それは、そうかもしれないけど……。でも私は、アスナを…見捨てて………」

 

「それも含めて、だよ」

 

「ッッ!!」

 

「確かに、あの時はすごく怖かった」

 

「だったら……」

 

何故、私を────

 

「でもね。そんな時に私を支えてくれたのは、ミトがくれたものだったんだよ」

 

──────赦してくれるのか

 

「自暴自棄になって迷宮区にこもっていた時だって、ミトが教えてくれたテクニックが無かったら私は死んでたと思う」

 

──────やめて

 

「こういう言い方は変だけど、あの出来事が無かったら、キリト君と出会えなかったかもしれない」

 

──────お願いだから

 

「私は、ミトが自分の事しか考えられない人だなんて思わない」

 

──────私を

 

「ミト、私もずっと貴女に伝えたかった」

 

──────赦さないで………!!

 

「私は貴女を赦します」

 

「もう………やめて………」

 

「貴女が居たからッ!私はここに居る!好きな人ができて!その人と結ばれて!今の私の幸せは!」

 

「アスナッ!!」

 

「全部、貴女が居たから手にできたものなの!!だから────────────」

 

「──────────ミト、私をSAOに誘ってくれて、ありがとう」

 

そう言ってアスナは私を強く抱きしめた。

『ありがとう』

耳元でそうささやくアスナの顔はよく見えなかった。

だって、もうずっと前から、涙があふれて止まらないんだ。

 

「ぅあ………。ああ、ああああああ!!!!!」

 

止まらない。止められない。今までずっと耐えてきたものが、堰を切ったように溢れ出す。

 

「ごめんなさい……!!ごめんなさい……!!ずっと、ずっとアスナに謝りたくて………!!!」

 

「いいよ、いいんだよ………!初めからミトは、悪くなんてないんだから…………!!」

 

「「あああああああああ!!!」」

 

そうして私たちは、結婚式なんてそっちのけで、陽が沈むまで泣きじゃくっていた。

 

 

***

 

 

翌日、朝日が顔を出したころ、私たちはログハウスの前に居た。

 

「……また、ここにお邪魔してもいいかな………?」

 

「うん!いつでも待ってる!」

 

遠慮がちに聞いた私にアスナは満面の笑みで答える。

それは、かつて『明日一緒にゲームしよう』と誘ったときとまったく同じ返答で。

 

「………。行ってきます、アスナ」

 

「行ってらっしゃい、ミト」

 

ようやく、私たちはまた、あの頃の関係に戻れたんだ──────────────。


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