ヤマ娘 ~Crazy Derby~   作:灰の熊猫

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『   /限界』

 

  ◆  ◆  ◆

 

「……さーて、こっからが本番だねぇ。ティアちゃんさんの作戦はちゃんと通ったけど、()()()()だ」

「ここまで、というのは?」

「作戦ってのは、元々の実力差を埋める為のモノだからね。どれだけアレコレ考えようと、最後には末脚勝負っていう絶対的な力比べが待ってる。真っ直ぐ走るだけのラストスパートで、小細工を入れる余地は殆ど無いんだよ」

 

 最終コーナーで競り合い始めたドバイミレニアム・センダワール、そしてそれを控えて見送るドロップスティアー。そして三人以外の、縦長の形勢のまま最終直線を待つ後続のウマ娘達。

 逃げが引っ張るハイペースのレースは、スタミナ切れで垂れた先行を後ろのウマ娘が差すのが一般的な展開である。特にアスコットレース場は最終直線が府中並に長いロングストレートであり、上り続けるという性質上後ろでスタミナを温存するのが普通の選択だ。

 そしてドロップスティアーの揺さぶりは狙い通り、ハイペースの競り合いを助長・激化させた。これにより前の二人は末脚勝負前に余計な消耗をしたが、それだけで終わる程レースは甘くない。

 

「地力で負けてる事に変わりは無いからねぇ。あんだけ走り乱されたんだし、センダワールさんは多分潰れるとは思うけど……どっちかが最後まで保っちゃったら、届かないって事はまだ有り得るよ」

「う、うぅぅ……が、頑張れーティアちゃーん!」

「もうちょっとデース!」

 

 ここまでレース展開を解説してきたセイウンスカイのその言葉を受け、スペシャルウィークとエルコンドルパサーはテレビ越しに応援するしか無かった。

 ただでさえ最強マイラー同士の一騎打ちなのだ。実力差はこれまでの作戦でいくらか埋めたが、それで勝てるどうかまでは結局ゴールするまで分からない。

 レースに絶対は無い。絶対に負ける戦いが、駆け引きで不明瞭な所にまで持っていけただけ。勝ち負けはまた別の問題だ。

 

「……セイちゃんは、信じていないのですか? ティアちゃんの勝ちを」

「そうよ。あなた、このレースが始まってからずっとそんな調子じゃない。説明してくれるのは有り難いけれど、あなた自身の意見はどうなのよ?」

「あっはっは。グラスちゃんもキングも、なーに言ってんのさ」

 

 ここまで客観的な解説のみに徹してきたセイウンスカイに対し、グラスワンダーとキングヘイローが問いかける。

 このレースについて、分析と予測を誰よりもしているのはセイウンスカイだ。それだけ考えてきて、個人として思う所は何も無いというのは流石に考え辛い。

 その当然の質問に対し、セイウンスカイは手をひらひらと振って――

 

()()()()()()()()()()()

 

  ◆  ◆  ◆

 

『逃がさんッ……逃がす、モノかぁッ!!』

『流石だと言いたいが……随分と苦しそうだなぁッ!?』

 

 最終コーナーをほぼ横並びに抜け、センダワールとドバイミレニアムが最終直線へ入る。

 センダワールは外側の有利――遠心力の緩さを利用して、スパートに入っていた。しかしゴールまでの500メートルという距離は、消耗戦に陥ってしまったこの最終局面において長すぎる。

 脚が重い。コーナーを外から速く駆け抜けた筈なのに、内にいるドバイミレニアムを抜き切れない。競り合いかけた形のまま、前を取れないままに並走してしまっている。

 ――厳しい。

 

『……くぅぅ……!!』

 

 その思考が(よぎ)った瞬間から、センダワールの脚が鈍り出す。相手を抜こうにも、今以上のスピードが出ない。代わりに息が上がり、気力で抑えていた汗が吹き出してくる。

 少しずつ、少しずつ。毒がゆっくり回ってきた様に、走りが乱れていく。疲労感が積み重なり、ベストなフォームからズレ始め――そして、()()は訪れた。

 

『――くっ、そおぉぉッ!!』

 

 限界。センダワールが失速を始め、ドバイミレニアムに追い縋れなくなる。

 逃げているドバイミレニアムよりも先に脚が遅くなるという事は、終わりを意味していた。純粋な末脚(スタミナ)切れ、どうしようもない自身の終焉。それを認識したセンダワールに出来るのは、ただ自分を奮い立たせるだけで。

 残り400メートル。ドバイミレニアムの左傍から、センダワールが急速に落ちていった。

 

『そこまでか、センダワール! この勝負、貰ったぞ!!』

 

 ドバイミレニアムは勝利を確信し、それまで左横に向けていた意識を全て前に戻す。

 最後まで油断するつもりは無い。センダワールほどのウマ娘ならば、差し返される事は十分に有り得る。だから自分に出来るのは、この最終直線に残る脚を全て注ぎ込む事に専心する事。

 駆け引きも競り合いも無い。この最終局面において、ただ真っ直ぐ走る以外に考える事など何も無い。

 ――だからこそ、ドバイミレニアムは()()に気付けない。

 

《センダワールずるずると落ちて……()()()()()()()()()()()()()、ドロップスティアー伸びてきた!》

『なにっ!?』

 

 落ちてきたセンダワールが目を見開く。最終直線のラチ際ギリギリの所を駆け抜け、ドロップスティアーはセンダワールに追いついて来ていた。

 最内も最内、ドバイミレニアムが走っていたよりも更に内側。センダワールを行かせた後、ドロップスティアーは控えたペースとピッチ走法の小回りを活かし、最終コーナーの内を一切のロス無く回ってきた。

 抜かれたセンダワールからすれば、それは目を疑う光景であった。何せ彼女は最初のコーナーで、このウマ娘のコーナリングの下手さに苦しめられた張本人である。それが()()()()であり、ドロップスティアーはむしろコーナーの方が得意だという事実など知る由も無かった。

 

(……だが、()()っ……!)

 

 前を行くドバイミレニアムは、ラチギリギリを走って来るドロップスティアーに気付かない。センダワールは既に限界に至り、ここに来て伸びてきたドロップスティアーを差し返せない。

 コーナーで競り合わず最終直線まで脚を温存してきた分、ドロップスティアーの末脚はドバイミレニアムよりいくらか速く、少しずつ差を詰めて来ている。だが、距離的な問題があった。

 センダワールに合わせ早めにスパートを始めたドバイミレニアムは、この時点で目算およそ六バ身弱の差をつけていた。まだ末脚が残っている相手に対し、残り二ハロンも無い現状でこの差は絶望的だ。

 

(ダメだ、脚が回らん……! くそ、共倒れか!!)

 

 残り300メートル。センダワールが沈み、ドロップスティアーが伸び、そしてドバイミレニアムが前を行く。

 マーク屋と当たった時に起こる最悪の事態、共倒れ。マークされる側が仕掛けをしくじれば、する側も負ける。自分が一番人気だからこそドロップスティアーは徹底的に張り付いて来たのだろうが、ドバイミレニアムの実力はその考えを上回っていた。

 

『ぐ、うぅぅ……っ!』

 

 残り200メートル。脚が鈍り切ったセンダワールは、差しに来た後続に呑まれ始める。

 しかし、後続(こちら)も既に前には追いつけないだろう。自分に出来るのは、離れ続けるドロップスティアーとドバイミレニアムの背を見送るのみ。

 ドロップスティアーは確かに距離を詰めている。突き放された今の状況では確かな判断こそ出来ないが、さっきまで見ていた速度差を考えると五バ身以内の所までは詰めているだろう。

 ドバイミレニアムの末脚はまだ鈍り切ってはいない。大逃げでこの長い(コース)を走り続けて限界も近いだろうに、恐ろしいスタミナと根性だった。

 詰め切れない、届かない、勝てない。残り――

 

()()()()()()()

 

  ◆  ◆  ◆

 

  ◇  ◇  ◇

 

「――五秒、か」

「……? どうしましたか、タキオンさん……?」

「あぁ、済まないねカフェ。ハッハッハ、実は最近面白いデータが手に入ってね! それで少し物思いに耽っていたのだよ!」

 

 今からかなり前にあたる、ある日の理科準備室。マンハッタンカフェはアグネスタキオンの呟きを拾った。

 どうでもいい独り言ならば流していた所だが、珍しくアグネスタキオンが神妙に引き締めた表情で言うもので、つい口を挟んでしまった。が、すぐにいつもの面倒な長話をする時の顔に戻ったのを見て、マンハッタンカフェは己の失敗を悟った。

 

「ドロップスティアー君の末脚の事さ」

「……末脚、ですか……?」

「ああ。彼女の本当の末脚――”爆ぜるピッチ走法”とか言っていたか。あのラストスパートは、長くても五秒ほどしか保たないのだよ」

「……短い……ですね」

 

 五秒だけの末脚。そう聞かされて、マンハッタンカフェは小さく眉をひそめた。

 レースの大勢を決める最終局面として、上がり三ハロンという指標が存在する。そこで33秒台を出せるのが強いウマ娘と言われているこの世界において、五秒しか末脚が保たないなど論外と言えるだろう。

 マンハッタンカフェの歯切れの悪い返答にある意図を察し、アグネスタキオンは笑い始めた。

 

「そうだろう、そう思うだろう!? アレは彼女が元々持っていた欠陥を更に極めた、まさしく究極形だからねえ! ハッハッハ、ハッハッハ!」

「……ちなみに。どうしてそんなに、短いのですか……?」

「おやおやおや! やはりカフェも聞きたいかい、気になるのかい!?」

「……はぁ……」

 

 一気にテンションが最大まで上がったアグネスタキオンに対し、マンハッタンカフェは諦める。つまり、彼女が満足するまであえて話させる事に決めた。

 こうなったアグネスタキオンは止まらない。話したくて仕方ないといった彼女に対し、下手にブレーキをかけようとすれば逆に面倒な形で絡まれるのが目に見えている。

 自分から藪を突いて蛇を招く様な行為に、マンハッタンカフェは我ながら嫌気が差した。

 

「彼女の末脚は、最強の脚力(パワー)を最高の回転数(ピッチ)で回すという、単純極まりない理屈で成り立っている。が、その両方が規格外すぎるせいで、その内()()()のだよ」

「……空回る……?」

「ああ。スパートを維持するには、彼女の異常な力と過剰な歩数を完璧に噛み合わせ続ける必要がある。故にその内、どちらかがズレる事で破綻する訳だ」

 

 かつて”跳ねるピッチ走法”と言われたドロップスティアーの走りの欠陥は、脚の力と回し方がレース向けに整っていなかった事に起因している。それを完全に克服して生まれた進化形が”爆ぜるピッチ走法”なのだが、そこには一つの問題点があった。

 力があり過ぎて回す足がもつれる。回転が早過ぎて踏み込む力が乱れる。ドロップスティアーの二つの長所を限りなく突き詰めたせいで、そういう初歩的な二つのミスが隣り合わせの走法と化したのだ。

 実戦レベルで維持出来るのは五秒ほど。レース中に予測外の事が起きて走りが乱れれば、その脚は更に短く成り果てるだろう。まさしくそれは、欠陥走法の極致であった。

 

「彼女以上にピッチとパワーを追究したウマ娘はこれまで存在しない。故にこんな前代未聞の問題が生まれたのだが……これらの話から、ある事を考えないかい?」

「何を、でしょう」

「決まっているだろう? 最大級のパワーを最大限に回す。それは理論上――()()()()()ではないか、と」

 

 アグネスタキオンはその単語を、一切の笑みや茶化しを入れずに言い放った。

 最速。アグネスタキオンの研究におけるメインテーマであり、あらゆるウマ娘が求めてやまない限界。それを彼女が口にするという事態に、マンハッタンカフェは僅かだが眉を上げた。

 彼女はウマ娘の限界というモノを、あらゆる観点から追求・研究を延々と続けている。彼女にとって、その二文字は簡単に口にする単語では無い。

 

「レースは様々な外的要因こそあるが、上がり三ハロン・33秒台が速いウマ娘であるというのが一般的な定説だ。これを単なる数字として考えれば、速いウマ娘とはラスト一ハロンが11秒フラット程と定義出来る」

 

 上がり三ハロン。最終コーナーを回って、直線前にポジションを争い、最後には競り合いながら走り抜ける。そういった複合的な要因を想定すれば、一般的な差しウマはラスト一ハロンでトップスピードに達する。

 そこで33秒台が出るなら、ラスト一ハロンは単純計算でその三分の一となる――が。

 

「その上で。ドロップスティアー君の()()()()()()()のラップタイムが、ここにある」

「……100メートル、ですか……?」

 

 100メートル、即ち0.5ハロン。人間の陸上競技ですら短距離に分類され、ウマ娘のレースの世界では刹那的とすら言える距離。

 ミスターシービー・ライスシャワー・トウカイテイオー・ゴールドシップなど、様々なウマ娘の凶力(シゴキ)の果てに得られた一つの記録。それはアグネスタキオンにとって、劇物の様な代物だった。

 

()()()()()だ」

「…………はっ?」

「100メートルを、4.7秒。……はっはっは、当時の私も、今のカフェの様な顔をしていたのだろうねぇ」

 

 マンハッタンカフェのこれ以上なく呆けた表情を見て、アグネスタキオンが苦笑いする。アスリートであれば、その記録の異常性は誰でもわかる。

 コンマ秒のタイムを競うのがレースという世界だ。そしてアグネスタキオンは直前に、速いウマ娘はラスト一ハロンが11秒という仮定を提示していた。

 これを半分の距離である100メートルに直せば――()()()()

 

「分かるかい、カフェ。この界隈において、一秒差は六バ身分と言われている。そんな中でトップクラスのウマ娘とドロップスティアー君が、一切の紛れの無い末脚勝負となったのならば――」

 

 最大の脚力と最高の回転。単純な掛け算による、机上の最速。

 しかし、そんな限界(はやさ)を短時間だけ再現する事が出来るならば。

 

「――ラスト100メートルで、()()()()()の差が出る」

 

  ◇  ◇  ◇

 

  ◆  ◆  ◆

 

 一秒。ドバイミレニアムの後ろで、何かが爆ぜた。

 

『な』

 

 二秒。地鳴りの様な轟音が連なり、自分の背を叩く。

 

『あ?』

 

 三秒。地を揺るがす圧力を背後に感じ、怖気が走る。

 

『……なんッ――』

 

 四秒。()()()()()()()()()()()()()()()

 

『――だとォッ!!?』

 

 ドバイミレニアムが目を見開く。このウマ娘は、最初のハナ争いで振り落とした筈だった。

 そしてセンダワールと自分は限界の境地で競り合っていた。他のウマ娘が入り込む余地の無い、一騎打ち(マッチレース)。他の誰もついてこれない程のハイペースであり、後続とはセーフティリードと言える差をつけていた筈だった。

 誰も追いつけない筈の絶対的な差――それが、たった数秒で消し飛ばされている。

 

『ぐ……お、おおおッ!!』

 

 まるで瞬間移動かと錯覚する、刹那的なラストスパート。それを認識したドバイミレニアムが、足に力を込める。

 しかし、並んできたウマ娘の末脚はそれを遥かに凌駕する程の速度(ちから)で。

 

「あはっ」

 

 ――五秒。

 

《ドバイミレニアム逃げ切れるか、ドロップスティアー届くか!? ドロップスティアー、ドロップスティアーが捕まえて、今ゴールインッ!!》

 

 遅すぎた認識ごと、その脚が”絶対”を踏み潰した。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「――ほ、ほんとに勝っちゃった……」

「だーから言ったじゃん、”勝つに決まってる”って」

「……の割には、随分と口が回っていたようだけれど」

「客観的な視点と分析は大事でしょー?」

 

 レースの行方を見届けたスペシャルウィーク達は、冷や汗を流しながらその結果を遅れて受け入れていた。ラスト100メートルというギリギリの地点からの追い込み、ギリギリの差し切り。見ている側の方がハラハラする、そんなレース運びだったが為に。

 が、その中でもセイウンスカイだけはコレは分かり切っていた結果とばかりに、飄々と振る舞っていた。

 

「いえ、私達も信じてはいましたが……ギリギリの勝負だったのは、確かでは?」

「ティアちゃんさんの狙いは、元々あの状況を()()事だっただろうからね。最後にセンダワールさんが沈んだ時点で、ほぼ勝負は決まってたんだよ」

「ケ? 作る、って……セイちゃん、それどういう意味デス?」

 

 勝つと信じる事と、断定する事はまるで違う。そう暗に言うグラスワンダーに対し、セイウンスカイはレース中同様に確信的な口振りで返す。

 ”作る”。明確な意図があるその単語を、エルコンドルパサーはオウム返しした。

 

「ティアちゃんさんのアレは、状況がハマれば確かに必殺って感じの技だけど……()()()()()()()使()()()()からね。センダワールさんを無理に仕掛けさせたのは、ドバイミレニアムさんから自分の進路(ライン)を確保する為でもあったんだよ」

 

 どんな相手だろうが確実に仕留める、何よりも鋭い刃。それがドロップスティアーの爆ぜるピッチ走法という技だが、その弱点もセイウンスカイは既に把握している。

 短すぎるスパートが故に、進路変更の余地が無い。通常の末脚ならば出来る、追いついてから左右に躱して差すという動きが出来ない。なのでドロップスティアーの進路が最初から塞がれていたり、或いは付近に別のウマ娘がいるなりすれば、あの常識外の切れ味は発揮出来ない。

 だからこそ、ドロップスティアーはドバイミレニアムの意識から()()()必要があった。

 

「センダワールさんを外側からけしかけて、ラチ際の最内を意識から逸らした。ゴールまであと少しって所まで独走させといて、前しか見えない様にした。で、”このまま逃げ切れる”って無意識に思わせた所をブスッと()す。……ホーント、逃げには恐い存在だよねぇ」

 

 見えないナイフを右手に持ち、それを左の掌に刺す様なジェスチャーをした後、セイウンスカイは肩を竦めた。

 ドロップスティアーの末脚の最大の長所は、()()()()()()()()()()()という点だ。進路を塞ごうにも、遠く前を走る逃げウマ娘には内・外のどちらから来るかが分からない。そして進路に気付く程に接近を許せば、逃げで消耗して鈍った脚では反応する間も無く一瞬で差し切られる。

 弱点を知っていようが、一対一に持ち込まれた時点で逃げウマ娘に出来る対策はほぼ無い。どこまで行っても、彼女はセイウンスカイの”天敵”であった。

 

「……セイウンスカイさん。もしかしてあなた、レースが始まる前からこの結末まで予測出来ていたと言うの?」

「だから言ったんじゃん、『あんな所で戦うのはやだ』『これしか無い』ってさ。全く、ティアちゃんさんを知らない事ほど恐いモノは無いってのにねぇ」

 

 そしてこのレースの最初からずっと解説に努めていたセイウンスカイに、キングヘイローは戦慄した。この場の誰もが手に汗握る勝負であり、ギリギリまで負けるかもしれないと思わせたあの最終直線ですら平静を貫いていた。

 一から十まで、何もかも彼女の予測通り。実力差を覆し作戦勝ちしたドロップスティアーは凄いが、それを事前に全て見通したセイウンスカイも並大抵ではない。つくづくこの二人は、自分達とは異質の強さを持っていると思い知らされた。

 

「――あっ、ティアちゃんのインタビュー始まるよ! わぁ、何言うんだろ……!」

「……なんでしょうか。ものすご~く嫌な予感がするのは、私だけでしょうか~……?」

「……デース」

 

 そんな感想を交えている内にウイニングランも終わり、中継は勝利者インタビューへと移っていた。が、グラスワンダーとエルコンドルパサーは始まる前からレース中とは異なる冷や汗が出てきていた。

 ドロップスティアーというウマ娘は、そもそもインタビューに向いたウマ娘ではない。別に受け答えに問題がある訳ではないのだが、彼女の興味は勝負にしか向いておらず、質問されても結果的に塩対応となったり、或いは的外れな事を言う傾向にある。

 本人には一切自覚が無いだろうが、立場的に彼女は今回の日本代表ウマ娘である。こんな場でもなんかやらかしたらどうしよう、”黄金世代”は揃って別方面の恐怖を抱き始めた。

 

『ドロップスティアーさん、プリンスオブウェールズステークス勝利おめでとうございます!』

『はい! あはー、勝てて良かったです!』

『最終直線ではギリギリでの差し切りでしたが、今はどういったお気持ちでしょうか!』

『安心した、ってのが一番ですねー。届くとは思ってましたけど、思った以上にドバイミレニアムさん強かったですし……あそこまで逃げれるってヤバくないです?』

 

 そんな心配をよそに、日本のインタビュアーに対しドロップスティアーはまともな答えを返していた。まともだ。まともすぎてビビる程に、スムーズにインタビューに答えている。

 良い方向にいつも通りのドロップスティアー。彼女は色々とトラブルメーカーではあるが、性格そのものは素直で良い子であり、その部分が前に出ている限りは問題にはならない。

 このままボロを出さず終わってくれ。この場の全員の心が今、一つになっていた。

 

『海外挑戦に不安はありませんでしたか? 日本のレースとは勝手が違ったと思いますが……』

『いやー、不安とかは別に……? 勝てるかどうかはともかく、自分はいつも通りレースを全力で頑張るしか出来る事無いですし』

『なるほど……! 次も海外のレースに出る予定は?』

『特に考えて無いですねー。元々トレーナーさんにも反対されてたのを、自分が出たいって言った形なんで』

 

 本当にまともだ。逆に不安になる程、インタビューが順調に進んでいく。

 そもそも今回、ドロップスティアーは脅迫マークこそ使ったが、彼女の代名詞かつ問題となりやすい鋭角コーナリングは使っていない。最内から抜き去る作戦だった今回において、外からの捲りであるあの技は不要だった。

 実際は擦過マークというそれ以上に危険な技が行われていたのだが、マーク相手の死角で使われるあの技の凶悪性は見極めにくい。テレビ越しではこの場にいる全員にも”いつも通りのマーク”と見えており、作戦を読み切っていたセイウンスカイですら知らなかった。

 案外このまま綺麗に終わるんじゃないだろうか。そんな希望的観測を抱き始めた所で。

 

『では、この場を借りて何か言いたい事とかありますか?』

『ありますあります! 折角勝ちましたし、言わせて下さい!』

 

 ダメな予感がする。テンションが一段階上がったドロップスティアーの姿に、希望が一気に根拠無き不安へと反転した。

 

『えーと、こほん。……この場にいる方々、そんで海外の皆さん。ぶっちゃけ次やったら自分負けちゃうと思うんで、リベンジは勘弁して下さい』

 

 意欲無し、弱気のみ、勝利だけ。ド正直にして後ろ向きな、清々しい勝ち逃げ宣言。彼女らしいと言えば彼女らしい再戦拒否に、全員が苦笑した。

 レコード勝ちを決めた菊花賞の場ですら、彼女はもうやりたくないとぶっちゃけていた。今の彼女は負ける勝負から逃げる事こそ無くなったが、負けず嫌いな所自体は変わっていない。”やらない”が”やりたくない”に変わっただけで、十分革新的だったのだ。

 

『でも、()()()()()()はいっぱいいるんで安心して下さい! たぶんですけど』

「「「……んん?」」」

 

 その後放たれた言葉に、”黄金世代”の全員が小首を傾げる。

 ”自分の代わり”。散々ドロップスティアーの思考回路に付き合わされてきた自分達ですら、その単語の意図を汲めなかった。

 

『日本には自分より強いウマ娘が何人もいるんで! 自分が勝ったんですから、その内()()()()()()!』

「「「――――」」」

 

 そしてその真意に、口だけが開いた沈黙がその場に流れた。

 彼女が言う”自分より強い皆”が誰なのか、確認するまでもない。それ程までに信頼を寄せる相手など、決まりきっている。

 ドロップスティアーは確信しているのだ。今この場の誰かがいずれ海外(あちら)に渡り、GⅠという大舞台で勝つ事を。

 ”自分が勝てたのなら、皆も勝つ”のだと。

 

『まぁそんなワケで。アスコット(ここ)じゃないかもしれませんが、きっと次はもっと強ーいウマ娘が日本から来ると思うんで。皆さん気をつけて下さいねー、以上です!』

『な、なるほど……? ええと、ありがとうございました!』

「……とんでもない爆弾残していったわね、あのおばか……」

「流石のセイちゃんもコレは予想できなかったなぁ……らしいと言えば、らしいけどさぁ」

 

 キングヘイローとセイウンスカイが、揃って引き攣った苦笑いを浮かべる。日本で強いウマ娘が海外で強いとは限らない、だからこそ”海外挑戦”などという単語がこちらにはあるのだ。

 悲願とされる凱旋門賞を代表に、現状海外で結果を残せた日本のウマ娘は少ない。しかしドロップスティアーは”ここじゃないかも”とも言った。つまりは、全く別の場所(レース)でも勝つだろうと暗に示していた。

 根拠など無い。ただ、信頼だけがその言葉にあった。

 

「――ふっ、ふふっ。なるほど、なるほど。そこまで言われちゃあ、仕方ないデスねぇ……!」

「……エル?」

 

 そして、その言葉に最も触発されるウマ娘が一人、ここにいた。

 エルコンドルパサー。彼女は、”世界最強”を目指すウマ娘である。

 

「……そうだよね、エルちゃん。こんなに信じてくれてるんだから、私達も応えないとね!」

「あー……スペちゃんまでその気になっちゃったかー」

 

 ”日本一”を志すスペシャルウィークもまた、呼応する様に意気を揚げる。この二人にとって、今回のドロップスティアーからのメッセージはそれこそ”挑戦”に近いモノだった。

 エルコンドルパサーは自分の目標の為に、いずれ世界に挑むつもりだった。しかし、それはこの場にいる皆と競い合い、十分な実力を手にしてからでも遅くないと考えていた。

 スペシャルウィークは”日本一”である事こそが重要であると考えていた。しかし、それは日本国内だけで留まって満足する理由にはならない。

 だから。

 

「一歩リードされた形ですけど……()は、ワタシ達の番デスね!」

「うん! よーし、やるぞーっ!!」

 

 世界に覇を唱える為、日本に希望を抱かせる為。初心を大きく刺激された二人が、新たな目標を抱いた。

 そうだ、向こうが出来てこちらが出来ない道理はない。友達がやり遂げた上、信じてくれているのだ。日本のレースで手を抜くつもりなどサラサラ無いが、更にその先まで目を向けなくてどうするのか。

 自分達はもっと、もっと上を目指せる。先へと行ける。()を伸ばせば、届く筈だ。

 

「……そうね、キングの器は国内(ここ)で収まるものじゃないわ。アメリカのお母様に、直接目に物見せるのも悪くないかもしれないわね。おーっほっほっほっ!」

「あーあー、キングにまで感染っちゃって、もうメチャクチャだぁ。グラスちゃーん、なんか言ってあげてよーう」

「あらあら。セイちゃんは、ティアちゃんが出来た事が自分に出来ないと?」

「あーあーあー! 完全にグラスちゃんもあてられちゃってるじゃーん!」

 

 そして二人だけに限らず、ここにいる全員があの言葉に少なからず触発されていた。

 キングヘイロー・グラスワンダー・セイウンスカイ。世代(とき)が違えば誰もが”最強”と成り得た、しかし同じであったが故にそれを証明出来ない、並ぶ”黄金”達。

 別に海外で勝つ事が全てではない、しかし枠を自分から狭めてはいけない。目の前のレースだけが目的(すべて)ではないというのは、”彼女”の在り方そのものなのだから。

 

「はーあ、ティアちゃんさんが出来てセイちゃんが出来ないー? ……私が走ってたら、さっきのレースは別の形にはなってたっての」

「ふふっ。ええ、きっとそうでしょうね。きっと」

「なーにその含みある言い方ー! ティアちゃんさんの作戦、今回は完全に読み切ったんだよー!? あー勿体無いなー! 日本に帰ってきたら煽ってやるー!」

 

 セイウンスカイはこの中では最もドロップスティアーに近しい能力を持つウマ娘であり、今回のレースも誰よりも深く展開を読み切った。しかし本来、自分が走る訳でも無いレースにそこまで入れ込む理由など無い。

 結局の所、対抗意識があったのだ。”天敵”を上回ってやるという、セイウンスカイには珍しい拘り。そんなウマ娘に遠回しとはいえ挑発され、何も思わない訳が無い。

 

「ふふっ。……帰ってくるのが、楽しみですね」

 

 自分を含めて、結局五人全員が乗せられてしまっている。それに良い気分を抱きながら、グラスワンダーは未来(つぎ)に何が待っているか、待ち望む様に呟いた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「あの、トレーナーさん。自分の勘がすっごい怖い感じの予感してるんですけど。なんか今めっちゃゾワゾワしてるんですけど」

「もうレースは終わっただろ、だあほ。風邪かなんかじゃねーの?」

 

 そしてまだ見ぬ未来(つぎ)の気配に、ドロップスティアーの勘はビビり散らかしていた。

 




ちょっとしたエクストラストーリーでした。

なんで今更こんな話を書いたかと言うと、「本家ウマ娘でカルストンライトオが実装されたから」です。
”爆ぜる”は元々裏設定で「数秒だけ現代最速のスピードが出せる」としていたんですが、まさかその最速その物が実装されるとは思わなくって……
一切の不確定要素が無い時しか出せない最速なので、色々と付け入る隙はあります。

他のレースは考えてないのでこれがコイツの正真正銘ラストレースです。キングヘイローシナリオ三年目の有馬記念みたいな、黄金世代全員集合みたいなのも夢想したんですが……
忘れられた頃での更新になりましたが、読んでくれた方はありがとうございました。
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禪院全「全ては僕の為に」(作者:羂索ハードモード)(原作:呪術廻戦)

一九七七年、冬。▼呪術御三家が一つ、禪院家に、一人の『化け物』が産声を上げた。▼その名は禪院全。生まれながらにして規格外の呪力を宿し、父の歪んだ野心という名の呪いを背負わされた少年。▼彼が与えられた生得術式は、他者の術式を根こそぎ奪い取り、己の糧とする禁忌の力――【簒奪呪法】。▼奪うも与えるも思いのまま。才能に恵まれず虐げられる者たちに術式を『禅譲』しては狂…


総合評価:23803/評価:9.04/連載:25話/更新日時:2026年04月19日(日) 12:00 小説情報


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