※バ美肉おじさんのことを知って今作を執筆したので、もし作者がバ美肉おじさんのことを勘違いしてても何卒ご容赦ください。
子供の頃からずっと、俺には憧れている人が居る。
俺が生まれると同時に亡くなった母親の代わりとして、男手1つで俺を育ててくれた実の父親。そんな親父に俺は感謝と共に憧れをずっと抱いていた。
親父はとても寡黙で、必要以上の言葉を発しなかったから何を考えているかよく分からないことが多い人だったけれど、何故かそんな親父の周りには多くの人が居た。
同じ職場の人だとか、街中で知り合って仲良くなった人だとか、老若男女関係なくどうしてそこまで多くの人と親父が繋がりを持つのか気になって皆に聞いてみれば、誰もが「お前の親父は良い男だから」と答えた。
親父が良い男というのは子供の頃はよく分からなかったが、それでも多くの人から慕われてる親父が凄くて憧れた。俺もいつか親父のような人になりたいと思った。
そんな親父だが、普段はあまり会話をしなくても不意に俺に向かってよく口に出す言葉があった。
「男として生まれたなら、自分に恥じない生き方をしろ」
俺が友達と喧嘩した時やテストで悪い点数を取った時など、俺が何かしでかす度に親父は説教をすることも無く、ただそう言っていた。
自分に恥じない生き方。最初はそれがどういうことなのかよく理解出来なかったけれど、ある事件を境に俺は何となくだが意味を理解した。
切っ掛けは俺が中学生になった時のこと……放課後にクラスメイトの1人が複数の上級生から虐められてる所を目撃した時に、俺は思わず割って入った。
何故そんな虐めをするのか。クラスメイトを虐めていた奴らにそう問いかけてみれば、そいつらはクラスメイトと同じ部活に所属しており、最近部活で活躍するクラスメイトのことが気に食わなかったとのこと。
要するにただの嫉妬でしかなかったのだが、自分達が上級生ということにかこつけて下級生であるクラスメイトを虐めても別にいい、とニヤニヤとした笑みを浮かべながらそう語る奴らを見ていると、俺はそいつらのことが気持ち悪く見えて吐き気すら感じた。
自分よりも目立っているから。たったそれだけのしょうもない理由で虐めをするそいつらがあまりにもダサすぎて、思わずそのことを口に出してしまうとそいつらは逆上して俺に襲いかかってきた。
そこからはもう取っ組み合いの喧嘩が始まった。頭を殴られ、腹を蹴られ、身体のあちこちが痛くなっても俺はこんなクソみたいな奴ら相手に負けたくなかったから気合いで戦い続けた。
俺達の喧嘩に気付いた他の生徒が先生を呼んで連れて来た頃には、俺は血まみれの痣だらけになって立っているのもやっとのぐらいフラフラになっていたが、それでも喧嘩には勝って上級生の奴らを全員ぶちのめした。
それからは学校側もすぐに動き出して、虐め問題は解決した。俺が殴り倒した上級生の親達も虐めの事を出されてしまっては口出しすることが出来ず、喧嘩沙汰を起こした俺は暫く自宅謹慎をするだけで済んだ。
勝手に喧嘩をして自宅謹慎になったのだからさすがに親父は怒るだろうと思いながらボロボロの姿で家に帰ると、親父は俺を見て少しばかり目を見開いた後に何があったのか事情を聞いてきた。
俺は何も包み隠さずにクラスメイトが上級生から虐めにあっていたこと、その上級生達が気に食わなくて喧嘩になったことを話すと、親父は俺の頭に手を置いて優しく撫でてくれた。
「よく仲間を守ったな」
たった一言。それだけのことしか親父は口にしなかったが、それでも俺はこの言葉がとても嬉しかった。
謹慎が明け、学校に登校にすると虐められていたクラスメイトから直接お礼を言われ、感謝の印として友達にもなった。
お互いに仲良くなって、さらに同じ他のクラスメイトの連中とも仲良くなって一緒に馬鹿やったりしてると、あの時、上級生達に立ち向かって喧嘩したことを良かったと思えるようになった。
世間からしたら拳に頼るのは最低なのかもしれないけれど、そのおかげでこうして一緒に笑い合える仲間が出来たのだから俺に後悔は無い。
これが親父の言っていた自分に恥じない生き方。男としての俺の生き方なのだと、俺はそう理解した。
それからはずっと、俺は自分に恥じることなく生きてきた。学校を卒業し、社会人になってからも俺は自分の生き方を曲げずに真面目に生きてきた。
だから、そう───
「お前のせいだ! お前があの時邪魔しなければ! 俺の人生がめちゃくちゃになることはなかったんだ!」
学生の頃の虐めの主犯格だった上級生の奴が、もう何十年も経ってるのに今更になって逆恨みしてきて俺のことを包丁で滅多刺しにしてても、俺に後悔は無い。
仕事終わりの会社から自宅に帰る薄暗い夜道を歩いてる時に突然襲われてしまったせいで対応が出来ず、最初は激痛の走っていた身体も血が抜けすぎたせいなのか全く痛みを感じなくなってきた。
意識は朦朧とし、全身を今まで感じたことの無い寒気に襲われる。自分がこれから死んでいくということを自覚しながら、俺の脳裏にはこれまでの人生が走馬灯として駆け巡った。
悔いの無い人生だった。親父には先に逝っちまう親不孝者として謝りたくはあるが、それでも自分に恥じない生き方を貫き通してきた結果がこれなのだから仕方ない。
1人の男として生き、1人の男として死ぬ……それが俺の生き様だ。
だから俺の人生に悔いは無い……だが、もしも輪廻転生ってのが本当にあって、もしもまた生まれ変わることが出来るのだとしたら、俺は───
◆◆◆
「はぁ……今日も誰1人としてチームに入ってくれなかったなぁ……」
正月も明けて冬の寒さも本格的になり始めた頃、葉が落ちてスッカリと寂しくなってしまった街頭樹の並ぶ真っ暗な夜道を1人のスーツを着た男が歩いていた。
見た目は見るからに疲れきったサラリーマンのような格好だが、胸元に着けられている金色に煌めくピカピカなバッチが男をただのサラリーマンではなくウマ娘のトレーナーとしての証明をしていた。
男は日本ウマ娘トレーニングセンター学園スクール……通称トレセン学園に勤めるトレーナーである。
しかし、日本の中でもトップに位置するトレセン学園に勤めてはいるものの男はまだ新人トレーナーであり、つい最近有馬記念のレースで優勝したのを最後に引退したオグリキャップが所属していたチームシリウスを先代トレーナーから引き継いだばかりの二代目トレーナーだった。
オグリキャップと先代トレーナーがチームから離れてしまったが故に、チームに所属していたほとんどのウマ娘達が脱退。今ではメジロマックイーンただ1人しか居ない弱小チームになってしまった。
しかも、所属しているウマ娘がたった1人ではチームとしての体裁を保つことが出来ず、暫くの猶予が与えられているとはいえこのままではチーム解散をしなければならない通告を受けていた。
チームが無くてはウマ娘はレースに出走することが出来ないし、何よりこれまで様々な栄光を掴んできたチームシリウスの軌跡が無くなってしまうことを危惧し、残されたメジロマックイーンとトレーナーの2人でどうにかしてチームメンバーを増やそうと募集しているが、その成果は全くと言っていい程に出てなかった。
「チームのメンバーは絶対に増やさないといけない……けど、マックイーンの春天に向けての調整もしていかないとダメだからそっちに注力してばかりもいられない……どうしたもんかなぁ……」
はぁ、とため息をつきながらトレーナーは今後のことについて頭をいっぱいにさせながら歩く。しかし、そのせいで注意力が散漫としていたトレーナーは目の前から歩いてくる人影に気付かず、そのままドン、とぶつかってしまった。
「あ、すみません」
「あぁ!? すみませんだァ!? テメェそれで本当に謝ってんのか!!」
気付かずにぶつかってしまってことにトレーナーはすぐに謝罪の言葉を述べたが、ぶつかった男は逆上してトレーナーの胸倉を掴みあげた。
「んぐっ……!?」
「本当に謝んなら土下座に決まってんだろうが! 俺のことをナメてんのか!? ぶっ殺すぞゴラァ!!」
突然の出来事にトレーナーが目を白黒させていると、ふと男から強い酒の臭いを感じ、よく見れば男の顔が真っ赤に染まっていることに気が付いた。
完全に酔っ払っている。男は酒のせいで正常な判断が出来ていないのだろう。なんとか事態を鎮めるべく、トレーナーは男を一旦冷静にさせようと試みることにした。
「お、落ち着いてください。決して悪気は無かったんです」
「やかましいわボケェ!! テメェの方から俺に向かってぶつかって来たんだから悪いのはテメェだろうが!! アァ!?」
だが完全に逆上している男は話を全く聞こうとせず、トレーナーを悪者として決めつけきっていた。
今にも殴りかかってきそうな程に剣呑としている男に対し、トレーナーはどうにかして男の隙を突いて警察を呼ぶべきか悩んでいると───
「おい、アンタらそこで何してんだ?」
腹に響くような低い男の声が近くから聞こえ、トレーナーと男がその声が聞こえてきた方へ視線を向けると、そこには白いレジ袋を片手に持った1人のウマ娘が立っていた。
髪型は黒髪のショート。顔立ちはかなり整っている方で、身長はウマ娘にしてはかなり高く180cmぐらいはあるだろうか。黒のダメージジーンズに灰色の無地のTシャツの上から黒のジャケットを羽織っており、服の上からでも分かるぐらいに出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいるという、正に理想のモデル体系とはこのことを言うのだろう。
一見すると何処ぞの芸能人としか思えないぐらいに綺麗な見た目をしているが、先程の声はどう聞いても男としか思えないぐらいに低く、辺りを見渡しても目の前のウマ娘以外には誰も居らず、本当に先程の声はこのウマ娘から発せられたのか? とトレーナーが困惑しているとそのウマ娘は再び口を開いた。
「胸倉掴んで物騒なことしてんな。こんな所で喧嘩でもするつもりか?」
ウマ娘の口から出てきた声はやはり先程聞こえてきた低い男の声と一緒で、見た目とのギャップ差にトレーナーが驚いていると胸倉を掴んでいた男がトレーナーから手を離してウマ娘のことを睨めつけた。
「なんだおめェ……急に現れやがって。この兄ちゃんの知り合いか何かか?」
「いや? その人のことは全く知らない赤の他人だが、生憎と荒っぽい事には首を突っ込まずにいられない性分でね。もしも暴れてぇってんなら警察を呼ぶが……どうする?」
「チッ……もうええわ」
懐からスマホを取り出しながらそう告げるウマ娘に、さすがの男も警察という言葉を聞いて少しは冷静さも取り戻したよう舌打ちと共に捨て台詞を吐きながらどこかへと歩き去って行った。
「おいアンタ、災難だったな。特に怪我とかはしてなさそうだが、大丈夫だったか?」
「あぁ、ありがとう。おかげで助かったよ」
「なぁに、礼には及ばねぇよ。最近あぁいう輩がここら辺の通りで増えてきたから気を付けな。それじゃあな」
「あ、ま、待ってくれ!」
本当にただ助けようとしてくれただけらしく、謝礼も何も求めずにウマ娘は軽くそう話し終えるとどこかへと歩き出そうとし、トレーナーは思わず慌てて呼び止めた。
「ん? どうした?」
「助けて貰っておいて何もしないってのは俺の気が済まない。よければ何かしらのお礼をさせて欲しいんだ」
「いや、別にそういうのはいらねぇんだが……」
それはトレーナーの本心からの言葉であり、せめてものお礼をしたいと告げるトレーナーに対しウマ娘は困ったように眉を顰めたが、ふとトレーナーの胸元に着いてるトレーナーバッジを見て少しばかり目を見開いた。
「そのバッジ……アンタもしかしてトレセン学園のトレーナーか?」
「え? あ、あぁ。そうだけど……」
「俺もそこの生徒だ。まぁちょいと理由があって暫くは通えて無いがな」
「えっ!?」
ウマ娘の予想外の発言に驚き、トレーナーは思わずウマ娘のことを凝視してしまった。
どこからどう見ても大人の風格を漂わせているこのウマ娘がトレセン学園の制服を着ている姿が全く想像出来なかったのだ。
「今度の週明けからまた学園に通うつもりなんだが、久しぶりにトレーニングするからフォームの確認とかしてくれるトレーナーが居ねぇんだ。1回でいいからその面倒をお願いしてもいいか?」
「それは別に構わないが……学園に暫く通っていないなんて、君はいったい……?」
「まぁ色々とあってな……詳しくは聞いてくれるな」
「あ、あぁ……」
あまり自分のことを詮索されるのを嫌っているらしく、何があったのか気になる所ではあるがトレーナーとしてもまだ知り合ってすぐの関係でそこまで深く踏み込むのも悪いと思いそれ以上のことを聞くのはやめることにした。
「とりあえずトレーニングを見てくれるって言うなら月曜日の放課後に第1コース場に来れそうか?」
「あぁ、大丈夫だ」
「そうか、それなら良かった」
その日はちょうどメジロマックイーンの休養日ということもあり、予定の空いていたトレーナーはすぐにそう返事をすると、ウマ娘は少しだけホッとしたような様子を見せた。
「最後に一つだけ聞きたいんだが、君の名前はなんて言うんだ?」
トレーナーがそう聞くと、途端にウマ娘は端正な顔を歪ませて嫌そうな表情を浮かべながら口を開いた。
「……ウビニクオジサンだ。正直この名前は好きじゃないから、ウビとでも呼んでくれ」
それがウマ娘───ウビニクオジサンとの出会いであった。