病み男とストーカー少女   作:足洗

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花一華・白

 

 

 

 佐原アミの口から語られる彼女の半生は、有り体に言えばその多くが不幸で彩られていた。

 だからといって彼女は憐れみを乞うたりはしなかったし、いかにもな惨めさを装って悦に入るような小人でもない。ただ淡々と事実を並べ、朴訥と感想を漏らし、そして。

 弱々しく笑った。

 それはまるで気後れを隠すような、罪を恐れて、業を恥じているような。

 こんな。

 何故、彼女はこんな表情(カオ)をするのか

 何故、彼女がこんな劣等感を抱かなければならないのだろうか。

 少なくとも幼い頃の彼女に負わねばならない罪悪など欠片もありはしない。決して手放しに幸福とは言えない生まれ。その上、引き取られた先で受けた彼女の仕打ちは紛れもなく非道だ。子の幸福を願い、尽力すべき親が、親という責任を負った者達が、あろうことか。

 娘を凌辱し、娘を排斥する。

 自身の腹の底でぐらぐらと沸き上がるそれに気付く。久しく覚えたことのない、勝手自儘なその感触。情動。

 怒り。

 俺はすぐに含羞で歯噛みする。何様のつもりなのかと。よりにもよって(おまえ)が、義憤など弄ぶのかと。白い室内、白いシーツの上、薄汚れた己が本性をより一層に思い知る。

 それでも、やはり、この憤懣は遣る方ない。

 納得がいかない。

 実際に俺は猿轡を噛み締めた。革ベルトを巻かれた手首の先、握り固めた拳が震える。

 鼻から静かに気息を吐いて自らを宥めた。

 佐原さんを見やる。

 彼女の伏し目とこちらの視線が交わる。

 

「……そんな目で見ないでくださいよ。別に、同情引こうとか思ってないッスから」

 

 言い終えてすぐ、彼女は苦笑した。

 

「うん、今のは嘘。見栄張りました」

 

 恐々と己を見上げ、泣き笑いに歪む顔。唇は凍えたように震える。

 瞳を潤ませ濡らす、涙。

 佐原さんは偽らなかった。悲しみも、寂しさも、あまりにも凄絶なその、心の飢えも。

 

「辛かったなぁ……ひとりで、誰にも言えなくて、誰も味方、いなくて……私、何のために、生きてるのかわかんなくて……」

 

 彼女の手が寝間着に縋る。きつく握り締められた手の強さが、まるでお包みを握る赤ん坊のようで。

 愛らしいほどに、ひどく痛々しい。

 彼女の耐え忍び続けるばかりの少女時代を思う。思うことしかできない。

 苦しみの吐露すら今ようやく彼女は許されたのだ。己自身に許すことができたのだ。

 

「尾上さんに知られるのは怖かったけど……尾上さん以外に言える人なんて、いなかった。なにもない。誰もいない。私、こんなッスから。拗らせて、歪んで、狂ってる。普通っていうのがもうよくわかんなくて。人とどうやって関わればいいのか、自分を知ってもらえばいいのか……」

 

 溢れ出てくる。それはきっとありふれた苦悩なのだろう。世の誰しも持つ、儘ならない現実。人と繋がりたい。愛を育みたい。絆を、結びたい。

 純粋に願っていた筈なのに、純粋にそれを求めることを許されない人生。

 それはある。普通などというものは決して当たり前に享受できるものではないのだ。

 誰しも欠けている。

 ただ欠落が深すぎた。

 彼女は深く、闇を直視させられ過ぎた。もはや普通に戻れないほど。

 

「尾上さんのこと盗聴してました」

 

 重く重く、彼女は告白する。自身の働いた所業。彼女はその意味を理解していた。狂っていると言いながら

 

「そうしないと、不安で不安でたまらなくて。近くに感じたくて。ホントは傍に、実際に、触れて感じたかったけど。そんな勇気なくて。私、卑怯で、臆病で」

 

 言い訳。自己嫌悪と自己正当化の羅列。

 彼女は告解している。罪を。

 

「だから、がんばりました。尾上さんが欲しくて。尾上さんに、な、慰めて、欲しくて……いっぱい道具揃えて準備して、たくさん勉強して爆弾だって作りました」

「……」

 

 罪、罪、罪。今もなお彼女は重ね続けている。この瞬間にも。

 

「尾上さん、とられたくなかったからっ」

 

 それは子供の駄々同然の、およそ世間の誰をも納得させることは叶わない動機だった。彼女ただ一人の正義。独善。

 けれど、ならば、彼女はどうすればよかったのか。一体何が彼女の飢餓を埋められたというのか。

 彼女の行為は正当化不可能だ。彼女の犯したことはどれもこれも間違いなく悪行だ。

 だが、彼女の願いに罪はない。彼女が狂うまでに願ったのは、この世の誰もが当然の如く享受するもの。求めて当然の、ありふれたもの。

 愛。

 言葉にすれば陳腐で、失笑すら買うだろう。

 ささやかと宣われるそれが、だのにあまりに遠い。佐原さん、花宮、そして俺もそれを亡くした。亡くしてしまった。

 俺達はどうして()()なってしまったのだろう。

 俺には、自身と同じ飢餓に苦しむ彼女を責めることはできない。

 彼女が法によって裁かれ刑に服し罪を償うことを今も心から望む、けれど。

 けれど、彼女を悪だとは思えない。彼女を悪と断ずることができない。それだけはできない。

 彼女に報われて欲しい。佐原アミに、幸せになって欲しい。

 俺は不遜にそう願っている。

 まるで他人事のように。悪は俺だ。

 求められれば逃げ、縋り付かれれば突き放し、涙からすら目を逸らして。

 不幸を撒いた。少なくとも確実に二人の人間を俺は、俺は。

 自由な方の手が、ふと、佐原さんの肩を抱いた。自然な所作だった。そうしなければならないという義務感すらあった。

 

「ぁ……」

 

 佐原さんの口から微かに気息が漏れる。

 俺が自ら彼女に触れるなどとまるで考えていなかったに違いない。そう思わせるまでの怠惰をこれまで見せてきたということだろう。

 俺に他人を愛する資格などない。

 そういう、免罪符。

 罪というならここに、罪人というなら己こそが。

 幾度も幾度も自戒して自白して。そうしていながら今。

 今も、目の前に泣き崩れる人がいる。

 これでよいのだろうか。これで、合っているのだろうか。

 知らず、彼女の肩を掴む手に力が篭った。

 貴女を救うには、貴女が救われるには、何ができる。俺に何ができる。こんな、くだらぬ男に。

 情けなく俺は問い掛けた。視線で、表情で。

 佐原さんは目を見開いてこちらを見詰めた。一心に。驚きと戸惑いと、そして堪え切れず溢れ出るのは、期待。

 

「尾上さん……」

「あ、ぁ、あぅ、あ……」

 

 呻く。言葉にならずとも、声を、伝えねばならない。知らしめねばならないことが。

 彼女の手が己の面前に持ち上がり、そして僅かに迷う。しかし、すぐに。

 彼女は猿轡を解き、取り払ってくれた。

 久方に自由を取り戻し(こご)る舌を動かす。

 

「あな、たは、佐原さんは」

「……」

「もう十分に頑張ったじゃないですか」

 

 痛みが。

 悲憤が、胸を貫く。

 どうしてだ。何故だ。

 彼女は救った。俺を、俺と母を。いや、これまでの彼女の生涯を掛けて多くの人々を。医療従事者として。人として。

 それは事実だ。揺るぎない実績だ。

 彼女に感謝を想う。ひたすらの感謝を捧げる。

 

「頑張って、頑張って、頑張り続けてきた貴女が報われなくて、どうするというんだ。だから、佐原さん、もういいんです。もう罪など犯さないでください。他人を、自分すら傷付けるような真似をしないでください」

「でも……でも、そうしないと、尾上さんは」

「俺はここにいます」

「へ……?」

「俺はここにいますよ、佐原さん」

 

 頬に触れ、彼女の顔をこちらに向かせる。

 目尻を流れ落ちて指に流れる涙が熱かった。

 

「貴女の願いは叶ったんです。いえ、貴女の願いを、叶えさせて欲しい」

「それって」

「こんな役立たずでいいのなら」

「それ、お、尾上さん……」

「佐原さん」

 

 俺は、上手く笑えているのか。

 この顔面に形作られた凹凸は果たして、笑みを、慰労を、愛……のようなものを象形できているのか。

 俺にはわからない。俺にわかるのは、俺に見えているのは。

 目前の女。頬を赤らめ、喜びに打ち震えながら決壊した女の、幼い顔。

 

「尾上さん、おがみさんっ、うっ、うぅぅう、あぁ……!」

「……」

 

 そのあまりの憐れな様に、俺は思わず額に口付けした。幼子をあやす心地。まるで知り得る訳もない父親の心境で。ただ悲しみを拭いたかった。この子の涙を止めたかった。

 それだけは嘘偽りない本心だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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