ゆうきのうた   作:勇者ああああ

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はい、お待たせ。


ドワーフの“戦士”

 

屈強な肉体こそが、至高であり最強。

 

ドワーフの誇り高き“戦士”であるガレス・ランドロックは、その自分の考えを疑ったことなど一度もなかった。

 

そして、自分こそが世界で一番の肉体の持ち主に上り詰めるという馬鹿らしい目標も、大真面目に目指して努力してきた。

 

それは自分の生まれ故郷にいる間も、そこを抜け出し旅をしている間も──迷宮都市オラリオへと足を運んでからも。全く変わらない頑強な意志だった。

 

ガレスは、自分のことを器用な質だとは思っていないし、頭が良いほうだとも思っていない。己は磨けば光る宝石でも、仕様用途に富んだ魔石でもないことくらい、分かっている。

 

ただ、頑固一徹に叩き続ければ、いずれ何者にも負けない鋼になるのだと。何物も切り裂き、どんな攻撃も受け止める──そんな風になれると信じてやってきた。

 

それは、“信念”と呼べるものだった。誰に何を囀られようと、曲がることも曲げるつもりもない硬きそれ。きっと死ぬまで抱き続けるだろうと悟っていた何か。

 

 

──結局、ガレスのそんな悟りは()()()()で裏切られたのだが。

 

 

 

 

 

 

今日も今日とて、バベル前の広場にはユーキ・カナデの演奏が響いていた。

 

ダンジョンに向かう冒険者たちは立ち止まり耳を傾けて、聞き終わったころには()()()()()()()をして立ち去っていく。

 

ガレス・ランドロックはそんな光景を横目に、自分の獲物を手入れしていた。

 

今日は珍しくユーキとガレスの二人でダンジョンに潜る日だった。

 

本来、ダンジョンアタックするならフルパーティ──ロキファミリアなら4人で挑むべきだ。しかしファミリアの事務を担っているフィンとリヴェリアは、ギルドになにがしかを報告しに行くらしく今日は不在。

 

仕方がないので、訓練がてら到達済みの階層を2人で探索する予定となっていた。

 

「──おまたせ!」

 

投げられたおひねりを袋に入れ終わったユーキが、ガレスに近づいてくる。

 

日に日に観衆が増えている影響か、投げられるヴァリス硬貨の量はうなぎのぼりだ。肩に抱えた麻袋、パルゥム1人なら入りそうなサイズのそれがパンパンになっていた。

 

「おぬし、稼ぐのはいいが、その量だと……」

 

「あー、うん。一回預けにいこうかな」

 

当然、それを抱えたままダンジョンアタックなどと無謀な真似をできるはずもなく。

 

二人はバベルにあるロキファミリア用貸金庫に向かって歩き出した。

 

 

 

 

「そんじゃあ、ごめんけど少し待っててね」

 

ひらひらと手を振ってカウンターへと向かうユーキ。ガレスはああ、と内心若干のため息をつきながらそれを送り出す。

 

ユーキの演奏会は、観客の立場で言えば素晴らしい音色で大変好ましいし、ファミリアの立場としては少なくない金を稼いでくれる面で──ユーキはおひねりの大半をファミリア共有財産として出している──ありがたいことだ。

 

しかしパーティメンバーの立場としては、こうしてダンジョンに入るのが遅れるため少し煩わしいこともある。

 

特に自分の肉体を鍛え上げることに全力を注ぎたいガレスにとっては、ダンジョンにいる時間が1秒でも長いほど良いのだ。

 

ユーキがカウンターに行くちょっとした時間でステイタスが1伸びるわけでもないのだし、何もやめろなどど言うつもりはないが。

 

日常に潜む、ちょっとした不満の一つというだけであった。

 

「お、あんたはロキファミリアの……」

 

「ん?」

 

手持ち無沙汰に待っていれば、知らない顔に話しかけられる。

 

一目見て冒険者とわかるヒューマンの男。ガレスから見た第一印象としては「自分ほどガタイが良いわけではないが、かなり鍛え上げているな」だった。

 

装備から見てロキファミリア(じぶんたち)と同等か、ちょっと下ぐらいの実力だろうと推定できる。

 

腰に差した戦槌(メイス)と背負った盾からパーティーでは前衛戦士──それもタンクのような役割をこなしているのが見て取れた。

 

役割や考えが近そうなことに親近感を覚えながら、ガレスは返答する。

 

「いかにも、儂はロキファミリアだが」

 

「だよな、見た顔だったからさ。俺は○○だ。よろしく」

 

名乗りながら手を差し出す男。彼の名前をガレスは知らなかったが、手を握っただけで気が合いそうだと分かった。掌にあるタコが、男の積み上げた訓練の量を語りかけてきたからだ。

 

男もそう思ったのか、子供に見せたら泣きだしそうな強面が笑顔を形作る。

 

「俺はあんたたちとほとんど同時期に冒険者になったが……悔しいことにちょっと先に行かれてちまってんな。まあ、うちのファミリアじゃあ、あんたたちを勝手に目標にして頑張ってるとこだ」

 

「よせ、たいした差はなかろうに。手でわかるぞ」

 

「そういってもらえるとありがたいね……そういや、『勇奏(ファンファーレ)』は? 朝も演奏会をしてただろ、一緒じゃないのか?」

 

「ああ、あいつなら……ほれ、ちょうど帰ってきたところじゃ」

 

カウンターでの処理が終わったのか、こっちに向かってくる黒髪琥珀眼の姿を指さす。

 

「なるほど、おひねりを預けてたわけね……」

 

男は苦笑して言った。ダンジョンアタックの()()その日稼いだ金を預けるのはまだしも、入る()()金を稼ぐとは、といった呆れだ。ガレスも同意見だった。

 

 

 

「あれ、あんたは……」

 

「おお、久しぶり──」

 

「確か、()()()()()○○!」

 

ガレスの横にいた男を指さすと、ユーキは開口一番そんなことを言った。

 

彼が、リヴェリアと魔法訓練をした日にバベルのてっぺんにいるユーキへ声をかけた、あの冒険者だと気づいたからだ。

 

まじか、と思ってもいなかった情報にガレスは面食らった。

 

「その覚え方をやめろお! そんなに俺の特技が意外か!」

 

「おぬし、そんな繊細な動きができたのか……確かにちょっと想像できんな……」

 

「しょうがないだろ、農家の息子なんだからそういうのを色々やらされたんだよ! たまたま性に合ったのが裁縫だっただけだ」

 

ちょっとすねた顔をしながら目をそらした男に、ユーキはひとしきりコロコロと笑った。そして、落ち着いたころに口を開く。

 

「あ~笑った。そんで、何でここに? もう突入のピーク時間は過ぎてるころだけど」

 

ユーキの言う通り、冒険者のダンジョンアタックにもピーク時間があり、それがちょうど演奏会をやっている頃だ。この時間まで地上にいる冒険者は、今日は冒険をしない予定の者か、はたまた寝坊した者かといったくらいだろう。

 

男は人差し指を立てると、自分の頭上を指しながらその質問に答えた。

 

「ちょっと()に用があってな、まあ、新装備の受け取りだよ」

 

「ああ、ヘファイストスファミリアか。新装備って、何を?」

 

「こいつさ」

 

背負っていた盾をおろしてユーキへ差し出す男。

 

その盾はユーキの持つ小盾(バックラー)やガレスの持つ大盾(タワーシールド)のちょうど中間、標準的なサイズのもの。

 

あまり見たことのない青みがかった金属で作られている。手を近づけるとなんだか盾の周りに清浄な空気が流れているような感覚があった。

 

ユーキもガレスも装備に対する目利きは一般の域を出ないが、それでもかなり良い品だと直感できるくらいのものだ。

 

「俺が持つにはちっと過ぎた品だが、偶然いい素材が手に入ってな」

 

「これは、たぶん特殊武装(スペリオルズ)だよね?」

 

「ああ。なんでも魔法とか状態異常とかをある程度防いでくれるんだってよ」

 

「ほう、そりゃあ盾役にとって垂涎ものじゃな」

 

今のロキファミリアやこの男のレベルだと、このレベルの装備は悪い言い方をすれば分不相応な装備だ。少なくとも、到達できる階層で普通に手に入る素材で作れるものではないだろう。

 

装備から感じ取れる雰囲気から察するに、10か下手したら20は先の階層の素材に匹敵する可能性もある。

 

にもかかわらず、男がこの盾を手にしているということは、相当な幸運があったということだ。しかも実用的な特殊効果付きとなればなおさら。

 

「鉱石一個を何の装備にするかはファミリア内で1週間は話すくらい悩んだが、まあ、結果はこの通りってやつだな」

 

男の口ぶりから察するに、この男はその希少な鉱石を「ファミリアで最も活用できると見込まれた」のだろうとユーキは察する。

 

事実、盾を背負いなおす彼は少し誇らしげな様子だった。

 

「へえ、じゃあ、頑張らなきゃだ」

 

「──ああ」

 

ユーキが応援するように言えば、男は満足そうに頷いた。

 

 

 

「ほんじゃあ、俺は行くわ。仲間も待たせてる。二人とも、引き留めて悪かったな」

 

「いや、かまわんぞ。おぬしと知り合えてよかった」

 

「そうそう。これからダンジョン? どうせ階層も近いだろうし、もし会ったらよろしくね」

 

「ああ」

 

男は手を挙げると立ち去って行こうとして、ふと立ち止まった。背中のマントがひらひらと揺れている。

 

そこに刺繍されたどこの神のものかもわからないエンブレム、妖精の羽と炎の光を模したそれを見せつけながら、男は振り返らずにユーキへ言った。

 

「今日の演奏もよかったぜ、勇奏(ファンファーレ)。相変わらず、勇気をもらえた。見てろよ、すぐに追いついて見せるからな!」

 

漢らしい宣言に、ユーキとガレスは目を見合わせて笑った。

 

 

 

 

 

 

気のいい裁縫上手の男と別れたあと、二人はダンジョンに潜っていた。

 

さすがに到達済みの階層なこともあり、さして苦戦もない進行。訓練にはちょうどいい冒険を楽しんでいたのだが、階層を越えるにつれ嫌な予感を感じていた。

 

「……今日はなんだか、モンスターが少ないような」

 

通常よりも少ない会敵(エンカウント)。RPGゲームなら、接敵回数など極論確率。多い少ないの変動は日常だろう。しかしながら、現実ではそれで済ませるわけにはいかない。

 

()()()()()。ダンジョンの冒険とはそれだけで一気に危険度を増す。

 

「そうじゃな。こういうのはえてして、異常事態(イレギュラー)の前触れだが……」

 

この世界のモンスターが()()()()で避けられる存在であればわかりやすいが。この場合は、()()()()などよりよっぽど危険な存在によってモンスターの大移動が起こっていることもある。

 

──それこそ、以前ロキファミリアが出くわした、インファント・ドラゴンのように。

 

思い出したのか、ユーキはフルフルと身震いをする。体がたたきつけられてはじけ飛ぶような経験は、あれで()()()。慣れるようなものではないし、トラウマ級の思い出だ。

 

あの時のインファント・ドラゴンは今であれば楽々勝てる相手だろうが、もう一回出会いたいかと言われれば即座に否を突きつけたいユーキであった。

 

「どうしよう、今日は引き上げる?」

 

「それがいいかもしれん。4人いるときならまだしも……2人ではな」

 

「だよねー。一応、帰るときにはギルドに報告しようか。杞憂で済めばいいけど」

 

ガレスも撤退に賛成だったことにほっとしながら、ユーキは踵を返そうとするが──

 

 

「──お願い! 助けて!」

 

 

ルームとルームをつなぐ回廊、その角からぼろぼろの女冒険者が現れ、ユーキに縋り付く。

 

エルフの冒険者だ。種族特徴の美貌は血と泥で台無し。知りもしない異性に躊躇もなく触れている時点で尋常な事態でないとわかる。装備は半壊。残った部品からかろうじて斥候の類だろうことが推察できた。

 

よく見ると脚に瞬く燐光があり、何かの魔法がかかっていることを示している。声をかけられる直前まで、ユーキもガレスも彼女の存在に気づけなかったことから、隠密系か敏捷系の補正魔法であろう。

 

「仲間が、この先で戦っているの──見たこともない、()()怪物(モンスター)でっ、私たち──お願い!」

 

言っていることがまとまっていないのは錯乱の表れであろう。かろうじて理解できたのは、彼女の仲間の危機。

 

おそらくは現状の異常事態(イレギュラー)の元凶──彼女曰く「見たこともない竜」──に襲われ、パーティーメンバーが死にかけか、死んでいるか。そこから彼女だけが命からがら逃げ伸びて、どうにか仲間を助けてくれと懇願している。

 

なんてわかりやすい、試練(クエスト)の起こり。

 

 

 

「──」

 

二つ返事で、「任せろ」と言えたらどれだけ良かったろう。そうユーキは歯噛みする。

 

しかし、この状況でそんな真似をするのは冒険者の中でも生粋の馬鹿だけだと理解していた。理由は二つ。

 

一つは単純に戦力の不足。

 

彼女の恰好や腕を掴まれている腕力から察するに、彼女はユーキたちと同レベル帯の冒険者。そのパーティーが壊滅しているだろう状況で、2人が加勢に行って状況が好転する確証がない。

 

なんならミイラ取りがミイラになる可能性のほうが高いだろう。

 

二つ目はこの懇願がすべて自分たちを騙す演技の可能性があるから。

 

オラリオには色々な目的をもったファミリアがあるが、その中にもアウトロー寄り──人から略奪をするのに躊躇しない連中は一定数いる。ダンジョン内は深く潜るほど人の目がなくなっていくため、そうした中でこれ幸いと犯罪に手を染める輩は当然いる。

 

可能性としてはそれでも可愛いもので、最悪、オラリオの破壊をもくろむカルト集団──闇派閥(イヴィルス)と呼ばれる連中だったとしたら。

 

尊厳の破壊の限りを尽くされたばかりか、大切な家族(ファミリア)への人質に利用されたりもするだろう。

 

──だから。頷くことはできない。

 

「お願い……お願いよ……お願いします」

 

彼女も、そんなことは理解しているのだろう、だからこうして縋り付くしかできない。みっともなく泣きわめいて、同情を誘って、「それでも救う」とこちらの()()()()()のを待つしかない。

 

だが、どうやったってなにもできはしない。そうユーキが決断して。せめてあなただけでも無事に地上に届けると伝えるつもりで、彼女を引きはがそうと肩に触れたとき。

 

彼女の露出した背中に、そのエンブレムをみた。

 

 

 

「妖精と、炎の光……」

 

 

 

農家生まれ、裁縫上手、強面のあいつ。

 

今日の朝笑って会話していた男の名前が、趣味が、出身が、決意が、夢が。ユーキの脳裏によぎる。

 

二つあった理由が一つになった。

 

 

 

「ユーキ……」

 

ガレスは心配するようにユーキを見やる。

 

日ごろからユーキは「勇者になりたい」と嘯く。フィンが『勇者(ブレイバー)』の二つ名を手に入れてからは、その言葉をまるで冗談のように発することが増えた。

 

しかし、いつも冗句のように話すその夢が、穢れなき信念であることをガレスは理解していた。それは彼にとって最も目指すべき頂。それになるためなら命すらも投げ打てる『至高』なのだと。

 

だからユーキには、力及ばずを理解していても、()()()()と言ってしまいそうな凄みがあった。

 

きっと悩んでいるのは、横にガレスがいるから。そして地上にはフィンとリヴェリアとロキがいるから。ユーキはことさら家族を大事にする男だというのはガレスにとって当たり前の認識だった。

 

何も荷物を持っていなければ、この男は二つ返事で了承したのだろう。だから──

 

「ユーキ」

 

「なに、ガレス」

 

「気にするなよ。儂は、儂()お前と一緒に死ねるぞ」

 

「は、簡単に言うんだから。バカのやることだ、こんなのは」

 

「儂は()()()()ないからの。」

 

「──さすが戦士」

 

だからきっと、これが正解だ。

 

 

 

 

 

ユーキは地上に戻ってきていた。すでに、あの日から3日が経過している。

 

今は、ディアンケヒトファミリアのホームの一室、ある病室へ赴いていた。

 

「よう、来たのか」

 

ベットの上で上半身を起こした男がユーキに挨拶をする。清潔な白い病人着、通される腕をなくした片袖が、ひらひらと揺れていた。

 

 

 

助けを求めたエルフの案内で戦場に行けば、竜とあの男が対峙していた。

 

後ろには血だらけで倒れ伏す魔法使いの女性。男はその人を守るようにして、盾を構えていた。

 

竜も男も満身創痍。特に男はメイスを持っていたはずの右腕をどこかに失くしていた。食いちぎられたのか、燃やされたのか。なんにせよ、格上との激闘の末に負った当然の代償だった。

 

竜は駆け付けた二人を一瞥すると、あきらめたように膝を折った。そしてまるで「殺せ」というようにして首を差し出すような動作をした。

 

ユーキとガレスはそれに対処した。そして、けが人の応急処置と地上までの輸送、ディアンケヒトファミリアへの引き渡しを行った。それが顛末。

 

死を覚悟したわりに、あっけない収束だ──ユーキたちにとっては。

 

 

 

新種の竜、既存のモンスターにまったくもって適合しない見た目や攻撃手段に、ギルドは急いで冒険者に注意喚起を行った。

 

遭遇したパーティーについて、幸いにも死人は0、異常事態(イレギュラー)に出会ったにしては幸運な結果だと世間は噂している。

 

ただ、そのリーダーがほぼ再起不能の大ケガを負ったことを知る者は、あまりいない。

 

「……腕と目は?」

 

「まあ、少なくとも今のうちの稼ぎじゃ治せん。薬を買えるような金を得るころには、時間が経ちすぎて効かないだろうなあ。つまりは、なんだ。一生このままってわけだ」

 

「そう、か」

 

部位欠損は簡単に治るケガではない。だが、極まった回復魔法や希少な回復薬なら、治せることもある。()()()()()()()()()()()()()

 

男の言葉はつまりそういう意味。ユーキはこんな時にかける言葉を思いつけなかった。

 

「お前が気にすることじゃないだろ! 冒険者ならよくあることさ。覚悟してた。それに、お前たちのおかげで──俺も仲間も生きてる。それだけで儲けもんだ」

 

男はこちらを励ますように明るく告げた。今最もつらいだろう人間に、逆に気を使わせてしまった自分に、ユーキは嫌気がさした。

 

 

 

男の言葉には、ユーキにとっては納得できないものがあった。

 

男はユーキのおかげで助かったと言う。それは、ある一面では事実だろう。ユーキとガレスが駆け付けたおかげで彼らは無事に地上にたどり着いた。それは真実に違いない。

 

だが。

 

あの後、ロキファミリアのホームにあの時のエルフが訪れた。ことの顛末の報告、そして救出に対するお礼や危険に巻き込んだ謝罪を告げるために。

 

そのとき、彼女は言ったのだ。

 

『みんな調子に乗っていたんです。あの盾のこととかも含めて、最近順調で。だから、ちょっとダンジョンの様子がおかしいことはわかっていたのに、いけるだろうって』

 

よくあることだ。

 

冒険者は冒険をしてはいけない。もし冒険をするならば賢き冒険を。適切なリスク管理と細やかな状況把握の上で、()()()()()()()()()時にだけ。フィンも口を酸っぱくして言うこと。

 

けれどそれを守れる冒険者は意外なほどに少ない。

 

それまでの成功体験による慣れ、自分たちだけは大丈夫だろうという楽観的思考、冒険を乗り越えれば成り上がれるという野心──原因は語るまでもないだろう。ユーキとガレスも、本件に関してはそうした愚かな冒険をした者の一員だ。

 

『リーダーは止めていたのに、多数決で……だから、私たちの、せいで』

 

彼女は涙をこぼしながらロキファミリアを後にした。最後にユーキとガレスにもう一度お礼を言って。

 

彼女は自分たちのせいでといった。愚かな冒険、無茶な危険を冒した自業自得と。

 

だがもし、その一因に彼らの慢心だけでなく()()()()()()()()()()()()()

 

勇気にも種類があり、その中には「蛮勇」と呼ばれるものがある。まさに今回の彼女たちのように、向こう見ずで自分の身を破滅させるような勇気が。

 

だとしたら、自分の毎朝の演奏会は、不特定多数の誰かを死に追いやっているも同然なのではないか?

 

ユーキの脳裏からは、その考えが一向に離れない。

 

 

 

「お前のせいじゃないよ」

 

男はそれを察したように、静かに言った。

 

「な、んで」

 

「なんでもなにも、最近演奏会してねえだろ。せっかくバベルに一番近い病室に配置してもらったのによ。なんも聞こえてこねえから、心なしかオラリオが暗いぜ」

 

彼は文句を言う。でもそれはこれまで演奏会を()()()()ことではなく。最近それを()()()()()ことに。

 

「お前は知らないだろうが、あのエルフはあの日に──塔の上のお前に大声で呼びかけたあの日に出会ったんだ」

 

ユーキは思い出す。男が言っているのは、リヴェリアと魔法の訓練をしたあの日、バベルの塔の上で彼の冒険を見送ったあの日だ。

 

「あの日、お前の歌のおかげでちょっと勇気が出たんだ。だから階層を一つ深く潜った。そこで偶然、壊滅したパーティーと生き残ったあいつを見つけた」

 

「そう、なんだ」

 

懐かしそうに、赤子に触れるようにそっと大切な思い出に触れている男には、部位を失った悲壮感などまるで感じられなかった。

 

「全部は救えなかった、でも一つは救えた。まったく知らないファミリアだったが、無我夢中で助けた。そしてあいつは仲間になって──3日前、お前たちに助けを求めた」

 

「──それは」

 

「今回の件、確かに不要な冒険だった。だが、お前の歌がなければあのエルフは死んでいたし、もう一人、魔術師の彼女も死んでいたんだぜ」

 

ユーキの脳裏に3日前の記憶がよぎる。ルームに到達したとき、この男はパーティーの仲間を背にかばっていた。魔術師の恰好をしたヒューマンの女性だった。

 

「あの竜、強くてなあ、とてもじゃないが勝てないと思った。俺はパーティーで一番強くて、あの盾もあるから、きっと俺だけなら生き残れた。でもそうしたら、ほかのやつらは死んだだろう」

 

けれどそうはならなかった。男は重傷を負って、でもほかのメンバーは五体満足で生きている。

 

なぜなら。

 

「俺には、()()があったからだ」

 

だから、気にするな。そう男は笑った。

 

「どこかで聞いたんだが、英雄ってのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしい。だったらそれは勇気こそが英雄の証明ってことで、人にそれを与えられるお前は、きっと何よりもすごい奴だってことだ」

 

「……急にほめないでよ、くすぐったい」

 

「はは、すまん。なんていうかな、お前の沈んでる顔は見たくねえんだ……明日からは、演奏会やれよ。楽しみにしてる。俺も、きっとほかの誰かも」

 

「わかった」

 

慰められたくてここに訪れた訳ではない。なんならきっと罵倒されると思っていたし、それに謝罪するつもりだった。

 

でもこの男は、本当にほしい言葉をかけてくれた。それが何よりもうれしかった。

 

 

 

「そうだ、これ、やるよ」

 

「は? いや、それは、嘘だろ?」

 

唐突に差し出されたのは、男の持っていた盾。青みががった金属の表面はあの竜との激闘に会って一つの傷もなく、その堅牢さを示している。

 

男の──いや、男のファミリアにとって最も価値のある資産でもあるだろう。

 

それをこの男は、まるで親戚の子供にお年玉でも渡すような気軽さで、ユーキに手渡す。

 

「うちのファミリアには盾使いはいねえしな。活動方針の見直しも必要だ。うちに死蔵するくらいならお前にやるってファミリアで決めた。今回の礼も兼ねてな」

 

「いやいや、それはもらいすぎだろ、常識的に考えて」

 

「いいんだよ──それに気になることもある」

 

男は半ば無理やりに盾を押し付けながら、真剣な顔でこぼした。気になること──それはユーキにもあった。

 

「あの竜のこと?」

 

「ああ。あいつまるで意思があるみたいだった。ただのモンスターみたいに衝動で行動しているんじゃなくて、人間みたいな理性があるような……」

 

ユーキの脳裏には竜が降参するように首を差し出した、あの光景がよみがえる

 

「それは、オレも思ってた──それに」

 

男の予感に同意しながら、ユーキは一つの直感を思い返していた。

 

竜と対峙して目を合わせたとき。()()()()()()()と思ったのだ。

 

ユーキはあれと会うのは2度目だという確信を持っていた。無意識に震えた身体がそれを示していた。

 

あの竜は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──それに?」

 

「あ、ああ。いやちょっとね」

 

いぶかしむ男の問いをごまかすと、ユーキは一つ深呼吸をした。

 

もし同一の存在であれば、それはあのインファントドラゴンが()()()()()()()ということ。転生者であるユーキとしてはまったくもって眉唾ではない話だ。

 

生まれ変わりが真実であれば2度目は? また邂逅する可能性があることに、ユーキは気づいた。

 

「とにかく、俺が思うに、あいつと似たようなのがこれから出てくるだろう。だからこの盾、役に立ててくれよ」

 

「わかった。ありがとう」

 

ユーキは深くお辞儀をしてそれを受け取った。男は「大げさだな」と言いながら笑った。

 

 

 

「──最後に言っとくが俺はあきらめてねえぞ」

 

「え?」

 

「義手でもなんでも、いずれは冒険者に戻る。言っただろ、追いつくって」

 

バベルでマントをはためかせながら宣言した時と同様の、漢らしい声で彼は言った。

 

「わかった。なら、ぜったいに毎日演奏会をするよ。君のその輝かしい冒険の一助となれるように」

 

ユーキは、そうきれいに笑った。

 

 

 

 

次の日。

 

「はい○○さん、朝の検診ですよ」

 

男の病室にはディアンケヒトファミリアの治癒師が訪れる。

 

「空気を入れ替えますね」

 

そう言って彼女がカーテンと窓を開ける。

 

本日のオラリオの天気は快晴。目を上げれば無限に広がる青空と、そこに吸い込まれるように飛んでいく渡り鳥の群れ。鼻を広げれば眠気を誘う暖かな空気と、からっと乾いた土の匂い。そして──

 

「あら、いい曲。今日は演奏しているみたいですよ」

 

「──ああ、やっとだ」

 

 

 

 

 

 

オラリオの一角。様々なファミリアのホームが立ち並ぶ住宅区画。その中心には、大きな噴水といくらかの植木、少し古ぼけたベンチがおかれている憩いの場がある。

 

食事を売る屋台やちょっとした楽団の演奏イベントなどが楽しめる場所だが、まだ鶏も声を出さないような朝も早くではそれも不可能なこと。

 

──あの事件から1月。そんなさみし気な広場に、最近になってこれ幸いと目を付けた暑苦しい男二人組がいた。

 

「ひぃ~、ひぃ……」

 

「そら、どうした! もう20周差じゃあ!」

 

「……ドワーフ、の……怪力体力おばけに、その差で済んでい、る……だけで、ほめてほしい、っね」

 

「前衛剣士がその程度でなんとするか! まったくもって体のつくり込みが足りんぞ!」

 

「──こっちは! ()()()()だっての! あんたと一緒にすんな!」

 

広場の中央、噴水の流れる音をペースメイカーにぐるぐるとランニングしている二人は、最近じわじわと名を挙げてきているロキファミリアのメンバー。

 

ドワーフのガレス・ランドロックと、ヒューマンのユーキ・カナデ。ファミリアのホームからほど近いこの場所で、毎朝体力づくりに勤しんでいる。

 

ユーキが悲鳴を上げたように、種族的特徴と役割(ジョブ)的特徴の両方から見てガレスの得意分野であるこの日課は、意外にもユーキの提案した訓練であった。

 

冒険者とは神から賜る恩恵によって力を高める生き物である。そして、恩恵の成長は基本的に怪物(モンスター)──あるいは他冒険者との戦闘によって積み上げていくもの。走り込みなんぞに意味はあるのか、と言われれば、比較してさした効果はないだろう。

 

そんなことを頭の切れる勇者様(団長)から呆れ顔で淡々と諭されたのは記憶に新しい。

 

それでも、ユーキが今しがたやっているように。()()()()()()()()()()()()()悲鳴を上げるくらいに足を動かせば。そしてそれを毎日のように継続すれば。ちょっとした意味はあるのかもしれない。

 

それにきっと、この訓練で鍛えられるのはステイタスだけではないだろう。

 

「──()()()()ってやつだ。メタルスライム1匹とスライム1000匹、おんなじだけの経験値。でも、きっとスライム1000匹倒すほうが()()()んだから!」

 

「口ではなく足を動かさんか!」

 

すれ違いざまにユーキは発破をかけられる。

 

「はいはい!……これで21周差だよ。へこむなあ」

 

遠ざかっていく背中に向かってぽつりとつぶやくユーキの心中に、悔しい気持ちがにじみ出てくる。

 

わかっている。ガレスに体力で敵うはずなんてないのだ。努力の量とかそういった話ではなく、与えられた役割の話として。冒険者には向き不向きが存在する。

 

 

 

──勇者とはなんでもできる生き物だ。

 

しかし、当たり前のように力も体力も戦士の方が上で。

 

ヒューマンにしては珍しく習得している魔法だって、賢者のそれの足元にも及ばず。

 

かといって、指揮官のような戦術的に場を俯瞰する視点も過程をすっとばして正解を引く直感も持ち合わせていない。

 

なら、勇者とはなにができる? 仲間に、困っている誰かに、何をしてあげられる生き物なのか。

 

──それは。

 

 

「──()()()()()()()()

 

 

ユーキは知っている。人には役割がある。

 

だからこそ、せめてあこがれたその役割(勇者)を、全うできるように。

 

肝心な時にへこたれない心を。誰もが膝をついてしまうその時に、1秒だけでも長く立ち続けられる存在になれるように。

 

横にいる誰かに、勇気を与えられるように。

 

それが大事なのだと、あの冒険者から託された盾に優しく告げられている気がした。

 

 

 

 

 

 

背後の気配が近づいてくるのをガレスは感じる。

 

そうして数舜、とっくに体力の限界を迎えていたはずのユーキが、自分を不細工な走り方で追い抜いていくのを目にした。

 

「──20周差に戻ったか、やるのお」

 

屈強な肉体こそが、至高であり最強。

 

ドワーフの誇り高き“戦士”であるガレス・ランドロックは、その自分の考えを疑ったことなど一度もなかった。

 

けれどもしかしたら。

 

この世にある最強とは、何もそれだけに限らないのではと。あの裁縫好きの男に会った日から、思い始めた。

 

戦況を一変する大魔法も、場を支配する戦術眼も──そして、不可能を可能にする()()も。

 

みんな等しく最強で、だったらそれが寄り集まれば。

 

「がっはは! ほら、また21周差じゃあ!」

 

「あ~っ! まじかよ!」

 

軽々とユーキを追い越しなおして、ガレスは思う。

 

()()()()の低い戦士でも、たまには正しい考えを導き出せるものだ、と。

 

 

 





【せいすい】
DQシリーズではフィールド上でふりまくとモンスターとのエンカウントを抑える。
だが、自分より弱いモンスター限定。



【戦士】
DQシリーズにおける職業の一つ。
おおよそどのナンバリングでも、HP・ちから・みのまもりが高く、MP・かしこさ・すばやさが低い脳筋。
が、やはり力こそパワー。PTに一人は必須。序盤は特に恐ろしいほど世話になる。



【メタルスライムとスライム】
メタルスライム:
DQシリーズおいて、倒すと経験値がおいしいレアモンスター。
レベル上げの時は大体こいつやこいつの上位種を狩る。
EXPはだいたいどのナンバリングでも1000くらい。

スライム:
言わずと知れた最弱の筆頭。
だいたいどのナンバリングでもEXP1くらい。



【勇者の武器】
スピンオフ「ダイの大冒険」にて語られた有名なセリフ。
勇者はなんでもできるが、その道の専門には及ばない。
だから究極を言えば、なにもできない存在だ。
けれども、勇者には「勇気」という誰にも負けない武器がある。
そうした趣旨の言葉。
個人的には、最も「勇者」のありかたを端的に表した言葉だと思います。
詳しくはダイの大冒険閲覧のこと。



【○○】
名前はない。ないったらない。
キャラ作成時の方針は「きれいなモルド」
見た目は「ガタイがいい」「強面」くらいしか決めていないので他は皆さんのお好みで。
パーティーの半分くらいは彼に救われた女性で構成されている。



社会の波にもまれて物書きから遠ざかっていましたが、再開しようかなと。
リハビリがてらです。
続いたら続きます。

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