三雲修に憑依した転生者が色々する話 作:ジョン
「近界民に狙われる理由なんて、トリオンしか思いつかんな」
「トリオン?トリオンが関係してるのか?」
その日、僕と空閑は戦闘区域内の片隅、旧弓手川駅の構内で密会していた。内容に関しては僕の知り合いである雨取千佳の体質に関してだ。
ちなみに空閑は私服だが…まあ色気もへったくれもないパーカーにジーンズ姿だ。それも又可愛いっちゃ可愛いが、子供っぽい感じの可愛さしかなかった。
その事について空閑に尋ねると、空閑は即座にそんな答えを出した。
「関係してるも何も、そもそも近界民の目的はトリオンだよ。トリオン能力の高い奴は生け捕りに、トリオン能力の低い奴はトリオン器官だけ引き抜いて持っていく。で、持って帰った人材やトリオンを向こうの戦争に使う訳だ」
「戦争に…!?」
僕は目を剥いた。つまり近界民は、僕たちを兵器の材料にしたり、戦争奴隷にするために向こうの世界からわざわざやってきてるってことだ。
「なんでわざわざこっちに来るんだ」
「ま、同じ世界の奴よりも、他の世界から持ってきた奴の方が、色々と使いやすいんだろ」
言葉が出なかった。つまり、これまで拉致されていった人達は、皆…。
「そういう訳で、トリオン能力の高い奴は狙われやすい傾向にある。恐らく千佳はそれだけトリオン能力が高いんだろうな」
水を向けられて、話の中心にいた千佳が声を上げた。
『…ごめんね、よく分からないや。えっと、そもそもトリオン能力って一体…』
携帯から声がする。
今、千佳は家にいてもらっていて、携帯電話でこの会話に混ざってもらっている。
本当は空閑と千佳を引き合わせたかったのだが、今は空閑は微妙な立場にいるし、千佳にもあまり戦闘区域に近寄ってほしくない。よってこういう形にさせてもらった。
ちなみに昨日のうちに空閑の分の携帯電話を一緒に買いに行ったりもした。使い方も…多分おそらく大丈夫だろう。
…今日合流する時川に落ちて全身ずぶぬれになったりもしたけど、一応と思って防水機能付きのものかっておいて本当に良かった。
僕はさっきの話を飲み込んで、千佳の疑問に答えた。
「…知らないのも当然だ。トリオン能力って言うのは、トリガーを使う為の能力を指す言葉で、高ければ高い程、ボーダーの隊員になる素質があるってことになる」
『…私がそうかもしれない、って事?』
「まあ素質だけで言えばそうなる。それに、千佳には副作用もあるかもしれない」
『サイドエフェクト…?』
僕の言葉を空閑が引き継いだ。
「副作用ってのは、高いトリオン能力を持つ奴が稀に持ってる超感覚の事だな。オサム、千佳にそれが?」
「ああ。門が発生する時、誰よりも早く気が付いたり、見てもいないのに近界民の位置を把握してたり…明らかに副作用だと思う」
「ふーん…千佳って凄い奴なんだな」
『えっ、そ、そうかな…』
照れた声が聞こえる。
「それよりも、そうなるとやっぱり一番はボーダーに保護してもらう事なんだが…千佳」
『…ごめんね、私、あんまり他の人に面倒かけたくない…』
千佳に話しかけると、やはり帰ってきた答えはそんな感じだった。まあ知ってた。ここだけは頑固なんだよな、この子は。
だけど、そろそろ腹を決めないといけない。CMや広告でしか知らないが、近界民が街に侵略してきて、千佳を襲うみたいな展開が確かあったはずなのだ。
それはつまり、もう少ししたら近界民が街に大規模な侵略をしに来るという事。僕がいる所為で千佳がボーダー隊員にならず、何の抵抗もできずに近界民に連れ去られるなんて、絶対に阻止しなければならない。
僕は口を開いた。
「じゃあ僕ならどうだ?」
『え?』
「実は先日、B級隊員になった。B級隊員になるとチームを結成することができる。そこに千佳が加われば、僕が守ってやれる。…良いか、千佳。僕はお前が万が一にでも攫われたりしたら、ありとあらゆるところに面倒をかけて、ありとあらゆるところに迷惑をかけてお前を追いかけて助け尽くすからな。本当は今からでもそうしたいくらいなんだ。これでも最大限の譲歩をしてるんだぞ」
「おお、斬新な脅しだな」
『お、修君…』
千佳の声が微かに上ずった気がする。
「それだけ僕はお前の事が大好きなんだ。少しくらい面倒を見させろ」
『…わかった。考えてみるね…』
「おお…オサムは面倒見の神なのかもしれん」
『その可能性は否定できないな』
「茶化すなよ。空閑、レプリカ」
僕はため息をついて、「それじゃあ、どうするか決めたら連絡してくれ」と、別れの挨拶も告げて携帯電話を閉じた。
「さて…空閑、不味い事になった」
「何がだ?」
「僕もさっき気が付いたんだが…見張られてる」
「…マジか」
ピリピリと刺すような視線。殺意が込められた嫌な感じ。師匠のソレとは比べる事すらおこがましいが、中々の手練れだと感じられた。
「一先ず、とっととここから出よう。市街地に出れば向こうも手出しは出来ないはずだ」
「分かった」
そうして僕が周囲を軽く見渡しながら歩き出したその時だった。視界の端で、何かが光ったのだ。僕は咄嗟に空閑の前に出ていた。
「オサム!」
ドゥン!、という音がして、僕は後ろに吹っ飛ばされた。腹が痛い。どうやら空閑の胴体を狙った弾丸だったようだ。うめき声を上げながら、僕は何とか呼吸を整える。
「―――安心しろ、ボーダーのトリガーには安全装置がある。当たっても気絶する程度だ」
「わざわざ戦闘区域内で密会…逃すわけねえよな。で、どっちが近界民だ?」
「女の方だ」
二人組が奥から現れ、こちらに向かって歩いてくる。その男たちの片方に僕は見覚えがあった。僕が本部に呼び出されたあの時、こちらに探りを入れてきた人だ。
「おいおい、初めての人型が女の子かよ。ちょっとやる気削がれるなあ」
「油断するな。どんなナリでも近界民は近界民だ」
不味いな、こいつら…こちらを殺す気だ。
「空閑、逃げろ…」
「馬鹿言うな、オサム」
何とか声を絞り出す僕に、空閑は二人を見据えながらそう返してきた。
なんてことだ、これは僕のミスだ。監視には十分注意していたつもりになっていたが、それでも相手の方が何枚か上手だった。
これでは師匠に殺されるな。僕はそう自分を茶化しながら、何とか全身に力を入れて立ち上がった。
「っ!おいおい、マジかよ!生身で受けてどうして立ってられるんだ?」
「…そんなもん、警告もなく人に向けるなよ…!」
ふらつきながら、僕は空閑の肩に手を置いて前に出た。
「聞いてくれ。こいつが近界民だって?何かの間違いだ。それとも、何か証拠はあるのか?」
「証拠だと?白々しい。お前には既に数日前から近界民との接触が疑われていた。その上でわざわざ戦闘区域内で隠れるように密会などしていれば、自白しているも同然だろう」
「その程度の容疑で、女の子の腹に銃ぶっ放したって?アンタって随分とアグレッシブなんだな」
「何が言いたい…!」
僕は息を整えて、声を荒げた。
「全部誤解だって言ってるんだ。こいつの名前は空閑遊真。戸籍もしっかりと存在している歴とした日本人だ…!分かったらとっとと失せろ、このクソ野郎ども…!」
その点は、僕は早い段階で確認していた。何せこの国では戸籍が日本のものかそうでないかで大きく扱いが変わるところが多々ある。その上戸籍偽装なんてしようものならバレた後が怖い。それを確認するために役所に行ったりしたのだが、やはり戸籍は完璧に登録されているようだった。
なお、何故登録されているのかとか、どうやって登録したのかとかは空閑本人は知らなかった。ここら辺は無暗に突っ込んだら藪蛇になりそうなので深く考えない様にしている。
僕のその言葉に、相手は少し思考して、そして舌打ちを一つ、口を開いた。
「良いだろう。殺しは無しだ。ただし、身柄は拘束させてもらう。忘れるな、三雲。お前には近界民との接触の容疑が掛かっている。そこの女が戸籍をも改竄するような狡猾な近界民でないという証拠は、まだ上がっていない!」
「…横暴すぎないか?」
「なんとでも言え。近界民は全て敵だ!近界民と関与し、接触を試みる人間も又同じだ!」
「つーか、近界民じゃなかった場合、B級が戦闘区域内に女の子連れ込んでるってだけで重大な隊務規定違反だろ。三雲」
そこを突かれると痛いな。
というか、僕が人の目を気にしてここに連れてきたのが完全に裏目に出てたってことか。自分が嫌になる。
「…オサム、とりあえず落ち着け」
「空閑…?」
「あんがとな、色々気を回してくれて。でも、これ以上はもうだめだ」
「お、おい」
「千佳の事もあるだろ。お前がボーダーからクビにされたら、困るのはお前だけじゃない」
空閑が前に出た。
「確かに俺は近界民だよ。外の世界からやってきた」
「…間違いないんだな?」
「ああ」
「そうか。ならば―――死ね」
行動は早かった。鞘から弧月を引き抜き、空閑に向けて振り下ろす。
「誰が死ぬか」
だがそれを、空閑は出現させたシールドで反らし、地面を蹴って線路の方に躍り出た。そして、差し出した手に嵌っていた指輪が黒く光り始める。
「トリガー、オン」
いつか見た黒いワンピースを身に纏った空閑。その時気付いたが、この時の空閑はロングヘアをセミロングヘアに変えていた。
「逃がすかよ!」
「陽介、挟み込め!こいつは二人で確実に排除する…!」
「二人で?…面白い嘘つくね、お前」
次の瞬間には、三つの影はその場からいなくなり、空中で火花が散ったのだった。
◇
火花が散り、空閑が線路の上空から押し出される形でホームの中に入る。それを追い詰める形で、線路の方角から三輪が、同じホームに空閑の右手側から米屋が挟み込んだ。
「あのさ、ボーダーに迅さんっているだろ?俺の事聞いてみてくんない?一応知り合いなんだけど」
その言葉を聞いて、三輪がホームに上がり込み、顔をしかめた。
「やはり一枚かんでいたか、裏切り者の玉狛支部が…!」
「やっぱダメか」
横合いからの一閃。首を狙った米屋の攻撃を空閑は余裕を持って避けて、米屋と場所を入れ替わるような形で立ち位置を変えた。
「見え透いた奇襲だな。効かないよそんなの」
「ソレはどうかな?」
「…およ?」
ぶしゅっ、という音がして、空閑は首を抑えた。手のひらから漏れ出るトリオンに、空閑は顔をしかめた。
「おいおい、今のはちゃんと避けた筈だぞ」
「考える暇を与えると思うか!」
「うわっと」
三輪がアステロイドを乱射する。空閑は弾幕をジグザグに動いて避けて、前方にシールドを展開しながら後ろに飛び退いた。
それだけでは終わらない。ホームの壁側を米屋が駆けるのが見えた。槍と銃弾の十字砲火、中央にいるのはもちろん自分だ。
だが、空閑の表情は一切変わらない。空閑は身を捻って刺突をよけ、曲芸師の様な動きで弾幕を躱す。
「行くぞオラあ!」
逃げ場は線路しかない。空閑が動くが、相手も又それを承知している。動きは読まれ、米屋の槍による突進が追いすがる。空閑はそれを上半身を後ろに傾ける事で避ける…が、すぐさまその場に三輪の銃口が向けられた。
「『弾』印――」
それを見て、空閑は即座にブラックトリガーの能力を開放した。足元に特殊な印が現れ、次の瞬間には空閑の身体はその場から消え、体勢を立て直そうとしていた米屋のすぐ目の前まで迫っていた。
「二重!」
「うおぉぉ!?」
弾丸と化した空閑の身体を、咄嗟に槍の柄でガードしようとした米屋は、そのまま凄まじい速度で駅のホームの鉄柱に叩きつけられた。
鉄の塊を叩いたような重音がホーム中に響き渡り、砂ぼこりが天井からパラパラと落ちていく。そんな中、柄を手の平で押しやって体勢を軽く整えた空閑は、空中で身を捻って、サマーソルトの要領で米屋の槍を空中に蹴り飛ばした。
(…!中身が、真っ黒でなんも見えねえ…!)
米屋の目の前でスカートがふわりと舞う。米屋は目を丸くするも、すぐさま「ちぃっ!」と舌打ちを一つして気を取り直し、身を転がして横に避けた。そして新しい槍をトリオンを捻出して生み出す。
「『弾』印、四重!」
空閑の身体が上空に打ち上げられる。元居た場所の空間を弾幕と槍の穂先が貫いていた。
「…おっと」
そんな空閑を、一筋の光が一瞬にして襲い掛かる。寸前、空閑は空中で身を捻り、空閑の腕を吹き飛ばして真横を通り抜ける光の線の元を視線で辿る。強化された視力によって、太陽光が反射するものがわずかに見えた。
「スナイパーか…」
上に出ることまで読まれていたらしい。
線路に降りると、更に弾幕が迫ってきた。空閑はシールドを展開…するも、その弾丸はシールドを通り抜けて空閑に当たった。
「重たっ…なんだこりゃ」
『トリオンを重しにして敵を拘束するトリガーだ。破壊力を持たない代わりにシールドを通過する仕組みのようだ。…解析が完了。印は『射』と『錨』にした』
「…了解」
「終わりだ、近界民!」
線路の前後に降り立ち、弧月を抜刀した三輪と米屋が挟み撃ちをする。
勝利を確信したその瞬間だった。黒い光が弾け、三輪と米屋は気が付けばバランスを崩し、その場にうずくまっていた。
◇
「何もできないのか、僕は…!」
空閑が二人に襲われているのを見て、僕は何もできずに拳を握り締めていた。
空閑が戦っている理由は見れば分かる。僕の立場を守るためだ。僕が参戦することは、そのままそんな空閑の思いを否定することに繋がる。
何もできない。無力感に苛まれる。空閑が傷つけられるのをただ見ているだけの自分に、心底腹が立つ。
『そう思い詰めない方が良い。これは遊真自身が決めた事だ。遊真の心意気を買って、ここで見守ってあげてほしい』
「でも…反撃さえできない状況なんだぞ…!」
『確かに遊真にとって、この状況はかなり厳しいものだろう。だが、遊真は勝算が無いまま動くような人間ではない』
「…くそッ!」
空中に飛び出した空閑が狙撃される。腕が吹き飛ぶのを見て、僕は思わず自分の太ももを叩いていた。
地面に空閑が降り立つと、それを狙って銃が放たれた。それはあろうことか、空閑のシールドを無視して空閑に当たり、重しになった。
「『鉛弾』!?槍の奴の幻踊と言い、マイナーなトリガーのオンパレードだな…」
トリガーについては、B級に上がった時点で情報収集を行った為名前とその効果くらいは把握している。トリガーを受け取る際に、開発室の人に質問しまくったからな。
だが、そうして得た知識で助言することすら今の僕にはできない。空閑は近界民であり、ボーダー所属の僕がトリガーの情報を空閑に打ち明けるのは重大な情報漏洩となるからだ。
空閑はバランスを崩してその場に座り込んだ。その前後に挟み込むようにして二人が迫る。
「空閑ー!」
僕が思わず叫んで足に力を入れて飛び出そうとしたその瞬間、空閑を中心に黒い閃光が瞬き、次の瞬間には凄まじい量の弾幕が空へと打ち上げられたのだった。
何が起こったのか分からなかった。だが、すぐにとある単語を思い出して口に出していた。
「…トリガーを、コピーした…?」
「…いや…!これは、それ以上の…!」
そう呻くのは、アステロイドの銃を持っていた男の方だった。確かに、空閑はバランスを崩したぐらいで今は普通に立ち上がっているが、空閑の『鉛弾』を食らった二人は両方とも身動き一つできずにいた。
トリオン体はそこそこの怪力な筈だから、恐らく数百キロはあるのだろう。つまり空閑のトリガーは、あの一瞬で敵のトリガーを解析し、数倍にも強化し、数倍の規模で打ち返した。
これが、ブラックトリガーの力か。僕は唯一記憶に残っていた単語を思い出して、この光景を目に焼き付けていた。
って、いや、今はそんな場合じゃない。
「空閑、無事か!?」
「おう、平気だ」
よ、良かった。っていうか、そりゃそうか。トリオン体なんだから怪我はしていない…でも、本当に良かった。これで空閑に怪我でもさせたら、僕は全力で無力化に動いていたかもしれない。
「おーおー、随分と手ひどくやられたな、遊真」
「あれ、迅さんじゃん」
「よ、皆さんお揃いで。いやー、実はビルの上でレプリカ先生とばったり会ってな。折角だから来てみた」
迅は後ろに二人組を連れていた。恐らくあれは、空閑を狙っていたスナイパーだ。背にスナイパーライフル型のトリガーを背負っている。
「戦闘はここまでだ。全員、俺の顔を立ててもらおう」
迅のその宣言に、この場にいる誰もが戦意を押し込めた。
こうして彼ら…三輪隊の強襲戦闘は、空閑の勝利という形で幕を下ろしたのだった。
◇
「じゃあ空閑、またあとで!」
「おう」
ボーダー本部に報告に行くことになった迅。それに付いて行く形で、修と一先ず別れる事となった。一人になった遊真は、お腹が鳴って眉をしかめた。
「うう…お腹がすいたな…でも、オサムがいないとどこに行けばいいか分からんぞ…」
と、ここで、ホームの方から携帯の音が聞こえた。遊真は自分の懐を探るが、自分の携帯は普通にそこにあった。
「誰のだ?…って、オサムのじゃん」
ホームに上がって音源を見てみると、そこには修の携帯が転がっていた。
『どうやら初めに撃たれた時に落としたみたいだ』
「なるほど。で、今は確か電話がかかってきてる状態なんだっけ」
『そうだな。どうする?』
空閑は携帯を拾い上げた。そして開いてボタンを押し、耳に押し付ける。
『あ、もしもし、修君?ごめんね、何度もかけちゃって。他にもいくつか聞きたいことがあるんだけど…』
「オサムならいないよ」
空閑が返事をすると、一瞬間を開けて千佳が驚きの声を上げた。
『えっ?あれ、確かあなたは…』
「俺?空閑遊真だけど」
『うん、そうだよね…その、遊真ちゃん。修君は今どこにいるのか分かる?』
「オサムならボーダーに行ったけど。携帯はさっき拾った。落としていったみたいだな。不注意だぞ、オサムめ」
空閑はここにはいない修へ注意をしつつ歩き出す。それを聞いて、千佳は小さく笑った。
『あはは、そうなんだ。珍しいな、修君がそういう失敗するの』
「そうなのか?」
『うん、そうなの。あ、その、修君がいつ戻ってくるかは知ってるの?』
「いや、知らない。ただ帰ってくるまで待っとけって言われたから、今は待機中かな」
『そうなんだ…』
「ふむ、千佳も来るか?一緒に待ってた方が良いだろ」
『えっ?良いのかな…』
「別に良くない?聞きたいことがあるなら、直接顔を合わせた方がやりやすいぞ?」
と、その時だった。空閑のお腹から、可愛らしい音が聞こえたのだ。空閑はたまらず眉を下げて「うう…」と小さく呻いた。
『ど、どうしたの?何かあった?』
「うう…お腹がすいて力が出ない。これでは自転車の練習が出来ん…」
『…んっと、そっか。分かった!じゃあ―――』
こうして空閑は千佳と待ち合わせをすることになったのだった。
◇
「全く…!前回に続いてまたお前か!いちいち面倒を持ってくる奴だ」
「…」
鬼怒田室長の睨みつけに、僕は憮然とした態度で答えた。
「それも、今度はブラックトリガーとは…何故今まで隠してたのかね?ボーダーの信用に関わる事だよ?」
「それは三雲君にも考えがあっての事だろう。迅の話によれば、結果的に三雲君はそのブラックトリガーを抑えている!」
「そうだとしても!我々に報告する義務がある!一隊員にどうにかできる規模の話では無かろう!」
「報告してたら大事になって、より面倒なことになってただろうなあ…いえ、なんでも」
「…!」
唐沢営業部長の鋭い指摘に、鬼怒田は顔を赤くして睨みつけた。
なんというか、相変わらず剣呑とした雰囲気に包まれてるな。いや、とはいえ前回はイレギュラー門の件、そして今回はブラックトリガーの件と、上がる議題的に仕方のないことかもしれないが。
そしてやっぱり確信したが、上層部は上層部で一枚岩ではないらしい。恐らく城戸司令と忍田本部長は考え方が違うし、林藤支部長は恐らく迅さん寄りの人だろう。同じ玉狛支部所属だし、間違いないはずだ。
「まあまあ、考え方を変えましょうよ。そのブラックトリガーが味方になるとしたら…どうです?」
「なんだと…!?」
「ふむ…」
「…ほう」
「眼鏡君は既にその近界民から信頼を得ています。彼を通じてその近界民を味方に付ければ、争わずして大きな戦力を得ることができる」
「…なるほどな」
城戸司令が迅さんの言葉に口を開く。
「確かにブラックトリガーは大きな戦力となる。よかろう…その近界民を始末して、ブラックトリガーを回収することにしよう」
「なっ…!?」
今度は、僕が衝撃を受ける番だった。
この人は今、なんて言った?空閑を殺して、空閑の父親の形見であるブラックトリガーを奪取するだと…!?
「ふざけるな…!」
「眼鏡君、落ち着け」
「…っ、すみません、失礼いたしました」
迅さんに頭を撫でられ、正気を取り戻した僕は背筋を伸ばして頭を下げた。気が付けば、鬼怒田、根付の二人が僕を見ながら顔を青ざめさせているし、忍田本部長は冷や汗を流しながら僕を見ている。
…これは、やってしまったかもしれない。自分の感情に振り回されるなんて、あまりにも未熟すぎる。こんなんばっかだな、今日の僕は!
「な、何なんだね、君は!なんて、恐ろしい…」
「ははは、根付さん。彼にも悪気がある訳じゃないんです。誰だって友人を殺すなんて言われてしまえば、冷静さを失うのも仕方のない事では?」
「…!しかしだね、ブラックトリガーはそれだけ重要なものなのだ!ボーダーに所属しているのであれば、粛々とその業務にだね…!」
「まあまあ」
当惑する根付を迅が何とか抑え込んでくれた。本当に申し訳ない…。眉を下げて肩を落とす。
「ふ、ふん。ブラックトリガーの存在は我々にとってそれだけ脅威だということだ!生憎今はA級上位の隊は遠征に行っておるが…今いる正隊員を総動員すればどうとでもなる!」
「ふざけるな!」
鬼怒田と根付の考えに、忍田本部長が真っ向から声を上げた。
「それでは強盗と同じだ!それにその間の防衛任務はどうするつもりだ!」
「部隊を動かす必要はない…ブラックトリガーには、ブラックトリガーをぶつければいい」
「何…!?」
「迅。お前に、ブラックトリガーの奪取を命じる。お前の持つブラックトリガーならばできるはずだ。殺してでも…奪い取れ」
…!どうするんだ、迅さん!こんなの滅茶苦茶だ。ついさっきだって、迅さんは空閑と仲良く話をしていたはずなのに、その相手を殺せだって?出来るはずがない。
「ま、待ってください!どうか僕に、発言の許可を」
「…何かな、三雲君」
声を上げると、鬼怒田や根付から「またこいつか…」という疎ましい視線が刺さってくる。しかし僕はなりふり構わず言葉をつづけた。
「件の近界民についてです。彼女は、日本国籍を持っています。それも最近捏造されたものではなく、最初から用意されていたものを!」
「なんだと…」
僕は前に出て、声を荒げた。
「彼女の名は空閑遊真。15歳の少女で、近界民であることは確かですが、歴とした日本人だ。ボーダーは防衛機関のはずです。守るべき国民に牙を向けるとでも言うのですか!?」
「何!?」
「日本人、だって!?」
「…!」
その言葉に顔色を変えたのは、鬼怒田と根付だけではなかった。
「空閑…!?」
「空閑だと!?」
「…」
城戸、忍田、そして林藤…その三人の空気が、明らかに変わったのだ。
「それは…いやでも、それでもブラックトリガーは…」
「まだ子どもではないか!」
鬼怒田はそう言いながらも、すぐに城戸や忍田の反応に気が付いて、怪訝な顔を浮かべた。
「いや、それよりも…空閑とやらに、なぜそこまで反応を…?」
「空閑、遊真…父親の名前は、空閑有吾か」
なんだと?なんでその名前が城戸司令の口から…?
「…彼女の父親を、知っているのですか?」
僕は動揺を何とか表に出さずに、そう尋ね返した。それに対し、城戸司令は返答せず、視線を伏せさせる。
城戸の態度に、根付が首を傾げた。
「ふむ…どういうことですかな?我々にもご説明願いたいですね」
「…有吾さんは、5年前にボーダーの存在が公になる前に活動していた、いわば旧ボーダー創設に関わったメンバーの一人で、私や林藤には先輩にあたり、城戸さんにとっては同輩にあたる人物だ」
かみしめるようにそう説明した忍田本部長は、僕に視線を向けてきた。
「…三雲君。その…空閑遊真の父親は今どこに?君は聞いていないか?」
「…彼女の父親…空閑有吾は、外の世界で亡くなったとだけ聞いています」
空気が止まった。忍田本部長は握り締めていた拳を緩めて、「そうか…」とだけ呟いた。
今度は、唐沢営業部長が僕に声をかけてきた。
「三雲君。その彼女が何故ここに来たのかは聞いてるかい?」
「…父の友人がボーダーにいるから、その人に会いに来たと。確かその友人の名は…最上宗一」
「…!」
「最上…」
またしても空気が変わる。忍田本部長が机をたたいて声を上げた。
「…わかった。ありがとう三雲君。そういう事ならこれ以上部隊を繰り出す必要はないな。有吾さんの娘と争う理由などない」
「まだ確定したわけではない…名をかたっている可能性もある」
「それは後から調べればわかる事だ!…三雲君、迅。つなぎをよろしく頼むぞ」
「は、はい!」
「そのつもりです、忍田さん」
「…では、会議はこれで終わりとする」
いつの間にか城戸司令の命令はあやふやになっていた。僕はその事にほっとしながら、迅さんと二人で会議室を出ていく。
それにしても、空閑の話をちゃんと聞いておいて良かった。もしかしたらその友人を探す力になれるかもと思って聞いておいたのだが、それが功を成すとは。
「最後は助かったよ、眼鏡君」
「え?」
「声を上げてくれたことで流れが変わった。これで大分動きやすくなった」
「そう、なんでしょうか。恐らくまだ何かあるって予感がしてるんです。ボーダーは多分…一枚岩じゃない」
「おっと、そこまで気づいてたか」
迅さんは歩きながら話し出した。
「眼鏡君の言う通り、ボーダーは一枚岩じゃない。『近界民は絶対許さないぞ主義』の城戸さん派、『街の平和が第一だよね主義』の忍田さん派、そして、『近界民にもいい奴いるから仲良くしようね主義』の…我らが玉狛支部」
「それって…」
「そうだね。そういう訳でうちと城戸さん派のとこは考え方が正反対だから、折り合いが悪いわけ」
「なるほど」
そこで空閑のブラックトリガーという事か。戦力が大きく傾くブラックトリガーの存在は、現在のパワーバランスを大きく揺るがす可能性がある。
迅さんは僕の頭をガシガシと撫でた。
「ま、大丈夫大丈夫。こっちにも考えがあるから。大船に乗ったつもりでどんとしてろ」
「…はい」
一先ず僕らは、待ち合わせをしている空閑と合流するために歩き出したのだった。
煌大さん、とりーむさん
誤字脱字の報告、ありがとうございました。